35 ミサ ノウキンを知る。
ちょっとした日常の一幕
学園に入っても私の生活は特別変わらない。訓練と学びの場がソルベの城から学園に変わっただけだ。
朝は早く起きてランニングと筋トレをおこない、学業に励みつつもマリアンヌ様やローちゃんと淑女としてのふるまいを学ぶ。己を高めて強くなるために日々の鍛錬は欠かせないのだ。
「少しはおちついてー、学業に励んだ方がいいとおもいますよー。」
今日も今日とて文句を言うラニーニャを連れながら朝の日課のランニングをする。ベルカとラニーニャは交代で私の訓練に付き合っている。訓練時でも給仕用のメイド服を着ていることに拘りを感じるが、色々と便利らしい。
私は学園指定の運動着を着て、その日の気分で学園を走る。かなり広い敷地は毎回コースを変えても未だに全容が見えてこない。遣り甲斐はあるが、ラグがいないのでちょっとだけ調子が狂う。
そのまま走っていくと学園にいくつかある訓練場についた。各種クラブ活動や授業などで使われるただ広いだけの広場だが、
「お前ら、気合いをいれろー。声をだせー。」
「おーーー。」
朝の早くから野太い声が響いていても誰からも文句を言われないくらいには広くて何もない。
「なにあの集団。」
「ああ、あれはー。ライオネル殿下とその仲間たちの訓練ですねーー。」
淡々とついてきていてたラニーニャもやや呆れた様子だった。
「1,2,3,4,」
上半身むき出しのライオネル殿下は、集団の先頭で音頭を取りながら広場を走り。
「5・6・7・8」
その後ろを同じく上半身裸の筋肉集団野太い声を上げながら走っている。はっきり言おう、ソルベの兵たちよりも暑苦しい。
「関わりあいにはなりたくないわねー。」
あれが噂に聞く、殿下と愉快なマッチョたち(命名ローちゃん)なのだろう。入学してからも日々鍛錬に励むライオネル殿下の姿に感銘を受けた一部の男子たちによる訓練集団で、訓練の激しさと暑苦しさ、そして何よりもクラウン王家への忠誠の高さで知られている。というか、ラグが入学してから所属したいと入学前から言っていた。そして、
「あれーー、あそこにいるの、ラグ様ですよねー。」
ラニーニャ気づかないで、気づいてもスルーすべきところだよ。
「よし、次は腕立てだ、全員準備しろ。」
「おお。」
だめだ、一緒になって叫び声をあげて腕立てを始めている。
「ミサ様ー、どうしますー。いつもの距離は走っちゃいましたけど。」
「いや、この状況に参加して同類と思われたくないわ。」
喜々して声をあげ筋トレに励む面々を見ながら、私たちはそっとその場を後にした。
しばらく走るとちょっとした休憩所になっている場所を見つけ、そこで日課の素振りをはじめる。
「あれですねー、ちょっと剣がぶれてますよー。やっぱり朝から刺激が強かったですかー。」
監督役のラニーニャに言われるまでもなく私も自分の動揺に気づいていた。
弟の自主性も努力も尊重したいけど、筋肉ダルマになるのはちょっと、いやかなりいやだ。あのフワフワして子犬のようだったラグも、今では大型犬を通り越して、クマもびっくりな男の子に成長している。お姉ちゃんは悲しい。
「ふん、どいつもこいつも、朝から、バカなのか。」
そんな思いに追い打ちをするような声に、私は驚き、そして目つきがするどくなった。
「なにか、御用ですか?」
ぶしつけな声かけをしてきた男子生徒を睨み返しながら私が問うと、相手は不釣り合いなほど大きな眼鏡を抑えながらため息をつく。
「いや、朝の日課の散歩だ。そしてすまない。毎朝、毎朝あの筋肉集団の暑苦しい光景を見た後に、剣を振り回す令嬢をみたので、つい口が滑った。」
謝罪の言葉は謝罪にならないほど、その態度は傲慢だった。
ひょろりと高い背に、丁寧にまとめられた髪。これは最近貴族の間で流行っているぴっちりとまとめた髪だが、神経質そうな男子生徒には自然と似合っていた。実利と見た目のバランスがきちんととれている。そう意味では決して不細工でもないし、センスが悪いわけじゃない。ただ、その不釣り合いに大きな眼鏡がすべてを台無しにしていた。
「ああ、あの集団を見ていたなら、納得ですね。」
「そうだな、毎朝見せられているのでたまったものじゃない。」
だるそうに首を振る男子生徒だが、だったら散歩のコースを変えたらいいんじゃないだろうか?少なくとも私は二度と今日のコースを通る気はない。
「しかし、このような人気のないところで剣をふるっているとは、お転婆ながら、周囲への配慮はできるんだな。」
だめだ、この眼鏡、ちょうウザイ。
「令嬢が剣をふるうのはオカシイですか?ファムアットの姫君や先の王妹殿下も剣をふるっていますよ。」
きっと私の正体は分かっていないと思いつつ、私はそう言い返したが、男子生徒はそれを鼻でわらった。
「あの方々はかなり特殊だ。だが一般に女子には女子の、男子には男子の適正というものがある。むやみに身体を鍛えて、肌にきずでもついたら大変だろ。」
この野郎。
男女の体力の差というのは確かにある。そしてたまにこの男子みたいな勘違いをしている輩がいるのだ。女子が男子に叶うわけがない。とか戦いは男の仕事というタイプだ。
「ふさわしい恰好に、ふさわしい役割、確かに大事ですね。」
ただこの程度で私はムキにならない。こんな言い分などすべて叩き潰してきたのだから。母様は。
「なら、失礼を承知で言わせていただきますけど、貴方の眼鏡も似合ってないですよ。」
そういい残して、私はラニーニャを伴ってその場をあとにした。変にとどまって余計なトラブルはごめんだ。
「なっ、似合ってない、だと。」
「髪型も着こなしもいいのに、メガネのサイズで台無しです。せめてフチなしにするか視力に関係ないなら、外すほうがいいと思います。よければ恋人に尋ねてみたらどうでしょうか?」
あんたみたいに性格の悪いやつに、まともな恋人も知り合いもいないだろうけどな。
そんな思いを抱きつつ、私は今度こそ男子生徒を置き去りにした。
結果として、今日のスルーしたことが面倒な事態を引き起こすことをその時は知らずに・・・
次回はEX回です。ローちゃんことローズの正史バージョンを書きます。




