58 ミサ『花告げの日々』 祭りはカップルだらけだった。
お祭り開催です。
「花告げの日々」は夏を迎える時期に一週間程度の期間開催される。これはもとになたエピソードで王様がそれだけの期間をかけて花を手入れたことに由来しているといも言われているけれど、単純に花の入手が大変だからだ。
花の盛りは短い。農場から連日市場に流れているけれどその数には限りがある。特に今年はいろいろあって花の数が少なく、特に赤いバラともなれば入手難度が高い。
「おお、これが王都名物、バラを目指す列ってやつか。」
久しぶりに街に出た私たちは、花屋に並ぶ男たちの列を冷やかしていた。
「お嬢様、さすがに趣味が終わるかと。」
「まーまー、お嬢様も事の顛末を見届けたいわけですしー。」
お供はベルカとラニーニャの主人を敬わないメイドコンビ。
「いやね、さすがにこの時期に、マリアンヌ様とかファルちゃんのところへ行くのは気まずいでしょ。それにお祭りなんだから楽しまないと。」
そうお祭りなのだ。ローちゃんの相談をせっかくなのでライオネル殿下にも伝えたところ、この話は陛下にも伝わり、ならいつも以上にお祭りにしてしまえと花屋以外の屋台も招致され王都はいつも以上に活気に満ち溢れている。
「町全体が装飾されてとても華やかですね。これなら家族連れやお嬢様のようなボッチさんでも安心して楽しめそうです。」
「そーですねー、私たち独り身トリオで今日は楽しみましょう。」
「ははは、行き遅れないようにね。」
お互いの言葉にダメージを受けつつ街を歩けば、メインの赤いバラの花屋の前には男たちの列。食べ物屋さんや花を模した小物をうっている屋台などには女性や家族連れが集まっている。
「一番のプレゼントがバラである分、パートナーを伴って並ぶ必要もないから。男は並び、それ以外はほかの屋台に流れると、実にうまくできたシステムですね。」
「そもそも人が多いからねー、ソルベの倍はいるわよ。」
ついつい視線がキョロキョロしそうになるけどそのたびにベルカに声をかけれらて意識を戻される。別に油断しているわけでもないけれどこれだけ人が多いと不埒なことを考える人もいるのかもしれない。事実、私たちをナンパしようとへらへらと近づいてきた男たちがベルカに睨まれて追い払らわれたり、スリっぽい男が近づいたらラニーニャに制圧されたりした。物騒だな王都。
「さあさあ、ジャネット商会のローズフレーバーのジェラートだよ。『花告げの日々』限定だよー。」
暑くなってきたせいか、屋台の幾つかではジェラートの取り扱いが増えた。メイナ様の実験に付き合った結果生まれた氷冷機のおかげでずいぶんと冷たいものを扱う屋台も増えた。アイディア料ももらえるとのことだから、しばらくはお小遣いに困るまい。
「おじょーさまは、そんなことしなくても贅沢し放題なんですけどねー。ソルベの姫ってことわすれませーん。」
そんなことを考えつつどの屋台で立ち食いするか悩んでいるとラニーニャに突っ込まれる。
「お嬢様、さきの氷冷機のロイヤリティやローズ様の提案されたマージン、あとは上位魔物の討伐の報奨金などを考えたら、飴玉感覚で屋台ごと買えますよ。」
「そんなことしたらほかの人が楽しめないでしょ。」
まあ気にいった小物はガンガン買って、みんなに配ったり母様たちに贈ってあげよう。
屋台を歩いて買い物を楽しみながら街を歩けばお祭りなのでそれなりに人にであう。
「あ、あれって。」
「メイカ様とファス様ですね。これはこれは。」
知り合いを見つけたら気配を消して人ごみに紛れる。うんあれだ、冷やかしじゃないよ。
「すごい人ですね。メイカさんはぐれないように気を付けて。」
「はっはい。」
「言ってたお店はあっちだよね。」
さりげなく手をつないでエスコートするファス君に、満更でもなさそうなメイカさん。初々しい感じのカップルでいいですねー。
今までの「花告げの日々」は告白とか本命アリのイベントだったらしいけど、こうやって初々しい感じのカップル未満の二人が楽しめるようなお店やイベントもあるってことだろう。
「氷冷機の一般復旧が思った以上に早かったですねー。」
「季節柄というのもあったが、あれだけ効率的な実験ができたのは大きいな。必要な強度計算がすぐにできたのは大きい。」
「ええ、ミサちゃんとジャネット商会の人たちには感謝ですねー。」
専門的な話をしながら屋台を冷やかしているのはメイナ様とトリダート先輩?だった。
