第9試合 有音VS奏 4
観客席では真奈が長年の付き合いだからこそわかるであろう風良の考えを代弁していた。すぐに風良が奏にアドバイスのような声かけをしなかった理由はわからない。同じ部活の後輩達だから片方の人物だけを贔屓するのはどうだろうと思ったのかもしれないが。
「今のままじゃ良くないわよ、奏君。最悪でもその料理を作りきるベストを尽くして」
その同じ学園の『料理研究部』の先輩の声援を受けて、奏は今やれるだけのことはやろう、後悔だけはしたくないという気持ちに切り替わる。ちらっと時計に目を向けて――
「残り時間7分以下か……でもこういう方法なら間に合うだろうきっと」
部活の先輩方に心配かけてしまったので、奏はこれからの自分に期待してくださいとばかりにベストを尽くすつもりで努力の姿勢を行動で示し始める。何だか余計な考えを一切持たず無心で材料を切る作業に入った様子。ガスコンロは複数あるので3つ程同時作業に入ったようだ。1つ目と2つ目のフライパンの火加減は弱火でバターを溶かしてニンニク2かけを炒めるというもの、3つ目のフライパンには豚バラ肉130g、ベーコン60gの順番で強火にして一気に炒めるという具合だった。少しでも目を離してしまえば焦げたりしてしまいそうだが、しっかり集中している奏を見ていると妙な安心感があった。
ニンニクの香りが辺りにもという感じになったところで1つ目のフライパンに3つ目のフライパンからフライ返しで豚バラ肉を投入。2つ目のフライパンにはベーコン60g。味付けは同じなようだ。塩こしょうにバジル、パセリで味付けした1口大のじゃがいもを入れて混ぜていく。
「残り時間3分切りました~」
司会者の仕事なので最後の仕上げミスを誘うような言い方をするしかない。だが奏にはまったく聞こえていないようであった(ちなみに有音も無視している様子だ)料理を失敗する確率が低くなる集中力の高さが際立っていた。
「最後の味付けの決め手はこれだ!」
しょう油を大さじ2程だと多めかなくらいと砂糖大さじ半分を入れて火を通したまま混ぜて制限時間内に料理の出来上がりに間に合わせたのである。
奏にとって事情も理由もあるこの試合、ある意味で開き直ってからは料理に集中できていたように見える。後はどんな評価をされるかって事だけであった。
「制限時間いっぱいになりました。果たして響 奏さんは作り終えることが出来たでしょうか? もう少ししたら結果が出ます、お楽しみに」
司会者の命が対決者2人の関係性も考慮に入れてか注目度を上げているかのような誘導をしていた。
宣伝が入ったりして、両者が審査待ちテーブルにベーコンとじゃがいもという王道食材同士で作った創作料理を置いてからキッチンスタジオのいつもの場所(料理を作る所定位置)に戻る。
「当然私の料理から食べますよね? 勝負になりそうもない相手のやつなんかより私のを食べたいって思うはずだよ」
結局のところ、先だろうが後だろうと美味しくて独創的な料理が勝つのだ。今の有音は勝利しか頭にないようであった。
「そこまで断言するからには審査を厳しくされるという覚悟はあるんだろうね!?」
やはり注意を受けて当然な有音の態度なのだが、飾り付けや食べたいと思わされる実力が料理からにじみ出ている。
「言うだけの事はあるとは認めよう。基本的には申し分ない。だがこれは…………」
味や香りに満足しているはずの審査委員長が浮かない顔をしているので彼女はすぐに訊いた。




