エピローグ・長い秘密
菱本の件から2カ月程経ったある土曜日、僕はサエと会い、その後の経緯を詳しく聞いた。
ちょいちょい連絡は取り合っていたが、実質的に動いていたのは、やはり面倒見のいいサエだ。
そもそも彼自身が菱本に転職を勧める気でいたというのもある。
結果、菱本はあれから転職をして家を出た。
その力になったのはほぼサエだけれど、菱本はそんなサエにもあんな行為に及んでしまった明確な理由は、頑なに話そうとはしないらしい。
「家庭環境とか、仕事の忙しさとか……理由になりそうなことは沢山ある。 その全てが要因である風を装っているけれど、おそらくは別に理由がある。 ……そんな気がする」
サエは心配そうにそう言っていた。
僕も菱本と話したが、彼が穏やかな顔をしていたのでサエ程の心配はしていない。
それに、きっと菱本は誰にも話さないんだろう。
だからこそ、ああなったのだ。
「言いたくない事もあるよ。 言えないことも、きっとある」
「でもさ…………」
「死は彼を受け入れず、代わりに負の部分を持っていってくれた……そう考えるのは、やっぱり都合が良すぎかな? ……いつだって、僕達は話を聞くし、聞かなかったことにもできる。 それをもう菱本はわかってると思う。 それはサエのおかげだよ」
「…………労いが欲しい訳じゃない。 だが、まあ……菱本がそうなら、いい」
サエの心配もわからないでもない。
秘密や辛さは大体、誰かと共有することで少し緩和されるものだから。
ただ……きっと、誰かに言うことによる後悔や、罪悪感も発生する。
渉が言っていた『悲しみや辛さの向き合い方』はそういうところにあるのかもしれない。
渉が今まで亡くなった友人の事を誰にも話さなかったように、そこが重いうちは話すべきではないのだ。
「いずれ話したいと思えた時に、話せる相手であったらいい……そう思う」
「……そうだな」
あとは他愛のない話をして別れた。
これもまた、変わっていく……変わらない日常の延長に過ぎないのだ。
それからいつもの様に、美鈴と食事をした。土日休みの僕らの土曜の夕食は軽い晩酌を兼ねる。
のんびりとTVや映画を観たり、どうてもいい会話を楽しんだりしながら。
「この間、中学の時に憧れてた先輩を見たの」
「へえ」
「なんだか嬉しくなっちゃってね。 どうせもう会うこともないし、折角だから声を掛けてみようと思って。 でも、結局挨拶もできなかった」
残念そうに美鈴は言う。
人なつっこい美鈴はそういうところがあり、本当にただそれだけだ。
逆に、何故声を掛けれなかったのか不思議に思った僕が「緊張した?」と尋ねると、美鈴は首を横に振る。
返ってきたのは非常に美鈴らしい答だった。
「……名前が思い出せなかったんだよねぇ」
「ははっ」
「あ、笑ったな! 悲しかったんだから!」
「悲しかったの?」
「そうだよ~。 だって、凄く憧れてたんだよ? 良いことも悪いことも、忘れちゃうんだなぁって思って、それが」
「……そっか」
良いことも悪いことも、いずれ忘れてしまうのだ。
忘れてなくても、薄れていく……そのことを悲しいと思えるなら、
「美鈴、」
「ん?」
「結婚、しようか」
唐突な僕の言葉に、美鈴はビックリしたようだ。
僕にしてみれば唐突でもないのだ。今の話を聞いて、なにかすんなりとそう口に出ていただけで。
そう言うと、益々美鈴は意味がわからなかったみたいだけれど。
「いいんだ、忘れても」
煙る木漏れ日の様に沙のかかった、優しくて曖昧な日々を、思い出として積み上げていける……そんな気がして。
そんな風に歩んでくのが、自分には合っていると思った。
少しだけ変われるなら、探り合うぐらいの柔な気持ちで、悲しいことや辛いことも少しずつ……共有していけたら。
今まで積み上げてきた、お互いの秘密ともとれるような感情が、いつか、秘密で無くなる位の長いスパンで。
──共に歩んでいきたいんだ。
そんな様な事を、曖昧な言葉で告げる僕に美鈴は笑って「いいね」と言った。
なんだかんだで公開にしてしまいました。
ちょっと自分で書くには重く、消化しきれなかった部分も多々あるのですが……
踏み切る後押しをしてくださった間咲兄さん、
途中改稿を手伝ってくださったボンクラさん、
色々相談に乗ってくださった砂礫さん、
ありがとうございました。
そして、自分で書いてみてわかったのですが……
あんな曖昧なプロットで『逆光のフォトグラフ』を書いてくださったかわかみさんには大変申し訳ない。
素敵な作品に昇華していただき、ありがとうございました。
あとなまこ師匠には、出来上がったらまずチェックして!と言いながら、結局そのままUPしてしまいました……
無駄なやり取りをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした。
我慢できんかった……




