59 ミサ『花告げの日々』 マリアンヌ様がゴキゲンだった。
恋愛要素が一番高いマリアンヌ様と殿下のお話。
祭りの活気にあふれる街というのはそれだけで楽しい。おいしい食べ物や可愛い雑貨を買い込めばもっと楽しい。大満足な一日だった。
「これで素敵な殿方がいれば満点ですね。」
うるさいよ、ベルカ。まああこがれがないわけじゃないけど。
「男の子とあんな感じにしている自分が想像できないわ。」
祭りから帰ったゲストハウス、その近くで目撃した光景に私は首をかしげるしかなかった。
男子禁制の女子エリア、そこを顔パスで通れるライオネル殿下。ただいつも偉そうな態度はなく、代わりにバラを模した大量の飾りと買い物の結果らしい箱と袋であふれている。鍛えているからその歩みはしっかりしているが、まるで巨大なオブジェが動いているように見える。
そして、その開いた右腕、そこにゴキゲンで組んでいるマリアンヌ様の様は緩みきっていた。超ゴキゲンな様子だが、その頭には真っ赤な一輪のバラ。ただそのサイズは街中で見たものよりも二回りほど大きく丸でバラの冠をかぶっているようだった。うん、あれは販売用に品種改良された奴じゃなくて森の方で獲れる原種だ。
自分で行ったのか、それとも取り寄せたのか。どちらにしてもすごい甲斐性である。
「殿下も隅におけませんねー。」
「普段が普段ですからーギャップがすごいですねー。」
おい思っても口にだすなメイドたち。
「ノウキンなんて失礼よ、あれでも次代の王様なんだから。」
「お前が一番失礼だからな。なんだ、ノウキンって。」
だめだな、殿下デート中に他の女性に話しかけるなんて。
「いやマリアンヌがお前の気配を察してな。」
「ミサー、覗き見は趣味が悪いわよ。」
そんなことを言って殿下の横に並ぶマリアンヌ様はご機嫌そのものだった。
「殿下、もしよろしければ、いや、なんでもないです。」
ちょっと面白い状況の殿下を見て荷物をベルカ達に持たせようかと思ったけどやめておいた。うんあれだ、何をしても馬に蹴られそう。
「ふふふ、殿下ったらはしゃいであれも、これもって買ってくださったんです。恥ずかしかったわ。」
「楽しそうで何よりです。」
ちなみにラニーニャとベルカは数歩下がって控えている。ツッコミが足りないぞ、いつもみたく無遠慮に突っ込んでくれ、この空気に置き去りにしないでー。
「どれもこれも、マリアンヌに似合うと思ったものだ。それに今年はいいな贈る側の男向けの飾りもたくさん売っていて、去年よりも面白かった。」
「嘘ばっかり、去年はソルベへ遊びに行く計画ばかりでうわの空だったじゃないですか。」
「プレゼントは考えていたぞ。それに入学前に勝ちたかったんだ。」
ああ、どうしようこの空気。甘すぎてしんどい。
「まあ、ミサたちにもお土産を買ってきたから、あとで遊びに来なさい。」
ややげんなりしている私のことに気づいているのかいないのか、マリアンヌ様は私の頭をもう一度なでて二人はゲストハウスへと行ってしまう。
「で、どうするんですかお嬢様?」
「行きます?遊びに―?」
「いや、さすがに行かないよ。帰ろう。」
馬に蹴られるというか、惚気に胸やけしそうだし。
そんなこともあり「花告げの日々」の初日は愉快に終わろうとしていた。たくさんお土産や両親以外のカップルの姿。うん、寂しくはないよ。むしろ胸やけがする。
「残すはファルちゃんかなー。」
ゲストハウスに戻り濃い目のお茶で心を落ち着けながら私はそんなことを思った。知り合いはフットワークが軽いから初日から赤いバラを持っていた。だがファルちゃん、そしてそのお相手であるラグはどうなっているのか興味はある。
「それはそれで問題なんですよねー。」
「うん、ベルカ。何か知っているの?」
私のつぶやきに相槌を打ったベルカに私は尋ねる。
「いえ、これは侍女である私たちからは言えません。それに。」
「何よ、なかなか含みがあるじゃない。」
私と一緒にいたベルカ達がなぜ知っているかは知らないけど。何か知っているらしい。
「いえ、これは王都の別邸にいるソルベの人間からの情報なんですが。」
私たちは貴族だ。だから領地のほかにも王都には別邸がある。当然だがそれを管理している人間がいる。私とラグの面倒をみるのはベルカとラニーニャだけど、当然別邸の人間とも連携をしている。
「ベルカ―、話してもいいと思うよ。」
「しかし。」
「いや、今お伝えするのがなんだかんだ一番だよ。」
何やら言っている二人だが、やめてなんだか怖い。
「ミサ・ソルベ様。くれぐれも冷静にお願いします。くれぐれも。」
「な、なによ急に。大丈夫、たいていのことは聞き流すわ。」
急に真面目な顔になるベルカにひるむ。大丈夫だよ、私だって面倒はご免だから。
「わかりました。まあ、この件に関しては私たちとしても思うところがありますので、お嬢様の判断を仰ぎたいと思っていたところですし。」
居住まいを正し、覚悟を決める。うん何が来ても冷静に。
「先ほど、別邸の人間から連絡がありまして。ラグ君が、ファルベルト様にピンクのバラをプレゼントしたという情報が。」
「確かめに行くわよ。」
うん、これは事件だ。そして、今聞いてよかった。
「あー、やっぱりこうなるかー。」
「ラニーニャ、楽しんでるわね。」
フワフワと笑うラニーニャを睨み返しつつ私はゲストハウスの各所に置いてある木刀をもって握りを確かめる。
「場合によってお仕置きコースよねー。」
少なくとも事情は聴いてからにしよう。ただ、
「男子寮へ殴り込みよ。」
私が覚悟決める中、侍女の二人がちょっと楽しそうなのが腹立たしい。
なんだかんだ熟年夫婦とその子供のような関係になりつつある、殿下とミサの関係
この世界のお花とか植物はいろいろとファンタジーです。




