10 お嬢様は、お嬢様なのです。前
猛犬の飼い主も、またすごいって話?
レグナ様はフェルグラント家の姫様であり、この国、いや世界で最も尊き御方であります。と、今更、常識を再確認するフェイラルド・テスタロッサですわ。
そもそそもフェルグランド家は、侯爵にして辺境伯、現王とも遠戚に当たる親藩貴族であります、現王や王太子に何かあれば、王位を引き継ぐこともありえる家柄でございます。
しかし、そんな立場におごることなく、お役目を果たすために日々精力的に領内を巡回する御屋形様に、慈悲と知性に溢れて領内の政を取りまとめる奥方であるアリア様と優秀な文官様たちのおかげで、貴族からも民からの信頼も厚いのです。
そんな優秀な領主一家の第3子であるレグナ様も非常に人気があります。奥様譲りの美しい容姿と高い魔力の証明である夜黒い髪、賢者の子は賢者であることを証明してくださったマール姉様の功績も後押しして、周囲の期待は非常に高く、レグナ様もそれに負けない才覚を10歳にして知らしめておられます。
なにせ、いつも穏やかで落ち着かせれていますからね。
フェルグランド家のご子息様達は、容姿のほとんどが母親であるアリア様の美しさを受け継がれていますが、上2人の姉と兄は、御屋形様の優しさと豪快さが色濃く受け継がれています。
けして、お館様のように猪突猛進と言いたいわけではありませんよ。嫁入りと修行としてお二人が領外でて、使用人たちがほっとしたとかありませんからね。
ですが、レグナ様もまだ10歳。将来の国母としての教育は膨大でありますし、ノウキンな姉と兄で見慣れている領民たちからすると、まだまだ発展途上なのであります。
だからこそ、レグナ様は日々、真剣で勤勉に取り組まれています。
体力づくりのための走り込みや運動に、日々の勉学に魔法や体術の訓練。辺境伯家の人間としてでなく、淑女としての教練の日々はアール姉様以上に過酷であります。そんな日々に文句一ついわず、日々向上心をもって、どんなことにも全力で取り組まれているのです。
本日は実戦訓練の日です。
フェルグランド家がいくつも保有している訓練場。かつては魔物対策の砦して使われた頑丈な作りのそれは、全力で訓練をして周囲に迷惑をかけないために補強工事で広さだけを確保したシンプルなものでございます。
そんな場所で、レグナ様は動きやすい服をきて優雅に、いえ、わずかに鼻息を荒くやる気をあらわに立たれていました。急所を守るための皮鎧に、魔法を補助し、鈍器としても使える杖を構える姿は、アリア様の姿を連想させ、遠目に見ている兵士さんたちも感心されていまう。
「それでは、本日も実戦訓練を始めさせていただきます。」
対するは、光栄なことに私です。いつもの侍女服に一本の刃。実戦形式ということで刃をつぶしていない剣ですが鞘はつけたままです。抜き身で寸止めも可能なのですが、万が一があってはいけません。本当ならば訓練用の剣を使いたいのですが、めきめきと実力をあげているレグナ様が相手だと対処が間に合わなくなってしまうのです。
お互いの距離は10メートルほど、私ならば一息で切りかかれる距離でございます。が、訓練なので初手はお譲りいたします。正直、訓練とはいえ、レグナ様に剣を向けるのは気が引けるのですが。
「フェイ、真面目にやってね。」
ですが、レグナ様がそうおっしゃられるのなら、応えるのが臣下の務めです。全身全霊をもって、怪我なく圧倒させていただきます。
「では、私を一歩でも動かしてみてください。」
挑発するようにいって、優雅に礼をします。
返礼は、風魔法による矢でございました。
「お見事、無詠唱でこの数とは。」
空気を圧縮して飛ばされた風の矢は5本。10本で一人前と言われる風魔法の基本ですが、こちらに悟られずに5本というのは脅威です。
まあ、視線と気持ちの揺らぎを見極めれば、剣で打ち払うのは簡単ですけどね。
「水よ。集え」
風の矢は牽制。本命の攻撃を放つまでの時間稼ぎでしかないのは明白。こちらが風の矢に気を取られて差し上げいる間に、レグナ様はすばやく詠唱をして、手のひらにスイカほどの大きさの水球作り私に投げつけます。水魔法は風魔法ほどの速さはありません本来ならば、旅先での水分確保としての用途のものですが、自在に形を変える質量兵器として用いると凶悪となります。
「これは、厄介ですねー。」
水球は一つでなく、次々に生み出されては私に向かって投げつけられました。その華奢な見た目から想像しづらいかもしれませんが、レグナ様は運動だってそこそこできます。ご本人は謙遜されていますが、周囲が異常なだけで、投げられる水球の勢いは充分な威力をもっておられます。
そして水球の厄介なところは、剣での対処が難しいことです。水であるが故に切り捨てることは叶わず、盾などで防いでも、勢いや水そのものは消せません。水の質量もそうですが、水に毒でも混ぜておけばそれだけで相手を倒すことができるのです。模擬戦などでは水魔法のしぶきがかかっただけでも敗北判定となってしまいます。この場合は避けるのが得策です。
「はい。」
ですが避けるわけにはまりません。フェルグランド家の戦いは、守るための戦いであり、生きるための戦いです。避けて後ろにいる民や主を守れないのです。侍女としても教練役としても避ける以外の道を示す必要があります。
