親愛なる我が黎明へ 其の十四
シャンフロ八周年だそうです
八年前の自分に「シャンフロ、アニメ化するしなんなら連載するのは週刊少年マガジンだぞ」と言っても多分信じないでしょうね、きっと八年前の硬梨菜は「書籍化行けたの?」と問いかけて来るでしょう
未来の出来事を過去の人物が知るべきではない、そうは思いませんか?
首と胴体で真っ二つにされた毒乙女と、身体を縦に真っ二つにされた毒乙女がその身体の形を留められず泥のように崩れ落ちていく。ダメージエフェクトを湯気の如く吹き出しながら消えていく二体を一瞥しつつ残身。
もしここに観戦者がいたなら、虚空から俺が現れる姿を見ただろうが……そこは流石レイ氏と言うべきか。俺が追いつけるだけの速度を持っていること、そして俺が戦闘に突入した時点で既に先へと進んでいる。
サミーちゃんが遺した素材は二種類。きっと「透食の大蛇」というモンスターとしてはもっと素材の種類もあるんだろうが……あの時のサミーちゃんはズタボロだった。だからこそ、素材のバリエーションも乏しくなっていたのだろう。
あの時落ちたのは、皮と牙だけ。その牙を用いて勇魚兎月を神化させたものがこの葬送兎月【透徹】と【天明】だ。
「初陣初っ端からマヌケ晒さなくてよかった………」
軽く腕を振れば、ひゅるりと見えない刃が空気を裂く音。
その見えない刃は樹海の中だから、そして薄暗い夜間だから……という理由で見えないわけではない。
葬送兎月は右剣左剣双方に共通して「基本的に刀身が見えない」という能力を持っている。それが戦闘においてどれほどのアドバンテージになるか、は考えるまでもないが………問題があるとするなら、使い手たる俺にも見えないということだ。
つまり、実質的に目を瞑って剣を振っているようなものだ。剣を振った時の射程距離を「勘」で把握して振る必要がある。
とはいえ「基本的に」そうである、というだけで”非”クリティカルヒットを当てると刃が段々見えてくるようになっているのだが………この対刃剣の能力は刃が透明な状態を維持している前提なのだ。
右剣の【透徹】は刃が完全に透明化しており、なおかつクリティカルが発生した時に奇襲攻撃……相手の防御、装甲をある程度無視したダメージ補正付きの攻撃を行うことが出来る。その威力は毒乙女を一撃で両断できる程度には高性能だ。
流石にペンシルゴンの奴が持っている聖槍と同等……とまではいかないだろうが、装甲貫通攻撃が透明化しているわけで。
そして左剣の【天明】は右剣と同様の条件を達成することで、自身の姿を五秒間完全に透明化する。
どれだけ完全かというと使用者の俺すらも自分自身の身体が見えなくなる。なんなら足音とかもある程度消えると思われる。
つまり、俺という高機動クリティカルヒットアタッカーが装甲貫通攻撃を携えながら完全に透明化している。あまりにも初見殺しすぎるアサシネーション軽戦士へとサンラクは進化したのだ!
………刀身が見えないだけでもかなり勘頼りなのに、それに加えて自分の腕も見えなくなるのでほぼ目を瞑りながら敵に攻撃を当てるに等しい曲芸を要求されるのは、ちょっと無視できないデメリットと言えるが。
「極まった曲芸、極芸…………いや、やめておこう。モルドが笑わないラインのダジャレな気がする」
あんまりにも白けるタイプのガチ性能すぎるが故、そしてこれを実戦で初使用するならそれは対人イベントではなくユニークシナリオEXの時の方が似合っていると考えたが故にあの時は使わなかったが。
あと単純に身も蓋もなさすぎるガチ性能すぎてこれ使うと対人募集しても人が集まらない可能性が極めて高かったからな………俺だって”こんなの”と戦いたくねーし、逆に範囲攻撃が得意な魔法職ばかり来られても困るわけで。ま、まぁ全力じゃなくても本気は出してたしセーフということで……
「おっと」
そろそろ追いつかないと本格的にはぐれかねない。あのデストロイ・サラブレッドは普通に悪路でも疾走できる、アキレウスと亀じゃないが流石のアキレウスも地球の裏側にいる亀にすぐに追いつくことはできないし道に迷うこともあるだろう。
俺はレイ氏達に追いつくべく走り出して………
カァン!!(【天明】の見えない刀身を木にぶつけた音)
「……………」
細身で片刃、刀というよりは曲剣のような【天明】の白い刀身が見えてしまっていることにため息をつく。
