75 ミサ 夏休み 山狩り うっかり報告を忘れたら、大変なことになっていた。
狩り編での出来事、その裏側
(ベガ・ソルベ視点)
ミサたちがワーウルフと遭遇していたころの山狩りの本陣にて、領主であるベガは腕を組んで森を睨んでいた。
「御屋形様、いくらなんでも過保護がすぎるのでは?」
「威圧が過ぎると、気づかれてミサさまに嫌われますよ。」
ベガクラスの実力者になれば、声にださずとも威圧は可能である。周囲に気取られず任意の場所を威圧するそんな悪戯じみた行為も可能となる。だが側近クラスの兵士たちになればその行動もその意図もバレバレだった。
「しょうがないだろ、あいつらはまだ子どもだ。」
照れて顔をそむけるベガに兵士たちはゲラゲラと笑う。
「ミサさまたちなら、多少の獣でも喜んで狩りだすでしょうよ。」
兵士達はミサたちの実力をよく理解している。だからベガの行動が過保護なものであると思うし、まだ若すぎるとも思ってしまう。
(だったら、参加させなければいいのに。)
ソルベの兵士たちが山狩りに参加したのは、今のミサたちよりもずっと成長してからだった。それを理由に参加させないこともできただろうに。
「仕方ないだろ。参加させないとミサが訓練でお前たちをぼこぼこにしてたぞ。」
ソルベは実力主義であり、幼くても訓練に参加したミサとラグという実績。何より下手な兵士よりも強い三人の参加を認めないとなると大変なことになるのはわかりきっていた。
娘たちの実力が高いことは、ベガにとっては誇らしいことである。だが、初めての山狩りへの参加となれば心配もしたくなるのが親心というわけだ。
「伝令、伝令。大変です、ベガ様。」
そんなことを思っていたら伝令の兵士が慌てたように本陣に走り込んでくる。腕には赤い布、緊急事態を知らせる符丁に全員が気を引き締める。
「中央部にて、ワーウルフの集団を発見、まっすぐにこちらを目指しているもよう。」
「総員戦闘配置。」
短い内容に対して兵士たちの行動は迅速であった。それだけ優秀であり、ワーウルフの集団は緊張感をもって相対すべきものだ。
「伝令。」
そんな中、最初の伝令を追う形で送り出されただろう兵士が本陣にはいってくる。
「ワーウルフの集団が、ミサ様達の担当区域に侵入。」
「な、なんだと、急げ今すぐ応援に。」
「お、おちついてください。」
我を忘れかけるベガに伝令は声を張り上げる。
「ワーウルフの集団のはミサ様達により討伐されています。」
「なにーーーー。」
伝令を伝えた本人も聞いた兵士たちもそれには驚いた。
「詳細を。」
「はい、ミサ様からの連絡で、私どもが現場に行ったときにはワーウルフと思われる魔物の死骸がありました。ラグ様からは急ぎベガ様へ報告とのことでした。」
ベガが最初の伝令を見ると、赤い布の伝令は顔を青くして首をぶんぶんふる。
伝令の情報が時間差であることは仕方ない。ワーウルフは兵士全体で対応すべき緊急事態であり、最初に遭遇した部隊が戦闘よりも報告を優先したことも間違いじゃない。
「つまり、ワーウルフは、ミサたちによって討伐されたと考えるべきだな。」
伝令の意図を信じるならば、脅威は去ったことになる。
上位魔物はそれだけ珍しい。この警戒の中で二つも集団が出現するとも考えられない。
「なお、ミサ様からなのですが。」
ほっとした様子を感じとったのか、伝令は残りを伝える。
「ミサ様からは、素材を運ぶのが大変だから応援をよこして欲しいとのことでした。」
「なにやってんだー、あいつは?」
ここ一番の叫び声をあげて、ベガは頭を抱えるのであった。
(マリアンヌ視点)
王城の王太子にあてがわれた執務室。そこでちらちらと窓の外を見ているライオネル殿下の姿はいつ見ても微笑ましいと思いつつ、マリアンヌは自分の分の書類をてきぱきと処理をしていた。
「殿下、手が止まっていますよ。」
「う、うむ。」
やんわりマリアンヌは指摘すると、はっとして手と目線を動かす。こちらを見ないのはそれだけ目の前の書類に意識をしているということだ。次期王として正しいふるまいなのだが、どこか不服そうなのが可愛らしく思えてしまう。
「夏季休暇で、ラグ君たちがいないと静かですねー。」
「そうだな。」
