3 婚約者と浮気をした義妹の言い分
「は?」
今後はもう、ミルテのいないところで、シモンと会わないで欲しい。
そう言った時のアフネスの表情は、かつて見たことのないものだった。もしや、アフネスは本気だったのだろうかと一瞬だけ心配をしてしまったが、そういうわけでもないらしい。
目を見開き口を開けたままにはしているが、アフネスに怒っている様子は見られない。だからミルテはそのまま、言おうと決めていたことを言うことにした。
「アフネス。あなた、シモン様のこと本気じゃないのでしょ? もし、あなたがシモン様のことを忘れて、今後二度とシモン様に対し、義理の妹以上の態度で接しないでいてくれるというのなら、私はあなたたちのしたことを忘れるわ」
アフネスはおそらく、シモンに対し本気ではない。
だからこそ、義姉であるミルテがここまで言えば、身を引いてくれるだろうという確信があった。喧嘩ばかりしていた義姉妹の二人だったが、お互いを心底憎んでいるというわけでは、ないからだ。
けれど、アフネスの口から出てきたのは、ミルテの考えていたような、了承の言葉ではなかった。
「……はあ⁉」
その怒気さえ感じられるようなアフネスらしからぬ大声に、ミルテは思わず肩を揺らした。
「ア、アフィ……?」
「なんで……! 義理とはいえ、婚約者の妹に手を出すような奴よ⁉ それを家のために、許してなかったことにしようっていうの⁉ 真面目過ぎるでしょ⁉」
「い、家のためというわけじゃ……」
最初はそう思っていたが、昨日のシモンの態度を見て、もしかしたら良い夫婦になれるのではないか、間に合うのではないかと思ったということを、ミルテはアフネスに伝えた。
伝えたのだが――。
「あり得ない! 絶対上手くいかないわよ! というか、優しくなんかないわよ、あいつ! クズだし! 変態だし! 普段義姉さんに対して必要以上の接触を持たないのだって、自分の欲望を押さえきれなくなるからだし!」
「え? アフィ……? ちょっと落ち着いて⁉」
義姉の婚約者をクズ、変態と言い切るアフネスに、ミルテは驚愕しつつも、最悪のことを考えていた。
ミルテはてっきり、普段の態度から、アフネスもシモンとのお遊びに対し乗り気なものだとばかり思っていたのだ。しかし、アフネスにとって、シモンは格上の公爵家の嫡男。内心嫌がってはいても、断れなかった可能性もある。
「アフィ……もしかして」
シモン様に、何かされたの?
そう聞こうとアフネスに声をかけたミルテだったが、アフネスの興奮が冷めることはなく、さらにとんでもない言葉をまくし立てた。
「あいつは義姉さんがまだ十歳の頃から義姉さんに目を付けてて、結婚したら自分好みの昼は淑女夜は娼婦の淫らな女性に調教しようって肚の、ロリコン変態ドクズなのよ⁉」
一部理解できない言葉があったにせよ、とんでもないことを大声で叫んだアフネスに対し、ミルテは大慌てでアフネスの口を両手で塞ぐ羽目になった。
「アフィ……今の、どういうこと?」
ようやくミルテが言葉を絞り出すと、対するアフネスはハッとしたような表情をしてから、すぐに顔色を青に変化させた。
「アフィ」
もう一度、今度は少しきつめに名を呼べば、アフネスはしぶしぶと、しかし大人しく話し出した。
「……以前、あいつが友人と話していることを聞いちゃったの」
「シモン様が……」
正直に言えば、信じられない。
あの優しいシモンが、というよりは、そのような倒錯した性癖の持ち主だということの方が、信じ難い。だが、シモンは実際十四歳のアフネスと、まるで長らく別れていた恋人のような、熱い抱擁を交わしているのだ。
(それに、アフネスはさっき、シモン様は私が十歳の頃から目を付けていたと言ったわよね? ……それって、少女が好きだと言うこと?)
「シモン様は……少女、がお好きなの?」
だが、シモンが目を付けていたという十歳の頃のミルテに比べると、現在十四歳のアフネスは、あと一年待てば成人という年頃だ。それに外見的には、すでに少女の域を超えている。二歳違いのミルテと比べても、時にアフネスの方が姉に見られる程だ。
「少女も好きだけど、基本義姉様が好きなのよ、あいつは」
少女も好きだけど。
その言葉に少なくない衝撃を受けながらも、ミルテはやはり、信じ難い思いでアフネスの言葉を聞いていた。
「シモン様が私を……? とても、信じられないわ」
「あいつ、むっつりスケベだから」
「むっ……? いえ、でも……! あなたたち、抱き合っていたじゃない! ……もしかして、アフィ。シモン様を本気で愛してしまったの……?」
「違うわよ! 両家の婚約を壊そうとしただけよ!」
言い切ったアフネスに対し、ミルテは脱力してしまった。
アフネスの言うことが本当だとして、そしてミルテのことを思ってくれたのだとして、他にやりようはなかったのかと。
「……アフィ。私のことを心配してくれたのね。でも、もし私以外に二人の抱擁を見られていたら、大変なことになっていたかもしれないのよ?」
義妹が、義姉の婚約相手を略奪する。そんなこと、世間体が悪いったらない。一体コーレイン家は、子どもにどんな教育を施しているのかと言われてしまうことだろう。
「結婚後、妻が夫に従うのは当然のことよ。その……そういった夫婦の事柄に関しても、少しくらいなら……」
「……違うの! もう、義姉さんが想像している数段酷いの! あいつのせいで義姉さんの隠れていた才能が開花しちゃって、夜な夜な男を漁る淫乱女に変わっちゃうくらい酷いの!」
「い、淫乱……⁉ なんてことを……」
「というか、これが最善の方法なのよ! あいつと結婚なんてしたら、義姉さんのお先は真っ暗なんだから!」
「方法って……あなたがシモン様を奪うことが?」
「奪ってない……! いらないわ! そうじゃなくて……」
アフィがどこかもどかしそうな様子でそこまで言った時、
「アフィ姉さんの言う方法っていうのは、シモン卿とミルテ義姉様の婚約をなかったことにして、僕とミルテ義姉様の婚約を進めることだよ」
と、いつの間にか部屋に入ってきていたフィンセントが、美しい笑みを浮かべながらアフネスの言葉を引き継いだ。




