25 ミサ11歳 満喫する。
それぞれの視点での旅行の楽しみ方です。
海の幸、もとい魔物を何頭も狩ったことではファムアットの人達に大変感謝された。うん、害獣駆除も兵士の仕事だから、そこに領地の違いはない。
「いやいや、みなさん引いてたからね。調理人さんとか拝んでたから。」
ラグ、そういう野暮なことは言うもんじゃないわよ。
そんなやり取りもあったが、ボルグ様は大変ご機嫌で次の日は、直々に稽古をつけてくれた。
「フハハハハ、ぬるい、ぬるいぞー。ないだ海の方がまだ激しいわ。」
高笑いとともに振り下ろされる大剣に角度をつけた左の剣を押し当てて無理やり起動をずらしてその隙に飛び込む、そして右手の剣を振り上げるように脇腹を狙うがボルグ様が横に振った大剣に吹っ飛ばされる。手首がいかれるんじゃないかと思うほどの衝撃に身を任せて横に飛んでゴロゴロと転がり体勢を立て直す。それでも受けた左手がびりびりと痺れて握っているだけで精一杯だ。ならばと右側から回り込むように掛けながら横なぎの攻撃を誘い、それを飛び越えて肩を狙う。
「的が大きいと油断するな。」
だが半歩下がったボルグ様に狙いを外され、仕方なく足場を作って飛び込え、上下逆さまになりながら背後をとる。この状況だと左手しか届かないのがしないよりはマシ。牽制ぐらいには。
「ならん。」
と思っていたら大剣を手放したボルグ様の裏拳に攻撃は弾かれて、剣を落としてしまった。
「うぐ。」
頭から砂浜に落ちながら私は、失敗を感じた。今のは逃げの一手が正解だった。
「ほほほ、勇ましいのはいいが。体格を考えんか。下手した骨が折れておったぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
今日は両手に木刀を構えてファルちゃんのようなスタイルの速度重視で挑みかかったが、その体躯からは想像できないほどの速さでボルグ様は私の攻撃をさばいてしまう。底が見えないのは父様や母様以来だったので、私はうれしくてたまらなり、木刀をかませ直す。
領主であるボルグ様が直々に稽古をつけてくれるこの機会は大変に有意義だ。
僕の姉さんはおかしい。尊敬できる人格だし、血のつながりもない僕にも優しい、ボスピンの父ちゃんのことも覚えていてくれて一緒に泣いてくれたことを僕は生涯忘れないだろう。だから何かあれば家族として姉さんを助けたいとも思うし、ソルベの人間として、力を発揮したいと思っている。だけど、僕の姉さんはおかしい。
「ラグ、あれはどういう精神構造をしているんだ。」
「ライ兄さん、僕にもわかりません。」
強い女性というのはいる。それはわかる。だけど砂浜で砂まみれになりながら自分の倍以上ある体格の相手に喜々して切りかかる貴族令嬢というのは姉さんだけだろう。
「ソルベの後継者としての自覚なのか、それとも兵士としての気質なのか?」
真面目な顔をして考え込むライ兄さんも中々に武闘派な人だ。初対面のときにあの姉さんに負けずと戦いを挑み、勝利するためにあれやこれやとしている。1対1で無理なら、僕や護衛の兵を呼び込んで複数で挑んだり、初見殺しな魔法とか武器も平気で使う。正直、国の皇太子がそれでいいのかというぐらい手段を選ばない姿勢なのだけれど、ベガ父さんは王族のふるまいとしては間違っていないとのことだ。
だが、姉さんはそのことごとくを打ち破っている。そこには技もあれば、純粋な筋力的なものによるごり押しもある。負けじと鍛えているので殿下も最近は兵士もびっくりなほどムキムキの筋肉質な体型になっている。やや小柄な自分からすると正直うらやましいと思う。
「さてお二人とも、休憩はこのくらいにしておきましょうか?」
そんなことを考えていたら、リンゴ様に声をかけられた。化け物と言えば、この人もそうだ。出会い頭のときは、油断してくれたことやファルの思わぬ助太刀のおかげでなんとかなったけど、この人も恐ろしく強い。何より、殿下や僕にも遠慮なく打ち込んでくる容赦のなさだ。
「行きますよ。」
こちらの返答を待たずに切り込んでくるリンゴ様。心なしか僕のほうへの攻撃頻度が高い気がするのはきっと気のせいだろう。
父上の跡を継いで国を治める。そんなことを自覚したことはない。だが、クラウン家の長子として他の4家の連中になめられてはいけないと日々思っているが。
「どいつもこいつも。」
化物だとしか思えない。稽古をつけると朝から相手をしてくれているリンゴ・ファムアットは次期領主だが、自室的にファムアットを取り仕切る男だ。そんな男が若造二人のために時間を割いているということ自体はありがたいが、それ以上に技量の差が恐ろしい。
