39 ミサ 1年生 蹂躙する2
戦闘描写多めです。
(マリアンヌ視点)
最初の挙動はまるで魔法のようだった。ヘイルズは口も態度も大きいがミサの倍近く体も大きい、それがまるでボールのようにあっさりと吹っ飛ばされた。私にはそこまでしかわからなかった。
「お義姉様、さすがです。」
「縦の真ん中を見事にとらえましたね。」
「うーん、しかも相手の子も油断してたから踏ん張りが効かなかったみたいだよね。お嬢様も器用だけど、これは相手の子が油断しすぎだよ。」
「まあ、衝撃を逃がしやすい盾を使っているのに、ダイレクトに衝撃がくるなんて普通は経験できないでしょ、まあミサお嬢様なら当然だけど。それに気絶まではできてないのは、ミサ様の狙い通りでしょ。」
横ではファルがうっとりとした視線を送り、ミサのメイドたちは飲み物を配りながら解説していた。うん、この子たちもあっち側だったわね。
とか言っている間にヘイルズがゆっくりと立ちあがる。見た目通りに頑丈さだけど、さすがに今の一連の出来事が理解できずに混乱しているようだった。
「それでも、殿下を守る近衛のつもりですか。」
だが、その遅さにミサはイライラするように声を上げた。
「敵を見た目で侮り、不意をつかれれば役立たず、それならそこらの案山子の方がまだ役に立ちますよ。」
案山子、その言葉は近衛の関係者には禁句だ。
近衛はその仕事の関係上、動かないことが多い。近衛が動くような事態が起きないようにするのが周囲の仕事であり、そういう事態はすでに国としては敗北なのだ。だからミサの言いたいことは分かる。
「マリアンヌ様、少々、御前を失礼します。」
「ええ、ほどほどにね。」
ほら、私の護衛役のはずのレイランドがやる気満々で訓練場へ歩き出しちゃったじゃない。もしかして、ミサはそれも狙ってなのかしら。
出会って一年ほどだけど、素直でいい子なミサ。向上心も高く人の良いところをたくさん見つけられる可愛い妹。そう思っているけれど、時々とんでもなく戦闘狂になる。それが短所であり、長所なのだ。
「ファルはどうするの?」
「え、私は、ラグ様とお義姉様の雄姿をここで見守らせていただきますわ。」
えへへと笑うファル。この子も可愛い。特にラグ君に関してべたぼれで彼の活躍する場面を見ていたいという欲求と自分も闘いたいという気持ちでゆらゆら揺れているところが特に。
「そうね、私たちはのんびりと見守らせてもらいましょう。」
なんだかんだ、二人とも可愛いのでよし。そんなことを思っているうちに、訓練場では動きが見えた。
(ミサ視点)
「全体、密集防御。これでわかったろ。油断するバカはもういないな。」
よく通るライオネル殿下の声が訓練場に響く。魔法で運ばれる殿下の声は力強く、それだけで筋肉集団+ラグは表情を改めて体勢を整える。うん、私にはできない技術で、このあたりがクラウン家が王として国を治めている点の一つだと思う。
だから私は、剣の握りや足場の調子を確認しながら準備が整うを待っていたのだ。
「ミサ、相変わらずだな。だが、今日こそお前に勝つ。」
「殿下、こういった茶番は控えていただきたかったです。」
ヘイルズ先輩や筋肉集団は、私のことを女と侮る気持ちがあった。殿下はきっと私がそういう気持ちを吹き飛ばすことを期待していたのだろう。ついでに数で勝てればよし、いや勝つ気ではいるのだろう。
「いいか、奴が突っ込んできたら囲んで動きを止めろ。その隙を俺とラグがなんとかする。」
動揺を隠しつつも勝つ可能性を上げるための適格な采配。それは王として正しいふるまい。そこには、女子相手に複数で挑むことへの躊躇やためらいはない。己と周囲、何より敵の力量を考え必要な判断をすることができる。ライオネル殿下はそう意味では尊敬できる。
私はソルベの兵士で、殿下は未来の王だ。兵士には兵士の、王には王の戦い方がある。
まあ正直、未だかつてないほどにイライラしているのは否定しない。
