親愛なる我が黎明へ 其の十
何故こんなやたらと筆が乗ってるのかは、後書きでお察しいただきたい。
◇
「とんでも人間の見本市ね………」
そのプレイヤー、名を炸裂グリンピースと言った。
このゲームにおける重要NPCに名を連呼されまくる、という羞恥プレイを受けると分かっていたらきっとその名前にはしなかっただろう。
彼女もまた、この新大陸における決戦に参加するチャンスを上手くつかみ取ったプレイヤーの一人だ。そして今、全身毒判定で敵意全開、という点を除けば顔の造形が良い美少女の大群と戦っていた。
そんな中で、周辺の毒乙女を蹴散らし一息つく時間を捻出できた炸裂グリンピースが見ていたのは、新たな敵の姿ではなく他のプレイヤー達の姿であった。
「マッダイさんは一撃特化メインだからなァ…………重量武器二刀流は俺が伝説を作るゥ!!」
シャンフロにおいては、一定以上の重量を持つ装備は自動的に「両手持ち」になる。にも関わらず、巨大な棍棒を両方の手にそれぞれ一本ずつ構えた男が暴れている。
「ゴリラゴリラ」というその名にこれ以上ないほどにマッチしたその戦法は、しかし如何なる原理か毒乙女を片手持ちのスイングのみで吹き飛ばすほどの脅威と化していた。
「人間とほぼ同じ規格サイコーっ! どれだけ斬っても怒られない!!」
また別の場所では、奇妙な形状の剣を二振り従えた剣士が文字通り狂喜乱舞と言った様子で毒乙女を切り裂きながら走り去っていく。
自在に動く剣を従えるジョブといえば剣聖だろうが、炸裂グリンピースは剣聖の戦いを間近で見るのはこれが初めてだ。ある意味では魔法以上にファンタジーな光景をしばらく見ていたい欲求を堪えつつ、次の興味へと視線を移す。
「すいませんっ!! 格闘攻撃ジョブが泣いているんですっ!! 全身毒判定やめてくださいっ!! それはそれとして殴るけども!!」
またある場所ではどこに触れても毒判定を持つ毒乙女を、しかし素手で殴り飛ばし素足で蹴り飛ばす女がいる。"どこかの有名人"の如く、無装備なのではなく……あえて素手と素足を晒しているようだ。
シャンフロのモーションアシストは主にスキル使用時に使われている……と、噂されている。であるならば逆説的に、通常の攻撃はプレイヤー本人のモーションということになる。
ブレイクダンスの如き動きで手足を武器と化すその動きは、素人目にも洗練されて見えた。
「うおおおお!! これこれぇ!! こういういくらでも魔法ぶち込んでいい戦場が私に足りなかった栄養素だぁーっ!!」
そしてプレイヤー達から離れた場所では……というよりも、範囲攻撃を撒き散らしながらゲラゲラと笑い続ける女からプレイヤー達が離れた、というのが正しいだろう。
ひたすらに魔法を使っては、既に山の如くMP回復ポーションの空き瓶を足元に積み上げている魔女もいる。
その場から一切動いていないにも関わらず、未だ無傷のその姿は近づく毒乙女の全てを撃破しているからに他ならない。
テンションが振り切れているのか、もはや味方すら巻き込みそうな剣幕故にプレイヤーからも距離を取られていることに彼女は気づいているだろうか。
「このゲーム、最適解が無いのがいいのよね……」
炸裂グリンピースは、ゲームをする人を見るのが好きだ。そこには日常生活では生み出しづらい衝動という熱がある。
当初はスポーツ観戦をしていた炸裂グリンピースだったが、フルダイブVRゲームは「それ」を見る上でとにもかくにもバリエーションがある。だから気に入っていた。
(やってることは殆ど戦争なのに、誰も彼もが活き活きとフィーバーしてる感じが良い)
録画アイテムが動き続けているのを確認しつつ、また"コレクション"が増えると炸裂グリンピースはホクホク顔だ。
今この場所のいたるところにあるその熱が、感情が、非日常の中で人はどんな声色を出すのか。それこそが芸の肥やしになる。
だからこそ、本気でこの戦いに臨むプレイヤー達の姿を見に来た………というのが、炸裂グリンピースがこの場にいる理由のおおよそ六割であった。
残り四割は、強いていうならば趣味と別の実益だろう。
(こういうのを「やってる」ってアピールしとくのも営業戦略なのよね)
仕事の種はいつどこで芽吹くかわからないものだ。であるならば、なるべく種を多く蒔くべきだろう。
その「種」を芽吹かせてゲームイベントに引っ張りだこな人物を知っているからこそ、炸裂グリンピースも二匹目のドジョウではないにせよそういった努力を行うべき、と考えたのだ………
とはいえ、戦闘の真っ只中で考えすぎたことが仇になったのか。
「痛っ……!?」
死角から突撃を敢行してきた毒乙女の持つ、同じ色をした棍棒が炸裂グリンピースの脇腹にめり込む。
