76 ミサ 夏祭り 名物を考える。
山狩りのあとはお祭りです。
「というわけで、祭りまで外出禁止。」
「ええええ。」
意気揚々で狩りから帰った私に対して父様が無慈悲に告げた裁定は、あまりに無慈悲だった。
「馬鹿者。」
不満を口にしたら容赦なく拳骨が落ちた。
「ワーウルフのようなイレギュラーが出た場合は交戦を避けつつ、即連絡の決まりだろ。」
「だってー、対処したほうが早かったんですー。」
「ですーじゃない。」
正直なところ、あのタイミングなら引くこともできたし、合図を出すこともできた。
その上で迎撃という選択をしたことを間違いとも思わない。
「あの状況は接敵は避けられません。だから迎撃をしました。最悪籠城すれば気づいてきてくれましたよね。」
「あーのーなー。上位魔物をそんな簡単に。」
「まあまあ、大将。お嬢たちが手柄を上げたんだ。まずはほめてやろうや。」
「そうですよ、ワーウルフを10体同時に相手にして無傷なんて大戦果ですよ。」
「さらに、クマやイノシシも大物ですぞ。」
周囲の兵士達はほめてくれている。
「だが、命令違反は命令違反だ。少なくとも狩り終えた獲物を放置したのは事実だろ。」
「うぐ。」
父様も私たちの成果は知っている。なんだかんだ、最初はほめてくれたし、無事な事を喜んでくれた。だけど
「倒した獲物の回収を後続に任せて狩りへ走ったのはダメだろ。大変だったんだぞ。」
「うう。」
「というわけで、しばらく外出禁止。」
「・・・はい。」
勢いで誤魔化すのは無理だったか。
そんなやりとりがあった2日後、私たちは城からでることを禁止されてローちゃんの研究室に集まっていた。
「なんかごめんね。あれなら、案内をつけるけど。」
申し訳ないのはファス君とメイカさんだ。ソルベを案内する約束だったのに外出禁止になった私たちに付き合って城で過ごしてくれている。
「いえいえ、こんなお城で過ごさせてもらうなんて、普通はできませんから。」
「訓練も楽しくなってきましたから。」
まあ二人の場合は染まっているだけかもしれない。
「まあまあ、ケガなかったからいいじゃない。」
ローちゃんは相変わらず研究室で山ほどある資料の組み合わせを模索している。というか研究室が拡大しているような、温室なんてあったかしら?
「このお茶、香りがとてもさわやかですねー。」
「暑い日はやはり、これよね。ソルベに帰ってきたって気がするわー。」
世話役として傍にいるベルカとラニーニャをはじめ、何人かのメイドもまったりと休憩をしている。試供品というか、新作のお菓子やお茶がたくさんあるのですっかりたまり場となっている。
平和だわー。
ひりひりとする山狩りも楽しかったけど、こういう女子力の高い場所もいいよねー。
「そういえば、ミサ様。明後日のお祭りなんですが、カレーの出品が強く望まれています。」
そんなことを思っていたらメイドの1人が思い出しかのようにそんな話をふってきた。
「ああ、あれおいしいもんねー。零落草も結構収穫できたなら、一緒に振る舞っちゃう?」
「素晴らしいです。きっとそういわれると思って手の空いているもので、ハーブの調合と、零落草の焙煎を行っています。」
準備いいな、おい。というかなぜ私が許可を、これって父様か母様にもっていく話よね。
「お二人からは、ミサ様に一任するとのことでした。」
それは、また。いや父様逃げたな。
夏祭りは屋台もたくさんでるが、領主としてソルベからふるまいをするのが通例だ。
山狩りで狩りに狩った獣の肉や、山の幸を使った料理。ハーブの配合こそソルベの料理の真骨頂なわけだけど。振る舞うのはともかく、挨拶とか料理の説明がわりとメンドクサイ。
「カレーと新しいフレーバーのソルベ、零落草の活用。すべてミサ様が思いつかれたことですから。」
苦笑するメイドを通してお前がなんとかしろと言っている母様と父様の姿が見えるのはなぜだろう。いや、でも二人もバクバク食べてたわよね。
「姉さん、ルネとリカッソにかっこいいところを見せるチャンスだよ。」
「ラグ、いいこと言うじゃない。」
確かに、狩りや訓練をしている姿を見せることはできないけど、おいしいご飯はいける。
「カレーのお肉は、それこそあるけど。どうせなら。」
「鳥系のお肉は絡めに。イノシシとかは甘めの味付けにした方がおいしいのよねー。お肉の出しをギリギリまでとってみるのも面白いかもしれないわー。」
確かに、肉を問わないけど、淡泊な味が鶏肉はハーブとスパイスの味をしみ込ませた方がおいしいし、イノシシは、臭みを取って煮込むと甘くなる。
「猿肉も臭みが強いですけど、ローちゃん様のおかげで臭み消しに成功しました。」
うーんでも全部汁物ってのもなあ。
「ねえ、もしかしてなんだけど、猿肉にカレーを漬け込んで油で揚げるとかだめかな?」
「「な、なんということを。」」
いや、思い付きにそんな食いつかんでも。
「すぐに厨房にいってフライヤーの準備を。」
「片栗粉とパン粉、天ぷら、全部試すわよ。」
素早く厨房に走っていく数名のメイドたち。揚げ物はおいしいけどさあ、カレーと揚げ物か。
「ねえねえ、カレーのトッピングに揚げ物とかおいしいんじゃいかしら。」
「ああ、カレーを衣が吸ったらおいしいかも。」
ローちゃんのナイスな提案だ。
「くっ、みんな揚げ物部隊の応援に行くわよ。」
いや、そこで過敏に反応するなよ。まあカレーってなんにでも会うんだよねー。ライスと一緒に食べるのが基本だけど、パンに着けて食べたり、麺類を浸して食べてもおいしい。ただなあ。
「問題は器の数だわ。」
私の考えにその場にいた一同がハッとした顔になる。
「そ、そうか各家庭から持ち寄ってもらうのもいいけど、一つ一つの個性が強いから。」
うん、洗い物がすごいことになりそうだ。紙などでの器も用意できるけど、ごみがねー。
「食べ比べるなら串焼きとか、サンドなどが理想的なのですが。カレーですからねー。」
独特のとろみや汁物特有の温かさと香り。それがカレーの醍醐味だけど。
「カレースパイスを混ぜた揚げ物の可能性に期待するしかないか。」
スープにするよりも量は節約できるし、ハーブ焼きのやり方を使えそうだ。
「いっそパンで包んじゃうとか、どうかな。ほらファムアットの。」
「肉まんのことですか。たしかにあれは肉のタネを小麦の生地で蒸したものをそのまま食べますが。」
「さすがに汁気が多いんじゃないかしら。」
いや、まて。カレーの形状にこだわるから。
「肉と小麦の量を増やしてとろみを足せばいけるわ。」
ライスとの相性を考えていたけど、別に水分は絶対じゃない。むしろ一晩寝かせたカレーはとろみが増しておいしい。
なぜ気づかなかったんだろう。カレーはライスに合わせるのがベストマッチだと思っていたけど。
「カレーの可能性は無限大よ。」
「たしかに、これは加工次第ということよね。」
気づけば私たちの足は調理場へ向いていた。
正直に言おう。城中にものすごくいい匂いがしていてお腹が空いているのだ。
「試作品の味見をお願いしてもいい?」
今更だけどファス君たちにそう尋ねると全員が無言で親指を立てた。聞くまでもないね、うん。
お祭りは準備が楽しい。