殿下とラグの前に、ヘイルズ先輩と同じように剣と盾で武装した4人、その前に槍をもった3人、さらにその人たちの周りに剣をもった3人。正面の脅威を警戒しつつ左右にも展開できる陣形だ。連携がしっかりしていれば、巨人の手のように私をつかまえるだろう。
「これをちゃんとした兵隊さんでやってくださればね。」
食い破れないこともない。そう決意して私は木刀に魔力を通す。
イメージするのは、父様にも並ぶ強さで私を圧倒した、ファムアットのおじい様。
無骨な大剣は、私向けにサイズ調整をしているとはいえ、それでも私の背丈ほどある。その圧倒的な威容を手に、私は首をかしげる。
「そろそろいいですけ?」
(レイランド視点)
より近くで観戦、あわよくば乱入する心づもりで私は訓練場へと近づいていくと、殿下とヘイルズ達は防御の隊列を組み、それに相対するミサ様は魔法で見たこともないタイプの剣を作り出された。
「あれが、ソルベの魔法。」
ライオネル殿下からあらかじめ聞いてなかったら驚きで足を止めてしまうところだっただろう。氷を操るソルベの中でもミサさまは、かのローズさまのように自裁に武器を作り出す天才だと。見惚れてしまうほどに美しく透き通りながら、その形状がギザギザとした剣と呼ぶにはあまりに凶悪な見た目。何より、ミサと比べてあまりに大きい。
ただ、それが見掛け倒しではないことは、先ほどまでのやり取りで疑いようはない。ヘイルズ達はむしろ恐怖を覚えているようだった。
「みなさん、あの武器はよけてはだめです。受けるか打ち返してください。」
そんな中、冷静に響いたラグ・ソルベの声が響く。ただその内容はおおかしい。あんな禍々しいものをよけるなという。
斬 空気を斬る攻撃音が聞こえたとき、私たちはその正しさにきづいた。
(ミサ視点)
大剣を地面に立て、それを軸に飛び上がる。飛び上がる勢いと腕力で強引に持ち上げた大剣を真上に噛め盾持ちを狙って振り下ろす。
「ひい。」
ラグの忠告も虚しく盾持ちを含めた数人が剣を避けるように左右に開ける。ならばとそのまま右腕を斜めに滑らせるようにふって槍と盾持ちの二人を弾き飛ばす。
「うわ。」
その光景に驚く中、近くにいた槍持ちを左足で蹴り倒して意識を刈り取る。
右足を軸に着地したら、右腕の剣をすばやく左手に持ち替え、左足で踏み込みながら左にふるう。
剣のもつ慣性と自前の筋力、流れを読み取り流れを作るファムアットの戦い方、その極意をもって、槍持ち3人と盾持ち1人、剣持ちの3人を吹き飛ばすことに成功した私は、思わず上がる口角に恥ずかしくなりながら、胸のときめきがうれしかった。
「なかなか、うまくいきました。」
このまま切り崩してもいいけど、それじゃあ楽しめない。
それに、こちらにゆっくりと近づいてくるレイランドさんが来るまでもう少しあるしね。
「さあ、どんどん行きますよ。」
倒れている槍持ちの人たちを飛び越えて盾持ちの集団に向かって再び大剣を振り下ろす。真上からくる攻撃に対して、盾を真上に上げて迎撃の構えを取るけれど、そんな甘い考えでは防げない。重力に逆らわず振り下ろされた大剣は、空気の流れに乗るようにきれいな曲線を描きながら盾ものとなりで反撃を狙っていたもう一人の側頭部を薙ぎ払う。そして正面の人には、サポーターでガードでしてある膝蹴りをかまして真正面に倒す。
「止めろ、自由にさせるなー。」
このころになってレイランドさんが大声を上げて駆けだす。様子見を辞めて全力疾走で加勢しようとしているみたいだけど、まだ数秒はある。
落下の勢いと剣による慣性。それを生み出しているのは、この剣の形状による。ゴツゴツした表面は空気や水の抵抗を受け流し、独特の軌道を生み出す。さらに両手でスイッチさせることでその動きは読めるようなものではない。
まだまだ粗削りで、隙も大きい。まあせっかくだからもっと試させてもらう。
「なんだ、あの化け物は。」
誰かのうめくような声。まったくもって失礼してしまう。私なんてまだまだなのに。
どこまでも暴れん坊。
そして、まだ続きます。




