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乙女ゲームの正統派ヒロイン、いいえ武闘派ヒロインです。  作者: sirosugi
学園編

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40 ミサ 1年生 決着をつける。

 前回に引き続き、暴れます。

(トリダート先輩視点)

 死屍累々、そんな言葉が浮かぶほどひどい光景だった。

 ミサ・ソルベが剣をふるうたびに、あの暑苦し集団が、紙きれのように吹っ飛び蹂躙された。

「メイナ、あれはなんだ?」

「さあ、私にもさっぱりです。ただ絶妙な身体強化ですね。」

 隣に座っていたメイナに尋ねるが、答えは期待していなかった。俺にわからないことがメイナにわかるというのも屈辱だ。

 俺もメイナも魔法の研究ではそれなりに優秀だ。だからこそ目の前で繰り広げられているミサの暴力的な魔法の使用には気づいている。

「氷の魔法はソルベのお家芸と聞いていたが、あの馬鹿げた身体能力はなんだ?」

「ええ、天才ですね。」

 魔力というのもはこの世界に点在している。発火程度の魔法ならば訓練次第で誰でも使える。いや使える理論があるのだ。だが、身体強化というのはまだ不明な点が多い。回復力や成長を早める効果や、瞬間的な筋力や頑丈さを向上させるもの。効果も運用も様々、しかもほとんどが感覚的に発動しているために体系化ができていない。

 例えば殿下やヘイルズ達は、日々の訓練の中で身体強化を使うことで訓練の効果を上げている。そのため同年代と比べてもかなり恵まれた体格をもっている。反して、実戦の中で筋力を高めるというのは難しく、ヘイルズ達は素の筋力で戦っていることになる。

 だが、目の前で繰り広げられる蹂躙を前にするとそういった考えが馬鹿らしくなる。小柄なミサの体格のどこにあれほどの力があるのだろうか?

「なるほど、殿下が気に掛けるわけだ。」

 正直逃げ出したいと思う。だが、事前の打ち合わせがある以上、自分も参加しないといけない。

「マイル様、いかれるんですか?

「ああ、けが人を運ぶには人手が必要だろ。」

 立ち上がった俺に、メイナは事投げに問いかけてきた。まあこいつが俺のことを心配するというのも変な話だ。というか、目の前の光景にどんな魔法が加わるか、そんな好奇心しかないだろう。 

「なら、眼鏡は預かりましょうか?」

 ちがうな、こいつも俺をおちょくってるな。今日は男子がダメダメすぎる。

「いや、大丈夫だ。いってくる。」

 いよいよ、倒れる筋肉たちを見ながら、俺は訓練場へとかけだすのだった。


(ミサ視点)

 戦うという気持ちから、訓練に思考を切り替えた私は、自分の攻撃に課題を感じていた。

「思った以上に軽くなってるなあ。」

 数度振り回し、先輩たちが起き上がるのを待つ。意図してそれを繰り返しているとはいえ、一撃必殺とは言えない。それこそファルちゃんのおじい様のような一撃を出すにはまだまだ精進が必要となる。そう評価ができたところで、私は魔法を解除してただの木刀に切り替えることにした。

「さて、終わらせましょうか。」

「油断するな、ここからだ。」

 木刀に戻ったことに何人かはほっとしたような表情を浮かべるけれど、ライオネル殿下がすぐにその場を引き締める。さんざん転がされたとはいえ、その一言でなんとか立ち上がり隊列を作れたことは評価できる。でも立っているだけがやっとだろう。もう終わらせてあげるべきだ。

 右手で剣の柄の端の方を持ち正面にまっすぐと構える。左手は添えるだけで。前かがみ気味に身体を倒して、足に意識を集中する。

「こ、今度はなんだよ。」

 引き気味な先輩たちには悪いが、容赦はしない。

「突。」

 飛び込みと同時に右腕を引き、間合いに入った瞬間に身体を捻ってねじりこむ様に突き出された刺突。

槍持ちの間を蛇のようにすり抜けた一撃は、盾持ちの1人の盾にぶち当たり、剣持ちも巻き込んで吹き飛ばす。

「まずまず。」

 手ごたえに満足しつつ、今度はのけぞる様にしゃがみ込む。起き上がるばねを利用した勢いで再びだした刺突が槍持ちの背中を殴打する。剣先は丸めてあるから打撲ぐらいで済むだろうけど、かなり痛い。

 先ほどまでの面制圧的な攻撃に対して、点による襲撃に先輩たちはまったく反応できていない。というか完全に足が竦んでしまっている。

「失礼!!。」

 ただ一人、我慢できなくて、切り込んできたレイランドさんを除いて。

「うわっと。」

 刺突した直後の身体が伸び切った絶妙なタイミングの切込みを前に私は、よけるしかできずにまた距離を開けられてしまう。

「お見事。」

「このように楽しい場面ですので、参加させていただきます。」

 現役の兵隊さん、きっとライオネル殿下の差し金だけど、そんな人と戦えるめったにない機会だ。文句なんてあるはずもない。

 両手をだらりと下げた前傾姿勢で見上げるようにみれが、レイランドさんは剣を正眼に構えて迎撃の構えだ。

 手の内がばれているなら、遠慮はしない。今度は剣を自分の顔の横まで引き絞り、左手を剣先に添える。ねじるように身体の筋力を引き絞り、最高のタイミングでレイランドさんに向かって、突撃する。

