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義妹に婚約を壊されましたが、それで正解だったみたいです  作者: 星河雷雨


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6 家族皆の幸せな未来のために、義姉の婚約を壊します(アフネス視点)



 自分が前世読んでいた小説の中に転生したと気付いた時には、思わず心の中で、「嘘でしょ!」と叫んでしまっていた。実際にその場で声に出さなかったのは、我ながら偉かったと思う。


(……なんで? なんで、寄りにも寄って、この小説なの⁉)


 本当に、どうして寄りにも寄って、生まれ変わったのがこの小説なのだ。かろうじてヒロインではなかったが、だからと言って安心できるものではない。


 何故ならこの小説は、男性向けのR18作品だったからだ。






 遠い親戚だという人物に、両親が事故で死んだと告げられた時、アフネスは二歳年下のフィンセントの小さな手を掴んだまま、茫然とその場に立ち尽くした。


 悲しかったのは当然のこと、しかしこの時には、驚きの方が勝っていた。


 両親を失った悲しみの中、突如前世の記憶が蘇ったのだ。別の世界で、大人として生きた記憶が。


 当時は、何故こんな時にと思ったものだけれど、今思えば、記憶が蘇ったのが、あの時で良かったのだろう。そうでなければ、子どもとしての記憶しか持たないアフネスだったら、きっと幼い弟を放置したまま、感情のままに泣き叫び、途方に暮れるしかなかったのだろうから。


 けれど前世の記憶を思い出したアフネスは、まだ八歳の弟を慰めながら、その遠い親戚にこれからのことを相談し、評判の良い孤児院に二人共に入ることができた。家は商家だったが、商売などとうに傾いていた。借金のかたに売られなかっただけ、マシだったのだ。


 両親の死を受け入れ、この世界に転生したことも受け入れ、孤児院の環境に慣れた頃、母親の乳兄(ちきょうだい)だという、身なりの良い男が現れた。その男は、ヘルブラント・コーレインと名乗った。


 ヘルブラントは、アフネスとフィンセントの顔を交互に見て、「ああ、彼女にそっくりだ」と、昔を懐かしむように、声を震わせた。


 それから、淡く微笑みながら彼は言ったのだ。「君たちは今日から、コーレイン家の一員だ」、と。


 その言葉を聞いた時、アフネスは既視感に襲われた。


(コーレイン……?)


 どこかで聞いた名前だった。


「私には一人、娘がいるんだ。ミルテと言ってね。優しい子だから、君たちとも、仲良くなれると思う」


(ミルテ……? ミルテ・コーレイン……。やっぱり、どこかで聞いたことがあるわ)


 最初は、母から聞いたことがあるのだろうかと思っていた。目の前のこの男が、母の乳兄だと言うのなら、生前の母から聞いていた可能性はある。けれど、それはすぐに間違いだと気が付いた。


 アフネス・コーレイン。


 フィンセント・コーレイン。


 そして、ミルテ・コーレイン。


 この三者とも、とある小説に出てくる登場人物の名前だったのだ。



 





 ヘルブラントの孤児院訪問からそう日も経たぬ間に、アフネスとフィンセントは、コーレイン伯爵家の養子となることが決まっていた。


 初めて会ったヘルブラントの妻エブリーヌと娘のミルテは、アフネスとフィンセントを歓迎してくれた。


 歓迎の意を込めた豪華な夕食を平らげ、与えられた部屋に通されたアフネスは、さっそくこれからのことを考えた。


(本当に……なんで、寄りにも寄って、この小説なのよ……)


 その小説は、男性向けのR18小説だった。


 ずっとライト文芸作品を書いていた作家が、はじめて出したR18作品だったのだ。


 前世のアフネスは女性だったが、その作者の作品をずっと追い続けていたため、少々尻込みしつつも、イラストの秀麗さに惹かれたこともあり、その男性向けR18作品を手に取ってみることにしたのだ。

 

 男性向けははじめてだったが、女性向けはよく読んでいたので、そう変わりはないだろうと判断したのだ。結果、やはり内容はえぐかったが、読めないこともなかった。


 だが、今後はいくら推し作家の書いたものだとしても、男性向けR18作品には手を出さないでおこうと誓うことにもなった。直接的な描写ばかりで、ロマンスが足りなかったのだ。


 アフネスの前世は、ナイトクラブの従業員だった。如何せん容姿があまり優れていなかったため、接客ではなく裏方の仕事をしていたのだが、職業柄、男女関係のいざこざについては、よく聞かされていた。


 恋のいざこざなど、現実だけで十分だ。前世のアフネスは、小説にロマンスを求めていた。そういった点で、その小説はアフネスの及第点には届かなかったのだ。


 その、及第点に届かなかった小説のヒロインの名は、ミルテ・コーレイン。


 華奢な身体と繊細な美貌を持つ、まるで永遠の少女のような女性だ。ミルテは、年上の婚約者と結婚後、夫となったその婚約者に、調教を施されてしまう。しかしそれは、ミルテ・コーレインの、奔放な姓遍歴の始まりに過ぎなかったのだ。


 ミルテはその婚約者と結婚するが、夫は享楽が祟り数年で死去。夫亡きあと、ミルテは夫と同じ家格である、とある公爵家の後妻となる。けれど再婚した夫は、ミルテより二十は年上だった。


 かつて夫に施された調教のせいで、まだ若い身体を持て余していたミルテ・コーレインは、それ以降次々に男と浮名を流すことになるのだ。そしてその中には、アフネスの弟である、フィンセント・コーレインの名も入っていた。


