ペンシルゴン先生によるPKロンダリング教室
「なんだっけ? これ借り物なんだっけ?」
「そうそう、多分シャングリラ・フロンティア全アイテムの中でも最高クラスのアイテムだと思うよ。何せ金さえ積めばユニークモンスター以上の力だって手に入るからねぇ」
国家予算を全額ぶち込んでもそのラインまで届くかは微妙だけど……と言いつつ、ペンシルゴンは手元に引き寄せた黄金の天秤、確か「対価の天秤」を何やら操作し始める。
「えーと……『天秤は均衡を保つ、経験を価値に、捧げし対価の返却を』…………あれっ、違うか。じゃあ……『天秤は均衡を保つ、過去を価値に、捧げし対価の返還を』……こっちか、うっかりうっかり」
何やら普通のウィンドウとは違う、フレームが豪華な感じのウィンドウを弄っていたペンシルゴンであったが、操作を終えた瞬間にペンシルゴンの身体から光の粒子が抜けて天秤へと吸い込まれ、一瞬の発光を経てペンシルゴンの前に小さな花飾りと一冊の本が現れる。
「極論インベントリアは取られても構わないくらいの心構えだったんだけど、呪いの装備じみた装備欄潰し効果なだけあって、PKKのペナルティでも没収されなかったんだよねぇ……とはいえ、これだけは絶対に取られたくなかったからさ、ロンダリングしちゃった」
「ロンダリングって?」
「んー? まぁ要するにPKのペナルティから自分の所有物を守る小技的なものだよ」
プレイヤーキラーがキルされる、要するにプレイヤーキラーキルされた場合、その時点で本人が持っていたアイテムは倒した者に所有権が移る。ただし倒した者が一定時間回収しなければアイテムの所有権は誰のものでもなくなる。そしてその時点で倉庫などに預けられていたPKプレイヤーが所有していたものは自働的に売り払われてしまう。
「プレイヤーキラーのペナルティはだいたい二つ、殆どのNPCからの好感度が最低値になるのと、罪状……要するにどんだけPKしたかによって増えていく罰金があるわけ。罰金はPKプレイヤーのカルマポイントに比例する懸賞金と同じなんだけどこれは今は関係ない」
厄介なのが罰金で、売り払われたアイテムの総額が罰金から差し引かれるものの、罰金が残っている間はあらゆる手段で入手できるお金が罰金の返済に充てられてしまうらしい。
「じゃあその装備とかどうやって買ったのさ」
「セカンディルでNPC脅してモンスターのアイテムと物々交換」
「文明が滅んだ後の世紀末に生きてんなお前」
そんな徹底的な自己破産の差し押さえからアイテムを守るのが所謂「ロンダリング」と呼ばれるテクニックなんだそうな。
「でもまぁこれがなかなか複雑でね、他者にアイテムを譲渡するだけじゃあ普通に売り払われるんだよね」
つまり、サイガ-0氏にPKKされる前の時点で俺がペンシルゴンからアイテムを譲渡されてもPKされると同時にそのアイテムは消滅する、と。犯罪者に関係するものはなんであろうと差し押さえする的な感じか、つまり安易に信用できるフレンドに預ければ問題無し! とはいかないようだ。
「じゃあその天秤は? なんで消えてないのさ」
「そもそもこれは私のじゃないから。所有権は「黄金の天秤商会」ってNPC組織にあるからね、仮にあの時私が持っててもオブジェクト化自体はしてもサイガ-0ちゃんのものにはならなかったんじゃないかな」
そしてここからがロンダリングのミソである。要するに譲渡した程度ではアイテムは容赦なく売り払われるため、意味がないが、「PKKされた時点で完全に所有権を手放した」状態であれば強制売却からは免れる。
「この「遠き祈りの花飾り」は今さっきまで対価の天秤の効果で捧げられた状態……つまり私の手からは離れた状態だった。遠き祈りの花飾りを捧げた対価として適当に幸運の追加パラメータを貰っていた私は、花飾りの所有権をこの天秤に譲っていたわけ。さらに言えば天秤に捧げられたアイテムは一週間の間は対価を支払えば返却が可能とはいえ、物質としてこの世界に存在していなかった。だからアイテム差し押さえの影響を受けなかったワケ」
「……成る程ね、それを今の操作で返して貰ったわけだ」
「これと「真理の書「墓守編」」を取り返すために過去を40も消費しちゃったけどね……全く、飛んだ暴利を吹っかけられたよ」
「あ、真理の書の方はぶっちゃけネタバレ攻略書だからほぼ役に立たないぞ」
「マジかよちくしょう!」
御愁傷様でーす。