「ライオネル殿下、そこでムキになって押し込もうとするとこのようにすかされますよ。」
速攻を決めようと力めばあさりと流されて体勢を崩しそうになる。そこをラグがカバーするように切り込むが。
「ラグ君は消極的すぎですね、この前のように自分から切り込む意気込みがないと守るものも守れませんよ。」
渾身の一撃もリンゴはあっさりと受け止めてこのように解説をする余裕があるくらいだ。真面目な話、崩せるビジョンが見えない。明らかに格上なのだ。
だからといって引く気もないが。
剣では間に合わないとわかり、ラグがくぎ付けにしたリンゴ殿に蹴りかかる。
「おっと、なかなか手癖の悪い、いやこれは足癖ですかな。」
ひょいと躱されるが、ラグへの注意がわずかにそれる。
「うおおおおお。」
合わせるようにラグが連続で剣をふりリンゴ殿をけん制する。おかげで無理な体勢になっても仕切り直す時間ができる。先ほどからそれの繰り返しだ。息切れするまでこれが続き、休憩したらそれのくりかえし、正直心が折れそうになる。
こうして、対面すると当主級の連中は化物ばかりだ。父上は強さどころか存在がつかめないし、ベガ殿やローズ殿、ボルガ殿に至っては人間とは思えない。そういう意味ではリンゴ殿はまだ人間の範疇なのかもしれない。いやそれでも足元に及ばない気がするんだけど。
同年代で言えばマリアンヌには頭が上がらない。女性だし、武力という点では俺が守る側だが、学業や政治的な配慮にはいつも助けられている。なにより俺を気遣ってくれる態度が好ましい。まあ、魔法もありとなるとかなり怖いけど。
ラグに出会ったときは不覚をとった場面だった。だがラグはそれを気にせず俺の実力や努力を認め、慕ってくれた。そして俺の動きにこうして合わせられるほど努力家で実の弟のように思っている。許嫁のファル嬢も文武に優れ将来が楽しみである。
そんなことを思っているうちに俺は息切れを起こして膝をつく。
「ふふふ、さすがですね殿下。ファムアットの兵でもここまでついてこれません。」
「それは、どうも。」
行儀が悪いと思いつつも木刀を杖替わりに立ち上がる。
「兵よりも強くなくとも、粘れなければクラウンの恥だ。」
強さは認めよう。ぶっちゃけ視線のすみで大暴れしている、真の化物がいるせいでどうでもよくなる。
「最後に勝つ。それでいい。」
いずれはミサも倒す。そのために休んでいる気はない。
ソルベとファムアットの性質は異なるとおじい様がよく言っていましたが、正直、私にはわからない。
少なくとも笑いながら稽古を続けているおじい様もミサ義姉様も戦闘狂としか思えない。
ファムアットは古くから海の魔物たちや海賊たちと戦ってきた一族だ。海上という限られた戦場で複数を相手にするため速さに特化した戦い方を好み、勝つためならば手段を選ばない。先日の父の無礼なふるまいも相手の力量を図るためのファムアット流の歓迎だ。
そこで見たのは最強と思っていたボルグおじい様に立ち向かう義姉様の姿と、父様の攻撃の中で私たちをかばう用に立ち回ったラグ様の雄姿だった。義姉様が勇敢でお強いことは知っていました。ですが、ラグ様があえて鞘ごと剣をふるった判断と身を犠牲にした行動。なにより私を頼ってくれたことがあまりにうれしかったのです。
ラグ様はお優しい。あれほどの実力があれば私を圧倒することもできるはずなのに、あえて受け中心の戦いをされるし、今もライオネル殿下に遠慮してタイミングを遅らせている。
守るために敵を倒すのがファムアットなら、守るために戦うのがソルベなのらしい。ですが私には明確な違いはわからない。
ただ思います。いつかは義姉様のように強く。そしてラグ様を支えられるようになりたいと。
パラソルの下でマリアンヌ様の相手をしながら、私はその思いを強くするのだった。
「子どもばかりね、まったく。」
目の前の砂浜で繰り広げられる光景に漏れた感想はそれだ。
喜々して暴れる老人と少女、男の子2人かかりをなんなくあしらうおじさん。海辺の青く美しい光景の中で砂埃を上げながら稽古をしているお子様たちの考えが私にはイマイチ理解できない。
「ああ、もう髪が砂だらけじゃない。」
特にミサだ。あの絹糸のように美しい髪が砂まみれになることもためらわずに砂の上をゴロゴロところがり、嵐のようなボルグ様の攻撃に喜々して飛び込んでいく。同じ女性としてハラハラしてしまう。
そもそもミサは変わった子である。ソルベからファムアットの旅の途中でも毎日のように木刀をふるっているかと思えば、私の所作を真似たり、コツを聞いて実践しようとしている。ややお転婆でせっかちことはあっても、私の指摘や注意はきちんと守るし、地理や歴史の話などは学園の教師も顔負けな教養の高さを持っている。たった1週間という時間の中で、ミサの動きは洗練され、淑女として一段も二段もあがっている。