 フィンセントはミルテを初めて見た瞬間から、彼女に恋をしていた。けれどその時にはすでに、ミルテはシモン・バッカウゼンと婚約済みだった。アフネスの可愛い弟、フィンセントの初恋は、自覚すると同時に儚くも散ってしまったのだ。


 けれど、性に奔放になっていたミルテは、すでに再婚している身だというのに、自分に純粋な好意を寄せて来るフィンセントを受け入れ、道ならむ関係へと誘いこんでしまう。そして最終的にフィンセントとミルテは、不貞に怒り狂ったミルテの夫に殺されてしまうのだ。


 さらには、当時フィンセントにはすでに婚約者がいたため、コーレイン家はその婚約者の家に慰謝料を支払う羽目になってしまう。実の娘と次期当主として育てた義息子をスキャンダルで失うだけでも相当な痛手だというのに、多額の慰謝料まで支払うことになるとは、本当に散々だ。


 ちなみに、アフネスはその美貌で、かつてアフネスの母に淡い恋心を抱いていたヘルブラントを誘惑し、ミルテの母親、エブリーヌに刺されるという、こちらもまたとんでもない役だった。しかも辛うじて命は助かったが、アフネスはその後エブリーヌによって娼館へと売り飛ばされ、死ぬまで悲惨な人生を歩むことになるのだ。


(冗談じゃないわよ……! とういうか、コーレイン家。スキャンダル(まみ)れすぎる……!)


 ヘルブラントは確かに美しく優しそうな男ではあるが、今のアフネスは誘惑しようなどとは露ほども思わない。それは恐らく、前世の記憶を思い出したことと関係しているのだろう。


 両親を亡くしたアフネスは、おそらくヘルブラントに対して父性を求めていたのだろう。ヘルブラントの妻であるエブリーヌに対しても母性を求めてはいたのだろうが、そこはミルテという実の娘には敵わなかった。


 そして、実の娘が一番だということは、ヘルブラントも妻と同じだったようで、だからこそアフネスは、歪んだ形での愛情を、ヘルブラントに求めてしまったのだ。


 だが、アフネスが前世の記憶を思い出した以上、コーレイン家は小説と同じ道は辿らない。いや、辿らせない。


 アフネスはヘルブラントを誘惑しないから、エブリーヌがアフネスを刺すことはない。ただ、このままミルテとシモンが小説通りに婚約をしてしまえば、最終的には、不貞をすることになるフィンセントとミルテは、小説通りに殺されてしまうかもしれない。それだけは、どうしても避けなくてはならないのだ。


(絶対に、フィンを護って見せるわ)


 それにできるならば、初恋も叶えてあげたい。


 というより、フィンセントは初恋からずっとミルテを想い続け、ついには不倫までしてしまうくらいミルテに思い入れがあるのだ。きっと、他の女性と結婚しても上手く行かないだろうとアフネスは思っていた。


 けれどシモンの家は、公爵家。しかもこちらはこちらで、シモン自身がミルテに執着しているので、婚約を白紙に戻すことは、容易ではないだろう。妖精のように華奢で繊細な美貌を持つミルテは、少女好みであるシモンの好みには、ピッタリだったのだ。


 どうやってミルテとシモンの婚約を壊そうかと思案したアフネスは、シモンがやらかせば、シモン側の有責で婚約を壊せるのではないかと考えた。


 すでに成人前には豊満な美女となる予定のアフネスだったが、身体が育ち始めるまでは、まだチャンスがある。できるだけシモン好みの女性を演じ、シモンの方から声をかけさせれば良い。


 もちろん、身体を触らせたりはしない。小説を読んでいるから、シモンの性癖は嫌だけど把握している。シモンは少女好みであり、純粋で貞淑な少女を調教することを望んでもいるが、その実、正反対の魅力を持つ、奔放で高飛車な少女に命令され、虐げられることも望んでいるのだ。まったくもって、理解しがたい性癖だ。


 それから、フィンセントを味方に引き入れることも忘れてはならない。前世の記憶の事はさすがに言わないが、ミルテの婚約者であるシモンがヤバイ奴であるとそれとなく伝え、自身がミルテの婚約者になることを決意させるのだ。


 アフネス自身のことは、それらがすべて上手くいったあとに考えればいい。幸いなことに、アフネスは美貌を持って生まれているし、身分はすでに伯爵家の一員。愛が冷めた時のことを考えて、できれば顔が良くお金を持っている相手がいいが、そこまでは望めなくとも、まあそこそこの家へと嫁ぐことができるだろう。


 後々のことを考えて、ミルテとの仲は良くも悪くもなく、けれどいざという時にはシモンよりもアフネスのことを信じる程度の信頼関係を保っておかなければならない。仲が良すぎればシモンとの関係を応援されかねないし、仲が悪すぎれば断罪されるか、アフネスへの対抗心から、今度はミルテがシモンに執着してしまう恐れがある。


 幸い、シモンに調教される以前の小説の中のミルテも、実際に会ったミルテも、常識のある、素直そうな普通の少女だった。おそらくは、アフネスの想像通りの反応をしてくれるだろう。結婚する以前にシモンの性癖を知る機会さえあれば、シモンからは離れて行くはずだ。


 元々そういった素質があったにせよ、普通ならばその素質は開花することなく、ミルテの中で、大人しく眠り続けている筈なのだから。


 ミルテの人生が狂ってしまったのは、特殊な性癖を持つ、シモンと結婚をしてしまったから。だからその結婚さえ阻止すれば、ミルテも、そしてフィンセントも、真っ当な人生を歩める筈なのだ。


「……よーし! 明日から頑張るわよ!」


 アフネスはきつく握りしめた拳を、天に向かって高らかに掲げた。

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