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狂犬いえいえ、忠犬ですよ。  作者: sirosugi


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7 侍女は主と出会う。

侍女様、修行中

 そんなこんなで皆様は一流の仕事人であるだけでなく一流の指導者でもあり私はすくすくと仕事を覚えていきました。できることが増えるのは嬉しいもので私は夢中になって教えを請いました。

 必要になるかもということで、読み書きや計算などの勉強や、兵士さん達の訓練も受けることができました。

「なかなか筋がいいな。」

 教える人、教える人がそうおっしゃって次々に教えてくれたので、私は良き生徒だったと思います。


 そんなこんなでフェルグラント家でお世話になること1年半、次の新年の祝いのときにはそこそこ一人前になったのではないでしょうか。私はふと奥様の様子がおかしいことに気づきました。

「アリア様、おかげんが悪いのですか?」

「あら、フェイ、大丈夫よ。すこしだけ寝不足なだけだから。」

「・・・そうですか。」

 奥様は、私が奥様というと悲しい顔をします。なので当時はアリア様と呼ばせていただきましたが、変わらず私に優しく接し、ことあるごとに抱きしめてくださりましたね。

 その日もいつものように抱きしめられたとき、その顔色や体温に違和感を感じたのです。大丈夫と奥様はおっしゃられましたが、私はすぐにイザベル様に相談されました。

「奥様、昨日はお早く休まれましたよね。」

「ええ、でも寝付きが悪くて、冷え込んでいるからかしら?」

 私の言葉を聞いたイザベル様が奥様を問い詰める様子を私は他の侍女たちとともに離れて見守っていました。2人がアレコレと言い合うのは良くある光景ですが、正直心臓には良くない光景なので、私たちは身を寄せ合って見守っていました。

 ですが、その日は言い合いにはならず、むしろ空気は温かったです。

 いつもならそこそこの言い合いになるはずですが、その日のイザベル様はすぐにキョトンした顔をしてから、奥様を抱きしめ、珍しく笑顔を浮かべていました。

「おめでとうございます。」

 城内に響くような歓声。イザベル様があのような声を出したことは初めてでした。


 そう、御懐妊だったのです。私が気づいた奥様の不調は妊娠の初期症状で、イザベル様の見立て通り、医師による診断で奥様の御懐妊は確認されました。

「フェイ、良く気づきました。偉いですよ。」

 めったなことではほめてくださらないイザベル様が私や侍女たちを抱きしめて頭をなでる光景。それはそれは不思議な物でした。


 ご懐妊というものが理解できない私は、そのままいつも日々に戻りました。ただワクワクと浮つく城内の空気や、急に行動が変わったアール姉様のマル兄さまの様子に首をかしげたものです。

「そ、そうか、フェイは初めてだもんね。マルに気を取られていたけど、アナタにもちゃんと話をしないといけなかったわね。」

 新年以来、外出を控えられた奥様が私の様子に気づいて部屋に招待してくださったのは、半年ほどたち、奥様のお腹が大分大きくなったあとでした。

「ここにはね、新しい家族がいるの。アナタにとっては妹よ。」

「いもうと?アール姉様のいう、年下のこどもということですか?」

「うーん、そういうわけじゃなくてね。」

 色々と奥様は説明してくださいましたが、私にはイマイチ理解できないことでした。当時、フェルグラント家に置いて、私は一番の弱者でした。となると生まれてくる子は私よりも弱い子ということでしょうか?

「きっと、フェイと仲良しになれるわ。フェイ、この子をよろしくね。」

「おまかせください。」

 分からないですが、奥様の言葉は絶対です。私は触らせていただいたお腹の向こうに感じる生き物の気配に対して最初はそのような思いでした。


 10月10日の日々。お嬢様がお生まれになるのはひまわりが咲く夏ごろでした。

「イザベル様、シーツの準備と食料の仕入れ、すべて滞りなく予定通りです。」

「ありがとう、フェイ。あなたも少し休みなさい。」

「いえ、このあとは、アール様のお部屋の掃除の予定ですので。」

 迫る出産の気配に、浮ついた空気はピリピリとしたものとなっていました。お館様は馬を走らせて領内の魔物を滅ぼさんばかりの勢いで狩りに励み、イザベル様の掃除や城内備品へのチェックが厳しくなりました。あとは、マル兄さまが色々とわがままになっていましたねー。あれです赤ちゃん返りってやつらしいです。やだやだとアル兄さまが暴れると私が呼ばれ、力づくで取り押さえることもしばしば、私が関わった変化はそれくらいでしたわ。

 そんなわけで、城内がバタバタしていましたが、大きくなったお腹を抱える奥様にご負担を掛けないように、侍女一同、日々の仕事にいつも以上に取り組んでおりました。

「お、奥様が産気づかれました。」

 イザベル様と仕事の確認をしあうタイミングで、レディースメイドの1人が部屋に駆けこんできました。

「すぐにバルトル先生に連絡を、今の時間なら図書室で待機してくださっているはずです。フェイ、アナタは侍女たちに連絡をして、奥様の元へ行きなさい。私もお館様に連絡したらすぐに向かいます。」

