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刹那に想いを込めて 其の二十

 致命刃術【水鏡の月】でヘイトを消し、入れ替わるように飛び出したペンシルゴンが魔法であろう炎をウェザエモンへと浴びせかける。向こうがやると言った以上、俺がすべきことは最後の瞬間のために準備することだけだ。


「兎月の準備よし、あと十五秒、大口叩いたからには耐えてくれよペンシルゴン……!」


「あっ、やばっ」


 おい、五秒しか保ってないぞ。

 墓守のウェザエモンに掴まれ、地面に叩きつけられたペンシルゴンがポリゴンとなって飛び散る。蘇生アイテムを投げつけ再び俺が墓守のウェザエモンの前へとおどり出る。まぁ数秒とはいえ緊張をほぐせたと考えれば無駄ではないか。


「下がってろペンシルゴン!」


「あーごめん!」


「しゃーない!」


 ノータイムブッパはある程度見慣れないと事故要因が一気に増えるからな、実際俺も何度か死んでいるわけだし。

ペンシルゴンが後ろに下がったのを確認し、再び晴天大征(せいてんたいせい)へと挑む。


(あと十秒、八……六……四…………一)


「よし!」


 これで調整は完了した。あとは三十秒間耐えれば全部の準備が繋がって完成する。


「よっしゃこい! ここからが正真正銘クライマックスだ!」







 刃を避ける、火柱をかわし、掌を弾く。思えばたった三十分前始めたばかりの戦闘だというのに随分と対応できているものだ、エナジードリンクパワーだろうか? 三十秒がひたすら長く感じる、雲の腕を跳び越え、雷の雨を走り抜けて再び刃を避ける。あと少し、あと十秒。


灰吹雪(ハイフブキ)


「あと五秒!」


 四、灰色の包囲網を抜ける。


 三、超速の居合が放たれ、それをしゃがんで避ける。


 二、墓守のウェザエモンの動きが一瞬止まる。来たな……!


 一、こちらも迎撃の構えを取る。一対の刃を一つの刃へ。耐えに耐えて迎えたリキャスト終了によるスキルを再発動……!


 零。


「あ、あれっ?」


 空気が抜けるような虚脱感、この感覚はリキャストが終わっていないスキルを発動しようとした際の空振りの感覚……つまり、スキルが発動しない。目の前には太刀を振り上げた墓守のウェザエモン。

 兎月は既に合体を終えている、だが武器種そのものが変わった今の兎月ではクライマックス・ブーストと餓狼の闘志(ハンガーウルフ)のバフがなければパリィが間に合わない。


「まさか……」


 秒数管理ミスった? どこかで何秒か飛ばしていた? ああそうか、違う。


「体力が削りきれてないのか」


「【天晴】。」


「ああ……しくじったな」


 発動条件を満たせず不発。こんな凡ミスをしてしまうとは、参ったなここからセルフ蘇生の用意なんて無理だぞ。振り下ろされる蒼の刃、こちらはそれに対して対応できない。さすがにこの状態からどうにかすることは俺でも無理……





「おい女泣かせのウェザエモン!」


 瞬間、墓守のウェザエモンの動きが一瞬とはいえ、完全に停止する。


「………ぁ」


 それは後ろへ下がったペンシルゴンと、這いずりながらも目的地点まで達したオイカッツォの二人が遠き日のセツナの墓を破壊し、墓守のウェザエモンを挑発したからであった。

 墓守のウェザエモンがそれによって完全に意識を俺から外したからであった。

 一体ペンシルゴンがウェザエモンへ何を言ったのかも、ウェザエモンというキャラクターが眼前の敵よりも恋人の墓を優先したことも、今この瞬間の俺にとってはそれら全てはどうでもいいことで……


「おいウェザエモン、人から目を離すとかいい度胸じゃねーか」


 時間にしてわずか一秒。だがその60フレームが何よりも俺が求めていたものだ……!


 一対の双剣から、互いの柄頭同士が合体し、片刃の大剣となった兎月……兎月【双弦月】で俺自身の腹を切り裂く。自傷ダメージがHPを削り、体力の数字は瞬く間に0へと迫る。だが知ってるぞ、丁度三十分前に行われた大型アップデートの内容の一つ。あの日コンビニで読んだゲーム雑誌に確かに乗っていた一文。



──────今回のアップデートでは、幸運による「食いしばり」の発動条件を変更致します。具体的には……


「自傷ダメージ、及び反動ダメージに限り幸運50以上で確定1で耐える(・・・・・・・)ってなぁ!」


 体力の減少は僅かに残し、確かに止まる。横腹は痺れるような感覚がむず痒いし、身体は重いがそれら全てを気合いとスキルで塗りつぶす。クライマックス・ブーストを発動し、増加したステータスを喰らって餓狼の闘志(ハンガーウルフ)をさらに重ねる。


 どいつもこいつもあのNPC(セツナ)にご執心で、墓守のウェザエモンですらその想いには抗えなかったらしい。

だが俺が想うのは今この一瞬の刹那、勝利への王手ただ一つ。

 晴天大征(せいてんたいせい)天晴てんせいを以って終わる一連のアクションを指す。言い換えれば天晴てんせいを放たなければお前は終われない(・・・・・)。晴天大征のアクションも、永い永い墓守の誓いすらも!


