第114話「キングの相談」
いつもの昼まえ。いつものCマートの店内。
今日はめずらしい客がいた。
ぶらりとやってきたそいつは、いま店の片隅の丸テーブルで、エナの淹れたお茶を飲んでいる。
この世界にも紅茶はあったりするが、そちらのほうではなく、うちの店でしか飲めない「緑茶」を飲んでいる。
あるときからうちの店には喫茶スペースができあがってしまった。用もなく、客でもないのにやってきては、居座ってお茶を飲む連中がよくやってくる。
ちなみにお茶はすべて無料だ。
金を取ると、それこそ本当に喫茶店になってしまうので、金は取らない主義である。
「……で、なんの用なんだよ?」
俺は仏頂面で、本日のお客にそう言った。
なんの用もなかったら、本当に叩き出してやろうかと思いつつ……。
「う……、む……、そ、それがだな」
やたらと勿体をつけながら、キングのやつは口を開いた。
話の続きを、俺はじっと待った。
キングはお茶をちびちびと飲んでいる。
「湯飲みがカラだぞ」
空になっていることにも気づいていないようなので、そう言ってやった。
「お、おかわりを貰えないだろうか」
「はい」
エナが元気よく返事をする。
いまエナの着ているのは、いつぞやエルフと一緒にお揃いでプレゼントしてやったメイド服である。
エナはそれを大事なときに着る服にしているのだが……。
そうか。キングにお茶を出すのは大事なお仕事か。
やっぱこいつ。叩き出してやろうかな。
キングは、おかわりで出てきた緑茶をぐびりと飲んで、あっちあっちと騒いで――。
まったく普段の面影がなかった。
その様子を見ていて、カンベンしてやることにする。
「なに悩んでんだよ。おまえ」
「いや。悩んでいるというか。判断に困っているだけであって。返事を待ってもらっているのだが、今夜、返事すると約束したのだ。しかしなんと返事すればよいのか。まだ決めかねており……」
「それがつまり、〝悩んでいる〟という状態なんじゃないのか?」
目をぐるぐるさせているキングに、俺は言ってやった。
「――で? なんの返事なんだよ? 誰への返事なんだよ?」
「うむ。そ、それがだな……。クゥアルトゥムが――」
「クー? なんだって?」
「マスター。隣町のキングですよ。ほら。女の子のキングがいたでしょう?」
首を傾げている俺に、エルフがそう言ってきた。
「ああ。キングのカノジョか」
「カノジョ? ……って、なんです?」
「カノジョっていうのは、つまり、カノジョだ」
「マスター。それぜんぜん答えになっていないですよ」
「つまり恋人ってことだ」
「だからその、コイビトって、なんなんです?」
「一般的には、夫婦の手前だな」
「その〝ふうふ〟っていうのも、わからないのですが。……それ前にも聞きましたよ? 〝ふうふ〟っていうやつ。〝ケッコン〟している二人が〝ふうふ〟でいいんですよね。〝ケッコン〟っていうのも、結局、よくわかんなかったんですけど」
「あー、したなー。そういう話」
「それなのだ」
エルフと話していたら、突然、キングがそう言ったので、俺は顔をそちらに戻した。
「どれ?」
「店主は、そちらの方面に造詣が深いと聞く」
「そちら?」
「聞けば、オークの将軍から求婚されているという」
「その話、いま関係あんの?」
俺はちょっとドギマギしながら、そう言った。
どうもこのあいだ、あいつとは、妙な雰囲気になってしまった。
密室で二人っきりで、あいつが上半身ハダカで、おっぱい、ばるんばるんさせてんだもんよー。
「あちらの世界の住人がこちらに来ることはよくあるが、そのうちの二人ないし三人と、店主は〝コイビト関係〟とやらにあるのだろう?」
「ち、ちげーし! 誰から聞いたそんな話!」
なんだその人数。
二人……ってのは、美津希ちゃんと翔子? 三人目って誰だ? それについては本当にまったく覚えがないぞ。
「店主の世界は、ここと違って、男女は結婚をするのだろう?」
「だからなんでそういう話になるんだよ。――まあそうだけど」
「だから聞いているのだ。きっと店主はこの手の問題に関して、我々よりも遙かに卓越した知識を――」
「だから俺はべつにそんな歴戦の戦士でもねーし。人並み……程度じゃねーの? よくしらんけど」
「向こうの世界における人並みが、おそらくこの世界では賢者級であると、私はそのように考える」
「勝手に考えてろ」
俺はそう言った。なんだこいつ?
