第098話「竹トンボ無双」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
俺は慣れない工作に勤しんでいた。
そこらに落ちてた板っきれを拾ってきて、ドワーフの親方からもらった、すごくよく切れるナイフで削っているところ。
ナイフが切れすぎてちょっと怖い。手元が狂ったら、指なんて、すぱっとなくなっちゃいそう。
図面通りにやろうとするのだが、素人工作で、なかなかうまくいかない。
俺が参考にしているのは、向こうの世界でプリントアウトしてきた「竹トンボ」の作り方。
最近、エナとかオーク姉とか美津希ちゃんとか翔子とか、自分の身の回りのことばっかで、本来のCマートの本業を忘れていたような気がする。
うちの店のモットーは、「皆が笑顔でWINWIN」である。
日夜、皆が笑顔になるように、商品開発は欠かせない。
今回のターゲットは、おもに、ガキンチョどもである。
こっちの世界には、どうも「オモチャ」が少ないような気がする。
このあいだ紙ヒコーキを作ったら、あれが大ヒット。五〇〇枚ものコピー用紙の束が、あれよあれよというまに、消えていった。
そんなわけで、俺がいま、せっせと作っているわけであるが。
「誰でも簡単! 竹トンボの作りかた!」――と書いてあったのに、ぜんぜん簡単じゃないぞ。
工作の達人なら簡単って意味か? そういう意味か?
素人でも簡単なのが「誰でも」の意味なんじゃないのか? 素人お断りか? そうなのか?
ちゃんと「竹」で作っていれば簡単なのか? 材料が違うからいけないのか?
本当は「竹」で作るのが本式なのだが……。こっちの世界には、探してみても「竹」に似たものは生えていない。
俺が難しい顔になって、竹トンボ……になるはずの木片をいじっていると――。
「まれびとさん、なにやってるの?」
エナが覗きこんできた。
「お仕事ですから、邪魔しないでおいてあげましょー」
バカエルフが気を利かしたのか、そんなことを言ってくる。
「いやいやいや。邪魔というか、手伝ってくれて全然かまわないぞ。……エナ? 工作とか、得意だったっけ?」
「あんまり得意じゃない……」
俺の手にしたナイフを見て、エナは言う。
「そういうの……。お姉さんが、得意だよ?」
「お姉さん?」
エナの視線を追いかけて、ついっと視線を向けると。
カッチョ良い御御足を高々と組んで、オークの美人さんが、テーブルでお茶を楽しんでいらっしゃった。
「いたのかよ」
「うむ。店主殿に、なにか恩返しすることはないかと――」
「――あの鉄の塊なら、まだ売れてないぞ」
売れていない、というよりも、持っていけるやつがいない、というほうだが。
オーク姉が「恩返し」と称して鍛えた、ドラゴン専用の巨大な剣は、壁の一面を占領して展示中。そして裏の鍜治小屋には二本目まで完成していて……。
「ぜひ欲しい!」とか言ってきたコレクターも、いたことはいたのだが……。
連れてきたお供が貧弱すぎて、四人がかりでも持ちあげられずに終わった。
「いまなにか呼ばれたような気がしたのだが? ……なにか手伝えることがあるのか?」
「いやあ……、どうなんだろ?」
俺は首を捻った。
オーク姉は、鍛冶ハンマーを振り回しての力仕事は得意そうだが……。こーゆー細かいのって、どうなの?