風の矢のときよりも速く、するどく剣を走らせます。コツはほんのりと魔力を上乗せすること。次々に投げられる水球は検圧と魔力による圧で一定の境界を超えて先には通しません。
「ずるい。」
「いえいえ、お嬢様なら障壁を作ればいいだけですし。」
この対処ができるのはお館様とアル兄さまぐらいでしょう。一般的には長物や盾で対処するか、魔法で障壁をはったり、相殺するのが一般的な対処です。
「むう。」
悔しそうに頬を膨らませる顔のなんと愛らしいことでしょう。その顔を見れるのもこのお役目の役得ですわ。と思っていたら地面がわずかに振動し、私は半歩だけ身体をそらします。
「そこ。」
地面から飛び出してきたのは、直径5センチほどの火柱でした。避けていなかったメイド服と顔が大変なことになっていたかもしれません。
「お、み。」
お見事と言おうとしたタイミングで背筋に冷たいモノが走り私はその場から遠のきます。
直後に私が居た場所に出現したのは10本近い火柱でした。
「むう、これも避けられた。」
なんともi恐ろしい攻撃ですわ、素晴らしいですレグナ様。
「威力や速度に頼るのではなく誘導する。これが実戦の基本ですわ。」
炎の魔法は、もっとも殺傷能力が高い攻撃です。熱量もそうですが、燃え盛る火はれるだけでも相手にダメージを与えるし、燃え移ればいつまでも残ります。何より生物は本能的に火を恐れます。魔物との闘いでは松明の火であっても牽制の道具にも、必殺の武器ともなりうるのです。半面、対人戦においては、その結果を恐れて、選択をためらう者もいます。
ですが、レグナ様は恐れることなく火の魔法を使い、私を無力化するギリギリを見極めて罠として火柱を用意されていました。
魔法というのは、自分から離れるほど制御が難しいものです。基本は自分の周囲に発現させそれを伸ばすか飛ばして制御するのですが、10メートル以上離れた場所にわずかな兆候のみで発現させた魔力とそ制御力は天才のそれ。
設置型魔法と呼ばれるこの戦術は、アリア様が復活させた古の賢者の御業と言われていますが、10歳でこれほど完璧に取り扱えるのはレグナ様だけで。
訓練とはいえ、相手を傷つける可能性のある魔法をためらいなく使える覚悟。いやあのまま直撃しても侍女服が焦げる程度で私へのダメージは最低限だったでしょう。それでも制御を誤れば私は大けがをしてたことでしょう。
「避けられるとは思わなかった。自信あったのに。」
ですが、レグナ様の顔には気負いはありませんでした。自分の力を見極め、ルールの中で最大限の効果を発揮するご自身のイメージがしっかりとあるのでしょう。
技術以上に、その心の在り方が素晴らしいです。実力では圧倒的なアール姉様やマル兄さまもここまで思い切りよく訓練で実力を発揮することは稀でした。
まぎれもなく天才。
まぎれもない王。
私のお嬢様が一番すごい。一番尊い。
「必殺の策が失敗したからと言って手を止めてはいけませんよ。」
このままひざまずいて、数々の賛美を捧げたい気持ちをぐっとこらえて私は平坦な声でそう告げました。コレは訓練です。実戦は相手を無力化するまでは続くのですから。
「むう、わかってる。」
少しだけふてくされながらも、お嬢様は走って距離をとりながら、魔法で牽制してきます。今度は水球に紛れて風の刃も混ぜておられます。シンプルながら、これも良い手であります。恐らくは追いすがる先にもさきっほどのような罠があるのでしょう。
いやいや、罠があるかもと相手に思わせる時点で、先ほどの攻撃には意味がありました。すべてに意識を向けつつ、追いすがるのはさすがに骨が折れますわ。
「お嬢様、また一段と成長されましたね。」
それ以上にこの喜びを顔に出さないことの方が大変でした。前回の訓練は二月ほど前ですが、その時はこのような戦術ではなく、複合魔法による弾幕のみでした。
努力されたのか、それとも今回のための布石だったのか。どちらにしろお嬢様が天才で努力家なのは間違いありません。
「フェイ、真面目にやって。」
「真面目ですわよ、これ以上なく。」
剣を振るい魔法を撃ち払いながらお嬢様を追い詰める。駆け足程度の速度になっていることがご不満なのでしょうが、そこはご勘弁いただきたい。
「魔境の奥地の魔物なら、この程度の速度ですわ。」
頑張れば、もう少し速くできますが、被弾の恐れがあります。安全策をとればこれくらい。けして会話をする余裕を残しているわけではありませんわ。
その後、このおいかっけこはレグナ様のスタミナが尽きるまで、30分ほど続きました。
他者の助力が期待できる状況ならば、充分すぎる結果といえます。
まったく、お嬢様の実力は末恐ろしいものです。いずれはお館様以上の実力者となられることでしょう。訓練を目にしていた者たちの思いは共通しておりました。
私も置いて行かれないように頑張らないとなりません。
「お疲れ様です。すぐに湯あみと着替えの準備をしますわ。」
取り急ぎは、汗だくなレグナ様のお世話をしなくては、私は剣を抱えたまま、準備をしてくれているであろう使用人たちのもとへとレグナ様の手を引いてご案内させていただきました。
疲れてないのか?ええ、疲れていますわ。でもそんなことでお世話に手抜かりはありません。あってはないけないのです。
戦闘描写を書くのは楽しいけど、難しい。
なんだかんだ超人な主人相手でも、優雅に対応する侍女様なのです。




