70 ミサ 夏休み 研究室を訪ねる。
夏休みとえば、計画を立てないとですよねー
ソルベ城は山の脅威から人々を守るための城塞である。といってもそこには多くの人が生活しているので、畑もあれば食堂や浴場なんてものもある。人が生活し、人々の生活を生み出す場所。その中でも最近やたらと忙しいのが中庭に横づけするように建てられた研究室だろう。
「ミサ様、此方の香りはどうでしょうか?」
「うーん、強すぎて臭く感じる。」
「そうかしら、だったらこっちのハーブと混ぜてみたらどう?」
大きなテーブルに並べられた試薬を片っ端から試してはダメだししたり、改良の提案をしたりと私とローちゃんは研究員たちに囲まれていた。まあ研究員といってもうちの城のメイドたちなんだけど。
「あっこれなら、匂いが消えにくいのに嫌じゃない。」
「なるほど、ローズ様のセンスは本物ですね。」
「あらーうれしいわ。どんどんもってきちゃって。」
「「はい」」
嬉々としてメイドたちが持ってくるのは、乾燥して保管してあったハーブや香料、木の実などだ。食用には向かずスルーするかお茶の材料にしかならないようなそれらを、収集しておくように手紙でお願いしていたけど、一緒に送った美容グッズのおかげか、有志精鋭たちがこれでもかと用意してくれたのだ。
「組み合あせは無数にあるわ。」
「そうね、でも研究ってわりとこういうものなのよ。」
「そうなの?」
それらを次々に手に取って香りを確かめたり、時に口に含んだりしながらローちゃんはそれらをローちゃん基準でふるい分けていく。
「新しい組み合わせを考えたり、分量を変えてみたりする。そしてそれを実際に試したりする。ベストな組み合わせと分量を見つけるのはさながら宝探しみたいなものなのよ。」
そういっているローちゃんの目はキラキラ輝いている。可愛い物が好きなローちゃんだが、こうして植物の可能性を探っているときはひときわキラキラ輝いている。
「しかしすごいわー、これなんて王都ではめったに手に入らないレモンライムベリーじゃない。」
「ああ、これはファムアットから送っていただいたものを乾燥して保管したものですね。なんななら新鮮なものをお持ちしますが。」
「あるの?」
「はい、一年ほど前から庭園の温室で育てています。環境があったのか、プランターなどで育てないとすごいことになりますが。」
「そうなの、大発見じゃない。あれかしら温度の関係か、水なのか、気になるわー。」
レモンライムベリーってあのめっちゃ生えてくるやつだよね。食べかけや種を放置したらそこから生えてくるぐらい強いのに、王都じゃめずらしいの?
「傷みやすいですからね。すぐに食べるか乾燥などの処理をしないとだめになってしまうんですよ。」
なるほど、うちのメイドさんたちは優秀だ。
「ソルベは自然の恩恵がたくさんですが、その分厳しい環境ですから。日々の管理は大切なんですよ。」
と、メイドさんの1人が自慢げに語る。
冬は極限まで寒くなり夏場もそれほど気温は高くならない。そのため短い期間で育つ植物や過酷な環境で育つ植物が多い。それゆえに様々な植物が分布しているが絶対数は少ない。だからこそ人間に有益な植物や野菜などに向いたものを育てるために、昔から工夫がなされてきたという。
「さすがねー。王都だと、種をまけば野菜は勝手に育つなんて馬鹿げたことを信じている人が多いってのに、ソルベの人達は生まれながらの研究者だったのね。」
「恐縮です。ですが、ローズさまが開発された美容用品。あれらには驚かされました。私たちにとって植物は薬用か食用ばかりでしたので、まさに、目からうろこでした。ミサ様のご厚意で予算も倍増していただきましたし、これ以上ないほどの発展が予想できます。」
えっ予算倍増とか聞いてないんだけど。あれか母様あたりが張り切ったのかな?