頭を抱えていたペンシルゴンであったが、気を取り直したのか真理の書をしまい、遠き祈りの花飾りを装備すると話を続ける。
「ついでに言えば、そもそも私は全財産をウェザエモン戦のために天秤にぶち込んだからなくなるアイテムも殆ど無し。さらに言えばこれを借りるために担保として「黄金の天秤商会」に預けたメイン武器は天秤を返すまで所有権は完全に商会にあるわけでぇ……要するにペナルティの差し押さえって完全に市場に流しちゃうか、この世から物質的に消してしまうかすればすり抜け可能なんだよねぇ」
「うわずっりぃ」
あの時足を洗って真っさらになるとか言っておいて、肝心のメイン武器と重要アイテムはしれっと守ってやがったのか。
「ちなみに罰金はどれくらいあるの?」
「ざっと五億マーニかな」
「お金は貸さないぞ」
「借りない借りない、頑張れば返せない額でもないし。ウチの愚弟なんか多分兆とか行ってるよ、あいつレベルの低いプレイヤーしかいないクランとかも調子乗ってリスポンキルしまくってたし」
うへぇ……国家予算並の罰金背負わされるとか、払い切る前にサービス終わるんじゃないのか。五億を簡単に返せると言ってしまうペンシルゴンも大概だと思うが。
「今回のウェザエモンとの戦いで分かったんだよね私……ユニークモンスターは金になる」
「……簡単に言ってくれるじゃねーか」
確かにそれは事実だ。恐らくインベントリアの中にあるアイテムの一つでも売れば借金の何割かは一瞬で返済できるだろう。ウェザエモンでこれなら他のユニークモンスターでも同様の利益が出る可能性は高い。
「それを踏まえて私から提案があるわけ」
「インベントリア内の奴の売却に関しては要相談な」
「サンラク、こいつに交渉させるとか敗北確定じゃん」
「いっぱいお話ししようねぇ……? じゃなくて、私からの提案ってのはさ、この三人でクランを結成しない?」
クラン。それと関わったことは何度かあるが、今の自分には縁遠いと思っていたものだ。確かに、阿修羅会や黒狼とかもはや組合レベルの規模のクランばかり見てたから忘れかけてたが、別に大人数である必要はないのか。
「別にいいよ、俺は特にどこかに所属するわけじゃないし」
「俺も同じく」
「ハイ決まりっ! 話が早くて本当助かるよ」
さて、と俺たち三人は一旦休止符を入れて……
「クラン名を決めたいと思います。私からは「ペンシルゴンと便利なパシリ達」で」
「それでいいよ」
「クラン「ペンシルゴンちゃんと便利なパシリ達」結成だな」
「冗談として流して欲しいなぁ!!」
決定して恥ずかしがるなら最初から発案するなよ全く……そうだな。
「クソゲー連合とか」
「お前一人でやってろ。 俺達全員ロクでもないわけだし「無法者」とかカッコよくない?」
「自称PKから足洗った奴がアウトレイジなんてクランにいたら私なら絶対信用しないね」
「まぁ背中は預けたくないな」
タバコ代くらいのはした金で後ろから刺されそうなので却下。その後も様々な意見が出ては他の二人に否定される工程がループする。具体的な例を挙げると
武士を倒したので「打首獄門」……物騒すぎるのでNG
ユニークモンスターを討伐した三人なので「ユニークハンター」……シンプルにダサいのでNG
お金に困っているので縁起担ぎも含めて「ゴールドラッシュ」……お金に困ってるのはてめーだけだろうがNG
「いいじゃんゴールドラッシュ……」
「借金苦はペンシルゴンだけなんだよなぁ……」
うーん、そうだなぁ……なんか適当にかっこいい感じの単語とかでそれっぽいもの……そうだな。
「旅狼とかどう?」
「黒狼と被ってない?」
「ユニークモンスターを倒したこっちが先を行ってる上位互換だろ、レベルを高くするだけなら小学生でもできる。それにこっちはドイツ語だ、かっこよさが段違いよ段違い」
いや戦力的にはボロ負け以下のコールドゲーム並の差があるとは思うが、サイガ-0氏みたいなぶっ飛んだ奴がそう何人もいるとも思えないしユニークスレイヤーのネームバリューなら対抗はできるだろう。いや別にクラン「黒狼」と戦おうとかそんなつもりは皆無だが。
「成る程……いいねそれ」
何やら意味深な笑みを浮かべたペンシルゴンが俺の案に賛成し、オイカッツォも特に反対理由もないと同意する。
「奇しくもクラン誕生のバースデーケーキになったわけだ」
「結果オーライではあるけどなんで俺たちバースデーケーキなんて頼んだの……?」
「気の迷い以上の意味はないだろうねぇ……おっ、来た来た」
