第113話「エダマメ無双」
いつもの昼前。いつものCマート。
今日の昼飯はなににしようかー、などと考えながら、俺が店の前の花壇を通りがかると――。
「あれ?」
俺はなんか見覚えのある植物を目にして、足を止めた。
エルフとエナが世話をしている花壇だが、生えているのは、俺には馴染みのないこっちの世界の花々だ。
そこに、一本だけ、なんか見たことのある作物が生えている。
「これ……、エダマメだよな?」
夏になるとスーパーで見かける。鞘に入ったエダマメがいっぱいついた茎付きのやつだ。
あれの葉っぱもついた状態のものが……、花壇に生えてる。
「おーい?」
俺はエナとエルフを呼んだ。
「これ、植えたの誰?」
俺がそう聞くと、エナは小首を傾げて答えてきた。
「しらないよ?」
「これ、なんていうお花ですかね? わたしも見たことないですよ。あちこち歩きましたから、たいていのものは知っているんですが」
「これはエダマメというものだ」
「エダマメ……、ですか。聞いたことないですねー」
ああ。なんとなく感触でわかった。いまの「エダマメ」は翻訳されていない。
翻訳されたときと、されていないときと、俺はなんとなく語感で区別できるようになってきていた。
言葉が翻訳されなかったときは、それはこちらの世界にないものだということだ。
「ひょっとして、マスターの世界のお花ですか?」
「たぶん、そう。――あと花っていうより、これは食いもんだな」
「食べるものですか! 肉味ですか!?」
「おまえは本当に食うことばっかだな」
「生物から食べることを取ったらなにが残るというのです。高貴なエルフも生物ですから、当然、食べることに一生懸命なのです」
「よだれ拭け」
よだれを垂らしているおバカなエルフをよそに、エナは膝小僧を抱えてしゃがみこみ、ぷっくら膨らんだエダマメの鞘のところを、つんつんとつついている。
「なんかこのなか、詰まってる……」
「おう。そこにはおいしいマメが詰まってるんだぞー」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
エダマメっつーと、ビールが欲しくなるな。
こっちの世界にはビールはないが、似たような味の「エール」というものならある。すこし茶色っぽいが、ちゃんとしゅわしゅわと発泡する。
ただし冷えてない。常温で飲むのが、こっちの世界のエールの飲みかたであるらしい。
「しっかし、なんで生えたのかなー?」
「種が落ちたんじゃないんですか?」
「種?」
「植物ですから、種から育ちますよね? マスターの世界でも、そうですよね?」
「そうなんじゃないか?」
「じゃ、種が落ちたから、いまこれ、エダマメっていうんですか。それが生えてるわけでしょう」
「そうなるのか」
「そうなりますよー」
俺とエルフは、顔を見合わせた。
「いつ種が落ちたんだ?」
「マスターの世界の種なんですから、マスターが持ってきたはずですけど」
「エダマメって、なんだったっけ?」
「なにとは?」
「いや。種のとき」
「エダマメの種じゃないんですか?」
「青いときにはエダマメで、種のときには、なんか別の呼び名がついていたような気がするんだが……。しらんか?」
「なぜ私が知っていると思うのですか?」
「おまえ。バカなくせに、意外と物知りじゃん」
「それは褒めているのか、けなしているのか、どちらなのでしょう?」
「えだまめ……は、未成熟な大豆……、って、そう書いてあるよ?」
エナが店の中から図鑑を持ってきた。ページを開いてそう言った。植物の図鑑だ。
「あー、あー、あー! これかーっ!」
俺は店の中に飛びこむと、不良在庫の「大豆」の袋を引っ掴んで、戻ってきた。
スーパーの穀物コーナーで、小豆やらなにやらと、穀物類をいくつか買ったことがあった。豆は袋に入って色々と売られている。
そのなかに大豆もあったわけだ。煮物かなにかに使うんじゃないかと思う。
ちなみに、まったく売れなかった。不良在庫と成り果てていた。
「これだ。きっとこれだな」
「マスター。ぽろぽろこぼれていますよ」
「お?」
袋に穴が開いていた。
いまも一粒、二粒、こぼれ落ちていって、地面を転がり、そこらの土のうえで止まった。
「おっと……」
俺がその豆を拾おうとすると――。
「だめ」
エナがそう言った。
「おおきく。なるから」
「あー。うん。そっかー」
ここに生えているエダマメも、もとはといえば、こうしてこぼれ落ちた大豆から大きく育っていったわけだ。
いまこぼれ落ちたエダマメも、放置しておくと、こんなにふさふさと鞘を実らせて美味そうに育つわけで……。
だけど、いま豆が落ちたところって、花壇じゃないんだよなー。残念ながらその大豆が育つことは……。
――とか思っていたら、エナが周囲に土を盛りはじめた。レンガもいくつか持ってきて、その場所が花壇になってしまった。
「よし」
腰に手をあてて、エナがそう言った。
うん。かーいー。かーいー。
「エナ。裏で手を洗ってこい。――こっちのエダマメ。みんなで食おう」
「食べられるの?」
「肉味ですか? 肉味がしますか?」
「ああ。料理の仕方は……、まあ、だいたい覚えてる」
俺は鞘をたくさんつけたエダマメを――、可哀想だが、地面から抜いた。
土が根っこからぱらぱらと落ちる。
