11 お嬢様はお嬢様なのです。 後編
主人の成長だって促すス―パ侍女様も女の子。
傷つけないように、それでいて慢心されないように、限界の少し上の力を発揮できるように追い込む。必要なのは躊躇いとか覚悟ではなく、相手を傷つけないことに自信をもって全力を望むことです。それができる自分がちょっとだけ誇らしい、フェラルド・テスタロッサでございます。
「はあはあ、まだまだ。」
レグナ様は天才ですが、それ以上に勤勉なお人です。地獄のような訓練(フェルグランド家では日常)を日課としながらも、淑女としての教育に王女教育などのお勤めも一切手抜かりをしません。
フェルグランド家に関わる人間は、その立場から、非情に厳しい教育が施されます。幼い事に祝福により見出された当人の素質に由来し、魔法使いなら魔法使いの、戦士ならば戦士の、文官ならば文官の、先人たちが幼いころから誇りをもって育てあげます。
その上、王女として一流の淑女であることも求められました。7歳から3年間、それこそ寝る間も惜しんで己を磨かれておられます。
「いえ、今日はここまでです。オーバーワークはお体に触ります。」
ならばこそ、限界のギリギリでお止めするのは、教練する側の責任であります。終わらせるために回り込んで、首筋に剣をそっと添えます。魔法での警戒は見事でしたが、疲労と油断でほころびが生まれていたので、私でなくても切り込むことはできたでしょう。
勝負あり。
「うぐ、くやしい。気づけなかった。」
「途中までは目で追えていらっしゃいました。ですが目に頼りすぎです。動きを追うのではなく、進路を制限するなどして、相手を誘導することも戦術ですわ。」
「うーん。」
「そういう意味では、あの火柱は見事でした。あれが潜んでいると意識するだけで行動が制限されました。」
「なるほど、そういう使い方もあるのね。」
私の言葉を素直に聞いて、真剣な顔で振り返りをしているレグナ様の顔は、どことなくお館様に似ていて頼もしいです。いえ、あのクマさんと違って非情に愛らしい事は変わりませんよ。
「手札を隠すというのは戦術です、ですが、あえて手札をさらすことで警戒させることもできますわ。相手に「こうなるかも」と警戒させることで、行動にノイズを差し込む。その効果は一秒にも満たないでしょうけど、戦闘ではその1秒が勝敗を分けることがあります。」
逆に、「そんなことはありえない」と油断させて不意を打つことも可能です。
「お父様が王城などで勇者の剣技を見せたりするのにも、そういう意図があるの?」
「いえ、あれはもっと高度なものですわ。」
さすがはレグナ様。確かにお館様の剣技は有名ですし、その剣技を目指した流派が多く、ことあるごとにその腕前を披露されています。
「お館様が、その剣技を披露させるのは。戦わずにして勝つためですわ。」
「戦わずにして勝つ?」
「はい、なにせ勇者の剣ですから。」
500年前に魔王を倒したと言われる勇者の剣技、勇剣術。この剣技は剣の基礎として一般兵士でも一度は習うものです。しかしその多くはその基礎のみを修める程度で、記録に残るすべての型と技を実戦レベルで使いこなせるのはお館様だけなのです。
「形だけ真似ることならできる人はいます。ですが、勇剣術のすべてを使いこなせるのはお館様だけです。一度でもその剣を見たら、お館様に勝てると思う剣士はいませんわ。」
例外は、いずれは超えると息巻いているアル兄様ぐらいでしょう。あの人、剣だけは天才ですから。
「だから、戦わずにして勝つか、なるほど、そういうのもあるんだ。」
「いや、お館様の場合は例外な化け物なので参考にはなりませんわよ。」
まあ、あの方の場合、修業時代に暴れ過ぎた結果、対等に試合をしてくれるのが魔物だけになったとか。道場破りとか、弟子入り志願者多すぎて、これぐらいできるようになってから出直せやと剣技をみせていると色々と愉快な理由もあるのですが・・・。
「フェイ。」
「なんでもありませんか、ささ、着替えてお食事になさいましょう。動いて食べる、身体を作るのが一番大事ですから。
お館様の名誉のためにここは伏せておきましょう。いえ、どこから怖い視線を感じたとかではありませんよね。
いつも通り寝つきの良いレグナ様を見守り。明かりを消して夜番の侍女に託し、私は部屋をでます。いつもならばお夜食をいただいて夜の鍛錬をしてから休ませて抱くのですが、今日はたくさん身体を動かしたので、その必要もないでしょう。今日はこのまま湯あみをして休ませて・・・。
「ああ、侍女長様に報告を忘れていました。」
私としたことがうっかり、報告を一つ忘れていました。この時間ならまだお仕事中でしょうし、ついでにお茶を差し入れましょう。
「フェイ、ついでにこれも頼む。」
そう思って厨房に行けば料理長からお茶と一緒にサンドイッチを託されました。こんな時間にって量でございましたが、託されたということは仕事が忙しいのでしょう。
そそくさと廊下を歩き扉をノック、
「はいりなさい、鍵は開いてますわ。」
ノックしようと思ったら先に声をかけられてしまいました。気配は消していたはずなのにあいかわらず抜け目がないかたです。
「お茶とパンの匂いはしたのよ。」
「さようでございますか。精進します。」
そんなことは気遣いと分かっています。この城で生活を初めて一度だって侍女長の背後を取れたことはありません。
「フェイ?」
「夜分に失礼します。昼間の庭のことで一つ報告が。」
報告そのものは、お茶を用意している間にささっとすみました。その間も侍女長はご自身の執務机に座り、目線は書類から外れません。執事長とともにフェルグランド家を統括する侍女長は非常に優秀です、そしてご多忙なのです。
「フェイ、今日はご苦労様。」
「恐れ多いです。」
忙しい、それはわかっているのですが、私はそんな彼女に近づき首元にそっと頭を置きます。
「他の者に任せてもいいのですよ。」
侍女長は仕事の手を止めることはなく、でも拒絶されることもありません。
「いいえ、お嬢様のお世話は私の役目であり、喜びです。」
私のような拾い子を愛し、育て、大事なお嬢様のお世話というお役目を与えてくれたお館様達には感謝しております。日々、強く、美しく成長しながらも私を大事に思ってくださるレグナ様への忠誠は揺るぎません。
でもだからこそ、訓練とは言え、レグナ様に剣をむけるのは、少々、心に来るものがあります。
「今日は一段とキレがありましたので、ひやりとさせられました。」
「多少のケガならすぐに治癒できわ。」
「設置型の術式の隠蔽が素晴らしかったです。あえて見逃しやすい罠で誘導でしてから本命を繰り出す戦術も素晴らしかったわ。」
「あなたが相手ならそうでしょうね。」
お互いに深くは語りません。
ですが、こうして心が痛んだ時に話を聞いていただけるのは侍女長の優しさでもあります。
お疲れモードでも甘え下手なフェイと、立場的に甘やかせない侍女長、そういう関係って素敵では?