「食用ねえ、たしかにソルベのお料理って味や香りが複雑よねー。」
「ああ、王都は塩味メインなのが多いからね。食堂とかひどかった。」
「それを改善したのが、ミサちゃんじゃない。カレーを考えたのって、ミサちゃんなんでしょ。」
「カレー、とはなんでしょうか?」
メイドさんには気になるワードだったらしい。
「ええっとね、食堂のゴハンがあまりに淡泊な味で、すぐに飽きてしまってね。」
「そうですね、食に関してはソルベは国で一番です。」
ふんと自慢げなメイドさんの圧力に圧倒されながら、私は当時の様子を思い出す。
「それでね、食堂とローちゃんの温室にあったよさげなハーブとかを組み合わせて、煮込み料理を作ったの。」
「香りが食堂中に広がって、すごいことになったのよねー。」
はい、ウキウキのローちゃんとファルちゃんも共犯です。私は悪くない。
「でね、ハーブとかだけだとちょっと弱いなって思って、小麦粉を炒ったものと塩を混ぜたものを溶かし込んだの。そしたらね。」
「学園の食堂がパンクするんじゃないかって大盛況になったのよ。」
あれは、いやな事件だった。香りを嗅いで一口食べたら最後、我先にとお替りを求め、それをみた学生たちが殺到し、食堂の一つでは賄えず、学内の食堂をフル稼働するお祭りさわぎになった。
「材料の関係で週一限定になったけど、ハーブの量産が決まったのよねー。」
「ちなみにどんなものですか?」
「たしか、ウソン、ダークリック、アリンダー、ボストックとかだったかしら?」
「あ、あの虫よけに使うものばかりなんですが。」
「そうなのよね、それを混ぜたらこれまた不思議とお腹のすく香りになったのよ。」
自分でも驚いた。そして今更ながら、あのときの食堂のおっちゃんはいやがらせであれらのハーブを紹介したんだろう。臭み消しとかいってたけど、虫よけだったのか。
「あなた、確か在庫があったわね。」
「はい、ウソンは畑から収穫しないとですが、すぐに用意します。」
「調理場へ使用許可をとってきます。」
「なんなら料理長たちも巻き込みましょう。ミサ様の新作っていえば食いつくわ。」
途端に騒がしく、それでいて無駄なく機敏に動きタスメイドたち。
「これは、慣れてるわね。みんな。」
「ははは。」
私が突拍子もないことを言い出し、なぜかみんながノリノリで実行する。ソルベの人間性というか、優秀さというやつだろうか。一歩間違えれば先日のラグとファルちゃんのような大騒ぎになるので私も自重しないとなー。
「あれってすごい匂いがでるんだよねー。」
「なら、匂い消しでも考えましょうか。材料もたくさんあるから。」
置いてきぼりにされた私たちは、あえてそれ以上は言わずに、カレーを作った後の対処を考えて机のサンプルの確認作業を再開する。
「こうなると、零落草も試してみたいなー。」
あれいい匂いするんだよねー。カレーを食べた後にあれのお茶を飲んだらきっとおいしい。
「零落草って、あの幻の?」
「うん、王都ではそうなの?ソルベなら森の奥まで行けるなら採取できるよ。ちょうど今の時期だね。」
「そうなの。すごいわ。飲んでよし塗ってよしの万能薬なのよ、あれ。」
「ソルベ、恐ろしいわ。」
ローちゃんがいろいろとオーバーに驚いているが。こっちはそれらの価値を知っているローちゃんに驚きだ。
ちなみにだが、ニュアンスと材料を伝えただけで、カレーは王都のものよりの何倍もおいしいものが出来上がった。うん、もともとはソルベのハーブ料理だけど食への探究心がほんとすごい。
「ミサちゃん、これは危ないわ。下手したらこれを求めて争いがおこるわ。」
「またまた、大げさなだなー。レシピは王都にもあるんだから、そのうちなんとかなるって。」
ローちゃんの真顔の冗談を私たちは笑い飛ばしたけど、数年後、発展したカレー料理がソルベの特産品になることを私たちはまだ知らなかった。
名前が出てくる植物は大体、オリジナルです。特性などは都合の良い物が多いです。
夏休み導入のタイミングで次回はEX回




