65 ミサ『花告げの日々』 貴族令嬢、大いにふざける。
貴族が本気でふざけるとこうなる。
学園でもっとも大きな運動場、イベントなどにも使われるそこは観覧用の席や控室なんてものも完備されている。全校生徒を収容しても余裕がありそうなその場所が今は、満員御礼だ。
『さあさあ、もうすぐ時間ですが、みなさん準備はよろしいですかーーー。』
「おおおおお。」
拡声器で広げらるアナウンスに会場全体が一気に盛り上がる。
『さてさて、皆さんご存じだと思いますけれども改めて本日のイベントの趣旨を、私、リーサ・アナウンスの方からご説明させていただきます。」
マイクを片手に流暢で揚々と話すのはリーサ・アナウンス先輩。4年生で学校で一番話が旨くお祭り大好きな女性で校内でもかなり有名な人だ。彼女がマイクを握るときそれは、大イベントの合図だ。
『ことの始まりは『花告げの日々』で恋人に送られる赤いバラ。それを渡せなかったシャイボーイ。一年男子のホープにして、あのミサ・ソルベの弟君。かの人が、照れちゃって、恋人にピンクの花を送ってしまったという悲しくもヘタレな事件が原因だ。」
ブーーーーーー。一斉に鳴らされるブーイング。うん、まあそうなるよね。
『しかーし、そこにはラグ少年の健気でかつ、意固地な男気が原因だった。みんなはそれを知っているかい?』
リーサ先輩のあおりに半分くらいが同意、半分くらいは困惑の顔を浮かべる。
『では、説明しよう。愛し合い思いあう男女。だがそこに立ちふさがったのは、貴族の定め。崇拝すべき4家の宿命。はい、そこは解説のミサちゃん、お願いします。』
『はい、ことは先代ソルベと現ファムアットの当主の仲の悪さが始まります。』
マイクを渡された私は、それこそ家の恥とも言える話をためらいなく話す。うん、こんな会場をソルベの権力で無理やり抑えた時点で今更だ。
『みなさんのご存じの王国崩壊の危機を招いた大武闘会。そのきっかけはわが父、ベガ・ソルベと、パムロット・クラウン、リンゴ・ファムアットの意地の張り合いから始まりました。そして、国で一番強いのは誰かといどったんばったんな大騒ぎになり、その隙を隣国に突かれるなど大変なことになりました。それについては、父に代わってお詫びします。』
ぺこりと頭を下げれば、観客の人達は同情的だった。うん、私は悪くないしね。
『まあ結果として国の結束は強まりました。しかし、4家の当主たちの中ではお互いの強さに対するしこりは残っていたのです。』
そういってぐっと拳を掲げる。
『深まった中、また年齢も同じということで、ファルベルトことファルちゃんと私の弟、ラグ・ソルベの縁談が考えられたのは自然の流れでした。ですが、そこでちゃちゃを入れてきたのは、それぞれのおうちの男たち、『娘を守れるような強い男にしか嫁にはやらん。』『はあ、うちの息子は最強だが?』誰が言ったかは言わないですが、こんなやり取りが私の目の前でありました。』
言いながら思うけど、バカな話である。まあ当時私もノリノリだったけど。
『それゆえに、愛し思いあいながらも二人は戦う運命にあるのです。ラグが勝てがファルちゃんはソルベへ嫁入り、ラグが負ければラグがファムアットに婿入りという条件で二人は日々切磋琢磨をしていたのです。』
「おおおおおお。」
「きゃああああ、ラグ君がんばって。」
ここまで語れば観客が私たちの味方だ。親の都合に反発したい年ごろの学生が集まれば煽って乗せるのは簡単だね。
『ミサちゃん、ありがとうございます。というわけで今回のイベントはそんな二人の因縁にけりをつけるため、素直になれない男女への橋渡しである決闘をみんなで見届けようというものです。』
再びマイクを握ったリーサ先輩が補足し、説明は完了する。
「おい、ミサ、ほんとにいいのか?」
「今更ですよ、殿下。それにピンクの花をきっかけに余計なちょっかいなんてごめんですし。」
「ああ、それもそうだが。」
「まあまあ、殿下。ラグ君だってファルのことを憎からず思っているようですし、ミサの思い付きはいつものことでしょ。殿下の甲斐性をお見せするときです。」
ちなみに解説席には、私のほかにライオネル殿下とマリアンヌ様も座っている。ライオネル殿下はやや引き気味だけど、マリアンヌ様はノリノリだ。
