24 ミサ 11歳 海を知る。
旅行編が続きます。
生きる上で水というのは欠かせないものだ。ソルベにも山から流れるいくつかの川周辺に村や拠点がある。それだけ水というのは私にとってなじみのなるものだった。
だけど、
圧倒的な水量、見渡す限りすべてが水という光景を改めてみると自分の見ているのものが信じられなくなる。そしてその大量の水があちらこちらへと動き、遠目に浮かんでいる舟が活発に動いている様子は人生で初めて見たものだった。
「ふふふ、海を見られた人はそんな顔をされるんです。」
初めて見る海に圧倒されていた私たちの様子にファルちゃんがクスクスと笑っていた。彼女にとっては見慣れた光景らしい。
「この海の向こうには、村程度の規模で人間が生活している島が無数にある諸島群あり、その先をこえ一月ほど旅をすると別の大陸があるそうです。ファムアットの家はそれらとの交流や、海の魔物や不貞の輩、海賊と呼ばれる集団を打ち倒しながら、この地をおさめているんです。」
その説明自体は知識として理解していた。だが知識と経験は違うと感じるのが素直な感想だ。この無限とも思える水の塊、そこを旅しようとする人たちも、生活している人達も私の想像からはなかった存在だ。昨日見た、ファムアットの城も、でてきた食事もそうだ。
「もとをただせば、ファムアットは王国とは別の国だったとも言われている。だからこそ、王家もファムアットとは対等の関係を維持したいと思っているのですわ、ですよね、殿下?」
「あ、ああ。マリアンヌの言う通りだ。何より、ファムアットから塩の共有が止まれば王都は干上がるからな。」
納得といった顔のマリアンヌ様とライオネル殿下だが、二人も驚いていた。
「そうでした、ファルちゃん、この水には塩がたくさんあるんだっけ?」
「はい、海水と私たちは読んでいます。そのまま飲むと体に悪いので沸騰させて塩を取り除かないと飲めません。だからこそですが、海の生き物には独特の風味がつくんです。」
昨日の美食もそういうことか。
「じゃあ、蟹もエビも?」
「はい、もう沖合の海底にいるものを網で採るんです。ほら、あそこ。」
ファルちゃんが指をさす先では、沢山の舟が集まってなにやら作業をしていた。なるほどああやって海の生き物を捕まえているのか、考えられている。
「ただ、今の時期はあそこよりも沖にいくとクラーケンや、オーガシャークなどがでてくるので、島々からの交流は少ないんです。海上であれらの魔物に出会うとさすがに・・・。」
目の前の海は、入江といって陸地に囲まれているから比較的浅くて安全らしいが、それより沖になると水も深く、色々と危ないとのこと。
「せっかくですし、入江の先が見える場所へご案内しますね。」
やる気に溢れるファルちゃんはそう言って、海沿いの道を教えてくれた。崖の下にある馬車が一台ほど通れる道はなかなかに荒れていたがこのメンバーなら問題はなかった。
問題があったとしたら、その先だろう。
「ははは、だいぶ加減もわかってきた、グラーク、バストル、次の準備だ。」
コクコク
「あいよ、旦那。今ならあそこだ。」
ソルベから来ていた職務怠慢な兵士どもが上半身裸ではしゃいでいた。
「なにやってんの、あの人達。」
「さあ。」
ラグと一緒に首をかしげている目前で、男組の馬車の御者をしていた、ひょろりとしたバストルが額に手をかざしてじっくりと海を観察し、ベンジャミンは筋肉を盛り上がらせて自慢の槍を構え、そのやりに雑に結ばれた縄の先をグラークが握っていた。
「旦那、今だ。」
「はっ。」
合図とともに、風を切って投げられる馬上槍。王国広しと言えど、あんなにポンポン投げるのは。
「ベンジャミンと姉さんぐらいじゃない?」
「だよねー。」
呆気にとられる他の面々に比べて私とラグからすると見慣れた光景でもあった。そして投げ出されたやりは水の抵抗とかを無視して海面に突き刺さりその姿が見えなくなる。
「かかった。グラーク、今だ。」
バストルが合図をだし、今度はグラークが縄をどんどん引っ張っていく。槍の先に何かが刺さっているのか、縄はちぎれんばかりに張り詰め、踏みしめるグラークの足元も地面に半ば埋まっている。
「おい、ラグ、アレは何をしているんだ?」
「ええっと、たぶん、狩りではないかと?」
がやがやしている殿下たちを後にして私は3人に近づいていく。
「バストル、何を採っているの?」
「ああ、お嬢じゃないか、ベンジャミンの旦那がね。」
飄々とし何よりこちらを小ばかにしていることを隠そうともしないバストルもソルベの兵士で、領内でも随一の弓の使い手だ。
「宿の人間がクラーケンの幼体が近づいていると言っていてな、こうして骨身を働かせておるんじゃ。」
「そんなこといって、クラーケンには旦那の槍も効果がないって煽られたから意趣返しにきたんでしょ、付き合わされるこっちの身にもなってほしいってもんだ。」
「仕事放棄してなにやってんのよ、あんたたちは。」
あまりの理由に素の口調がでてしまった。そんなことをしている間もグラークは寡黙に縄をたぐり、やがてそれは海面に姿を現した。
ぐったりとした巨体と長い触腕、黒い液体で海を汚しているそれは、ぱっとみただけで5メートルはありそうな巨体だった。
「えっ、クラーケン?海の中にいるのを槍で?」
クラーケンと私たちを交互に見ながらファルちゃんが驚愕していたが、ソルベの兵ならこのくらいはできるぞ。この3人はバカだけど。
「フハハハハ、お嬢みたか、ただのデカいイカなんぞ、わしらにかかればこんなものよ。」
「幼体だかでしょ、旦那。沖合にいる成体は流石にグラークじゃ引き上げられないっすよ。」
コクコク。
「いや、だから人様の土地で勝手に狩りをしてんじゃないわよ。」
できるできない以前の問題だ。
「ご、ごめんね、ファルちゃん。この人達、山の猿よりもバカだから常識ないのよ。」
「ええ、お義姉さま、大丈夫です。入江より沖では自衛のために狩りは推奨されていますから。」
ファルちゃんもびっくりはしていたが、さすがはファムアットの娘。すぐに立ち直ってフォローしてくれた。うんわかる、こんなバカな狩りをする人はきっといないんだろうな。
「そんなことよりお嬢、このクラーケンを凍らせてくれないか。こいつはとれたてを冷やしてしめるとうまいんじゃ。」
「なつかしいなあ、ベガの大将がよく振舞ってくれたもんす。」
「そうなの、なにやってんの父さま。」
ソルベの人間はオカシイと思われたらどうするつもりなんだ。だが、味がよくなるならば、魔法を使うことは最優先だ。
「おお、見事な氷漬け。お嬢の魔法は便利っすね。」
ひんやりと凍らせたクラーケンをグラークがもくもくと解体していく。石みたいに固いはずなんだけど、ナイフと腕力で解体って、やばくないか?
