68 ミサ 夏休み 兵士と戯れる
武闘派令嬢は、実家も武闘派です。
ちなみにバストルはEp30の海の回ではっちゃけてた1人です。
久しぶりの我が家はとても快適だった。ルネとリカッソは可愛いし、数か月ぶりの再会に歓喜して抱き着いて離れてくれずに一緒に寝ることになった。うん、可愛いは正義だ。
そんな素敵な初日を超えた次の日、私は訓練場を訪ねていた。
「おや、お嬢。さっそく訓練ですか。」
「うん、ちょっと身体を動かすを父様に禁止されてたからなまってないか確認のためにね。」
「ははは、お嬢にかぎってそれはないでしょ、聞きましたよ、王都では大活躍だったそうじゃないですか。殿下とその側近をぼこぼこにした上に、宰相の息子と魔法勝負で勝ったとか。」
「ついでに、ゴブリンも狩ったとか、いやーソルベの兵士として我らも鼻が高いですぞ。」
野太い、無遠慮な声で歓迎す兵士たちに苦笑しつつ安心する。加減な力をふるっても怒られない場所というのはどうしてこんなにも落ち着くのか。
「今日はだれがいるの?バストル。」
「へい、ベンジャミンとグラークのやつは娘さんたちのお相手でお休みですね。今はおれだけですが。残りの兵士長もなんだかんだいってあとからくるんじゃないですか?」
こちらの意図を察しているバストルの説明に安堵しつつ、私はどうしたものかと考える。兵士長クラスに学園で磨いた腕が通じるか確かめたいところだけど、弓使いのバストルが相手だと戦いにならない。
「お前ら―喜べ、今日はお嬢が直々にお相手してくださるぞ。」
「いええええい。」
そうこうやって周囲を煽って煙に巻いてしまうからだ。一流の狙撃手は手の内を明かさないものだといって相手をしてくれないのはいつものことだ。
「不意打ちはしないでよ。」
「しませんよ、そしたらお嬢が本気になるじゃないですか。」
「私は何時だって本気よ。」
仕方ないと思いつつ、私は手に意識をやって氷の剣を作り出す。
「どこからでも、だれからでもかかってらっしゃい。」
「はっ、なら自分が。」
挑発すれば見覚えのある兵士が剣を抜いて私の前に立つ。たしかベルカ達と同い年ぐらいの中堅どころの若手だった気がする。
「行きます。」
律儀に行って正面から切り込んでくる。正面からと侮れない速度と重さを持った一撃に対して剣を斜めにして踏み込んで衝撃をずらす。
「まだまだ。」
私が流すことを予想していたのか、剣の軌道を絶妙にかえて抑え込まれる。巧みな剣裁き、だがこれくらいはソルベの兵士ならみんなできる。
「失礼します。」
そして、動きが止まれば周囲にいたほかの兵士が3人ほど切りかかってくる。
「おっとと。」
最初の一撃の勢いに逆らわず、その脇を駆け抜けることで難を逃れるけど、冷や汗がでた。
「おしい。」
「お前ら遅いぞ。」
「いや、さすがに手の内が見え見えよ。」
難を逃れた私への賞賛ではなく飛んでいるのはお互いへのヤジ。不意打ち、卑怯?そんなもの勝てなければ意味がない。魔物も山賊も倒してから考えればいい。
「続けますよ。」
それでも一声かけてくれるのは、これが訓練だからだ。声にだすことでお互いに遠慮がなくなり、より濃密な訓練となる。
「どんどん来なさい。」
仁王立ちで待ち構える私に対して、その場にいた十数人の兵士たちが嬉々として挑んでくる。きっと今頃各所に伝令が走り、時間のある兵士たちもここに駆けつけてくるだろう。
ゾクリ 背筋に感じるのは冷や汗かそれとも別の何かか、私はひたすらに剣で攻撃を捌きながらその集団戦を楽しむのだった。
「まったく、兵士たちが情けないのか、ミサ様が化け物なのか。」
「化け物というのは失礼じゃないかしら。みんな全力で挑んでくれたらから仕方ないわ。」
1時間もすればほとんどの兵士は力尽きて訓練場に倒れていた。
「ペース配分は今後の課題ですね。いくら久しぶりのミサ様との訓練とはいえ、全員はしゃぎすぎです。基礎体力はそれほど差がないはずなのに、ミサ様は身体が温まった程度ですし。」
「一番、そういうのが苦手そうな人が良く言わね。フラット兵士長。」
そんな中、兵士たちを避けながらこちらに近づいてくるフラット兵士長は見上げるような巨人だ。まあ兵士長は基本的に巨人で筋肉モリモリマッチョマンだ、ベンジャミンやグラートほどじゃないけど、フラットもやたら大きい。そしてもっているのはその巨体が隠れそうなほど大きな大剣だ。ギザギザした表面に剣というよりは巨大の鉄塊のような見た目。フラットはそれを軽々と操り相手の盾や武器を削り取る蛮族のような戦いをするのだが、その性格は冷静で、紳士的だ。
「せっかくミサ様がお帰りだというのに、他の兵士長は任務中。全く残念です。」
「絶対、そんなこと思ってないですよねー。」
「だよねー。」
さりげなく水をくれるバストルに礼を言いつつ、私は同意する。基本的に兵士長たちは忙しく、訓練場にいること自体が珍しい。(ただしバストルを除く)しかも今は夏の山狩りの準備でみんないろいろ忙しいはずなのに。