『さあさあ、では皆さんお待ちかね、両選手の入場です。みなさん拍手でお迎えください。』
入場の宣言とともに鳴り響くファンファーレ、演奏はラニーニャたちソルベの使用人たちによってお送りしています。
本来の試合ならば選手は向き合うように違う入口から入場するが、今回の二人は並んで入場し、そこに万来の拍手が降り注ぐ。まるで披露宴のような雰囲気だが、二人とも顔は真剣そのものだ。
『おや、ラグ君もファルちゃんも緊張しているご様子ですが、これはどういうことでしょう?』
『二人とも立派な戦士ですからね。恋愛とかいろいろ思うこととは別に真剣勝負という心構えなんでしょうね。』
『切り替えができるというのは、戦いにおいて重要な要素の一つだ。こんなお祭りの中でも試合に置いては一切手を抜かない。だからこそ二人の実力は拮抗したし、一年近く決着が着かなかったんだ。』
『なるほど、学内でも武闘派で有名なお二人からしてもラグ君とファルちゃんは強いんですか?』
『なんでもありなら、ファルちゃんに敵うのは私と殿下ぐらい?ラグはまあ、普段なら教官といい勝負って感じだね。』
『いや、二人とも、1対1だと俺でも危ないぞ。とくにファルベルトとは戦いたくないな。命がいくつあっても足りない。』
『またまた、1対1なんてしないくせに。』
『勝てばいいんだ。不利な状況で好き好んで戦うミサと一緒にするな。」
『お二人ともそれくらいで。』
ヒートアップしそうなタイミングでやんわりとマリアンヌ様に止められる。そうだ今日の主役はあの二人だ。
『さて、両選手が向かいあって何かを話しているようです。残念ながら観客席までその声は届きませんが、まるでお散歩中に大型犬が出てきたような緊張感が2人の間に流れています。これは激闘の予感だー。」
リーサ先輩の実況通り、二人は自然体で戦いに備えている。これは楽しみだ。
『なお、今回の審判は頼れる兄貴ことヘイルズ隊長が行います。お互いに致死性の攻撃は禁止で、ギブアップまたは意識を失ったら負けというシビアなルールとなっています。』
『そのくらいじゃないと、勝負がつかないわ。』
『ケガぐらいは覚悟の上だろあの二人。』
『おっとお身内ゆえの信頼か、それともノウキン思考なのか解説の二人が全く心配してないぞー。ですがお二人とも流血沙汰は勘弁してくださいねー。お祭りじゃなくなちゃうぞ。」
リーサ先輩の見事な回しに会場が笑いに包まれる。そして、だんだんとおさまりやがて収束していく。
「では、ミサちゃん、お願いします。」
マイクから距離をとってそっとリーサ先輩がつぶやき私はうなづく。
『では、はじめ。』
気合の入った宣誓とともに、魔法で氷を作ってキラキラと降らせる。
「人使いがあらいな。」
「いいじゃないですか。」
メイナ様とトリダート先輩も協力して、会場がキラキラと輝き、そのまま二人は駆け出した。
『おっと、両者いきなり駆け出して距離をつめて激しい打ち合いだー。』
『これは珍しいな。ラグは基本的に待ちからのカウンターが基本のスタイルだが自分から切りかかっている。それでも充分に速いから脅威なんだが。』
『うーん、あれは山狩りで獲物をしとめるときのスタイルですね。大人しそうな顔してあの子は割と好戦的なところがありますからね。手数をだすスタイルというのは珍しいですけど、手首の筋力で強引に起動を変えるスタイルをあんなに長くできるのは、ラグだです。』
『なるほど、ではファルベルトさんの方がどうでしょう。』
『ラグの果敢な攻めに対して、前身して迎撃の構えですね。本来ファムアットは舟の上での集団戦を得意とする剣技と言われています。そのため最小の動作で縦横無尽に駆け回るのがファルちゃんの得意なスタイルなんですけど。今回はそれを前面に出しています。』
『つまりは。』
『どちらも短期決戦を望んでいるということだ。息切れして攻撃が緩めば相手の攻撃に飲まれる。筋力ではラグ、スタミナと速度ならファルベルトの方に分がある。あとは、意地の張り合いだな。』
陛下としてはなかなかいい読みだけど、たぶん違う。これはお互いのカードを切るタイミングで決着がつく。盛り上がりもあるから言わないけど。