「「はい。」」

 産気づいたときの役割分担は事前に打ち合わせされていたので、私はすぐに侍女たちに連絡し準備を整えました。

「ああ、ええっと、まずは。」

「ランドリーメイドチームは奥様の部屋に布を、チェインバーメイドはお湯を沸かしてもっていく。残りはナックル様と協力して晩餐の用意です。」

「そうだったね、フェイありがとう。」

 浮足立つ侍女の先輩たちの中、私が冷静だったのはイザベル様の教育の賜物でしょう。

「いくよ、フェイはすぐに奥様の近くに何かあればすぐに連絡して。」

「はい、お願いします。」

 気を取り直してしまえば優秀な皆様です。彼女たちが動き出したのを確認してから、私は入念に手足を洗い、服を着替えて奥様の元へと向かいました。

「ああ、フェイ。」

「アリア様!」

 すでに主治医のバルトル先生もイザベル様も控えた寝室。そこに入った私は、人生で初めて焦りました。

「フェイ、落ち着きなさい、着替えは。」

「済ませてあります。」

「そう、ならまずは暖炉の火を確認して、やかんを忘れずにね。」

「はい。」

 イザベル様の指示に従いつつ、私は震えそうな身体を必死に抑え込みました。

 あの奥様が弱っている。

 出産というのは命がけです。アリア様は3度目の出産ということで慣れているとは言っても、命を宿すことや陣痛の痛みは言葉にできないほどのものらしいです。

「ううううう。」

「奥様。」

「大丈夫よ。フェイ、奥様の手を握ってあげて。」

 タイミングの悪い事に陣痛の周期が短くなっていた時に私は部屋にはいったらしく。いつも穏やかに微笑む奥様が苦痛に歪む顔に驚き、恐怖を感じていました。

「大丈夫よ、フェイ。そんな顔しないで。」

 請われるままに奥様の手を握ると、痛みに耐えながら奥様はそう言いました。

「いつもと変わらないと思いますが。」

 空いた手で顔をさわりましたが、自分ではわかりません。今も昔も私は表情が変わりずらいのです。今は微笑みを維持できるようになりましたが、子どものころは可愛げにない無表情だったそうです。

「大丈夫よ、もうすぐ、もうすぐだから。」

 支えるはずの自分が励まされていては侍女失格です。己の未熟さを感じつつもそれ以上に凄まじい力で握られる手に驚いて慌てて両手で握り返しました。

 お産のときは力み過ぎて舌を噛んだり、手を傷つけてしまうこともあるそうです。私がここに呼ばれたのは他の人では奥様の握力でケガをする可能性があったからだそうです。

 はい、数日は手が大変なことになりました。

 痛みに耐えながらも反対側で同じように頑張るイザベラ様、そして、必死に痛みに耐える奥様を見たら泣き言なんて言ってられませんでした。

 時間の感覚は怪しかったのですが、それほど時間はかかっていなかったと思います。

「おぎゃあ、おぎゃああ。」

 一際強く手を握られた後で、その力が緩む。何事かと3人が呆然とする中、バルトル先生が奥様の足元でごそごそと動きつつ、甲高い見慣れぬ鳴き声が聞こえました。

「奥様、おめでとうございます。元気な女の子ですよ。」

 血塗れの両手で小さな生き物を抱えるバルトル先生に私は一瞬だけぎょっとしました。

「フェイ。外の人に連絡を。」

 自分の手を掴む力が緩んだこと、そしてイザベル様の指示で私はすぐに扉を開けます。

「アリアー、子どもは。」

 そして、勢いよく飛び込んできた御屋形様に吹き飛ばされました。

「「旦那様。」」

 鳴き声に負けない大きな声が響く中、私は受け身を取ってすばやく立ち上がりました。

「お館様、まだ先生の許可が出ていませんのでご退室を。」

「フェイ、しかし、無事生まれたんだろ。」

「ご退室を。」

「・・・はい。」

 産中、産後は病気が入らないように清潔にした人間だけがはいるという約束でした。お館様が相手でもそこはゆずれません。おずおずとでていくお館様とともに扉をぴしゃりと閉めます。

「申し訳ありません、確認を怠りました。」

 そして頭を下げる。侍女たるもの、ドアの向こうに誰がいるのか確認してから扉を開けるべきです。それを確認せずに扉を開けた私の落ち度です。

「ふふふ、フェイ、こっちに来て。この子に顔を良く見せてあげて。」

 奥様はそんな不甲斐ない私を責めることをせずに私を呼びました。

 その腕には清潔な布にくるまれた小さな生き物が・・・。

「・・・かわいい。」

 気づけば泣き声はやみ。すやすやと奥様の腕の中で安心している生き物。

「ふふふ、そうでしょう。可愛い赤ちゃん。そして私たちの新しい家族よ。」

 私が呆然とその生き物を見守っている間、ドルトン先生とイザベル様はすばやく奥様の下半身を清め、処理をされていたことに私は気づいていませんでした。

 なんなら、ちらりとみた赤子にテンションマックスで廊下で騒ぐお館様とそれを止める人達の声も耳に入らない。

「ほら、触ってあげて。人の温かさを教えてあげてフェイ。」

 立ち尽くす私の手を取り、奥様は布越しにお嬢様に触らせていただきました。

「温かい、生きている。」

「そうよ。当り前じゃない。」

 この温かさ。こんなにも弱弱しい生き物が存在するのか?かつて、荒野にいた自分もこのような存在だったのだろうか?自分の体温というものは分からないものです。

 色々とグルグルと頭が回転したのは、あの時だけでしょう。

 ですが、私はその時に理解しました。

「フェイラルド・テスタロッサと言います。お嬢様。私はきっとあなたに会うために生まれてきました。」

 これがレグナ様との出会いです。

 お嬢様の尊さは生まれた瞬間、いや生まれる前から神でした。気づけなかったのは私の未熟ゆえです。


 それから私は今まで以上に侍女としての仕事と修行に励みました。そして畏れ多くもレグナ様の世話係に命じられ、その後は片時も離れることもなく今日まで過ごさせていただいています。

 あれから10年、お嬢様は今日も素敵です。

 

 

お産の状況って知識でしかないんですけど、フェルグランド夫人は、3人目のお産ということもあり、産婆と侍女長、そしてフェイの3人を立ち合い人に選びました。ほかにも侍女たちが出入りしていたのですが、フェイは気づいていません。

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