「ヘイルズ―、チャージだ。」

 レイランドさんがそう叫ぶが、ヘイルズ先輩以下、先輩たちはきょとんして動けていない。 

「わかりました。」

 代わりに動いたのは、ラグだった。えらい、攻撃に集中したこのタイミングで横から切りかかられば、よけるか攻めるかで判断する必要がでてくる。

「よし。」

 ここぞとばかりにレイランドさんも剣を振り下ろす。私の攻撃のタイミングを見切り、どちらでも対応できる行動はさすが現役である。

 でも引かない。

 ラグがためらいなく切りかかる気配を感じながらも、攻撃に専念してレイランドさんの剣に対して意識を集中してその剣を弾き飛ばす。

「えっ。」

 それはラグの声だったのか、それともレイランドさんの声だったのか、戸惑う声を耳にしながら申し訳程度にかばった左手に、ラグの木刀が当たる。

 ボキと、かなり嫌な音がした気がする。ああ私相手にこんな一撃をだせるようになるなんて、ラグも成長したものだ。姉としてうれしくなる。

 けれど、私を止めるには不十分だ。

 痛みを無視してラグの攻撃には逆らわずその勢いで回転して、攻撃後に硬直しているラグの顔に剣の柄を当てる。鼻血を出して後ずさるラグを確認しつつ、体当たりでレイランドを引き倒し、そのままライオネル殿下まで数歩のところまで近づく。

「無茶するやつだ。」

 殿下も即座に剣を出して構えをとるが、遅い。

 私は逆手に持った木刀を振りかぶり、その顔面に向けてぶん投げた。

「はっ。」

 木刀は殿下の顔面にクリーンヒット。顔を抑えて蹲る殿下の姿をきっかけに訓練は終わりとなった。


 ほぼ全員が力尽きたように転がる訓練場で、私は左腕と肩を氷で冷やしていた。

「ミサさま、お見事です。完敗です。」

 一番元気なレイランドさんは、周囲の確認をしながら私のところへとやってきた。

「レイランド様が最初から参戦していたら、私が負けてましたわ。」

 あるいは、ヘイルズ先輩がレイランド様の指示に従って突撃していたら、手数の差で負けていた。

「それはたらればの話です。訓練だからと参加を遠慮したのは私ですし、ヘイルズが動けなかったのは情けないだけの話ですから。」

 勝ち筋をしっかりと分かっているのだから、この人も強いなー。タイマンだったらどうなっていたのだろう。気になる。気になるけど、さすがにちょっと疲れてた。

「感謝します、ミサ様、これでヘイルズも心を入れ替えることでしょう。」

「はあ。」

 あきれ半分、親しみ半分でヘイルズ先輩を眺めるレイランド様。あれだ、なんだか。

「姉ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫よ、ラグ、なかなかいい攻撃ができるようになったわね。」

 私の手を心配するようによってきたラグも、まだまだ元気だ。

「ありがとう、ちなみになんだけど。レイランド様は、ヘイルズ先輩の許嫁。」

「・・・マジで。」

「まじまじ。」

 ラニーニャたちと同じくらいの年ごろだと思うけど、姐さん女房ってやつ?

「あと、トリダート先輩と先輩とメイサさまも許嫁って知ってる。」

「ああ、そんな気はしてた。」

 寝転ぶ筋肉先輩たちをゴロゴロと転がしながら運ぶトリダート先輩を見て、私は納得する。言葉も行動も雑だけど、明日、ここを使う人たちのことや筋肉先輩たちのことを考えて動いているあたり、いい人なんだろう。

「ラグ、学園って面白わね。」

「そう、だね。」

 そんなことを考えながら休憩していると、観客組も私たちのところへやってきた。

「お義姉様、いつのまにおじい様の動きをマスターされていたんですか、すごいです。」

 右手に抱き着いてくるファルちゃんは、さすがに私の動きに気づいていたらしい。

「ミサ、大丈夫なの、まったく無茶をするんだから。」

 気遣うように私の左手の様子を確認するマリアンヌ様。そして、大したケガでないことがわかると、どこかから櫛を取り出して、私の髪を整え始める。

「この後はお風呂ね。肌の手入れもだけど、髪が痛むわ。」

 こうやって構ってくれるのはうれしいけど、お二人とも。お相手のことはいいんですか?

 メイナ様は、トリダート先輩を手伝って、風を起こして筋肉先輩たちを冷やしているし、レイランド様はヘイルズ先輩を見つけて、何やら説教をしている。

 1人ぽつんと残されている殿下がちょっと不憫だ。

「いいのよ、今話かけるとすっごく不機嫌になるから。」

 私の視線に気づいたのか、マリアンヌ様はポンポンと私の頭をたたいてそれっきりだ。

「それにしても、ラグ様、いささか積極性に欠いた展開ではありませんでしたか。」

「いや、今回は先輩たちを立てただけだから。」

「なるほど、ですが、最後の一撃をもらってしまったのは反省ですよ。」

「それを言われると。」

 私越しに反省会を始めるファルちゃんとラグ。言うまでもないがベルカとラニーニャはトリダート先輩先輩を手伝って訓練場の整備をしている。

 誰一人殿下を気遣っていない。

「なんだか、変わり者ばっかりだな。」

「それをアナタが言いますか。」

 マリアンヌ様が呆れていたけど、そんな風に学園生活の一日は実に健康的で平和に過ぎていくのだった。


 

今回のミサさんが使った技は、明治の剣客さんのライバルが使っていたあれです。

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