親愛なる我が黎明へ 其の十三
前回の更新から二ヵ月以上……前回の更新から二ヵ月以上!?
随分と間を空けてしまって申し訳ない………「シャンフロ」はずっと書いてるんですが………
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レイ氏曰く。
イベント開始から程なくして、「本隊」の方にも毒乙女の集団が襲撃をかけたようで。とはいえ本隊の護衛として【旅狼】が張っているし、そもそも十数体程度の数ならば新たな京極も加わった本隊の面々だけで撃破は容易い。
レイ氏がウィンプの迎えにやってきたのも当初の予定通りで……"最悪"は本体の方にも龍蛇が立ち塞がっていたケースだが、それは杞憂で終わった。
「ただ、つい先程ペンシルゴンさんから「妙に強いのが混ざり始めた」と通信が来ました」
「妙に強いの?」
あのボスドゥニーネが号令を出すことで欠損を再生した五体満足の毒乙女が出現するのは経験済みだが……話を聞く限り、どうにもそれとは違うらしい。
「他の個体と比べて凝ったディティールの装備をした個体群、ね……」
成る程、そりゃ確かに「ネームド」と形容してもあながち間違いではないだろう。
プレイヤーの装備もレベルが高いほどディティールに凝りだしていく、ならばモンスターもまた同様なのではないだろうか。
というかそもそも毒乙女は大体みんな比較的服っぽい形をした襤褸切れを纏っている、という感じの格好をしている。ディティールに凝りだしてる時点でそこらの毒乙女よりも上位個体と考えていいだろう。「個」があるかどうかは大分怪しいが。
「とりあえず先行してる本隊と合流するのが最優先だ、急ごうレイ氏!」
「はいっ!」
緋鹿毛楯無は馬型のモンスターであるが、悪路だろうがその猛進が止まることはない。
というか半端な大きさの木や岩は緋鹿毛楯無に当たると逆に粉砕される。ドガンボゴンと地形を破壊しながら樹海を直進するアーマード馬の姿はある種の冗談のような光景だ。というかこの耐久でこの速度が出せるの、マジでテイムモンスターとしては性能の上限に位置してないかこの馬………
奴の近くにいると破片が飛んでくるので少し距離を離して並走しているわけだが、この暗い樹海の中を仮にも馬型の生物がほぼ直進する光景はともすればドラゴン以上に現実離れしているように見える。
明らかにスイカサイズの岩を踏み砕いているのに、ぐらつきもしない。かなりストレートに俺を殺しにくる以外は百点満点のテイムモンスター……それに最大火力が乗っているのだから「頼りになる」という言葉ですら不足気味だ。
故に───
「レイ氏、前から敵だ! 数は2!!」
「緋鹿毛楯無!!」
めぎょ、と嫌な音がしてこちらを待ち構えていた毒乙女が吹き飛ぶ。なんてことはない、毒乙女の背格好……特に体重は人間のティーンエイジャー程度しかなく。
そんなものがばん馬をさらに一回り大きくしたようなバケモノ馬に正面激突したなら多少着飾った程度で防ぐことなどできるはずもない。
そしてもう一体はといえば、レイ氏の振り回した……大剣というよりはグリップのついた鉄板、いや石碑か? とにかく、それの直撃を受けて吹き飛んでいた。
いやつっよ………一応この人、リアルでは普通に学生のはずなんだが。なんでこんな一騎当千の武将仕草がこんなに板についているのだろう。
俺の出番が全くなかった、このままでは馬の隣を走っているだけの人になってしまう。せめて分析くらいはしなければ。
「今吹っ飛んで行った奴ら……防具を着ていたな」
「はい。今までの毒分身体とは違う手応えでした。緋鹿毛楯無で加速していなかったら……もしかしたら、受け止められていたかもしれないです」
いやあんた騎馬状態であることを差し引いても片手持ちのスイングで人一人分吹っ飛ばしといてそれは無いと思う………と言いそうになったがやめた。
実際、レイ氏がカッ飛ばした方は確かに鎧を着ていたように見えた。いや、着ていたというよりは「鎧を着た毒乙女」として生成された、かな。
「緋鹿毛楯無が撥ねた方は軽装だったが武器が長物だった………通常の毒乙女よりもディティールが凝ってるのも厄介だし、何より面倒臭いのはバリエーションか」
長物持ちと重装甲、というバリエーションがあるが遠距離攻撃持ちはいない、と断じるのは希望的観測だろう。
そして今は夜。プレイヤーの視界は薄暗いが一応それなりの距離は肉眼で見える、くらいまでは補正が入っているが……遮蔽物だらけの薄暗い樹海で飛んでくる矢を正確に察知できるか?というのは難しい問題だろう。
いや、出来る。出来はする。ただ、それをやろうとした場合、回復アイテムを大量に無駄使いしまくりながら常時思考加速、という健康面的に絶対ロクなことにならないコンボなので却下。
となれば安全策は………いや、ここはあえて気取っていくか。
なにせこれはユニークシナリオEX、クリアリザルトの第一項目は芸術点みたいなコンテンツなのだから。
であるならば、であるならばだ!!
