48 ミサ1年生 上位魔物と遭遇する
フィールドワークスタート
世界には様々な境界線が存在する。
例えば国を分ける国境線。文化とルールはそこで区切られ許可なく超えることはできない。
例えば等高線、魔素や空気の濃度、気温が関係で生物の分布が分かれている。
長い歴史の中でこれらは観測され、地図にも記録されている。
その中に自然線と呼ばれるものがある。人の手が入っているところとそのままになっているところだ。
「うーん、きれいな線ね。」
目の前に広がるうっそうとした森の様子に私は感心する。緩やかなカーブを描きながら視界の向こうまで見えるラインで、人工林と自然が分かれている。
「まるで海岸線ですね、海と陸の境界線のような自然線です。」
ファルちゃんも感心している。これだけ人の手が入った自然線は初めて見た。
「ここより先は、魔物が出現する可能性がある。くれぐれも深入りはせず、何かあればここを超えてそれぞれの野営地に戻るように。」
先生たちの注意が伝えられ、生徒たちは神妙にうなづき。護衛や引率の先生たちは気を引き締める。
安全な野営地に荷物は置かれ、最低限の装備をもって生徒たちはフィールドワークをすることになる。事前に課題となっている獲物や採取目標が伝えられており、グループごとに計画を立ててそれらを探しながら森の中にあるチェックポイントに向かう。そこで先行していた職員に評価をもらってから戻る。それを一日かけて行うそういう簡単な試験だ。
「いやいや、姉さんのせいで、難易度は上がってるからね。」
まあ小さな獣たちは警戒して隠れているから探すのはちょっと苦労しそうだけど。
手入れのされていない森で一番気を付けないければいけないのは下草と苔だ。これでもかと繁茂している草は足や肌を傷つけるし、ちょっとした段差でも苔があるとツルっとすべる。
「きゃっ。」
「気を付けて、ラグの歩いたあとをよく見て歩いてね。」
苔に足を取られるメイカちゃんを支えながら先を歩くラグを見る。こちらの様子を気にかけながら邪魔になりそうな草や枝を刈り、ところどころ踏み固めながら道を作る様にラグは進んでいく。あれだけしっかりした道なら二日ぐらいは痕跡が残るだろうから帰りも安心だ。
「はあはあ、すごいですねラグ君。」
「ラグ様達は慣れていらっしゃいますから。ファスさんもメイカさんも初めての森歩きだというのに、このペースを維持できているからすごいですわ。」
息を乱している二人を励ますファルちゃんはファルちゃんで、何かに気づくたびに道から外れ、戻ってくるときには木の実やら薬草を抱えて戻ってくる。海育ちなんだけど、なんだかんだ私たちに付き合っているから森での活動も慣れたものだ。ぶっちゃけ二人がいればこの課題はクリアーしたも当然だ。
動物や魔物には縄張りがある水場とか隠れ家とかそういうのを中心にそれぞれの実力に応じた範囲で生きている。だから私に威圧されたからと言って縄張りから出ることはない。むしろ縄張りにある隠れ場に隠れて嵐が過ぎるのを待っているものだ。
「右20メートル、カエルです。」
「お任せください。」
ゆえに威圧した後は気配を消して獲物に近づき狙えばいい。今は森の泉の近くでくつろいでいるカエルを見つけて適度な距離に近づいたところだ。
「炎。」
短い詠唱とともにメイナちゃんの手から炎の鎖があたりカエルたちは悲鳴を上げる暇もなく力尽きた。
「いい火加減です。さすがです。」
「ははは、ラス家の娘として火加減は得意なんです。」
魔法の余韻でほほを赤くしながら微笑むメイカちゃん。素材に応じた熱量と適切な場所に加熱する技術。こういう繊細なコントロールを見ていると、自分の技がおおざっぱなものに思えてしまう。
「程よく火を通したジャイアントトードはお肉もおいしいし、舌と皮は防具の素材になるんでしったけ。」
周囲を警戒しつつカエルの死骸を袋に詰めるファス君もなかなかいい動きをしている。魔法の発動と同時に動き出し、即座に素材を回収しているので無駄もないし、森への影響も少ない。
「次は50メートルぐらい先にウサギが3羽いるかな、たぶん根っこのところにかくれてるから慎重にね。」
「はい。」
私の指示に素直に従って、私たちが次々と獲物をしとめていく。うん、すごく優秀。
「なんだかんだ、獲物の気配をとらえる姉さんの嗅覚があってこそじゃない?オオカミもびっくりだよ。」
「ラグ、匂いだけじゃなく痕跡とか気配を探るのよ。」
これくらいできないでどうしろというのだろうか?