「ミサ様がお帰りとのことでしたので、準備を早めておいたのですよ。」
うん、フラットさんはそういうところがあるよね。そんなことを思いつつ私は氷の形状を変えて似たような大剣を作り出す。ギザギザした表面に無骨な形状は同じでもサイズは私に合わせたものだが、もともとは目の前の兵士長の武器を模倣したものだ。
「ふふふ、うれしいですな。生涯をとして磨いてきた武技。それの良さに気づかれ、欠点まで示される。何より水を吸い込む布のごとく吸収されるその才覚。いやはや、武の道とはこれだから、たまらない。」
喜色満面の顔で遠慮なく切り込んでくるフラット兵士長の攻撃を正面から受け、るなんて命知らずなことはせずに真横から半回転する勢いを利用してたたきつける。
「むっ。」
体格差で本来なら押し流されるところだが、なぜかフラットは攻撃をやめてい距離をとる。
「さすがですな、その年で透しを習得されたのですね。」
「ふふ、ちょっと試す機会があってね。」
「学園で学びがあって何よりです。」
構え直し再び切りかかってくるフラット。今度は真横から回転するような薙ぎ払い。私は飛んで飛び込むようにフラットに肉薄し、空いた右手で殴りつける。
「はは、武器への執着がないのもまたよしですな。」
首の動きだけそれをよけたフラットはすくい上げるように大剣を振り上げるが、私は持っていた大剣を手放してそのままぶつける。
「なんと。」
驚くフラットの頭上を飛び越えて背後に着地し、同時に大剣を氷で作り出し、振り返る勢いをのせて仰向けに体勢の崩れたフラットの背中を狙う。
「ははは、見事。」
だが、必殺を確信したその攻撃に対してフラットは大剣を地面に突き刺して勢いを止めてしまう。
「まじ、今のをうける。」
「ひやりとしましたがね。まだまだ手の内はありますからな。」
この巨体と大剣を持っているのに気持ち悪い柔軟性だ。なんであの体勢から剣を地面に突き立てられるのよ。
「ふふ、まあミサ様ならいずれ習得されますよ。すでにヒントは持っておられているようですし。」
「いや、できてもやりたくないなー。あの体勢になったら武器を変えるから。」
「それができるのもまた、ミサ様の強みですからな。それならばよしです。武器や技にこだわるのが強さとはいえませんからね。」
満足したのか、フラットはそれ以上は攻めずに武器を背負いなおす。
「それにしてもこの大剣で透しを為されるとは、ミサ様の才能には驚かされますな。」
「武器でできるようになったのは最近よ。」
それも一週間前、男子寮を襲撃したときにものの試しでやってみたらできたという。
「打撃、斬撃、そして遠し。これらを使い分ければ闘いは三すくみの駆け引きとなりますゆえ。我らとしても一番上の訓練をミサ様にすることができますな。」
「そうなの?」
「さようです。対人戦に置いて、攻撃のぶつかり合いというのは基本的に筋力や体幹などによる威力によって作用が変わります。ですが、盾で固めた相手に透しを放てば状況は変わります。」
「ああ、分かる気もする。すごい早く制圧できたし。」
「そうですな、不意打ちに透しが入れば防御を固めている相手や打撃系の技に対しては非常に有効です。ですが。」
そういってフラットは予備の短剣でゆるく攻撃をしてくる。その意図を察して私も短剣を作って透しをしようとするけど。
「あれ?」
ゆるい斬撃に私の短剣はあっさりと切られてしまう。
「このように透しでの攻撃は斬撃に対して非常にもろいのです。例えるならばハサミや刃物の前にピンとはった布を置くようなものですな。」
「ああ、なるほど、考えたことなかった。」
そもそも使いこなせてなかったので透しは便利な技程度に思っていたけど、こんな弱点があったのか。
「透しを使えるものに透しが効きにくいのもその理屈です。大根やカボチャは切れるのに、布は切れないのも同じ理屈です。」
わかるようなわからないような。
「ともかく、透しには斬撃が、斬撃には打撃が、打撃には透しが有効ってことなのよね。」
「はい、魔法なども入るとより複雑になりますが、一流の武芸者同士の戦いではこの3すくみをとっさに使い分ける戦術が生まれてくるのです。あくまで対人戦、それも実力が拮抗してきた場合ですけども。」
「なるほど奥が深いのね。」
「ですのでくれぐれも、透しの技を過信なされないようにです。この技は体格差を覆す可能性を秘めた扇の一つですが、ミサ様が目指す領域では手段の一つでしかありません。」
「奥深いなー。」
ちょっとは強くなったと思ったけど、まだまだ手加減をされていたらしい。
ああ、やっぱりソルベはいいなー。みんなバカみたいに強いし、強くなれる。
久しぶりのふるさとはどこまでも私を歓迎してくれる。そう思える一日だった。
恋愛要素、そんなものはありません。




