10 ミサさん 5歳 ちかいをたてる。
義弟とのフラグと歴史の分岐点となる。
最高とも思える一日を終えたはずなのに、わたしは不思議と寝つけなかった。まだ子どもの私は夜更かしを許されず、父様たち大人よりもずっと早くベットに入るように言われているし、元気いっぱいに過ごしたあとは、お昼寝をしても寝足りないぐらい。今日もとても疲れていたし、楽しかった。でもなぜか眠くならない。
ベットの上でゴロゴロと転がりながらなぜ眠くならないのか考えるけど、考えれば考えるほど目がさえてしまう。
「うーん。」
ベットから這い出て、窓際に行けば見張りの兵士さんたちらしき明かりがちらほらと見えるだけで城内はとても静かだ。明かりは貴重なのでいかにソルベの城といっても夜は最低限の稼働しかしていないのだと母様が以前言っていた。だから夜はとても静かだ。
「喉乾いた。」
そう思って私は部屋からそっと廊下にでた。それこそベルを鳴らすなり、隣の部屋で休んでいるマリーにお願いすれば用意してもらえるけど、こんなことで起こすのは申し訳ないし、少し歩きたくなったのだ。
暗い廊下を迷いなく歩く。怖いとは思わない。ソルベの城は世界で一番安全な場所だし、目的地である厨房までの道のりは目をつむっていてもわかる。
厨房には氷で冷やされた氷室があり、そこにはよく冷えたお水の瓶がいくつも置いてある。明日の仕込みをしている料理人さんたちにばれないようにそっと忍び込んで借りる。別にいつもしているわけじゃないよ。こんなのはソルベの人間ならできて当然のスキルだよ。
ひんやりとした瓶の冷たさを感じながら戻る道も慣れたもの。誰にも見つからずに私は部屋の前の廊下までたどり着くことができた。
「あれ?」
スン、スン
部屋まであと数歩というところで私の耳は聞きなれない音を拾った。まるで何かが鳴いているような、そしてそれを隠しているかのような音。森で隠れる動物の気配にも似た音。うん、何かいる。いや、何かがいるのは当たり前だけど。
立ち止まって意識を音のした方に向けると、くぐもったような音が廊下の奥から確かに聞こえていた。
スン、スン
音のヌシに気づかれないように私は足を忍ばせながらそこに近づいていく。近づくにつれて、音ははっきりとし、出所もすぐにわかった。
「とうちゃん、とうちゃん。」
布越しのようなくぐもった声、意識しないと聞き流してしまうようなわずかな音、それは一番奥にあったラグの部屋から聞こえる泣き声だった。
「ラグ。」
それまでの注意深さを忘れて私は、扉にとりついてドアを力一杯おした。
「えっなに!」
扉の向こうには明りの下で、枕を抱えて涙を流すラグの姿があった。ためらいなく私はそこに抱き着き、顔を見る。
「どうしたの、どこか痛いの?」
まず考えたのはケガをしていること、あるいは昼間の訓練の不調が響いていることだ。
「え、ミサ様。なんで。」
うろたえてお姉ちゃんと呼ぶことを忘れて素になっているラグの様子に、ケガはないだろうと気づく。ではなぜ泣いているのだろう?
