親愛なる我が黎明へ 其の九
遺機装:ベヒーモス・特注、再利装:雄弁ナル拳II-VI。
字で書いても口に出しても頭が痛くなりそうなお名前をしているこの武器は、あるモンスターをソロで討伐したことでB-3ベヒーモスを統括する「象牙」が作成してくれるある種の特典……ユニーク・ウェポンだ。
分類的には遺機装に分類されるこの肩までを薄く覆う金属の「腕」は、分類上は遺機装ということになっている。
だが、その内情はかなり奇妙奇天烈というか……言うなれば強力な生物兵器をわざわざ死体にして兵器に加工している、とでも言うべきか。
別にその生物兵器が親玉の制御から離れて暴走していたわけでもないので二度手間感が凄いのだが、あの割烹着の黒幕的にはむしろその生物兵器を運用するよりもそれを倒した開拓者に投資する方がはるかに有意義なんだそうで。
もしかして、今俺の分類はベヒーモスにおいては「生物兵器」になっているのでは……?と思わなくもないが、それを口に出してエタゼロ辺りに聞かれると「ママを疑うのはよくない」と不本意すぎる説教を喰らいそうなので言わない。
雄弁ナル拳は、超巨大宇宙船ベヒーモスの"体内"で生み出された歪な生態系が産み落としたモンスターの素材から生み出されている。
一見すると金属製に見えるが、実際は骨やらなんやらをどういう理屈か、金属質にしたものであり……遺機装であるが故に元となった存在の力を受け継いでいるのだ。
この拳の元になったモンスターの名はプラトン2-6! 多脚による薄気味悪いレベルで滑らかな機動力と、そこから繰り出される変幻自在の拳闘を誇るゴリラアラクネ!!
そこから受け継いだ力とは───
◆
「推進、機動、加速……運動エネルギーによる拳のダメージ補正に、さらに補正をかける」
全速のダッシュからの、すれ違うように振り抜いた手。ラリアットのようにも見えるが、毒乙女の首に触れたのは伸ばした五指のみ……だが、たったそれだけの手刀が毒乙女の首をすっぱりと断ち斬っていた。
「………毒乙女の首、斬れちゃうかぁ」
かいつまんで言えば助走をつけて殴るとものすごくパワーブーストされる。それがこの雄弁ナル拳のシンプルにして強力な能力だ。
なにせ不肖サンラク、現時点でプレイヤー最速を張らせてもらっている。つまり今プレイヤーの中でこの武器を最も強く扱うことができるのはこの俺ということだ。
NPCを含めるとティーアス先生に逆立ちしても勝てないので、万が一にもPKなんてしないよう綺麗に生きようという気持ちを新たにする。
これはうっすらとした予感だが、仇討人がその使命を忘れてPKに手を染めたら師匠役の賞金狩人がケジメつけさせにくる流れな気がするのだ。
つまり俺の場合は世界を対象にデバフをかけながら加速するとかいうRPGのラスボスでもしねーぞそんなの! という無法をやらかす先生が来る可能性が極めて高い、ということになる。
まぁやってもいない罪の精算に怯えるのも杞憂が過ぎるというもの。今重要なのは、このシンプルな腕がかなりの当たり武器ということだ。デメリットが無い、というのも素晴らしい。
ビィラックの奴はデメリットありきの超メリット付与された武器ばっか作るからな……強いからいいんだけども。
しかしアラクネゴリラとかいう冗談みたいな見た目のくせに、シンプルすぎて逆に最強みたいなテキスト持ってるじゃねえか。見直したぜプラトン2-6………
「さぁて……この名刀にどんな名前をつけてやろうか。実績ありきの銘なら「毒蛇殺し」かな?」
毒乙女は所詮は分身、というよりもそういう雑魚的召喚と言うべきだろう。こいつら自身はあくまでも人の形をして攻撃をしてくる当たり判定のある毒……故にどれだけ毒乙女が倒されようとも、戦意が挫けることはない。
そうはいっても毒乙女、耐久値というか強度としてはほぼ人体って感触だったんだが……
それを手刀で斬れてしまったという事実に、あぁつまり俺は素手で人の首をチョンパ出来ちゃうんだなこれ、と少しだけ現実逃避。
シャンフロ、ステータスインフレもかなり激しいんだよな……超光速とか冷静に考えなくても光の速度なわけで。
というか対モンスターを主軸としたゲームバランスだからレベル100を越えたら基本的に戦闘ジョブは対人間ワンパンなんだよな………少なくともNPCにとってはかなりの脅威であることに変わりはない。
「まぁとりあえず……………」
お前ら毒乙女が同一存在かも怪しいが、同じツラぶら下げて現れたんなら………こっちも「前回」のお礼参りをするのは八つ当たりじゃないよなぁ!?
今この瞬間に雄弁ナル拳を装備してわかった意外な事実……この武器、右腕から指先までにつけてるアクセサリーごと包み込んでくれる。
つまり、右手に装備していたアレを取り外す必要がなかった。ならば!!
雄弁ナル拳に覆われた右手を右胸に叩きつける。
瞬間、鋼が覆うその内側……封雷の撃鉄・災が震える琥珀の内側より黒い雷を解放する。
「随分と久々なようにも、昨日使ったようにも思える………上等!」
摺り足で半歩進むような慎重さすらもが、地面を踏み砕かんばかりの踏み込みとなって身体全体を急発進させる。永劫の眼がなければとっくに自爆しているような、暴力的とすら言えるモーションに対する過剰加速。
だが、一体どれほどの回数俺がこれの練習で壁のシミなったと思ってやがる。一体どれほどの回数俺がこれの練習中に後頭部を強打したと思ってやがる。
綱渡りの迷路を進むような感覚、僅かな体幹のズレを修正するような動き。直線と、円周と、鈍角の屈折を混戦模様を貫くが如くすり抜け、それを完全に制御することさえできれば………
「晴天流「裂雷」……十人斬りだ」
黒と金の電光がのたうつ蛇の如く迸る。過剰伝達を齎していた封雷の撃鉄・災を解除し、振り返れば………首を断ち切られた毒乙女達。その数、十体!!
「望外の喜び……!!」
もう戻ってくることはなかろうと諦めていた黒い雷と!!
アレさえあったならばと思わずにはいられなかった鉄拳が!!
今この瞬間に、叶わぬはずだったコンボが成立しているという幸運。存分に振り回させてもらおう。
「毒属性ってネタが割れてんだ。解毒アイテムはバスタブから溢れるくらい持ち込んでる……100ラウンドだってやってやるよオラァ!!」
解毒ポーションを二つ飲み干しながら、俺は殺到する毒乙女の群れに拳を突きつけるのだった。
雄弁ナル拳は要するに
時速10kmで助走をつけた時の運動エネルギーを実質時速100kmで助走をつけたように補正をかける超脳筋効果です。
純粋物理タイプでありながら、上位十位の殆どが物理無効を標準搭載していた屈指の魔境であった第二回試行で六位まで食らいついたプラトン2-6の性質を受け継いだ正当なる力であり、霊長の奪還を執念じみた悲願として研究を続けてきた「象牙」渾身の兵器。
───再現性。
それなくして霊長は無し。かつて人類最強たる戦士にはそれが無かった、だから負けたのだ。