森を横断するだけなら3時間もかからない。そして手際よく課題をこなしている私たちはおそらく先頭を進んでいたと思う。だからこそだろうか、何かの気配を察したとき助けを求めるという発想がうまれなかった。
「みんな、止まって。」
休憩を挟みつつ、もう少しでチェックポイントが見えるのではないかと思ったタイミングで私はたちどまった。
「どうしたの?」
「何かいやな感じがする。」
獣の気配とか危険な足場などに似ている。だけど明らかにおかしい何かを感じ取れたのは、たまたま風の向きが変わったからだ。
「血の匂い、いやちがう明らかに臭い。」
匂いはかすかなものだけど、先ほどまでなかった異物がこの先にある。もしかしたら、職員が何かもっているのかもしれないけど、私の勘ではそれは違うと思う。
「先行する、みんなはゆっくり、いつでも逃げれるようにしてあとから来て。ラグは退路の確保、みんなは周辺の警戒と荷物をまとめて、最悪素材は捨てていくよ。」
手短に指示を出して私は、森の奥、チェックポイントになっている広場へと駆けだした。
さて、魔物とは年月を経て魔素をため込んだ動物が変異したものだ。野兎は牙が鋭くなり、カエルは巨大化する。オオカミは知識が上がり狂暴になるし、サルは手癖が悪くなり雑食になる。そんな感じに性質が変化し危険な生き物が魔物だけど、時に人間にとって危険な存在になることがある。
「ゴゴゴ、ボボボ。」
チェックポイントの広場は修羅場とかしていた。いや地獄かな?供えられたテントは崩され荷物があちらこちらにぶちまけられている。そして
「や、やめろ。やめてくれ。」
中央ではうつ伏せで倒れる3人の教官を相手に緑色の何かが取り囲んで、足蹴にして遊んでいた。
「・・・ゴブリン?どうしてこんなところに。」
驚きに足を止めながら、私はその正体に思い至る。
ゴブリン、もとの動物は不明だが人里離れた場所に発生する二足歩行の魔物だ。子どもほどの身長にがりがりの手足に緑色の皮膚をした禿げ頭。そんな見た目に反して力が強く、道具や罠を使う賢さや集団で獲物をなぶる嗜虐性を持っている。私も本でしかみたことがない上位の魔物だ。
「全部で10体、しかも1体は明らかに大きい。」
3人の先生たちをなぶっている9体に対して、その大きな1体は、胡坐をかいて食料をむさぼっている。どんくさいのかと思ったけど、ほかのゴブリンが食料に手を出そうとするとシャーと威嚇している。おそらくは上下関係がはっきりしていて、ボスの食事が終わるまでの間、先生たちをなぶっているのだろう。
動物には見られない残虐で知的な行動。理性のある悪意というものに身震いしているのは恐怖からだろうか?未知の存在に、身体が警戒して逃げろと信号を送っている。
でも。
「ソルベの人間が魔物相手に怯えるわけないじゃない。」
強がりではなく、事実として。
「魔物風情が強者を気取ってんじゃないわよ。」
私の信念が止まることをゆるさなかった。
次回 ゴブリンズVSヒロイン




