23 ミサ 11歳 振る舞う
身体を動かしたら、食べたくなるよね。
手厚い歓迎を受けたのち、私たちはファムアットの人たちに歓待を受けることとなった。豪華な客間に通され、旅の汗と埃をきれいにした後は、ファルちゃんのすすめでセーラー服に着替え、ゆったりとくつろぎ。夜にはボルグ様たちも出席する中での宴会となった。
「では、4家の出会いの記念と更なる発展を祝して。」
乾杯の音頭を取ったのは、ラグたちに押さえつけられていた人だった。リンゴ・ファムアット。なんとファルちゃんのお父さんだった。つまりは2代にわたるファムアットの最強戦力で歓迎されたらしい。
「しかし、リンゴよ、複数相手だっとはいえ、あれはないのではないか?」
「いえいえ、まさかファルまで助太刀にはいるとは思わなかったのですよ。それにラグ君も殿下もかなりの腕前でしたよ。」
取り押さえられたことをからかうボルグ様に、リンゴ様は苦笑していた。ちなみにファムアット側の人間はファルちゃんも含めた3人だ。ほかの親族は用事があって城内にはいないらしい。
「ラグ様に頼られたなら、お味方するのは当然ですわ。」
すまし顔のファルちゃんだが、耳が少し赤い。なんだかんだ、親の前で許嫁の話というのは照れるのだろう。ちょっとうらやましい。
「まあいい、武に真摯なものをファムアットは歓迎しよう。わしに立ち向かったミサの嬢ちゃんも驚いたが、小僧どももなかなか見どころがある。」
かかかと笑いながらボルグ様がそう評する。私はそっちまで見ている余裕はなかったけど、ボルグさまはラグたちの様子も観察できていたのだろう。
まあそんなことよりも、ご飯がおいしい。海辺のファムアットらしい、新鮮な魚や舶来の調味料を使ったいろいろな味の食事はソルベにはない多彩さを誇り、彩りも味も豊富で飽きない。
食堂もソルベにはない彩りがあり目も口もいろいろと忙しい。
「ミサ、もう少し落ち着いて食べなさい。」
「うっごめんんさい。」
きょろきょろとしていたら、マリアンヌ様に怒られた。ちなみにセーラー服がめっちゃ似合っている。
「かまわん、かまわん、今は無礼講だし、おかわりもたくさんある。」
「そうですよ、マリアンヌ嬢、といってもその所作を見せられると私たちも気遣いをしなくてはと思うよ。」
ボルグ様とリンゴ様のそれぞれ個性的な返答に驚くが、言葉通り、こんなときもマリアンヌ様の所作は洗練されたものだった。フォークとハシの動きとか。
「マリアンヌ様、義姉様、こちらも食べてみてください、少し食べづらいですがとてもおいしいんですよ。」
そういってファルちゃんが取り分けてくれたのは、ゴツゴツとした突起のある何かの足だった。あれだ、なんかクモっぽい。
「こちらはカニでしたっけ、初めて食べますわ。」
「カニですか?」
「ええ、義姉様、海の底で暮らしているハサミを持った生き物です。塩ゆでにして殻の中身を食べるんです。」
言いながらファルちゃんは足を割って、中の身を穿り出す。少しピンクなフワフワした身はいい匂いがした。その動きを見習いながら私たちも足を割ってみる。
「なにこれ、おいしい。」
「柔らかいのに味が濃いですね、本当に塩ゆでしただけなのですか?」
見た目に反してかなりおいしい。
「蟹は鮮度が大事ですので、捕れたてを塩ゆでにして殻から剥きながら食べるのが一番おいしいんです。あっ、そちらの海老もおすすめですわ。」
「こっちはぷりぷりしている。揚げてもおいしそう。」
「手づかみで食べるのもこういうのだと楽しいですわね。」
女性3人が姦しく食べている、一方で、ラグと殿下は黙々と蟹と海老を食べていた。うんわかる、なんだか黙って食べたくなるよね。
多い食べて、多いに騒ぐ。そんな時間が一段落したところで、私は悪戯心がうずいてしまった。
「ファルちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど。」
「ええ、それでしたらすぐに用意できますが。」
そっとファルちゃんに話してあるものを用意してもらう。待っている間に氷の器を作り出来栄えを確認する。