「これは音に聞く、ソルベの実力ですか。なるほど、4家最強というのは本当なんですね。」
・・・マリアンナ様、そのフォローはいらないです。
「ラグ、お前はあそこまでなる必要はないぞ。人外はミサだけで充分だ。」
「なりたくてもなれないと思います。」
・・・殿下、私は人間ですよ。そしてラグはあとで特訓だ。
「お義姉様、私がんばりますね。」
「ファルちゃん、貴方だけよ、私の味方わ。」
思わず抱きしめちゃうじゃない。
「わわ、でもクラーケンの幼体を狩っていただけたのは正直助かります。アレが一体いるだけで漁業も交易も危険度が上がりますので。」
「そうなんだ、ソルベのクマとか魔物と同じなんだね。」
結果として、ファムアットに貢献できたというのはいいけど、護衛だよね、貴方たち。
「しかし、海水は厄介じゃのう。これ以上は槍が痛むぞ。」
「まあいいじゃないですか、このクラーケンを見せればあの連中も黙りますって。」
その辺りを全く反省していない二人にたいして、グラークは申し訳なさそうにクラーケンの足を一つ私に手渡してきた。詫びということだろう。
これはあとで美味しくいただくとして。
「てことは、バストル。まだ何かいるの?」
「あれ、お嬢も興味でちゃいました? いますよ、それこそクラーケンが数体と、めっちゃデカい魚が何匹か。あれがオーガシャークでしょうな。塩焼きするとうまいんすよ。」
クラーケンとオーガシャークは昨日の宴会にはでてなかったなあ。
「もう少ししたら、討伐隊を編成して間引きをしますから、その時期の特産です。」
ファルちゃんその情報はうれしい。
「グラーク、縄はまだある?」
コテリと首傾げつつ、グラークは予備の縄をだしてくれた。
「ベンジャミン、まだいけるわよね?」
「はは、槍が痛むので引き上げようと思っていたが。」
「はい。」
イメージするのは、このバカ老人の獲物。それを2本。
「なんですか、なんですか。お嬢もノリノリじゃないですか。」
からかいながらもバストルは海に意識を集中させる。
「狩り尽くすわよ。」
どうせ狩るんだ、ここで私の鍛錬とグルメのために使っても怒られないよね。うん、むしろ善行、人々の安心を守るために人の上に立つものの務めというやつよ。
「お嬢、あそこです。」
言われた場所に意識を集中する、よくわらかないけどなんとなく海面の動きが不自然な気がする。
「おりゃ。」
全身のバネを利用して馬上槍を投げる。ただ、慣れない場所だったのもあって場所がずれたし、海面で弾かれてしまう。
「がははは、相変わらず筋がよいが、お嬢、もう少し高いところから角度をつけんと弾かれるぞ。」
悔しがるひまもなく投げられたベンジャミンの槍は私の思っていた場所に着水し、ロープがピンとはる。
「グラーク、後は任せたぞ。」
コクコク
うなづいてロープを引っ張る。後で聞いたことだけど、水中の生き物を引っ張るのは、通常の何倍も力が必要で、クラーケンなら、幼体でも大人が10人以上いると言われているらしい。
「うん、私もまだまだだなー。」
当然だが、グラークのような怪力はないし、ベンジャミンのように上手にやりを投げられない。バストルのいう場所に獲物がいるか自信もない。
ただ、だからこそ、こんなところに自分の伸び代を見つけられたことがうれしくてしょうがない。
「おい、笑ってるぞ、あいつ。」
「ライオネル殿下、姉さんはあれが普通です。ああいう人なんです。」
男子二人が背後で何やら言っていたが、今は目の前の問題だ。
「次、次の場所は?」
その後、夕暮れまでやり投げに興じたのり、オーガシャークをしとめることができた。マリアンナ様にはなぜか、めっちゃ怒られたけど。
海や海の生態系などは現実とは微妙に違います。