なんか恋愛相談とかいう流れになってきてないか?
なんでそうなった?
「そういえば、オークも番を作る種族だったか……。裏の小屋に住みついているのだろう? すまないが、呼んできてはくれないか?」
「やめろ」
「お姉さん、よんでくる」
俺は止めたのだが、素直なエナは、たたたーっと膝裏をみせて走っていってしまった。
やがてオーク姉が、エナに手を引かれて連れられてくる。
鎧を着てる。ほっとした。
そーゆーところが抜けている感じの人なので、鍛冶をしていた格好のまま、ばるんばるんさせてやってきたら、どうしようかと思った。
「相談事などで、私が役に立てるとは思えないのだが」
そう言ったオーク姉に、キングが言う。
「店主に求婚中であるとか?」
ずばり、核心から斬りこんでいった。
「ん。つがいとなることを申しこんだが、断られてしまった」
正確に言うと、俺が正式に断るまえに、エナが大反対したので、うやむやになってしまったわけだが……。
ちょっともったいない気がしないでもない。でもエナが大反対しているので仕方がない。
「結婚の慣習を持つ種族は珍しい。ぜひ話を聞かせてもらいたい」
「うむ。オークは古い種族だからかな? 大転移のあとから、ずっと地下世界の番人をしているので、地上の者たちから見れば、古い文化がいろいろ残っているようだぞ?」
「オークにおける、求婚の正しい作法とは?」
「オークでは、牡から牝に対して求婚する。そして牡が牝に勝ったなら、〝つがい〟となってもらえるが、しかし牡は知性体力ともに劣等種であるために、雌に勝つのは並大抵のことではないな」
「厳しいのだな」
「うむ。オークは多産ですぐ増える。そういうしきたりでもなければ、地下はオークで溢れ返ってしまうだろう」
「おまえに勝てるオスなんて、いるのかよ?」
俺は思わず、そう突っこんでしまった。
オーク弟が、あれで部族の中では勇者らしいが、オーク姉とケンカしたら、デコピン一発で沈められそうだ。
「うむ。それが悩みでもあるのだ。私は我が部族最強だしな」
「勝てるやつ、いねーじゃん」
「うむ。だから部族の外へ行こうと考えたのだ。部族の掟は部族の中でこそ有効だが、外に出れば関係ないからな」
「いいかげんなもんなんだな」
気楽に言った俺だったが……。
じつは他人事ではなく、バリバリの当事者なのだと気がついてしまった。
「それで……、俺か?」
「この街にきていろいろなことを見聞きするうち、強さには色々な種類があると知った。店主殿も、ある意味では強いのだ。私よりもずっと。よって部族の掟的にも、なにも問題はない」
「言ってろ」
なぜ話がそこに行き着く。
エナがじとっとした目で見てくるから、マジ、勘弁してほしい。
「店主へは、どのように求婚したのだ?」
「うむ。子作りをしようと誘った」
「ふむ……」
キングは、顎に手をあてて考えこむ。「やはり、そうか」などとつぶやいている。
なにが「やはり」なんだ。
「……で? 断られてしまったわけか。店主は、どのように断ったのだ?」
なんか、話が俺んとこにきた。
「い、いや……。断ったっつーか……。うやむやになったっきりで、返事、してねーっつーか……」
俺はごにょごにょと小さな声でそう言った。
なんか首筋のあたりに、エナの視線を、ずぅ~っと感じるのだけど、怖くてそっち向いて確かめることができない。
「店主殿。ではまだ私にも望みはあるということかな?」
「いや……、あるっつーか……、ないっつーか……」
俺はごにょごにょとつぶやいた。
「どっちなのだ?」
「だからいきなり最終目的とか言ってくんじゃねぇっつーの……。こーゆーの、いろいろ、手順とか段取りとか、大事だろ」
「段取りとは?」
「だっ……、だから! そーゆーことに踏み切る前にだな。いろいろあるだろ。まずおたがいについてよく知ってだな。リスペクトだの。友情だの。重ねていってだな。しかるのちに、タイミングというか雰囲気というか、ムードというか。一線を踏み越えるときには、そーゆーものが大事であるわけで……」
「ふむ。なるほど。それが異世界の知恵というわけか」
なぜかキングが大きくうなずいている。