右手、そして手首の筋力をたよりに剣を振るうラグにたしいて、ファルちゃんはいつもの両手剣。間合いだけみればラグの方が有利のように見えるが、甘い攻撃をすれば即座に懐に潜れる。ファルちゃんはファルちゃんで読み間違えて剣の置き場を間違えればラグの攻撃にもろともに吹き飛ばされてしまう。
この我慢比べのようなやり取りは何度も経験してきた二人だ。そして、ラグには必勝を誓わせているし、ファルちゃんはまだ本気を出していない。
「流石ですね、ラグ様、また一段と激しくなっています。」
「ごめんね、ファル。こんな形になって。」
私の意識も集中してきたのか、二人の唇の動きでなんとなくそんなやり取りがわかる。うん、やっぱり二人は仲良しだ、ちょっとうらやましい。
拮抗する状況に観客が息をのむ中、先に仕掛けたのはファルちゃんだった。
「風よ。」
魔法による動作の補助。海の上で舟を走らせてきたファムアットに伝わる『流水』と呼ばれる魔法。本来一定方向にしか発動しない風を自分の動きに沿わせて発動して、その速度を何倍にもすると同時に相手の動きを先読みするファルちゃんの本気だ。
「そうだよね、そうくるよね。」
あがった速度に対して、ラグは下がりながら迎撃をする。攻撃を打ち合えばファムアットの流れにのってしまうのでそれは正しい判断だ。まあ、私はそれを正面から受けて手数で押し切るけど。
「だからこそ、今回は勝たせてもらうね。」
穏やかな顔で笑うラグ、対面するファルちゃんの顔は見えなかったけどその動きに迷いはなかった。
後ろに飛んで距離を稼ぎ、顔の真横にまっすぐに剣を立てる。足はつま先立ちになって余計な動きができない代わりに最速で踏み出すように力を貯める。
『決まるな。』
『決まりますね。』
私と殿下、あと先輩たちはよく見ている、ラグの必殺の構えだ。防御や回避という選択肢を捨てた一撃必殺の剣。私ですら一工程、父様ですら2工程しかできない、かつてソルベで最強といわれた兵士の使っていた剣技。ラグはそれを繰り出そうとしているのだ。
「いきます。」
ファルちゃんも怯むことはなかった。魔法による補助と脚力、持てるすべてをもってラグに飛び込む。
「チェスト。」
会場中に響く掛け声とともに振り下ろされる必殺の剣。だが、ファルちゃんは直前で急ブレーキをかけてそれをすかせる。
「アイン。」
それがわかってたかのように自然にラグは一歩踏み出して振り下ろした剣を振り上げる。最強の振り下ろしからの切り上げ、巻き起こる風圧や圧力で普通なら回避すら困難だけど。
「見慣れてます。」
ファルちゃんはそれも避けた。振り上げる剣の流れの隙間を縫うように身体をねじ込ませその剣先がラグに迫る。そこで勝負ありだ。
「ツヴァィ。」
掛け声とともに振り下ろされた一撃はファルちゃんの背中を撃ち、地面に叩きつける。振り上げた剣の慣性を右手で強引に止めて、左手の手首の力だけで切り返す第三の刃。
ふふふ、ラグ、ついにお披露目したわね。
『こ、これは。』
「勝負あり、勝負ありだ。」
地面に伏せるファルとそこに剣を突きつけるラグを見て、慌ててヘイルズ先輩が止めに入って勝利宣言をする。
「おおおおおおおおおおお。」
そして包まれる観客の絶叫。ほとんどがラグの妙技に気づいていないだろうけど、尋常ではない戦いの決着に興奮していた。
『な、なんということでしょう。ファルベルトさんが魔法による圧倒的な速度を見せたと思ったら、ラグ君による圧倒的な攻撃、正直、何が起こったのかわかりません。』
『捨て身の攻撃を三連続で放ってファルベルトを止めていたな。あんな攻撃、普通なら一撃でも無理だぞ。』
『まあ、その辺りが、ラグの才能なんでしょうね。剣技の才という意味ではソルベ最強である、ベガ・ソルベ様も超えていますから。』
驚く一同に対して私はどや顔で宣言する。どうだ、私の弟と妹はこんなに強いんだぞ。
「ふふふ、完敗です。まさか、3連撃なんて、予想もできませんでしたわ。」
「結構ギリギリだったよ。ファルが飛び込まずに距離を取られてたら、負けてたのは僕だったし。」
「この場でそんな戦法をとれるほど、私、おしとやかではありませんよ。」
「うん、いつ見てもファルの戦いは見とれてしまうほどきれいだからね。」
「まあ。」
なんか二人の空気を作っている二人。会場中の視線が注がれていることは気づいているのかな?