そして、それを褒めると心底うれしそうに笑い、その倍以上の言葉で私の行動のすばらしさを語ってくれる。一度はライオネル様がご執心なことに嫉妬を覚えたのが恥ずかしくなった。なんというか超かわいい。
サラサラした髪に人形のように整った顔。私よりも少し小柄でありながら力強くキラキラと輝く瞳。そして無条件に私のことを慕い、人の好さをためらいなく語る精神性。うん、お姉さまにだってなんだってなりますわ。
だからこそ、こうして目の前で繰り広げられる光景に呆れつつもハラハラしてしまう。あの髪に、あの顔や肌にきずの一つでもつけるようならば、あのジジイを私は消し去る覚悟がある。
ファルもカワイイ。自分も混ざりたいとうずうずしながらも私に気遣ってあれこれと解説したり、雑談したりしてくれる。それでもちらちらとラグ君のことを見て目をキラキラさせている。うん、恋する乙女はかわいい。
私はそれなりに努力をしています。それはライオネル殿下を支え、将来の国母となる覚悟をもったからです。そんな私の覚悟を殿下は理解し、頼ってくれている。女性としてこんなにうれしいことはありません。最近は少々暴走気味ですけど。
ただ同じように国を支える4家の私たちは、みな努力していることを知れて正直うれしいのです。
同じ女としてミサもファルも素晴らしいと思います。
だからこそ、私は姉として後で女性としてのふるまいを教えてあげないといけないですね。
「せっかくです、二人とも髪を洗って、整えてあげますわ。」
そろそろ力尽きて休憩するであろう面々を見ながらこの後が楽しみで私はそっとほほ笑むのだった。
「わしも年だな、あの程度で腰が痛いわい。」
「父上、ずいぶんとはりきっておられましたね。」
わが父、ボルグ・ファムアットはソルベ嫌いで有名だ。それは、先代のソルベ領主とライバル関係であったことや今代の領主であるベガ・ソルベとその悪友であったボスピン以下のソルベの兵士どもが領内で色々とやらかしたからである。
やらかしたと言えば、昨日もミサ嬢の護衛に来ていた兵士たちも色々とやってくれたようだ。おかげスケジュールの調整が大変になりそうで頭が痛い。
「くく、お前もわかっているだろ、あの嬢ちゃんはソルベの中でも特急のバカよ。むしろわしらよりのバカだがな。」
「・・・たしかに勇敢ですし、あの年であそこまで動けるのは素晴らしいですね。」
初手を透かされたことも驚いたが、父上に喜々して切りかかる姿が印象的なお嬢さんだった。
父上は事実上引退し、ファムアットの管理は私に丸投げして鍛錬に明け暮れている。そのため強さだけで言えば、ファムアットを含め国内でも最強である。ほとんどの兵士が父上との稽古を避けたがる。私はその筆頭だ。
「ファルがなつくのもわかる。あの年であの実力で何より強くなることにどん欲だ。もしかすると数年後にはわしやベガの小僧の動きも完全に習得しとるぞ。」
「それは、将来が楽しみですね。」
仮にそうなったらとんでもない化物になるだろう。少なくともファルや私では止められなくなる。それでも。
「歪な子ですね。強さにどん欲なのに、強さにこだわりがない。」
今日も一度だけ手合わせさせてもらって私はそう感じてしまった。
「そうだな、あれは使えないと分かれば百年の鍛錬も捨てるだろうよ。」
戦いかたというのは個性であり、人の在り方だ。私やファルが双剣で戦うように、ラグ少年やライオネル殿下がコンビで戦うことをよしとしているように。槍や弓、徒手、強さを極めようとしていく中で人それぞれに自分の好みの武器や戦い方というものをもつことになる。
「だが、あのお嬢ちゃんにはそれがない。だからあんな手品みたいな戦い方ができる。」
父上には槍と大槌、投げナイフに双剣。私には徒手で挑んできた。あれだけ多彩にできる才能なのか、努力なのかを一点に集中させれば・・・
「あれでまだ学園にも通っていなんです。将来、彼女が何を選ぶのか楽しみですね。」
「おお、やさしいの。さすがに将来の義理の娘にはお前も甘くなるか。」
「ああ!」
ああ、このぼけ老人は何を言っているんだろうか。
「ファルはまだ嫁にやりませんよ。少なくとも私を一人で圧倒できるようになるまでは。」
今日の手合わせを振り返る限りはまだまだですし。
「こいつは、こいつでどうにならんものか。」
よし、最近は政務で忙しかったけど、私も若者に負けないように鍛錬をし直さないとな―。
マリアンヌ様だけなにかオカシイ。
11歳編はここまで、いよいよ学園編、つまり本編がはじまる予定。