そしてさっきから、ずーっと、エナのことが気になって仕方がないのだが……。
勇気を出して、見てみると……。
エナもなにやら、両のこぶしを強く握って、大きくうなずいていた。
いまの話に、感ずるところがあったらしい。ちなみにエナの愛読書は少女マンガだ。
「ところでさ」
なにか妙な流れになってきているのを正すために、話題を変えた。
「キング。なんでおまえ。乙女脳になってんの?」
「は? お? おとめ……?」
「さっきから聞いてりゃ、求婚の作法がどうたらと。まるで恋する乙女みたいな話ばかり」
「は? こい? というのは……?」
「顰めっ面をして、エラそうなことを言ってるのがおまえだろう。おどおどして人の意見ばかり聞いてまわって。らしくないぞ。いったいなにがあったんだ?」
俺はそう言った。
キングのやつは――。
「それが……。クゥアルトゥムが……」
「そういや、なんか返事するって言ってたな? なんの返事なんだ?」
「それが……。子を成そうと……」
「子?」
「そう。子だ」
「子って、あの子?」
「たぶん。その子だと思うぞ」
俺が耳を疑って何度も聞き直していると……。
「店主殿。つまり私と同じだ。私が店主殿に求婚しているのと同じだ。つがいになろうと申しこまれているわけだ」
「えっ?」
「なるほど。だからキング殿は、店主殿に相談をもちかけたわけだな」
「なるほど……。話は、まあわかったが……」
と、俺はキングを見た。
「おまえたち。まだそーゆーの、早いんじゃね?」
足のつま先から、頭のてっぺんまで見て、そう言った。
キングはエナとどっこいどっこい。いや。昔はともかく、最近のエナはだんだん成長してきているので、エナよりも小さいくらいか。キングのやつ、ぜんぜん成長しないのな。
そしてキングに子作……げふんげふん、結婚を申しこんでいるカノジョのクゥなんたらちゃんも、似たようなお年頃。
まだまだぜんぜん、そーゆーのは早いと思う。
「うむ。子を成すためには、まず幼生固定を解き、大人に成長しないとならない。すくなくとも数年はかかるだろう」
「なに言ってんのかわかんねーが、つまり、その通りだろ。子を……なんたらとかゆー、そーゆーのは、すくなくとも数年後になってからでいいわけだ。いますぐ決めることじゃないだろう」
俺が至極まっとうな意見を口にしたら、キングの顔が、はっと変わった。
「なるほど……! すぐに結論を出す必要はないというわけか!」
「そうそう。だいたい、その何年かのうちに気が変わるかもしんねーし」
「いや。それはないだろう。我らキング族は、一度決めたことをそうそう変えたりしないので――」
「いいや、わかんねーぞ? ほら、あのイケメン彼氏がいたろ。六番目がどーたらっていう……」
「テルティウムさんですねー」
エルフがそう言ってフォローしてくる。
よく覚えてんなー。一度会っただけの相手の名前なんて、俺、ぜったいに無理ー。
「何年もするうちには、そっちのテルなんとか君のことを、好きになっちゃうかもなー」
俺はそう言って笑った。
キングは笑ってなかった。
俺のひやかしに対して、ぶすっとした顔をしている。
……あれ?
「なに。おまえ。……妬いてんの?」
「ま、まあともかく! クゥアルトゥムには今夜返事をする。おたがいに幼生固定を解くが、体が大人に変わるまで、最終的な返答は保留すると。――では店主。面倒をかけたな。相談に乗ってくれたことに感謝する。――ではっ」
キングは、そそくさと帰っていってしまった。
図星だったか、挙動がずいぶんと怪しいものだった。
キングが帰っていってから、エルフが俺に言う。
「マスターのうやむや殺法、見事でしたねー」
「なんだ殺法ってのは」
「マスターいつもやってるじゃないですかー。保留ーって」
「今日やらなくていいことを今日するな、が、家訓なんでな」
俺が胸を張っていると、オーク姉とエナが二人で顔を見合わせて、なにか話していた。
「さて困ったな。我々はまずこの必殺技をどうにかしなくてはな」
「うん」
オーク姉はともかく、なんでエナまでうなずいているんだ?
ま、いっか。