『では、決闘は、ラグ君の勝利です。』
『これより、メインイベントのプロポーズの時間だ、おらー。』
このまま勢いで色々済ませてしまおう。リーサ先輩とこっそり計画していた流れを私たちが実行しようとしたとき。
「はい、そこまで。」
よくとおる声とともに会場中の音が消失する。歓声もマイクの音声も、足音すら消えた状況。ぞっとする静寂の中。
「はい、注目。」
その場にいたすべての視線が集中したさき、私たちの背後にその人達が立っていた。
「なっ父上、なぜここに。」
「やば。」
「逃げるな、ミサ。」
反応できたのは、魔法で音が消えたことに気づいていたライオネル殿下と本能で危険を察知した私だけだった。だけど私は逃亡することも叶わず頭をわしづかみにされて持ち上げられた。
「なかなかによい余興であった。ファムアット家、ソルベ家。普段は王都に顔を出してくれない両家の力をみなも存分に堪能したことだろう。」
うれしそうに語る姿は王者のそれ、その声が万民に届きその耳は万民の声を聞くという逸話をそのまま体現したような威厳あふれる姿をしたお方は、パムロット・クラウン陛下。ライオネル殿下の父君して、国の現トップだ。
「はあ、ラグとファルちゃんのことは2人のペースがあるって、前に話したよね。なんでまたこんなことを、別邸の人間たちだって暇じゃないんだぞ。分かってるのか。」
その横にたち、娘に説教をするのは、王国最強と称され、知らぬものはいないと言われる男、ベガ・ソルベである。なまじミサ・ソルベの破天荒な実力をしっている学生たちにとってそんなミサなを子猫のように片手で捕まえて説教をする姿は、伝説上の存在のリアルな実力を知らしめるにあまりにふさわしかった。
「陛下、ベガ様。お久しぶりです。お会いできて大変光栄ですわ。」
国のトップに会場全体が固まる中、まっさきに動き出したのはマリアンヌ様だった。即座に立ち上がって臣下の礼をとる。さりげなくライオネル殿下を叩いて促しているのも流石である。
そしてマリアンヌ様の言葉は自然と会場中に響き。会場中が慌てて臣下の礼をとる。
「忠節大儀である。だがこの場は祭りの余興ゆえ、みな楽にしてほしい。」
それを見届けた上で陛下は、そういって陛下自身も気を抜いたように姿勢を崩す。
「此度の余興。お忍びで拝見していたが、運営から日々の修練の高さ、なにより演者の二人の技量の高さに我は感動した。学生たちよ一層勉学に励み、この国を支えるために頑張って欲しい。」
「今回の件、学生たちの見事な活動ということで、陛下より学園に臨時の寄付がある。有難く受け取るように。」
合わせて言われた父様の言葉に、会場中で歓声が舞い戻る。まるで魔法のようなタイミングだが、これって陛下の『音』魔法だよねー。
会場はサプライズゲストの登場に狂喜乱舞し、もうお祭り騒ぎだ。
「ふむ、今のうちにラグとファルベルト嬢を。」
「もう回収させました。ほとぼりが冷めるまではゲストハウスに。」
なにやらこそこそ話しあう父様と陛下だけど。どこから見ていたんだろう。
「さて、ミサ。詳しく話してもらうからな、」
「だったら、父様、握力を緩めてくれませんか、そろそろ中身が飛び出しそうなんですけど。」
「安心しろ、お前はそんなにやわじゃない。」
「鬼だー。」
私だって黙って捕まれているわけじゃない。父様の腕をつかんで少しでも力を緩めようと思ったり、蹴りで抵抗しようとしているけど、絶妙な力加減で抵抗が無意味になっているのだ。
「さて、ミサ嬢への話は、ベガに任せるとして、ライオネル、お前もだ。」
「えっ、俺もですか。」
「このような貴族の乱痴気騒ぎを止めるのがお前の役目だろが、それを率先して煽るとは何事か。」
「ひいい。」
ばっちりライオネル殿下も捕まっていた。ざまあ。
「マリアンヌ嬢。毎度のことですまないが、後は頼めるか。」
「御心のままに。」
いや、マリアンヌ様助けて、どちらかというとマリアンヌ様もこっち側ですよねー。
「さて、二人にはゆっくりと話を聞かせてもらおう。」
お祭り騒ぎの片隅。いや会場中の視線が集まる中、私と殿下はドナドナされていくのであった。
因果応報。勝手なことをしたら怒られるのは貴族も平民も同じ




