8 ミサちゃん 5歳 かわいい生き物と出会う。
姉弟の初対面。
兵士さんたちのことはいいとして、私は首をかしげながら父様に尋ねた。
「父様、それで、お話とはなんですか?」
私の問いかけでに大人たちはピタリと動きを止めて、咳払いとともに私につげた。
「ミサ、突然だが、お前に今日から弟ができる。」
「おとうと?」
意味が正しく理解できず、私は母様を見る。
「ううん、たぶんそういわけじゃないから。」
困ったように首をふる母様に私の困惑はさらに深まった。おとうとというのは、年下の兄弟のことだと母様のお話で聞いたことがある気がするけど。ある日突然できるものなんだろうか?
「実は、先日、部下の一人が殉職した。それこそ右腕と言ってもいい男だ。」
そう話す父様も、周りの大人も悲しげな顔をするため、私はそれ以上の質問ができなかった。
「で、その子の息子がな、親に似て優秀なのだが、母親も数年前に亡くなっているんだ。そこで、我が家の養子とすることにした。」
「ようし?」
「そうね、家族として、その子の面倒をみるってこと。ミサはそうね、お姉さんになるってことよ。」
「おねえさん。」
確か年上の姉妹のことをそう呼んだ。なるほど、私はお姉さんになるってことか。
「わかりました。」
とりあえず、父様達が言うならそういうことなんだろう。少なくとも私はそれ以上疑ったり、わがままを言う気はなかった。ソルベの娘なら、たいていのことで動じてはいけないのだ。
「ねえ、何この子、天使ですか?」
「旦那さま、さすがに不謹慎ですよ。」
「お嬢様、慈愛に満ちているのか、それとも理解できていないのか、それでもかわいい。」
なんか大人が言っているような気がするけど、私には難しいことは分からない。母様にならったように、わかりましたと、笑っているだけなんだけど・・・
「うん、ミサの覚悟はわかった。よし、連れてきてくれ。」
しばらくしてから父様が、指示をだし、使用人用の横扉が開いた。
私はこのときの衝撃をきっと忘れないだろう。
私より少しぐらい小さい背に、フワフワとしたくせ毛、緊張したように揺れている茶色の瞳はまるで本で読んだ犬のようだった。
(かわいい。モフモフしてる。)
鳥や馬といった生き物とは違う。愛くるしさそれでいて、兵士さんたちのような活発さを感じる姿に私の心はときめいた。
「この子は、ラグ。さっき言ったようにお前の弟となる子だ。」
「弟。」
そうか、これが弟という生き物なんだ。
私よりもかわいいし、私よりも小さいし、私よりも弱そうな子。フワフワしている子。うん落ち着こう、ここではしゃいでしまったら、ソルベの娘としてはしたない。
「ら、ラグでしゅ。」
だめだった。このタイミングで噛んじゃうような子、私が守らないといけない。
「かわいいいいいいいいい。」
私史上、最速の動きで私は、弟を抱きしめていた。
「え、えええええ。」
顔を真っ赤にしてびっくりするが、私は姉なのだ。姉が弟を抱きしめることだって、母様の話にもあったはずだ。あれ、子犬だったけ、ネコさんだったかっも、ああいい、間違ってない。たぶん、きっとメイビー。
「うんうん、いいこ、いいこ。」
抱きしめながらそのフワフワの頭をなでる。ああ懐かしい、前に抱きしめた狼の子なんかよりもずっとやわらかいし、フワフワだし、温かい。もしかしてあれだろうか、大人が時々もらしているカワイイとはこんな気持ちなのかもしれない。
「ちょ、ちょっと落ち着きなさい、ミサ。」
慌てたように母様が声をかけてくるが、何かいけないことをしたのだろうか? うん、そんなことよりもこの子をどうするかが大事だ。
「ねえ、父様、これが弟なんでしょ、つまり私はお姉ちゃんなんだよね。」
「あっああ。」
「やったーーー。」
こんなにかわいくて温かい生き物が弟とは、ミサ・ソルベはまだまだ世界を知らなかったんだ。
「は、はなして。」
うん、何か言っているけど逃がすつもりはない。ここで逃がしたらあの時の狼の子のようににげてしまうかもしれないし、何よりケガとかしたらどうするというんだろう。父様たちもなんでこんな子を隣の部屋で待たせていたんだろう。これは、怒らないといけない、いや、私が守らないといけない。
「ああ、もうミサやめなさい。ラグ君が苦しんでいるわ。」
と、決意した矢先に、母様によって私はひっぺがされた。それこそ遠慮のない力に私は転がるように部屋の反対側に追いやられた。
「力加減には気を付けなさいと何度も言っているでしょ。大丈夫ですか、ラグ君。」
そういって母様はラグの首回りなどを確認しながら、私から隠くそように抱きしめた。なんだろう、まるで私からラグを守ろうとしているかのように見える。私が何をしたというのだろうか?
「ミサ、今お前わりと本気で抱きしめてただろ。」
むくれる私の頭をポンポン叩きながら、父様が説明してくれた。
「ミサの力でそれをやったら、今のラグじゃ持たないと思うぞ。」
「うぐ。」
そうだ、なんどかぬいぐるみとかお花とかをダメにしたんだった。これは反省だ。
「ごめんなさい、父様。」
「ふふ、今は父様にじゃないだろ。」
そうだ、と私は父様に促されて母様がそっと抱きしめる弟に向き合った。
「ごめんなさい。うれしくて、力がはいちゃった。」
「・・・うれしい、ですか?」
顔を赤くしてウルウルとした目で見つめ返すラグに、私は今度こそ、怯えさせないように努めて優しい顔を作った。
「うん、貴方が弟になってくれるでしょ、私、とてもうれしいわ。」
きょとんと首をかしげるラグの手を取り、私は心からの言葉を紡いだ。
「きっと人生で最高の日よ。」
でもなぜだろう。ラグはちょっと怯えているようにも見えた。さながら訓練を嫌がる兵士さんや母様に叱られる父様のようだった。
後になってもラグはこの時のことを話したがらないのだ。
まだ5歳なので、難しい事情は理解していない、ミサちゃん。
そして、気に入ったものは徹底的にかわいがるタイプのお嬢様