「ふふふ、マイナ様にあっていますよ。」
ゴキゲンなメイナ様の頭には一凛の赤いバラ。パートナーがもういると示す飾りだがニコニコしているのは花だけでなく。
「今日だけだ。祭りの余興ならば楽しむものだろ。」
トリダート先輩がつけているメガネのせいだろう。いつもの黒縁の陰険メガネスタイルではなく、今日はピンクで花を模したようなメガネを付けている。
「あれって、ネタ扱いで提案したものだけど、まさか。」
「お祭りとかですとー。ああいう仮装みたいな飾りも売られるんですよ。」
うそ、私それを知らずに新発見みたいなテンションで提案したんだけど。
というかトリダート先輩が面白すぎる。いつものピッチリしたスタイルを台無しにする黒メガネではなく、ピンクのド派手メガネ。うん似合ってないけど、似合ってないからこそいつものつんけんした態度が薄まって親しみを感じる。ぷぷ、笑ってない、笑ってないよ。
いやはや思った以上に楽しいな、のぞき見。うん寂しくなんかないよ。
「おや、そこにいるのはミサ様では?」
と思って気を抜いたのが悪かったのだろうか、次に遭遇したヘイルズ先輩とレイランドさんにはあっさり気づかれてしまった。
「さすが、近衛。甘くない。」
「お嬢様、そういう場合ではないのでは?」
のぞき見していたお前が言うな。
「レイランド様、お久しぶりです。最近はずいぶんと忙しいと殿下からうかがっていましたわ。」
「ははは、ミサ様も殿下も日々腕をあげられていますからね、近衛としても訓練に身が入るというものです。」
その言葉にヘイルズ先輩が若干引いているけれど、レイランドさんの頭にも赤いバラがさしてある。うん、この二人が婚約しているというのはあとになって聞いたけど、姐さん女房って感じ。
「祭りの警邏も兼ねて、今日は近衛も暇をいただいているんです。というわけで甲斐甲斐しい婚約者の誘いに私ものったというわけです。」
「へえ、ヘイルズ先輩も隅に置けないですね。」
「ははは、ソルベ嬢。レイランドは俺よりも強いし近衛として学ぶべきことも多い人だから敬愛もしているし、将来の伴侶として最高の人だ。」
照れながらも言い切ったぞヘイルズ先輩、えらい。
「くく、うれしいことを言ってくれるじゃないか。ずいぶんと訓練が身に染みているいるらしいな。」
「そ、それは言わないでくれ。」
うん、レイランドさんの前だといつもの筋肉キャラがないな。年上にからかわれる男の子って感じだ。
「そういえば、ミサ殿は、ジャネット殿と一緒じゃないのですか?」
「えっ、ローちゃん?いやあの人は今頃張り切って祭りを取り仕切ってると思いますよ。」
「そうなのですか、最近はジャネット殿とミサ殿が親し気だと聞いていたのでてっきり。」
うんとヘイルズ先輩を見るが、慌てて首をふる。うんお前か。
「いやはやローちゃんは友達ですよ。なんというか可愛いの追求の同志みたいなものですから。」
たぶん勘違いしているであろうレイランドさんに断りをいれておく。ローちゃんはあれだ、同性の友達だし。あとなんだかんだ人気があるからそんな噂がたったら私の身が危ない。
「そうでしたか、まあミサ様にはもっと強い人がお好みらしそうですし。」
「そうですね、やっぱり私より強い人ですねー。」
もしも恋人にするならそれは絶対条件だろう。
「ははは、ローズ様の逸話と同じことをおっしゃるのですね。さすがです。」
そんなことを楽しくいってレイランドさんたちは警邏に戻っていた。
それにしても、まだ初日だというのに結構赤いバラを持っている人がいる。朝一で並んだのかしら?
「噂ではライオネル殿下が近衛や仕事がある方々に優先して花を融通したそうですよ。さすがに国中の男性がバラを求めて並んでしまうのはあれですから。」
なるほどだから学生であるヘイルズ先輩やトリダート先輩も赤いバラを持っていたのか。やるな殿下、いやこれはきっと陛下とか国の偉い人が考えたに違いない。
「てっきり、当日になって慌てて並ぶタイプだと思ってた。」
「まあほとんどの男性はこの期間に花屋へ並ぶらしいですから。うん、大丈夫ですよ、お嬢様?」
「お嬢様にもいつか素敵な人が現れますよ。」
慰めないで、別に気にしてないけど、ちょっと寂しくなるじゃない。
気づいたら、かなりお金は溜まっている。だけど使い道も恋人もいない。
気を使っているけれどボッチ気味なミサちゃんに春がくくることはあるのだろうか?




