49 ミサ 1年生 上位魔物と戦う。
戦闘回
距離にして20メートルほどの距離を一気に駆け抜けて、一番手近にいたゴブリンの胴体を真っ二つに切り分ける。
「1つ。」
突然の乱入にゴブリンたちが驚く中、近場の一匹の首を斬り飛ばす。
「2つ。」
奇襲のおかげで2体を倒し、ゴブリンがわれに返る前に距離を取る。このまま続けてもいいけど、此方に注意を向けて先生たちから距離をとる必要があったから。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃ。」
突然の奇襲に驚いてたゴブリンたちだったけど、相手が自分たちと同じくらいのメスであることに気づいてゲラゲラと笑いだし、先生たちをなぶるのをやめて私に向かってじりじりとよってくる。
ゴブリンの基本的な能力は一般兵士と同程度と言われている。ただ身体の頑丈さと痛覚の鈍さは人間とは異なっている。だからこそ倒すにはそれなりの一撃を急所に叩き込む必要がある。
1,2体ならそれはできる。ただ生物を両断するような攻撃がそう何度も出せるものじゃない。おそらくは先生たちが応戦したかこそゴブリンは10匹程度だったんだろう。
「だから私は逃げる、そう思ってるわよね。」
一般的な戦術としてはそれが正しい。森に逃げこみほかの先生に助けを求める。
「3つ。」
不用意に近づいてきた一匹がこん棒を振り上げたタイミングで両腕ごと首を斬り飛ばす。そのまま止まることなく4匹目の前に飛び込み顔面に剣をねじりこむ。
「4つ。」「ぎゃば。」
骸骨をぐちゃぐちゃにした剣は手放す。その動作にゴブリンたちは戸惑うけれど、もう私の手には魔法で使った氷の剣が握られている。
「5つ、6つ。」
回るように跳ねながら二匹まとめて首を飛ばす。慣れ親しんだ得物と躊躇なく攻撃していい敵。
「最高ね。」
強い人と戦うこととは違う本気のやり取り、呼吸が途切れて足を止めれば残りの4匹に私もやられてしまうだろう。勢いで押しているけど状況はまだ危うい。
「7つ。」「ぎゃあああああ。」
手に持っている剣を投げつけて残り3匹。このころになって胡坐をかいていたゴブリン大が立ち上がりが大声を出して威圧を放つ。
「がああああ。」
対抗するように威圧を返す。戦いながら威圧を出すというのは無作法で非効率だけど、私たちの威圧に挟まれて残った2匹のゴブリンの動きが止まる。
「8つ」「ぎゃああ。」
私が投げた氷のナイフ。そして私を狙ったゴブリン大の一撃により棒立ちになっていたゴブリンたちはあっけなく命を散らす。
「仲間ごととは、ひどいわね。」
「ぐるるる。」
私の言葉にゴブリン大は威嚇するようにうなる。仲間の死、いや仲間という概念もないのかもしれない。純粋に暴力をふるう野生と敵に対する警戒心をもってゴブリン大は持っていたこん棒を振り上げる。
「うわ。」
慌てて動いた私がいた場所に堕ちてきた一撃は地面を砕く。やばいこれ、、まともに受けるのは論外だし余波だけで吹っ飛んじゃうわ。
「百聞は一見に如かずってやつね。」
書物で読んだことはあるし、父様や兵士長たちの武勇伝の中でもゴブリンはいた。上位魔物は知性をもち、多大な力をもつ残忍で狂暴な存在。出会ったら逃げるか、必ず倒せ。父様はそう教えてくれた。
「逃げたくなる気持ちもわかるわ。」
ブンブンと振り回さるゴブリン大の攻撃を回避するのに意識を集中しなければならないから、武器を拾ったり、作ったりする余裕がない。
だけど逃げるのはもっとだめだ。先生たちはまだ動けないし、森に逃げてほかの人を巻き込むわけにもいかない。
「それに。」
目線だけはゴブリン大から逸らさずに、私は歓喜していた。
「こんなに楽しいのに、逃げ出すなんて、もったいない。」
つくづく度し難い性分だと思う。こんなにも、危険だというのに、ある意味で人生で一番のピンチで強敵のはずなのに。
「もう、アナタは怖くないわ。」
焦れて大振りになったこん棒の危険な範囲はもうわかったので、よけるのは最小限。横なぎは下に潜り込む様に振り下ろしは横に躱せばいい。攻撃範囲のギリギリを最小限の動きでよける。空いた心のリソースは右手に集中させてゴブリン大を倒すための武器をイメージする。
サイズとしては3メートル、見上げるような巨体はこん棒とセットになることでまるで巨大な岩だ。間合いだけ言えばファムアットの当主様やベンジャミン以上。だけどそれだけだ。威力も渾身の一撃でなければ対処できる。
「それなら。」
イメージするのは、父様の美しく早い研ぎ澄まされた一撃。通常の剣よりもやや細身の剣を生み出して足りない筋力を補うために回転を加えてゴブリン大の手首をねらう。
「ぎゃあ。」
浅い一撃はゴブリン大の薄皮を斬る程度しか効果はない。それでも突然の痛みでその手からこん棒が落ちる。
それを見届けてからさらに踏み込み、両手に意識を集中する。
生み出したのは木こりが使うような両手斧、ただしサイズは私の上半身より大きい。
「ふん。」
容赦なく斜めに振り下ろされた斧はゴブリン大の右足に深々と突き刺さり、ゴブリンは悲鳴を上げることもできずに蹲る。
「終わり。」
もう一度剣を生み出して自分の顔の真横に垂直に構える。両足をそろえて左を前に出しつま先だちになる。構えを取った時点で初めてゴブリン大と目があった。侮りや凶暴さはどこかへ失せ、直近の死への怯えしか見えない目が哀れでもあった。
「チェストー。」
ただそう思っただけ。何万回と繰り返した私の知る限り最強の一撃をもってしてゴブリン大の首と胴体は永遠に切り離された。
「よし。」
残身とともに後ろに飛んで周囲を警戒する。ゴブリン大がまだ生きている可能性もあるし、他のゴブリンもいるかもしれない。勝利を確信した瞬間こそ気を抜いてはいけない。
「姉さん!だいじょぶ?」
今更ながらチェックポイントへたどり着いているラグたちの姿を確認し、私は警戒を解いてにんまりと笑った。
「さて、先生たちは大丈夫かな?」
今更ながらそんな心配をしつつ、私の人生で初めての実戦はあっさりと終わってしまった。
戦闘、これは蹂躙です。そしてミサさんは頭サイヤ人ですかと言われましたが、それに近いです。