「こういうの……。作るんだって。たけとんぼ? とか、いうらしいよ?」
エナが図面を持っていってしまった。
ふむふむ、と、二人で覗いている。
「こうか?」
オーク姉は、腰に刺さっていた短刀を抜くと、しゅっしゅっと、何度か木片の上で動かした。
俺があれだけ苦労したプロペラの形が、あっちゅーまに出来上がってしまう。
「そしたら、細い棒、作るの」
「こうか?」
またしゅっしゅっと、あっけなく出来上がる。
「まんなかに、穴あけて――」
「重心位置はここだな」
「棒をさしたら――」
「こうだな」
「完成」
「ふむ。これでよいのか」
竹トンボ。完成しちゃいましたー。
俺が二時間ぐらい試行錯誤していたことが、三〇秒ぐらいで完了しちゃいましたー……。
「……で、これはどういったものなのだ?」
オーク姉が、竹トンボを指でつまみながら言う。彼女が持っていると、なんだか爪楊枝みたいだ。
プチ落ちこんでいた俺であったが、すぐに復活した。
「ふっふっふ……、それは遊具なり! 竹トンボというものなり!」
「ほう。たけとんぼ。とな?」
「これはこうやって遊ぶのだ」
俺は竹トンボを手に、店の外へと出ていった。
オーク姉もエナも、バカエルフもついてくる。
「なーにー」「なんなのー」「おじちゃん、それなーにー」と、ガキンチョどもも足元にわらわらとまとわりついてきて、歩きにくいこと甚だしい。
最近俺は、「おもしろい遊びを教えてくれるおじさん」としてガキどもに認識されているようである。
しかしガキども……。
言っておくが、「おじちゃん」じゃねえからな? 「おにいさん」って呼べよな?
オーク姉とエナとバカエルフと、ガキンチョたくさんを引き連れた俺は、通りの真ん中まで歩み出ていった。
そしておもむろに竹トンボを手に持つ。
つづく俺の一連の動作は、すべてが無駄なく洗練されたものだった。
俺は竹トンボを作ったことはないが、飛ばしたことなら何度もある。
上級者といっても過言ではない。
両手で合掌するように挟みこみ――。
そして一気に、手を擦りあわせるべしっ!
ぎゅるるるるる!
高速回転した竹トンボは、一気に、空へと駆け昇っていった。
高く高く上がっていった竹トンボは小さくなって、目に痛いほどの青い空のなかで、探すのにも苦労するほど。
ふっふっふ。俺は竹トンボを屋根よりも高く飛ばすことのできる達人なのだ。
どうだ! おそれいったか!
――と、ドヤ顔になって、エナとオーク姉とバカエルフと、そのほか、ガキンチョども大勢に向いたのだが。
思っていたような反応はなくて――。
全員、うすらぼんやりと口を開いたまま、空を見上げている。
ひゅー……、と、風が吹きすぎていった。
あっれー? はずしちゃったー? 滑っちゃったー?
ま……。これぞ、と思った無双ネタが、滑っちゃうことなんて、よくあることで……。
はい。撤収ー、撤収ーっ……。
店の中に引きあげようと、回れ右をした俺の背に――。
「す……、すごい。とんでったよ……? ぴゅーっ、って、いまとんでったよ? 竹トンボ! すごい! すごい! なにあれ!」
エナが叫ぶ。
「ふわああぁ~っ、飛びました飛びました、飛びましたあぁぁ~っ。わたしも長いこと生きてますけど、あんなの初めて見ましたよ~」
バカエルフも感極まったように言っている。
「お……、おおっ! おおおおおおお! て……、店主殿! 店主殿おぉ! 飛び――! くるる――って! 飛んで! ほら! あれが! 私の作ったあれがっ!」
オーク姉なんて、感激のあまり、俺をつかまえて背骨をサバ折りに――痛い痛い。背骨が折れる。死ぬ死ぬ死ぬ。
◇
竹トンボは、一躍、Cマートの人気商品となった。
目撃していたガキどものネットワークで、口コミが高速通信され、すぐに街中のガキどもが群がってくるようになった。ガキだけでなく大人も列を作って並んでた。
竹トンボ、一個、銅貨一枚。
オーク姉が大量生産中。竹トンボを手にした子供たちもニコニコ。「恩返し」のできてるオーク姉もニコニコ。
みんな笑顔でWINWIN。Cマートの理念は絶賛体現中。
竹トンボは大人気すぎて、しばらく供給が追いつかなかった。そうしたらそのうちに「パチモン」が出回るようになった。
鍛冶工房謹製の、金属製竹トンボ。ドワーフの親方が腕をふるっている。
もちろんパチモンが出ようがなんだろうが、俺はまったく構わない。
皆が笑顔になれば、それでいい。
しばらくのあいだ、街の空を見上げると、竹トンボが数個は飛んでいるのが見えていた。
今日も青空だ。




