病院──武志と三枝【顛末】
いつも混雑している総合病院の駐車場も、流石にこの時間には殆ど車はない。
それをいいことに武志はいい加減に車を停めて、走った。
──午前3時、少し前。
増築、改築を重ねた総合病院。夜間入口がわからずもたついてから自身のスマホの存在に気付き、再び舌打ちをする。
「──サエ? 着いた、入口がわからない、容態は……」
矢継ぎ早に質問をしようとするが、無意味に走ったせいもあり、まるで要領を得ない。「落ち着け、どこにいる?」……そう三枝に聞かれてようやく『焦りすぎている』と小さく深呼吸した。
いつだって何処か部外者の様だったクセに、なんだか酷く当事者気取りの自分に苛立つ。
今こそ、武志自身は部外者でしかないのに。
通話のやり取りで、武志は自分が全く逆方向に進んでいた事がわかり、踵を返すと……小さく三枝の姿。互いに駆け寄る。
「サエ!」
「武志……悪い、深夜に。 今……胃の洗浄をしてる。 命に別状はない、意識もある」
「──」
「……ああ、そう……」
なんだか脱力して、武志はその場にへたりこんだ。手を貸すと、三枝は病棟ではなく裏庭の方へ進む。そこには大きなステンレス製の灰皿が置かれていた。
懐から取り出した煙草を「ん」とだけ言って 一本武志に勧め、三枝自身も口にしたそれに火を着ける。
「……どうしたの、コレ」
「生徒から没収した」
まさか自分で吸うとも思ってなかったが、と笑うこともなく言い、少しの間意味なく煙草をふかす。武志が煙草に火を着けるのを見てから、三枝は話し始めた。
「……入れ違いに妹さん家族が来た。 もう戻る必要もないだろうし、戻ったところで気を遣わせるだけだ」
「そう……」
「悪かったな、深夜に」
「さっきも聞いた……」
聞きたいことはいっぱいあった。
三枝のわかることも、きっと三枝にもわからないであろうことも。……三枝もそういう気持ちでいる。
短く、長い沈黙を埋めるのに、ふたりは煙草を必要としていた。
「……不味いね」
「ああ……」
ゆっくりと1本を吸い終えると、どちらともなく駐車場へと移動する。杜撰に停めた、武志の車を見て少しだけ三枝は笑い、助手席に乗った。
──菱本は、鎮痛剤を……大量摂取したらしかった。
「たまたま今日、アイツに電話したんだ。 ホラ、こないだ様子がおかしかったろ? ……仕事、合ってないんじゃないかなって」
「ああ……」
しかし電話には出ず、そのまま三枝は電話を切った。互いのスケジュールを把握してる訳ではないので、都合が悪かったのだろう……そう思って。
だが12時も過ぎて半になる辺りで、何故か着信が入った。通常ならば、学校勤務である三枝に電話等してこない時間帯──
「出るとおばさんでさ? もうただ混乱してる感じで……何言ってるかも最初はよくわからなかった。『とにかく今行くから、落ち着いて』って宥めて……家が近くて助かった」
電話をたまたま掛けたのもよかったらしい。
慌てふためいた菱本の母親は、自分のスマホで救急車を呼びながら、息子のスマホから助けを呼んだ。三枝は気付かなかったが菱本は彼に電話をしていたのだ。
ただ、気付かないのは当然で、所謂1切り……今にして思えば躊躇いがあったのだろう。
薬を飲むことにか、三枝となにかを話すことにかはわからないが。
電話のアイコンを連打すると、発信履歴の一番頭への通話になる機種だったのが幸いしたのだ。
母親が判断しようとしてした判断ではなく、彼女はただ誰かに助けを求めていただけだった。実際かけたのは自分なのに、電話口ですぐに三枝だとはわからなかったらしい。
三枝が家に入ると、菱本の意識はないが呼吸はまだあった。急ぎ叩き起こすと、意識が虚ろながら少し戻る。見付かるのが早かったのだ。
空になった薬瓶からアスピリン中毒と判断し、無理矢理吐かせる事にした。
しかし小柄な三枝に対して、菱本は180㎝と長身──ベッド付近まで引き摺り、頭を打たないようにしてから嘔吐させようとするもなかなか難航したという。嘔吐には成功したが、救急が駆け付けるまでに菱本は緩やかに意識を失った。
三枝は気付かなかったが、菱本はアスピリン(鎮痛剤)だけでなく抗不安薬も同時に服用していたようだ。一時的に心肺停止状態に陥るも、駆け付けた救急の処置ですぐ戻った。
動揺するだけの菱本の母親に寄り添い、救急車に乗る許可を得た三枝は……病院に着くと事務的な手続きを彼の母親に指示し、できることを行った後で、武志に連絡したのだ。
菱本は意識も戻り、胃洗浄を行っている。
正直なところ、家族が駆け付けるまでもなく、既に武志は必要がなかった。
三枝が、彼を必要としていた以外には。
「正直……渉だと思ってた」
「アイツは殺してもしなねえよ」
「……渉は繊細だよ。知ってるくせに」
三枝は吐き捨てる様に憎まれ口を叩くが、武志の次の言葉に返答はしない。
「渉には?」
「連絡してない……アイツもなんかおかしかったろ? 最初からおかしかったけど、特に、二次会……」
「そう……だったかな。 ごめん、わからない」
三枝は説明したが、そもそも武志には気付かなかった事だ。説明されてもいまひとつピンとこなかった。
「なにか気付いてたんじゃないのかと思う……それを気に病むだろ、アイツは」
「……ふっ」
武志はステアリングに突っ伏すと、くくく、と声を漏らすように笑う。
──三枝は結局優しいのだ。
「なんだよ」
ばつの悪そうな声でそう言う三枝に「いや」と返して、掌を差し出した。
「煙草……まだある?」
先程と同じ様に「ん」と煙草を一本、武志に渡す。ふたりは車のドアを開けると、軽く一服して地面に擦り付けた。
「不味いね」
「まぁな」
──とりあえず、生きている。
菱本も、自分達も。
少しだけ煙草の匂いが残る車内。
武志はシートベルトを締めると車のエンジンをかけた。
オーバードーズでは死なない、とか言われてますが、死ぬときゃ死にます。




