親愛なる我が黎明へ 其の十五
◇
「く……っ!」
その見た目からはあり得ないほどの膂力によって、大剣で受けたにも関わらず身体が浮くほどに吹き飛ばされる。
サイガ-0が障害物の多い樹海で何にもぶつからずに後退するに留まったのは単に運が良かっただけだ。
(ダメージは……そこまで。ただ、防御姿勢の私を吹き飛ばすノックバック……!)
おそらくは、ステータス以前に単純な質量、そして単純な防御では踏ん張りが足りないということだ。
さらなる強化毒分身との戦闘は、最初から戦っていたオイカッツォに増援として加わったサイガ-0とサンラクの3vs1。
優勢ではあるものの、それでも冗談のような怪力の毒分身が放つ攻撃はこの中で最も頑強なアバターを操るサイガ-0であってもひやりと来るものがある。
「レイ氏大丈夫か!?」
「大丈夫です!」
体格はほとんどウィンプと同じ、華奢ですばしっこく動く……だが、膂力だけは巨獣のそれ。
「ったく、火力だけ雑に上げた周回ボスかよ!」
「既視感それかぁ! サンラク、転ばせて畳みかけよう! ラリアット!!」
「実はパワー相応の体重だったら泣くぜ……! 足払い!!」
アタッカーの健在、あくまでも"膂力だけが"人並外れているならばと転倒を狙うオイカッツォの提案に即座に動くサンラク。
阿吽、とまではいかずとも最低限の言葉を交わしただけで連携を構築し始めた二人の姿にほんの少しの羨ましさを感じながらもサイガ-0は遅れてなるものかと駆け出す。
毒分身は虚空の眼窩を瞼で歪ませ、高らかに笑いながらやたらめったらに腕を振り回す。子供の癇癪にしか見えないそれも、当たればどうなるかはサイガ-0で実証済み。
だが、毒分身の不運があるとするなら………
「腕振り回す悪足掻き程度……!」
「格ゲーじゃ日常茶飯事!!」
対人戦ことに関してプロと、それに匹敵する者が連携していたことだろう。
この毒分身の構造的な欠点、それはあくまでもその輪郭は人間の少女相当ということ。適切な距離さえ維持すれば攻撃は当たらず、そして関節を外せる人形のように無茶な可動域を持つわけでもない。
言ってしまえば、初見殺しでしかないのだ。そして初見殺し最大の初撃はサイガ-0がその鎧をもって耐えてしまった………二度目はない。
「回れパチモン!」
「縦回転でね!!」
腕を大きく振り払ったその瞬間に、サンラクとオイカッツォが一気に肉薄する。
棍棒を振るが如く叩き込まれたオイカッツォの腕が毒分身の喉に当たり、その身体を後ろへと押し込む。そして同時にサンラクのローキックが毒乙女の足首に命中、前方へと蹴り飛ばす。
上は後ろへ、下は前へ。毒分身ほどではないにせよ、開拓者たる二人の連携は毒分身の体を縦に半回転、カートゥーンアニメを思わせる冗談のような動きで毒分身の上下が逆転した。
「悪いがクリティカル稼ぎに協力頼むぜ!!」
うすぼんやりと刃が見える剣でサンラクが毒分身を二、三度斬りつけ離脱するのとほぼ同じタイミング。
地を仰ぎ、天に足を向ける毒分身の身体が倒れるよりも早く、ノックバックで開いた距離を駆け足で詰めたサイガ-0の大剣、下から上への斬り上げがゴルフクラブに打たれる球の如くに毒分身を直撃した。
「すっげー威力……武器性能?」
「いや、レイ氏のあの武器は多分その手の補正無いからステータス性能だな……」
「やばー…」
人が吹き飛び、木にめり込む姿などそうそう見れるものではない。その"そうそう"を見たオイカッツォが思わずと言った様子で呟く。
「すいません……その、いいとこ取りみたいな流れになってしまい……」
「いやいやレイ氏、ダメージソースがラスアタになるのはなにもおかしくないから……それに比べてアタッカー気取ってるのに足止めで精一杯だったやつときたら」
「分析中にお前らが来ただけなんだけどォ~!?そっちこそ決定打に欠けてるだろ!!」
「は?あの程度の毒分身一発で消し飛ばすくらい訳ないんだが? こっちには超排撃があるが」
「ラストエリクサー拗らせて死蔵するだけでしょ」
「言ったなこいつ!!」
ぎゃんぎゃんと威嚇しあう二人の姿に、サイガ-0はそんな二人の気の置けない関係を羨みつつ……自分が"そこ"にいたとして、同じような振る舞いができるだろうかと自問自答する。
(む、無理………!)
オイカッツォは見た目こそ少女のそれだが、その中身が男性であることはサイガ-0も知っている。であるならば彼らのやりとりは男友達のそれ、自分がそれを真似るのは難しい……と半ば強引に結論づけた。
……なお、「あなたが真似るべきは物理的な距離ではなく距離感の方では?」と指摘する者はこの場にはいない。
「ったく……とりあえず俺はレイ氏と先に進むが、お前は?」
「別に鈍重じゃないけど流石に馬には追いつけないか……ま、そっちが先に着いたからって俺が追いつくまでに終わるユニークシナリオでもなさそうだし、後から追いつく」
「了解、途中でくたばんなよ。行こうレイ氏」
「は、はい」
ひらひらと手を振るオイカッツォを背に、再び二人を乗せた一頭と一人が猛スピードで走りだす。
戦闘後の僅かな緩みを、しかしサイガ-0は改めて気を入れ直した。
楽しい、今凄く楽しい。
だからこそ些細なミスで斃れるような真似だけはしたくない。
───気合いを入れれば入れるほどに、彼女が夢見た「デート」とはかけ離れていくことにサイガ-0は気づかない。
"サイガ-0"として振る舞うほどに、それは恋する乙女から凄まじき戦士になっていくことに彼女は気づかない。
そして、それを指摘してくれる者もこの場にはいない。
だが、それでいいのだ。
彼女が「攻略」している相手が一筋縄で射止められるのなら、彼女は何年もその後ろ姿を見ている事しかできなかった筈はないのだから……
ゲーム内でメロつかれると逆に好感度が下がるの良くないと思うよサンラク君
誰のせいとは言わんが……