「うちの親分に代わって、張っ倒してでも眠らせてやる……「致命の三日月クレセント・ヴォーパル」!」


「………【天晴(テンセイ)】!」











 兎月【双弦月】に設定された能力は非常にシンプルだ。自身が敵よりも非力であるほど、鈍足であるほど、貧弱で、脆弱であるほど……体力から幸運に至るまで、パラメータで劣っている程にクリティカル威力と成功率が上昇するというものだ。

 ドーピング、バフ……諸々でステータスを底上げしてなお俺を上回る墓守のウェザエモンに対して、放たれた兎月合体時専用スキル「致命の三日月クレセント・ヴォーパル」はクリティカル確定成功とクリティカル威力最大を内包してウェザエモンが放つ刃を迎え撃つ。

 後々反動で酷いことになる、そんな確信を抱く脳のフル回転によってスローモーションに見える視線の先、あらゆる死と破壊をもたらす力を帯びたウェザエモンの太刀、その刃の一筋を避けるように【双弦月】の刃が蒼い太刀の横っ腹を打ち据える。恐るべき膂力で振り下ろされたそれを致命をもたらすクリティカルの火力で真横から押し出し、振るう刃の先端に至るまで力を抜くことなく振りきり……


「即死の一撃……攻略完了だ」


「……………」


 ウェザエモンが振るった太刀、その切っ先は俺に触れることなくすぐ隣の地面をへと叩きつけられた。


 沈黙の中、俺は思い切り息を吐き出す。ゲーム内故CO2が吐き出されているのかは知らないが、吐息と一緒に身体の力すらも抜け落ちてしまいそうな虚脱感になんとか抵抗する。


「………見事だ」


 引き抜かれる太刀、思わず戦闘態勢を取るが墓守のウェザエモンは俺に斬りかかることなく静かに立っているだけだ。


晴天(セイテン)転じて我が窮極の【天晴(テンセイ)】、言葉は移りて(イワイ)に転ず…………天晴あっぱれである、よくぞ我が窮極を見切った」


「ダジャレかよ……」


 この場面で言うのもアレすぎたが、いきなりのダジャレに思わず口から出てしまう。


「呵々……セツナにもよく、言われ、た、ものよ……」


「………」


 少しだけウェザエモンというキャラクターに親しみが湧いた。だがシナリオは容赦なく進む、墓守のウェザエモンの身体から亀裂と軋みの音が響く。すでに身体の各所から噴き出ていた蒼炎は消え、ただ消えかけの煙が薄く細く立ち昇っているのみだ。


「重ねて、天晴(あっぱれ)で、ある……「拓く者」の、末えイ、よ……」


 墓守のウェザエモン……否、永きに渡る誓いと仕事を終え、ただのウェザエモンとなったそれの腕が落ちる。脚が崩れ、胴体が地面に叩きつけられると同時に何もかもが崩れて行く。


「我が、身……朽ち果、テ……眠、る………嗚呼、セツ、ナ……今……そコ、へ……」


 最後にそう言って、胴体からウェザエモンの頭部がこぼれ落ちる。細く(くゆ)る煙すらも途絶え、あれだけ頑丈だった鎧すらも崩れていく。


「終わった……のか?」


「ここからさらに連戦とか少なくとも俺は泣くよ?」


「流石にそれはないでしょ……」


 だがユニークシナリオEXをクリアしたと言う表示が出ない以上、まだ何かあるのは確定的なわけで。俺もオイカッツォもペンシルゴンも、何が起こるのかと警戒を残しつつ辺りを見回す……と、その時フィールドに変化が起きる。

 戦闘中も不自然な程に美しく咲き誇っていた桜の木が急速に枯れ果てていき、反転世界に入る前の秘匿の花園にあった枯れ木と同様の姿になっていく。そしてその傍には半透明の女性がいつ現れたのか、ひっそりと立っていた。


「アーサー、それにオイカッツォとサンラクも……成し遂げて、くれたのね」


「セッちゃん……」


「三人とも、本当にありがとう。私の……いいえ、遠き過去に「セツナ」が抱いた願いはここに果たされました」


 ん? 何か引っかかる言い方だな。それだとまるで自分はセツナではないみたいな言い方じゃないか。


「セッちゃん……というかセツナって貴女のことじゃないの?」


「いいえアーサー……私は確かに「セツナ」ではある。けれどあの日死んだセツナ本人とは違う……セツナの願いが、「もしも恋人がずっとずっと私の死に囚われるのなら、どうかやめてほしい」という想いが生み出した彼女の残滓、謂わば筆跡まで完全に再現された写本のようなもの。役割を終えれば消える存在……」