まだ学生とはいえ、ライオネルもマリアンヌもそれぞれの義務がある。学期中は学業を優先させてもらっているが、お試しで任された仕事をこうしてこなすことで長期休暇は消費されてしまうだろう。
それでもいい。それが自分たちの役目だと二人とも分かっているが、まだ子どもの部分が二人だけのときにオモテにでてくる。
「そういうマリアンヌもミサたちがいないと退屈そうだぞ。」
寂しいという言葉をライオネルは選ばなかった。そこらへんは意地っ張りな部分なんだろう。
「そうですね、ミサもファルもいないと張り合いがないですが、殿下がいらっしゃいますから。」
国の中枢である4家と言われながら、あまりに素直に尊敬や感情を向けてくる二人の顔を思い浮かべてマリアンヌは優しい顔でほほ笑む。
出会って一年ほど。真面目なマリアンヌが随分と柔らかい顔をするようになったことをライオネルは好ましく思いつつも、嫉妬してしまう。婚約者でありパートナーとなるこの美人の顔をここまで変えることができるミサたちが羨ましいのだ。
「もっとも、この忙しさもあいつのせいなんだけどな。」
目下処理しているのは、宿泊体験の顛末の報告書だ。上位魔物の出現という緊急事態とそれがあっさりと討伐されてしまったという事実。
城の兵士や傭兵たちは、自分たちの不甲斐なさで内部の改革や訓練が厳しくなり、能天気な連中は学生でも討伐できるならばと宿泊体験の予算を減らす提案をしたり、無駄に遠征を志願したりしている。
「こいつらは死にたいのか?」
後者の存在は特に頭が痛い問題だった。学生、それも少女が倒せるなら自分たちにだってと傲慢な考えの対策に自分が頭を痛めなければならないというのが気に食わない。
「幸いなことは、学生の中にそんな考えを持っている奴がいないことだ。」
「そこは、学園の教育と殿下の活動の成果と言えますわ。あれだけ激しい訓練の様子を見ているからこそ、学生たちは、上位魔物の存在にも驚かないし、納得してくれましたわ。」
「だといいんだけどな。」
誰かが大きな手柄を立てれば、二匹目のどじょうを狙う愚か者はでてくるものだ。そういった大人の汚い部分を見てきたからこそ二人は、学生たちが冷静なことに驚きつつ、感心していた。
「だが、これはなー。」
だからこそ、もう一つの案件にライオネルは溜息をつく。それはお見合いの問題だった。
ミサを自分の息子の間を取り持って欲しい。ぜひともうちの子と一緒に訓練を。身の程を理解していない貴族連中はともかく、ミサの強さを理解している連中が取り込もうと画策してることを、ミサ本人は知らない。
「上位魔物を討伐できる実力に、あの容姿。何より王都で流行っている新商品の開発の一翼を担っている才媛。なのに特定の相手がいない若い令嬢なんて、優良物件ですもんね。」
「おまけに陛下とお前のお気に入りだ。仲良くなりたいと思うんだろうな。」
実際に、本人を前にすればそんな思いはすぐに打ちのめされるだろうけどな。とライオネルは思う。たしかに優良物件で、かつては自分の婚約者候補でもあったらしいが制御できる気がしない。
「なにより、ベガ殿がな。」
「ソルベの方々は愛情が深いですから。」
ソルベの領主であるベガ・ソルベは国内最強でありその逆鱗にふれることを恐れるものは多い。だからこそ娘であるミサへ接触を図ろうと思うのだろうが、そんな下心がある存在をソルベの人間が許すわけがない。
なにより、その娘が一番父親に似ているのだ。悪意をもってちょっかいをだせばその報いをうけるだろうに。
「知らぬが仏ですよ。」
フフフと笑うマリアンヌ。まあその前にマリアンヌという自称お姉ちゃんが蹂躙しそうだなとライオネルは思う。
「まったく、世話のかかる弟と妹だ。」
「まあ。」
なんだかんだ、ミサとラグとファルのことがカワイイのはライオネルも同じなのだ。だからこそ早く片付けて遊びに行きたいと思っているのだ。
「そうですね、さっさと片付けましょう。」
お互いに目の前の書類を見ているが、見なくても顔がほころんでいるのがわかる。それぐらい二人の絆は深いし、ミサたちを思っていた。
数日後、ソルベでワーウルフの討伐が行われたという報告が届き、仕事が増えたことで二人が怒り狂うことになるのはまた別の話。
方々で注目されているけれど、ミサは知らない。
次回はEX ミサが参加しない山狩りの光景です。