葬送兎月の能力は刃が完全に透明化していることを前提とする。そして非クリティカルを発生させてしまうと刃が見える……つまり、刀身が見えている状態の葬送兎月は控えめに言って「ただの剣」である。
「行くか」
俺はそっと葬送兎月をインベントリに収納して、走り出した。
まだ完全透明状態を維持している【透徹】まで透明状態が解除されたら目も当てられないぜ。
……
…………
これでもプレイヤー最速の看板を背負っている身。走りながら動かない樹海の木々を避ける程度、スペースデブリを避けるよりもイージーだ。
レイ氏達に追いつくのにそう時間はかからなかった。幸い、あのモンスター馬が障害物を粉砕しながら進んだおかげで折れた木やら砕けた岩やらの道標があったし。
レイ氏とウィンプの背中、あと馬のケツが見えたところでその場にもう一人いる事に気づく。
そしてそれが知り合いであることにも………
「あ! サンラク! ちょっとまずいことになってきたよ!!」
「あれ、オイカッツォ?」
「やばいのがいる!!」
やばいの?個性あり毒乙女の話か?それだったらさっきレイ氏に聞いたが………
それが俺の認識間違いであり、そしてオイカッツォの言葉がまさしくその通りであると気づくのは直後のこと。
『アハハハハハハハハ!!』
「なんじゃそら!?」
「だから言った通りでしょうが!!」
相撲の横綱よりも太い幹を持つ大樹がべぎょり、と”毟り”折られる。
刃で断ち切ったわけじゃない、強い衝撃で砕いたわけでもない。木陰から現れた小柄な少女が、体格相応の手で文字通り毟ったのだ。
「……ウィンプ、実は頑張ったらお前もあれくらいできるんだったら今のうちに言ってくれると助かるんだが」
「で、できるわけないじゃない!!」
「だよなぁ…………」
恐らく………毒乙女ではあるはず。だが軍勢の如く現れる毒色のタイプとも、先程の個性があるタイプとも違う。殆ど人と大差ない見た目だが、髪の色だけが毒々しい紫色をしている。
ともすればNPCとも間違えそうなほどに、人に近い人型。だがそれでもウィンプやボスドゥニーネと決定的に違うと断言できる。
『アハハ…………アハハハハハハハハ!!』
「趣味の悪いダークファンタジーだぜ全く……!」
「アレと同等の奴らが三体出てきたんだ。一体は俺が受け持ったけど残り二体が本体を追っかけて行った!!」
「何出てきても全部量産型なのが最悪過ぎるな……オイカッツォ、下手に分散させるより全員で合流した方がいい、さっさと畳んで他の奴らと合流するぞ!!」
「あいよ!!」
「わ、私も加勢します……! 緋鹿毛楯無、ウィンプさんを守ってあげて」
『アハハハハハハ!!』
狂ったように笑う毒乙女。本来収まるべき眼球の無い眼窩から、涙の如く毒を流す異形の毒乙女………なるほど、多少個性が出たとはいえ歯応えが無さ過ぎるとは思ってたんだ。
これがイベント戦闘じゃない本格的なボス戦仕様ってわけだ。
【私の眼に刻まれしは】
毒分身を五体満足化させる【私は百の顔を持つ】が適用された毒分身をさらに強化した分身を生成する。その性質は無尽のゴルドゥニーネが観測した強敵の姿形を真似るため、毒分身としての拡張性の高さを特定の形状に固定化することで性能を特化させた個体。
レベル90プレイヤー相当の性能で生成されるため、レベル差で押し切ること自体は容易いものの全身が毒で形成されていることには変わらないため素肌による物理接触にはデメリットが伴う。
【従い仕え滅ぶもの】
さらに上位の毒分身を生成する。戦闘時の自律思考が可能なまでに精巧化された毒分身でありながら、生成物であるが故の無茶が施されており、見た目からは想像もできない程の膂力であったり機動力を後天的に付与されている。
デメリットとして精巧に”しすぎた”結果、体表組成が毒ではなく蛇に近づいているため体表に接触しても毒によって汚染されることはない。
眼球を欠いているのは無尽のゴルドゥニーネ自身が抉り取ったため。「目が合う」ことの無くなった【従い仕え滅ぶもの】だが、ピット器官による熱感知で失われた視覚を補完している。
嫌悪、憎悪、忌避、執着。
本来であれば無尽のゴルドゥニーネは【従い仕え滅ぶもの】を、そしてその先を使いたがらない。
それは彼女が最も憎むべき行いであるが故に。




