12月20日:盤上のナイトレイド
王認勇士アルブレヒトの強みとは。
まず火力が高い。本人の備えるスキルは遠近隙がなく、重くそして鋭い。防いだタワーシールドを叩き割ったなどという証言まである程だ。
異様なまでに強すぎる剣技はもはやその挙動そのものがスキルと言っても差し支えなく、
次に大精霊ジゼルの存在。「ホス狂いの精霊」「夢女子の悪霊」「イケメンのオプションパーツ」など様々な蔑称を持つジゼルであるが、それは偏に彼女の存在が強すぎるが故の恨みを発端とするものだ。
魔法戦士、あるいは魔法騎士にとって純粋な魔法職から剣を、槍を手に取るためにまず最初に削るパラメータは何よりもMPである。
削った分のMPをどう工面したとて、同様の工面をした”純魔”にMPの総量で勝ることは絶対にない。
だがアルブレヒトの前では純魔ですら「MP足りてないんじゃない?」と言われる始末だ。その原因こそが大精霊ジゼル。
外付けのMPタンクとしてアルブレヒトが用いる魔力的アクションのコストを負担する彼女の存在は、アルブレヒトの戦力的最高潮を異様なまでに長くしているのだ。
そして最後に………装備が強い。MPを消費することであらゆる危害を跳ね除けるエインヴルス王国騎士の”守護”の象徴たる王盾クリスタルパラディン。
本来は瞬間的な絶対防御を主目的とするそれは、アルブレヒトとジゼルのシナジーに組み込まれることで、瞬間から一定時間の絶対防御と変貌した。
なお、攻撃を受けて支える膂力は使い手に依存しているが、それを踏まえてなお砕けぬ防護はアルブレヒト自身の強さあってのものだ。
そして無敵の盾と共に運用される最強の剣……勇騎霊剣ジゼル。元々は全く別の銘を持っていたその剣は、アルブレヒトが王認勇士になるよりも前から持っていた名剣。
ジゼルの依り代として銘を(強引に)歪められた今も、アルブレヒトこそが最強たるを刻む使命を忠実に果たしている。
総じて、隙無く欠点無く不足無し。まさに完全無欠の騎士。
「結論:それ勝ち目なくなぁい?」
「ねー。だだっ広い平原で袋叩きにでもしなきゃ勝ち目無いよねぇ。玉座の間でこっちから奇襲なんて、最悪のバトルフィールドだよ」
ニーネスヒル上空。一人の女を、一人の少女がぶら下げるような形で二つの影が空にいた。
「じゃあなんでそんな場所選んじゃったの契約者?」
「選ばざるを得なかったんだよ、こっちが攻め手だからね」
成人女性一人をぶら下げ……否、そもそも人の身で空を飛ぶ少女、人ではない。
仮に関節が人形のそれではなく人のそれであったとて、揚力を生み出す鋼の円環を肉体に直接接続するその姿は機巧の構造に違いなく。
征服人形追加装備「注目後光」を装備し、己が契約者の手を両手で掴んで浮かぶ征服人形リリエル=217はさながら見えない糸で吊るされているかの如く、緩やかに……しかし落ちそうな不安のない安定感で目的地へと近づく。
「とはいえ、悪いことばかりでもないんだよねぇ」
「そうなのぉ? でもイイコトもあるならもっと急がなくていいの?」
「むしろなんかの拍子に気づかれる方が困るからね、おっとり刀でもステルスステルス」
目立ちたがりの極まったような名前の円環であるが、その本質は「照射対象を浮かせる」というもの。背負うのは己を対象とするため、本来は立派な戦闘用武装である。
「提案:窓割ってばばーん! って派手に登場しちゃう〜?」
「アルブレヒトを一撃でノックダウンできる算段があったら私とニーナちゃんで窓割ってダイナミックエントリーしたけどねぇ……」
そういったイロモノアクションは今最も有名な征服人形とその契約者の領分だろう。
ペンシルゴンとて、キャラクタービルドの天井こそ叩いていないがそれでも相応の強さを手に入れている。だが、それでもアルブレヒトを相手に勝ち目があるとは考えづらかった。
思い出すのはかつての因縁、必殺を誓いそして果たした墓守の影。アルブレヒトはユニークな存在ではあるが、どちらかといえばレイドだろう。
「指摘:仲間の人たち全滅しちゃわなあい?」
「んー、でもニーナちゃんが考えるよりは粘ると思うよ」
そも、「兄妹妹妹妹喧嘩」作戦は単なるスキン統一ではない。
全員が同じ顔をしていればその大半が偽物であることは誰だって分かる。だが、その上で「限りなくアーフィリアっぽいの」が混ざっていたとしたらどうか。
「役者が紛れてるからね、躊躇いなく全員根斬りってワケにはいかないでしょ」
本命は「発条」部隊。視覚的効果を見込んだ奇襲部隊がいて、さらに役者による攪乱も入っている。否応にも注視せざるを得ない”囮”を以って、本命の奇襲で刺す。それこそが「兄妹妹妹妹喧嘩」作戦の要綱である。
とはいえ、だ。
八割悲鳴と泣き言まみれの状況報告がペンシルゴンの耳に届く中で、ひとつ面白い情報が転がり込んできた。
「やけに大人しいなとは思ってたけど、そこにいるってのは案外戦術眼はあるのかな?」
配信者ぱやぶさ。初日の奇襲以降、ぽつぽつと戦場に出現していたがあまり目立っていなかった男。
それが王城で、新王アレックスの警護をする騎士の中に紛れていた、という情報…………
「ぜぇーったい配信回してるんだろうけどねぇ………」
ちょっとばかし面倒なことになった、とペンシルゴンは数秒ほど思案する。
なにせこの”美貌”にこの”美声”、流石に大人気配信者のリアルタイム配信で声高らかに名乗りでもすれば多少は面倒なことになる………そんなことを考えながらも、ペンシルゴンはにまりと笑う。
配信者の存在など、所詮は通り道にある回避可能な水たまりに過ぎない。踏めばそこそこ深く、足が濡れることを気にしなければならないが、避けて踏まなければ気にするだけ無駄というもの。
それに何より…………
「裏で何人見てようが盤上に上がるのは一人。なら誤差だね」
「契約者悪い顔してるゥ~」
盤上には駒がある。己の手駒はと金が多数、敵の手駒は飛車角合体王認勇士に配信者。
真に策士であるならば、神の一手で王手をかけるのだろうが神ならざる人間であるならばどうすればいいか。
「そんじゃ、”プランB”ィ………やってこうか」
勇者とは、少数精鋭で魔王を倒す聖なる暗殺者。正しき王より王冠を奪った簒奪者は邪悪で殆ど魔王と言っていいだろう。であるならば、勇者is正義。
選ぶ手段の悉くもまた、同様に。
自作を読み返す、という高難易度ミッションをやってて気づいたけど昔の硬梨菜と直近の硬梨菜では征服人形の台詞回しが変わってるなぁ、という気づきを得た。