「うん、水を飲みましょう。」
ただ泣いているということは、身体の水が減っているということだ。偶然にも水を持っていてよかったと思ったが、コップを忘れていたことに気づく。
「あっそうだ。見てて。」
だが解決の名案はすぐに浮かんだ。
「うん?」
いったんラグから離れて、目を合わせるようにしゃがみ込む。水の瓶も置いて両手を水平に広げる。そして、指先に魔力を集中し、性質変化を命じる。
透き通ったガラスのように薄く、でも頑丈でほどほどに冷たい氷。私の想像に従って魔法は氷のカップを作り出した。
「はい、おいしいよ。」
できたカップに水を注いでラグに手渡す。
「ちょっと、冷たい。」
「でしょ。」
ふふふ、私の氷は特別性だ。溶けないし、冷たさも調整が可能。そういえばあまり人には見せるなとと言われていたけど、まあ弟に見せる分には問題ないか。
「これって、魔法なの?」
「そうだよ、ソルベの魔法、今度ラグにも教えてあげる。」
驚きつつも水を飲むラグの顔は落ち着いたものに戻っていた。ちょっと安心しつつ、私は自分の分のカップを作って水を飲む。うん、おいしい。
「ねえ、ラグ、どうしたの?」
「うっ。」
一心地ついたところで私は、ラグの様子のおかしさを訪ねた。夜中に枕を抱えて丸まって泣くなんて初めて見たのだ、驚いたし、解決してあげたいと思ったのだ。
「え、ええっと。怒らない?」
「何を怒るの?必要なら正しいことを教えるけど、私はラグには怒らないは、お姉ちゃんだもん。」
私が弟を怒るわけがない。怒るような事態に私がさせなければいいんだ。だから、そんな顔をしないでほしい。悲しい顔は見たくない。
「とうちゃん、とうちゃんのことを考えてました。」
つっかえるように、絞り出すようにラグはそういった。
「とうちゃん? 父様のこと?」
「いえ、御屋形様じゃなく、て。」
後々になって、自分の行動を振り返って私はいくつも後悔することになる。だが、それでもここで正しい理解をしていなかった。私にとって父とはソルベの領主である父様のことだ。ラグも家族になるなら、そうなるのだと思っていた。
「とうちゃんは、とうちゃんです。14日前に仕事だってでたっきり帰って・・・・うううう。」
けんめいにせつめいしようとするラグの涙の様子がわからなかった。ただ、14日も前で今日までラグは悲しいことがあったということはわかった。
「そうか、ラグにはとうちゃんがいるのね。」
うんうんとうなづくラグを抱きしめる。なるほど、世の中には父親が何人もいる子どももいて、ラグの場合はとうちゃんさんがいるということだろう。ちょっとうらやましい。
いったい誰だろうか、父様は、部下が・・・。
「えっ。」
そこまで至って私の中でいろんなものがつながった。ラグと出会う直前の父様の言葉。そして、数日一緒に過ごして感じていたラグの才能。
「ねえ、ラグ、ラグの父ちゃんって、ボスピン?」
「えっどうして?」
どうしての続きはわからない。
どうして知っている?なのか、
どうしてそんなことをいうのか?なのか
どうして、私が泣いているか? なのか
「そうなんだ、ボスピン死んじゃったんだ。」
ただ、その反応で私はすべてを理解してしまった。最近姿を見ていなかったボスピン兵士長のこと、大人が元気がなかったこと。急に弟ができてしまったこと。
「ごめん、ごめんね。」
自分の愚かさがいやになった。弟ができたとはしゃいで、事情を考えなかったこと。兵士たちを助けたと大人たちに褒められて深く考えていなかった。
「ラグがボスピンの子どもだって、すぐに気づけたはずなのに。ボスピンがとうちゃんがいなくなって悲しいラグに気づいてあげられなかった。」
落ち着いて動きを見ればボスピンの力強い動きがラグの動きの中にはあったのだ。私はちゃんと気づかないといけなかったのに・・・
それに、ボスピンはきっと・・・
「うわあああああああああああああ。」
「えっ、えっ、お姉ちゃん?」
いろんなことが重なって私の心は決壊した、ラグを抱きしめたままま声を上げて私はわんわんと泣いた。こんなに心を抑えられないのは初めてだった。情けない。ごめんなさい。
「う、うううううう。」
私の泣き声が呼び水になったのか、ラグまで泣き始めた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」
「とうちゃん、とうちゃん。」
流れる涙に漏れる声。お互いに身体を預けて私たちはワンワンと泣き叫んだ。やがて、騒ぎを聞きつけたマリーが卒倒しそうになりながら慰めてくれるまで。
泣きながら、、私はラグにこっそりと誓った。
「ボスピンの強さも教えてあげる。そしてもっと強くなって、ラグもみんなも私が守る。」
まだまだひよっこのソルベの子。そう私が自覚し、ソルベの人間になることの意味を真に理解した、そんな決意の夜にしよう。流れる涙に私はそうちかった。
夜中に子ども二人が抱き合って、わんわんと泣いているのだ。
城内が恐ろしいほどの大騒ぎになって、再びしょんぼりすることなるのはまた別の思い出。
衝撃的な出来事から幼年期が終わろうとするそんな夜。
次回は、正史の話。




