第9試合 有音VS奏 3
「今までなら奏にはまだ及ばないと思っていたでしょうね。でも今の私は三つ星レストラン料理長に勝つくらいの自信があるわ」
有音が『大きく出た宣言』をする。しかし、この対戦の数日前に彼女の家で見た思わず参考にしたくなる様な動きが奏の脳裏から離れていない。そういう事から有音が口だけではなさそうと奏は動揺してしまっているようであった。
「同じ学園に通っていてこの2人は幼なじみだという話です。両者ともに手の内を読めそうな付き合い、どんな対決になるでしょう。気になりますね」
対決者に選ばれなかった出演者達は観客席の最前列へ、審査員達はいつもの所定の席に行って着席した。
「早く早く~。良い食材も多いし作りたいんだからあっ」
まだ料理に使う食材も決まっていないのにもう対戦開始を待てないといった風に有音が体をうずうずさせている。
番組の流れからか、奏と有音がキッチンスタジオでいつ試合開始しても問題なしと判断されてから開始宣言をされた。
「そういえばしっかり発表すべき事がありましたね。作るのに使用してもらう食材はベーコンとじゃがいも。制限時間は20分になります」
料理に使う材料を両者がまな板の上またはボウルの中に用意する。その後で改めて開始という司会者の声が会場に響き渡った。両者の立ち上がりは対照的であった。迷いをみじんも見せず、最短で手際の良さが光る有音の姿とその彼女の変貌しすぎぶりに困惑してしまって手の進みの遅い奏。その不安を感じている事実が奏に料理初心者くらいしかしそうにない失敗を引き起こす。
食材を床に落としてしまって取りに行き直すという時間のロス、鍋にお湯を大量に用意しておきながら沸騰したお湯をあふれ出させてしまうという凡ミス。焦りが焦りを生み、どたばたぶりが目に余るくらいであった。
「あーあ。そんなんじゃ勝負にならなさそう……このままじゃつまんないよ。手は抜かないけど!」
彼女は言った通り、電子レンジで3分ふかし熱さに強い体なのか難なく皮をむいて大きめのじゃがいもを薄いいちょう切りに。玉ねぎ半分とにんにく1かけも薄切りにする。ベーコンも1センチくらい角に切っていた。その切った材料群を見るとどうだ、すべてほぼ均一の大きさというあり得なさ。
「フライパンにバターを溶かすのは今だね」
フライパンの温度変化でバターの溶ける時間まで計算出来ているかのようだった。まずベーコンにバターが染みこんでいき、にんにくや玉ねぎにはそこまでバターを染みこませなくていいなと材料をベーコンの上に乗せる感じ。最後にいちょう切りしたじゃがいもを加えてバターの残りとベーコンをじゃがいもにからませていく。仕上げに塩こしょうで味付けを忘れなかった。完成品はじゃがいもがきつね色に輝いているかのような見た目、玉ねぎも透明度が高い。それとバターの香りが食欲をそそる。
「まったく無駄のない作り方に成功したわ。満足感もあるわね」
出来て当然という包丁さばきで作り終えた有音は奏を見つめて高みの見物をし始めた。
対する奏にとって、制限時間なんてものはあってないかのごとしいっぱいいっぱいの状況。それに苦しい心のうちと戦っているかのような様子だ。ただ、料理を作る動作は体に染み付いているのか今までの経験からか手元に用意していた。ナベでじゃがいもをゆでるという最初の工程だけで失敗続きだった関係から約10分くらい使ってしまっていたようである。
(まずいな……)