防具を装備しているにせよ、不意打ちを喰らえば反射的に悲鳴も漏れる。
さらに言えばクリーンヒット、炸裂グリンピースは己が毒状態になったのを認識しながらもノックバックで地面を転がる。
「油断した………っ!」
炸裂グリンピースの主武器は刺突剣。この場で戦うに足る才能を持っているとはいえ、体勢不利の状況で棍棒を受け止めるのは流石に無茶がすぎる。
己の迂闊さに唾でも吐きかけたい心持ちで、レイピアで防御姿勢を取る炸裂グリンピースだったが………
「【魔法骨牌:火炎螺旋】、【1連鎖:燃料旋風】!」
大量の酸素を運ぶ突風を喰らってその勢いを爆発的に増した炎の螺旋が横向きの竜巻となり、今まさに炸裂グリンピースを叩き潰さんとしていた毒乙女を呑み込んだ。
そこで勢いは止まらず、さらに獲物を求めるが如く樹海内をのたうち回る。
「あれぇー……? もうちょっと威力控えめになると思ったんですけど……」
「そもそも樹海で炎使うこと自体魔法選択間違えてないかいハイローラーさんや」
「よく燃えるってことは対面有利ってことでは?」
「うーん……確かに!」
頭が良いのか悪いのかわからない会話を交わす二人組……だが、会話の内容以上に、その男女がタキシード姿であることこそが、この場においては最も異常な光景であった。
「ええと……助けてくれてありがとう」
「あーいえお気になさらず。で、どうすんの煉牙さん。毒乙女はかなり倒してるしあっち狙った方がいいんじゃないですかね?」
「いやー………これは対面した感想だけどツチノコさんはまだなんか隠してることある気がするんだよね。そっちの方にレアカードの気配がする」
夜の樹海、戦場、その最中にあってやけに近未来的なデザインのタキシード姿で………何故かカードの束をひたすらシャッフルしている男と女。
奇妙奇天烈極まりない姿だったが、だからこそ炸裂グリンピースの中で記憶の断片が繋がり始める。
(確かウィンプちゃんに最初に握手求めに行ってた二人組よね。しかもさっきのが見間違いじゃないなら……カードから魔法出してなかった?)
男の方が「煉牙」、女の方が「ハイローラー」……だが仕事柄リスニングには自信のある炸裂グリンピースは、女の方は声質を変えているだけでおそらく中身は男だろう、と当たりをつけていた。
クターニッドの報酬が判明したことにより、見た目の性別と中身を紐づけることは困難になりつつある。だが、あくまでも動かすのはプレイヤー自身。挙動や口調、声音は変わらない。
「フィロジオやりすぎてゲットした限定責任保持者のジョブに魔法骨牌。中々強いじゃんコレ」
「勇魚にネチネチ外で戦ってこいと小言を言われまくってたの無視してたのは早計だったかもですねぇ?」
なにやら、ライブラリに伝えなければダメな情報がとてつもなく軽い調子でベラベラと流されている気がする。
コレを黙っているのは、無関係の自分にもなにかしらの責任が発生するのでは? と冷や汗を流しつつ……また面白い芸の肥やしが来たと笑みを浮かべる。
その人物を見るためにここに来た、と言ってもいい"本命"もまだ残っている。この戦いは炸裂グリンピースにとって、実りある時間になるだろう。
・限定責任保持者
リヴァイアサンでのみ獲得可能なユニークジョブ。戯盤を遊び倒し遊び尽くし遊びすぎて「勇魚」の視線が絶対零度になるまで遊び続ける事で「リヴァイアサン内の機能を一部使用する権利を保持する者」としてのジョブが解放される。
基本的にバハムートで獲得可能なジョブは免許制なので銃使いなども「その銃を使う責任を保持する者」という扱い。
フィロジオやりすぎて「勇魚」の顔から笑顔を奪ったフィロジオニスト二人は気づいたらこのジョブを獲得していたが………当たり前のようにフィロジオをしていた。
「勇魚」は娯楽に極限までガチる人間の姿にちょっとだけ恐怖を感じた。
・魔法骨牌
端的に言うと魔法デッキ。
使い捨て魔術媒体+神秘の剣とでも言うべきアイテムであり、リヴァイアサン内である特定の条件を満たす事でスコア(リヴァイアサンナイ限定通貨)を消費して作成、使用が可能。使用自体はリヴァイアサンを制覇すれば可能になるが、作成には限定責任保持者のジョブが必須。
「勇魚」の解釈で再現された魔法であり、大量生産されそして大量消費される「限りなく簡略化された使い捨ての遺機装」とも言える。
スコアを大量に使うほど強力な骨牌が作成可能であるし、威力の低い骨牌であっても複数組み合わせる事で威力を高めることもできる。
他にも色々と制約があるが、何故か特定のゲームカテゴリに詳しいほど直感的に扱うことができるらしい………デッキ上限は40枚
なお、シャカパチしても性能が上がることも下がることもない。