追加で注文したのだろう、果実酒が三人それぞれへと渡り、ペンシルゴンが音頭をとる。
「それじゃあクラン「旅狼」の誕生を祝ってぇ……乾杯!」
「「乾杯」」
木のジョッキに注がれた果実酒を一息に呷り、ここで感想を一つ。
「大雑把に甘い」
「果汁をガンガンぶち込んだ麦汁?」
「麦汁って何?」
「ビールからアルコール抜いたもの」
何そのウィンナーのないホットドッグみたいな。
「ところでクランを結成するにあたり、重要なことが一つ……誰がクランのリーダーになる?」
「………最初はグー、」
「じゃん」
「けん!」
俺、パー
ペンシルゴン、グー
オイカッツォ、パー
「三回勝負!」
「却下。」
「畜生!」
「まぁ頑張りたまえよペンシルゴン」
「名前的に狼の呪いを受けてるサンラク君がやってよ……てかそもそも反応速度で勝てるわけないじゃん……」
今気づいたのか、オイカッツォがじゃんけんを仕掛けた時点で水面下で既に二対一だったのだよ。
「奇しくも「ペンシルゴンちゃんと便利なパシリ達」そのまんまな形になったな」
「押忍!ペンシルゴンの姉御ォ!」
「鉛筆の姉御ァ! 焼きそばパン買ってきましょうかぁ!?」
「ちょっ、カッコつけた愚弟みたいなこと言わないでよ恥ずかしい!」
生き恥扱いされるオルスロット君に少しだけ同情した。
そんなこんなで。ペンシルゴンは「天秤返してメイン武器取り戻してくる」とフィフティシアまでマラソンを敢行。あいつ今レベル50くらいまで下がってるらしいけど、どうするつもりなんだろうか。
オイカッツォは「レベルがサンラクより低いのがなんかムカつく」とレベリング兼攻略のために先のエリアへ。
俺はといえば、一旦ラビッツに戻ってリアクターの修理が可能かどうかを調べるためにエムル待ちだ。ペンシルゴンの奴が素寒貧になったせいで今の俺では使い捨て魔術媒体を入手することができない。なので時間を指定してエムルにサードレマへと来てもらうことにしたのだ。体のいい道具扱いではあるが、実際に生きたプレイヤーと話しているとさえ錯覚するシャンフロが異常なだけで、ゲームのNPCとは本来そういうものだと自分を納得させる。
「エムルが来るまであと五分か……」
「あの……もしかしてサンラクさんですか?」
「いえ人違いです、自分「サソラク」なんで」
「あ、そうですかすいません……」
「いえいえ」
一切の曇りない笑顔(なお覆面)でそう断言し、尋ねて来たプレイヤーが視線を外した瞬間に全力疾走で裏路地へと飛び込む。
「……いやフォント的にやっぱりサ「ソ」ラクじゃなくてサ「ン」ラクじゃ……っていない!?」
「撒いたか」
まったく、大々的にアナウンスされたせいで気分はパパラッチに追われるハリウッドスターだ。お陰でサードレマの裏路地マップが頭にインプットされる程に覚えてしまったではないか。積み上げられた腐った木箱の陰から出た俺は、話しかけてきたプレイヤー……名前は見えなかったがあまり活発的なタイプではなさそうな女性プレイヤーについて考える。
「しかしあのプレイヤー、サードレマの適正レベルって装備じゃなかったな……」
明らかに高いレベルに見合った装備品、といった感じの神官系の女性だった。
これまではあくまでも「服を着た喋るヴォーパルバニーを引き連れたプレイヤー」だったが、ウェザエモンを倒したことでそれにプラスして「前人未到のユニークモンスター討伐者」という知名度まで獲得してしまった。他のプレイヤーに話しかけられる頻度も上がりそうだな……やっぱ悪目立ちするんだよこの「呪い」、おのれリュカオーン。
「さて、これからどうすっかなぁ……」
まぁまずはラビッツだな。
要するに
本人所有……ダメです、草の根分けても見つけ出します
他者へ譲渡……ダメです、それは罪人と所縁のある品ですね? 没収します
売却して「市場に流す」……く、市場に流れてしまってはもはや特定は不可能か
この世から消し去ってしまう……ないものは没収できない
微妙にザル差し押さえなペナルティ君です。
ちなみにペンシルゴンのメイン武装は対価の天秤を用いて「天秤にメイン武器を捧げ、天秤自体の一時的なレンタル権を得る」という形で契約が結ばれているのでペンシルゴンに所有権がなく、かつこの世にも存在しないという二重防御でロンダリングされていました。
かっこいいこと言っておきながらちゃっかり予防線は貼っておくあたりペンシルゴンは悪いやつですね(他人事)