インベントリから取り出したそれを構える。
丁度良いタイミングで追加の毒乙女……ハルバードと鞭、随分とバラエティ豊かなことだ。
「レイ氏、今から俺が可能な限り露払いをする。一気に駆け抜けよう」
「わ、かりました……その、私なら多少はダメージも耐えられますが……」
こちらからの意見具申に了解を返しつつも、適材適所を提案するレイ氏の懸念はもっともだ。
少なくとも五、六人襲い掛かってきて終わり、と考えるのは楽観視しすぎだろう。となれば、HP的にも防御的にも装備的にもなんなら乗ってる馬的にも多少の毒など跳ねのける自分が前に出ればいいのではないか。
確かにそれも正解の一つだろうが……だからこそ、その防御性能はウィンプの護衛にこそ使ってほしいというのもある。
そしてそれ以上に……握りしめた拳、しかし「何もない虚空」を見つめながら俺は嘯く。
「この武器に勝るものは、今回のシナリオにおいては存在しないからな……!」
───あの時の選択は、賢いものではなかった。
もっと優れた素材があり、それを使えばきっと比類なき強力な姿になることもできたのだろう。
だがその程度のものじゃあ白けるじゃないかと、あの時ヴァッシュの兄貴に渡した二本の牙。
天の覇王たる黄金の龍王、その頭部より天を衝く角をへし折ったことで得た非実体の角の”影”やあの水晶の地の皇帝たる蠍の素材にもきっと及ばない……ただ姿を消せるだけの蛇の牙。
───改めてあの時の選択は、賢いものではなかった。
だがそれでも俺は断言する。これこそがたった一つの正解だったとな!!
「………葬送兎月【透徹】、そして【天明】!」
兎月から勇魚兎月への真化を経て、神化した兎月の最終段階。
勇魚兎月が素材にした金晶独蠍とアトランティクス・レプノルカの性質をある程度引き継いだように、この葬送兎月にも受け継がれた力がある。
俺にすら見えない、透明な刃。虚空と風をゆるりと切り裂きながら、俺はこちらへと駆けてくる毒乙女の二体に視線を向ける。
俺が徒手空拳だとでも勘違いしたのか、猪口才にもハルバードと鞭の射程で俺を圧倒する気らしいが………
「長物でド突かれた程度で詰んでたら幕末じゃ半日保たねーんだよ!」
剣をクロスさせて構えながら弾く挙動で腕を振る。瞬間、真っすぐに振り下ろされたハルバードが見えない何かに弾かれる………
「クリティカルヒットだ」
兎月は俺のプレイスタイルに合わせて成長し続けてきた。それ故に、葬送兎月もまた俺のプレイスタイルに沿った能力を持ち……そして何より、俺というプレイヤーにとっての原点に立ち戻っている。
ハルバード毒乙女の攻撃が弾かれたのと同時、鞭毒乙女の攻撃がすかさず叩き込まれる……だが、その攻撃は何もない地面を打ち据えるだけ。
そして攻撃を弾かれたハルバード毒乙女は追撃を行おうとして………俺の姿を見失ったのか、首を動かして辺りを見回す。
随分と人間臭い動きだ、意外と自立した思考能力があるんだろうか?
「五秒。正解はお前の真後ろだ」
俺の声に奴らが振り向くよりも先に、右剣で横一文字。
ハルバード毒乙女の頭が首の上から転げ落ちるよりも先に、鞭毒乙女へと一気に詰め寄る。
だが真っ直ぐに俺が迫っているというのに、鞭毒乙女は俺の姿をまたしても見失ったらしい。
まぁ無理もない。本当に消えているのだから。
「悪いが五秒もいらないんでな、見えないままくたばれ!!」
上から下へ、唐竹割りの縦一文字。
所詮は人の形に捏ねて固めた毒の塊。一刀両断になんの躊躇いもありはしない。
真っ二つになった鞭毒乙女が左右に割れていく。その身体が毒になって溶け消えていく間に俺の身体が姿を、形を、色を取り戻していく。
「俺も俺自身が見えなくなる、って点が地味に怖いが……悪くない」
助けられた恩、遺された牙、託された縁…………ユニークシナリオEXにおいてクリアリザルトの第一項目は芸術点。
だからこそ、サミーちゃんの牙を選んだ。強さじゃなくて矜持がなによりの強化素材だと信じて。
ヒロインちゃん:抵抗は無駄ですよ、呂布を嗜んでいるので。
・葬送兎月【透徹】【天明】
兎月の最終段階。厳密にはユニークシナリオEX「致命兎叙事詩」で強化可能な最終段階なのでこれ以上強化できない、というわけではない。
透食の大蛇の素材が用いられたことで、それに由来する能力に変化した。
素材性能的にはもっと良い素材を使った方がより性能の良い神化結果になったかもしれないが、「それでも」という致命魂をヴァイスアッシュは高評価しているので能力の「出力」が通常よりちょっと高め。
武器作成イベントは使用素材の入手経緯から採点されている……!
見えざる刃を持つ左剣【天明】はクリティカルヒットが発生すると五秒間装備者の姿を完全に透明化させる。当然装備者も自分の姿が見えなくなる。
【透徹】に関しては次で。一応能力の描写はこの話でしている。
それは「クリティカルヒット」の極致、あるいは難易度度外視の曲芸。
心意気は汲んだ、だが質を下げれば結果も劣るは道理。ならば技量を以って無理を通すのみ。おめぇさんならそれくらいできるだろう?という挑戦なのです。
神化した致命武器はヴァイスアッシュの「目的」に沿ったもの、故に「葬送」の名を冠しているのです。
それがお前の望みの全てか………