「姉さん、まさか。」
「ラグ、手伝ってね。」
見慣れた形にすぐに気づいたラグが身構えるが、私はもう一つ作って渡す。強制参加だ。
「義姉様、此方でよろしいですか?」
用意してもらったのは、牛の乳と塩と砂糖、それに卵だ、それとローブだ。それらを用意した氷の器に入れ、自分の荷物から取り出した香辛料を加える。うん、これがあるとないで味がかなり違うからね。
「はい、ラグ、お願いね。」
中身がこぼれないように蓋をして、ロープで縛ってからラグに渡す。同じように自分の分も用意する。
「ボルグ様、リンゴ様、しばしご無礼を。」
そういって宴会の場から少し離れて、ロープの反対側をもち、振り回す。
最初はゆっくり、段々と早く。
「なんじゃ、急に鍛錬でもしたくなったか?ソルベは変わっとるのう。」
最初は何かの余興かと思っていた面々だが、段々と加速し、気づけば物騒な音で風を切る私たちの様子に言葉を忘れて観察するようになった。
時間にして数分もみたないい時間。腕が疲れを感じ始めたぐらいで私は回転を緩めて、その手ごたえに満足して動きを止める。
「よし。」
冷気を込めながら振り回された牛の乳は、ほかの材料と混ざってふわっと固まっている。
「素敵なお食事のお礼に、拙作ですが、ソルベの名物を提供させていただきます。」
そういってホストであるボルグ様とリンゴ様には私から、殿下たちにはラグが容器の中身をよそっていく。取り皿に盛られたそれは雪のようだがそれとも違う。
「ソルベの名物、ジェラートでございます。」
「すごい、まるで雪のようですわ。」
「ほほ、冷気を当てつつ容器を回すことで空気を含ませたというわけか。」
その理屈に気づいた人もいたが、そんなものは口に含んだ瞬間にふっとんだ。
「冷たいのに濃厚な乳の味、それとこれは卵ですね。」
「生ですが、冷却することで無害になっていますので、そのままお召し上がりくださっても大丈夫です。」
気にする人もいるから念のために、生の卵は腹を下すことがあるので普通は食べない。ただ火を通す代わりに氷漬けにすることで消毒できるというのは、山に生きるソルベの地で見つかった調理法の一つだ。凍らせるこどで、食べ物は長持ちするし、ものによっては味がよくなる。
ジェラートと名付けられたこの菓子は、ソルベで代々伝わる菓子なのだけれども氷の豊富なソルベの地以外ではなかなか食べられないごちそうなのだ。
「こいつは、酒にあいそうだな。」
「はい、父は、濃い目の酒をかけて食べるのが好きです。ほかにも果物やそれを加工して作ったシロップなどをかけてもおいしいのです。」
「ほう、それは試してみるか。」
ボルグ様は手元の酒を、ほかの面々は食卓に並んでいた果物をおともに、ジェラートを口に含む。
「おいしい、義姉様、こんなにおいしい菓子は初めて食べましたわ。」
ファルちゃんはすっかり夢中になって、ラグにお替りをねだっている。
うん、気に入ってくれたのはうれしいんだけど、食べ過ぎるとおなかが冷えちゃうんだよね。
「ミサ嬢、これは、ソルベの魔法を使っていたのかい?」
リンゴ様は調理法にあたりを付けていたのだろう。まあ隠すほどでもないか。
「そうですね、今回は氷を使わせていただきましたが、ソルベでは金属の容器を使って雪や氷で冷やしながら作るのが一般的ですね。冬になると子供たちが手伝いがてらに容器を振り回して作り、氷室に保管しておくんです。」
「なるほど、となるとファムアットでもできなくはないか・・・」
めっちゃ大変だとは思うけどね。
ともあれ、食事の返礼としてはうまくいっただろう。母様から万が一の時はふるまいなさいと言われていたけど、こうして好評なので一安心だ。
「ふふふ、ファルが少しうらやましいぞ。ラグの小僧が婿に来るなり、嫁に行くなりしても、いつでもこれが食えるというわけだ。」
そんなボルグ様のからかいに、ラグが赤面していたのがかなり面白かった。
ミサの動き、ダンジョン飯のあれに似ていると思ったなら正解です。




