73 ミサ 夏休み 山狩りを開始する。
チート軍団の蹂躙開始
(ファス・ファスト)
ソルベの山のふもとに並んでいるのは、勇敢で優秀なソルベの兵士たち。
横一列に並んで山を囲っているのは、その一部でこそあるけれど、自分たちの後ろに何人も透さないという覚悟と自信の表れだと、ラグは言っていた。
「すごいなー。」
ありきたりだけどそんな感想しか言葉にならない。それぐらい眼下に広がる光景は恐ろしく、そしてかっこよかった。
「ふふふ、やっぱり男の子ね。ラグもちょっと前まではそうして身を乗り出してみていたわ。」
「ローズさま、失礼しました。」
慌てて振り返ってローズ様に頭を下げる。国でも最上位、何より圧倒的強者であるローズ様はお二人の子供抱えてニコニコと笑っていた。
「いいのよ、この子たちもお友達が一緒の方がうれしいみたいだから。」
そうなのだ。ここにはローズ様と双子、そしてメイカさんしかいない。メイドさんたちとかは少し距離置いているけど、完全なプライベートスペースになぜか僕のような人間がいるのか不思議でしかない。
「ここなら、山狩りの様子がよく見えるからね。あの子たちの友達ならここで見学するのが一番よ。」
当初は、別の場所でと思っていたのに、奥様のご厚意で僕たちは城で一番見晴らしのいいバルコニーで山狩りを見学させてもらっている。ちなみにジェネット先輩は研究の方がいいって研究室にこもっている。
「あの、ローズ様。これって軍事機密とかなのでは?」
メイカ様が今更なことを言う。確かに領軍の運用法や戦闘技術そういったものを大々的にみせてるようなー。
「ううーん、お祭りみたいなものだから大丈夫じゃないかしら。見られて困るようなことはしないし、何より領民の人達に兵士達の強さを見せて安心してもらうって意味の方が強いから。」
のほほんというがそれって・・・。ミサ様の母様というのも納得だ。
「さて、二人ともそろそろ始まるから、これを付けてね。」
そんなことを言っている間にどこからか太鼓の音が響き、それを聞いたローズ様が僕たちに渡したのは耳栓だった。
「最初だけだけど。合図するまでは外さないでね。」
にっこりといたずらっぽく笑っているけど、これってあれなのかなー?うん、すぐにつけよう。
「こんなので大丈夫かしら?」
うん、メイカさん。僕もそう思うよ。
(ミサ・ソルベ)
居並ぶ兵士さんたちの姿に背筋が伸びる思いで私が立っている横には、ファルちゃんとラグが同じようにシャンとして立っている。
「ははは、お前たち。今からそれでは最後まで持たないぞ。」
背後で笑っている父様はリラックスしている。でもその姿は深紅に染められた鎧で非常に目立っていた。ソルベの長としてあえて目立つ格好をしているのは、父様がまぎれもなくこの集団の中で最強だからだ。
「大丈夫よ。最初のために気合を入れているだけだから。ね。」
「「はい。」」
私の言葉に二人も返事をする。なにせ子の山狩り、一番最初は一番の山場で一番怖いのだ。気合は入れすぎるぐらいでちょうどいい。
「ふっ、いい顔をしているじゃないか。これなら問題ないな。よし、合図を。」
私たちの顔からなにかを読み取ったのか、父様はゴキゲンで近くの兵士に合図をだす。するとどこからともかく太鼓がたたかれる音がする。
最初はゆっくりと小さく、その音が届いたほかの兵士が太鼓をたたき音が広がり、そのリズムは徐々に高くなる。
『勇敢なソルベのバカども。一年で一番の見せ場だ。気合を入れろ。』
そんな太鼓の音にも負けないくらい大きく、通る声で父様が叫ぶ。すると太鼓の音が一斉にやむ。
ゆっくりと音が空気に溶けていくとともに、兵士達の中に緊張感が高まっていく。当然私たちも
深呼吸をして、気を練る。というのはよくわからないけどイメージはそんな感じ。身体の中に魔力とか気力とかを圧縮し凝縮する。やがてそれが限界を超えて溢れそうなタイミングで森に向かって口を開く。
『アオーーーン。』
それはさながら一匹の巨大な獣。一騎当千の兵士たちが一丸となって発揮される威圧は巨大な獣の存在を幻視させ、ソルベの森へと飛んでいく。
ドドドドドドドドド
しばらくして聞こえてくるのは一斉に駆け出す獣や魔物の足音だった。山に残っていたそれは一斉に山頂を目指し、やがて
「おうおう、毎年のことだけど派手だねー。」
兵士の誰かがそう叫ぶころには足の速いオオカミと思われる魔物が山頂の雪景色に見えてくる。一年中雪に覆われた山頂と山向こうは気候の関係で彼らにとって居心地のいい場所ではない。それでも圧倒的な強者の気配に、獣たちは一心不乱に山の向こうへと駆けていく。
「あれだけいると、壮観よねー。」
「そ、そうですね。」
初めて見るファルちゃんも引いている。きっとファス君たちも驚いているだろう。ルネとリカッソ達ははしゃいでいることだろう。
ソルベ風物詩。
「でもこれって、山向こうに住んでいる人達の迷惑になるんじゃ?」
「ファルちゃん。」
「そういうことはないぞ。」
ファルちゃんの疑問に答えようとしたら父様が絡んできた。
「山向こうはもともと生き物が少ない上に、山人と言われる蛮族が住んでいるんだ。こいつらは農作業はせず、山の恵みと狩猟で生きていてな。しかも無計画に狩るからすぐに周囲の生き物を食い尽くしてしまう。そのうえで山を越えて山賊まがいのことをするくそ野郎どもだ。」
「ああ、ファムアットで言うところの海賊みたいなものですね。」
「そうだ、ファムアットの海賊との違いは金銭じゃなくて食料を求めて略奪をすることだな。だから山向こうへ追いやった獣の処理はあいつらにおまかせというわけだ。」
山人というのが本当にいるのか、私は知らない。見たことがないのだ。ただ2メートルぐらいの長身な上に怪力で頑丈とのことだ。
「山人も、獲物が来ることが分かっているから、夏の山狩りの威圧には反応が薄い。まあたまに勘違いしたのが山を下ってくることがあったが、俺たちの敵じゃない。」
「兵士長クラスなら楽勝ですぞ。」
父様の言葉に周囲の兵士たちも同意する。父の周囲を固めるベテランの兵士さんたちは実際に遭遇したことがあるらしいけど、この様子を見る限りでは・・・。
「ミサ、そういった思い込みはだめだぞ。山では何がでるかわからん。油断せず、戦える状況を崩すなよ。」
「はあーい。」
「まあ、ラグもファルちゃんもいるから大丈夫だと思うが、何かあればすぐに下がりなさい。」
そんな注意をされつつも、私とファルちゃんとラグは3人だけで班と作る様に言われている。これはえこひいきとかじゃなくて、飛び入り参加だからだ。実際私たちのほかにも噂を聞いた傭兵のグループなんかも参加しているらしい。
多少のイレギュラーは実力でねじ伏せる。その自信があるということだろう。
「さて、頃合いだ。開始の合図をだせ。」
「「待ってましたー。」」
父様の言葉に周囲の兵士達が歓声を上げて駆け出していく。合図は必要ないらしい。
「さて、いくよ、ラグ、ファルちゃん。」
「「はい。」」
その行動に遅れつつも私たちも山の中へと走り出すのだった。
メイカさんとメイナさんの名前をちょいちょい間違えそうになる。
そして、ローちゃんと母様の名前って・・・