俺は収穫したばかりのエダマメを持って、店に入っていった。
◇
「まず……、お湯を沸かすんだよな」
「はい! 沸かします!」
「わかす、よ」
ガスコンロに鍋を置き、裏の井戸で汲んできた水を張る。カチンと火を着ける。
「私もなにか手伝おうか?」
「お姉さんは、座っていて、いいです」
そわそわしているオーク姉に、エナが言う。
裏の井戸に水を汲みに行ったついでに、鍜治古屋のオーク姉をエナが呼んできた。
おいしいものが食べられる、という触れこみだが。
そんな期待されすぎてもなぁ。俺は好きなんだけど。エダマメ。
「お湯が沸いたら、塩を入れる」
「塩! 入れます!」
「塩、いれるよ」
エルフとエナと、二人で塩を入れるが……。
二人、それぞれ、一つまみずつ。
「もっと入れる」
「もっと! 入れます!」
「もっと、いれるよ」
二人、それぞれ、3つまみぐらいずつ入れた。
「いや違う。もっと、どばどば入れるんだな」
「どばどば……って、どのくらい?」
「そっちの大きいスプーンで、何杯も、かな」
「そんなに……?」
エナが驚いた顔をしている。
「そのくらい入れていいんだってば」
俺も自分で料理したことはないので、あまり自信はないのだが……。
翔子と一緒に暮らしていたとき、あいつがやっているのを見ている限りでは、そのくらい盛大に入れていた。
「いれる……よ?」
「おう。いいぞー」
エナが俺を見ながらそう言った。
俺がうなずくと、大さじで、一杯、二杯、三杯、と塩を投入してゆく。
「さすがマスターの国の料理ですねー。塩をそんなに盛大に使うなんて、こっちじゃ考えられないですよー」
エルフが言う。
そういや塩はこっちじゃ貴重品だったっけな。うちの店の最初の人気商品だったな。
自分の店でいつも大量に取り扱っているせいで、ぜんぜん貴重って感じにはならないのだが……。
ちなみにうちの店。街ではCマートならぬ「塩マート」などと呼ばれていたりする。
「お湯が沸くあいだに、エダマメを、茎からはずす」
「はずします!」
「はずすー」
「そしたら、塩もみするんだったかな?」
「しおもみ……、って?」
「塩をぶっかけて、鞘をモミモミするんだ」
「またお塩を使うんですかー。やっぱりマスターの国の料理って、豪華ですねー」
「エダマメは庶民の味だぞ」
俺は言った。
だから塩なんて、向こうじゃ一キロ百円もしないで売ってるっつーの。
「お湯。わいたよ」
「お湯が沸きましたー!
湯が沸いた。
「じゃあエダマメを入れる」
「いれます……」
「いれます!」
「そしたら、煮えるのを、何分か待つ」
「まちます」
「待ちます!」
「あと……、そうそう。エナ。大事な任務があるんだ」
「なに?」
エナが目を輝かせて、俺に聞いてくる。
「オバちゃんの食堂にいって、エールをもらってきてくれ。おっきなジョッキでな」
「うん!」
「――待った」
駆け出そうとするエナを、俺は呼び止めた。
塩を一袋、一キロばかり持たせる。エール代だ。
「いってきます!」
勢いよく駆けだしたエナは、大ジョッキのエールを持ってきて――あとついでに、オバちゃんまで連れ帰ってきた。
また増えた。
そこでオーク姉がじーっと見ている。オバちゃんもその隣で、エダマメが茹であがるのを、じーっと見ている。
まーったく、もう。
「四分……、たったよ?」
エナが紅茶用の砂時計で時間を計ってくれていた。
「よし。そろそろいいかな。エダマメをあげたら、できあがりだ。熱いから、冷まして食べるんだぞ」
「もういいの!」
大ざるにあげて、皆で食べる。
「こうやってな。指でぎゅっとつまむと、飛び出してくるんだ」
「うわっ。すごい! おもしろい!」
「肉味! 肉味がしますっ!」
「これは面白い食べものだな」
オーク姉も、ぴょんとエダマメを飛ばしながら、興味深げに言う。エダマメを空中に飛ばして口でキャッチするという高等テクニックまで使っている。
「ああ。これいいねえ。エールに合うねえ」
口許に泡をつけて、オバちゃんが言う。
「だろ? だろぉ?」
俺はおもわずオバちゃんに言った。
オバちゃんは見た目はロリで小学生だが、中身は三十ウン歳なので、飲酒は問題ない。
――っていうか、こっちにはあるのかな? 未成年の飲酒禁止とか、そーゆー法律?
それ以前に、成年と未成年の区別があるのか?
そもそも法律があるのか? あんまり聞かないし。なにか揉め事があっても、キングが出てきて、一言二言、話して、それで解決してるしな。
「エールって、おいしいの?」
「飲んでみるかい?」
あっと思う間もなく、オバちゃんがジョッキを差し出している。
だがエナは俺のほうを向くと――。
「まれびとさんから、もらう」
うーん。いいのかなー。
そんなことを思いながら、俺はジョッキをエナに渡した。
エナは泡のところにちょっとだけ口をつけて――。
「にがい」
すぐにジョッキを返してきた。
あはは。まだすこし早かったようだなー。
皆でエダマメをついばんで、大人はエールを楽しんだ。
エダマメはオバちゃんに請われて、量産することになった。
畑を作って、残りの大豆はぜんぶ蒔いた。芽が出て、育って、また収穫できるようになるまでは、何十日もかかるのだろう。
エナが毎日水をやっている。
新木も庭の菜園でエダマメ育ててます。そろそろ収穫なので楽しみです。




