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義妹に婚約を壊されましたが、それで正解だったみたいです  作者: 星河雷雨


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5 義妹に婚約を壊されましたが、それで正解だったみたいです



 その後、コーレイン家からバッカウゼン家へ婚約の白紙撤回を求めた時、シモンは驚くほどに抵抗したらしい。


 その場にミルテはいなかったので、実際のところはどうかわからないが、当たり障りのない交流しかしてこなかったのにと、話を聞いたときには、驚きを隠せなかった程だ。


 けれどシモンの抵抗虚しく、アフネスがこれまで溜めて来た証拠を突き付けた瞬間、シモンではなく、バッカウゼン公爵その人が、即座に婚約解消を決めてしまったようだ。さすがは公爵、損得勘定が早いとはアフネスの談だった。


《私にも義姉さんにも二度と近づかないって、血判付きの誓約書書かせたわ》


 そういって笑ったアフネスは、大層頼もしく見えた。


 実際にはシモンの誘惑に自ら乗ったアフネスだったが、世間から見たら、まだ純粋で擦れていない子どもが、大人に歪な関係を強要されたということになるらしい。そしてそれは事実であると、ミルテも思っていた。


(アフネスがああいう性格だったからまだ良かったものの……もし、相手が普通の子どもだったらと思うと……)


 怖気とともに、怒りが湧いて来る。


「どうしたの? ミルテ義姉様」


 最近少しだけ声変わりをし始めたフィンセントの声に、ミルテは自分でも驚くほどに反応した。


「だ、大丈夫よ……! ちょっと考え事をしてただけ」

「考えごと? 僕とお茶している時に?」


 拗ねたような表情を見せるフィンセントに、ミルテは申し訳ないと思いつつも、心の中では悶えていた。


(私の義弟が……可愛すぎる!)


 ミルテとフィンセントが婚約者同士になってから二週間程経つが、義姉と義弟という関係性は特に変わっていない。とはいえ、たった二週間しか経っていないので、変わりようもないというのが、正直なところだ。


 だが、シモンと過ごす時よりも、フィンセントと過ごす時の方が、数段楽しいものであることは間違いない。婚約者となってから増えた二人だけのお茶の時間は、ミルテにとって、とても大切な時間となっていた。


「ごめんなさい、フィン」


 ミルテが素直に謝れば、フィンはすぐに機嫌を直して、それからミルテの目の前、テーブルの上に、小さな小箱を置いた。


「これは……」

「今日は、ミルテ義姉様の誕生日だよ? まさか忘れてたわけじゃないよね?」


 シモンのことを思い出す前までは、ちゃんと覚えていた。今日だって、町で評判の店にお茶をしに出かけようと言ってくれたフィンセントが、きっと何かを用意してくれているのだろうとも思っていたのだ。


「……忘れてないわ。えっと、開けてもいい?」


 ミルテの言葉に、フィンセントが嬉しそうに頷いている。


 そっと小箱を包むリボンを解き、上の箱を下の箱から引き離す。すると箱の中には、光輝く、銀色の小さな百合の花が入っていた。


「これ……」


 細心の注意を払い、ミルテはその銀細工の百合を、小箱から取り上げた。


「綺麗なブローチ……」


 ひとしきりそのブローチを眺め堪能したあと、ミルテはブローチを胸に付け、フィンセントに見せた。


「よく似合っているよ、義姉様」


 フィンセントからの誉め言葉を、ミルテは恥じらいながらも、正面から受け止めた。


「ありがとう、フィン。こんな素敵なブローチ、どこで見つけたの?」


 フィンセントからの贈り物であるブローチは、百合の花を銀細工で表現した、とても上等なものだ。薔薇ではなく百合というところが派手過ぎず、ミルテ(自分)らしくて良いと思っていた。


 元婚約者のシモンも誕生日には必ず贈り物をくれたが、如何せん、シモンのくれる装飾品は、革で作られたベルトのようなチョーカーや、ブレスレットといった具合に、とにかくミルテの趣味には合わなかったのだ。


「以前義父様と町に行った時に、良い細工師を見つけたんだ」


「特注品なの⁉」


 ミルテが驚きに声を上げれば、フィンセントがその声を受け、柔らかく微笑んだ。


「ミルテ義姉様に、派手過ぎる既製品は似合わないよ。義姉様の繊細で儚い美しさを引き立てるには、華美な装飾品は逆効果だ」


 ようするに、ミルテが地味すぎるせいで既製品は似合わないということだろう。


 フィンセントの言う通り、既製品の装飾品は、その派手さを競っているようなところがあるのだ。舞踏会などで目立つためのものなので仕方ないにしても、ミルテはいつも、それらの品を自分には派手過ぎると感じていた。それをこんな風に言ってくれるフィンセントの優しさに感謝しながら、ミルテはフィンセントに向けて微笑みを返した。


「ありがとう、フィン。大切に使うわ」


「うん。寝るとき以外は、ずっと付けててね」


「寝る時以外? そんなに毎日ずっと付けていたら、壊れちゃいそうで怖いわ」


 ミルテとしては、特別な時に付けて、後は大切に仕舞っておこうと思っていたのだ。


「壊れても、直してもらえるよ。直らないほどに壊れたなら、また新しいものを贈るから大丈夫」


「フィン」


 感動していたミルテの手を、フィンセントの大きいが、まだ幾分線の細い手が包み込んだ。


「これから先はずっと、僕が義姉様に贈り物をするからね。来年の誕生日には、ブレスレットを贈ろうかな。次の誕生日は、ネックレス。その次は、指輪を贈るよ」


「指輪……」


 指輪が贈られる歳は、ちょうどフィンセントが成人する歳だ。装飾品の贈り物は、主に婚約者や夫から貰うもの。その中でも指輪と言えば、特別な意味を持っている。


 この国での女性への指輪の贈り物は、夫以外の者が贈ってはならないとされているのだ。そのことに気付いたミルテの頬が、見る間に熱くなっていく。そのミルテの様子を微笑みながら見つめていたフィンセントが、


「僕が成人したら、すぐに結婚しようね義姉様」


 そう言って、ミルテの指に一つ、口付けを落とした。

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