「ああ、だから「遠き日の」セツナなのか……」



 セツナ本人ではない、遥か遠い昔のセツナ本人の願いが形になった過去の残滓。要するにコピペされ再現された存在、ということだろうか。言葉通り儚げな笑顔を浮かべたセツナの姿にノイズが走る。


「セッちゃん……」


「悲しまないでアーサー。彼女の願いに世界が応えた(・・・・・・)時点でいつかはこうなることは決まっていたの」


 足の先から消えつつあるセツナは儚げな笑顔から真剣な顔つきになると、俺達三人を見回す。


「貴方達は開拓者。二号計画の末裔、世界を「拓く者」……もしも貴方達が自身のルーツを、世界の真実を知りたいと願うのなら「バハムート」を探しなさい」


「バハムート?」


「知らんのかオイカッツォ、大体ドラゴンとして扱われる魚だよ」


「それくらい知ってるっての……ペンシルゴン、このゲームにおけるバハムートって何か知ってる?」


「いや、プレイヤーが名付けたものならともかくバハムートなんてモンスターはいない筈……セッちゃん、それはどういう」


「ふふふ、ここから先は自分で見つけ出してちょうだい。だってそれが、未来を切り拓くってことでしょう?」


 真顔から一転、いたずらな笑顔を見せるセツナは既に、ほとんど消えかかっている。


「……あぁ、最後に。アーサー、これは「セツナ」としてではなく「私」自身が貴女に贈る言葉」


「へ?」


「いつも「私」に会いに来てくれてありがとう。大好きよアーサー」


「え、あ……こちらこそ!」


 その言葉と満開の笑顔を最後に、NPC「遠き日のセツナ」は完全に消滅する。僅かに残ったポリゴンが泡沫のように砕けて消え、今度こそ完全な沈黙が辺りを支配する。


「なぁペンシルゴン」


「ぐす……泣いてないよ」


「まだ何も言ってないんだが」


 顔を手でゴシゴシ拭ってからのその台詞には説得力のかけらも無い。とはいえ好感度に応じた特殊台詞まであるとは改めて化け物じみたAIだ。ぶん殴ろうが蹴り飛ばそうが炎で焼こうが思い出語りをやめないフェアカスに爪の垢を煎じて飲ませたい。


「それ否定になってないっていうか、ほぼ自白だよね?」


「ペンシルゴンにも暖かな涙を流す機能があったんだな」


「コノキモチ……コレガ、ココロ……?」


「そのネタ天丼じゃん! もういい二人とも縊り殺す!!」


「やべぇ! 武器が無いから殺害(キル)方法が生々しくなってる!」


「ここに来てPK食らうとか真っ平だよ!? 代わりに死んでくれサンラク!」


 ぎゃあぎゃあと騒いでいると、ようやくウィンドウが表示される。ペンシルゴンは俺たちを追いかけるのをやめると、居住まいを正して口を開く。


「何はともあれ、二人とも私のワガママに付き合ってくれてありがとう。お陰でシナリオクリアまで来ることができた」


「なんだよ改まって、俺達がやりたいと思ったから参加したわけだし礼なんていらんよ」


「そうそう、シャングリラ・フロンティアがサービス開始されてから初のユニークモンスター討伐者っていう称号だけで十分だよ」


「他人のユニークに乗っかったのを誇るのは……楽しいか……? あっ、的確に鳩尾を狙うな鳩尾を!」


「それ言ったらお前もでしょうが、いい加減ぶっ飛ばすよ?」


 わいのわいのと騒ぐ俺とオイカッツォに、ペンシルゴンはモデルとしての笑顔でもなく、不敵な外道の笑顔でもなく、心からの笑顔で宣言する。


「さぁ野郎ども、報酬確認と洒落込もうか!」








『墓守のウェザエモンは永い眠りについた』

『セツナの残滓は遠き日の願いを終えた』

『ユニークシナリオEX「此岸より彼岸へ愛を込めて」をクリアしました』

『称号【看取りし者】を獲得しました』

『称号【刹那を想う者】を獲得しました』

『称号【ご先祖様のお墨付き】を獲得しました』

『アクセサリ【格納鍵インベントリア】を獲得しました』

『アイテム【晴天流奥義書】を獲得しました』

『アイテム【世界の真理書「墓守編」】を獲得しました』

『ユニークシナリオEX「致命兎叙事詩エピック・オブ・ヴォーパルバニー」が進行しました』

『ワールドクエスト「シャングリラ・フロンティア」が進行しました』

ユニークシナリオ:特定の存在にまつわる物語、「此岸より彼岸へ愛を込めて」の場合はウェザエモンとセツナを看取るまでの「物語」

グランドクエスト:プレイヤー全体の目的、NPCと協力して未開拓世界を開拓するという「目標」

ワールドクエスト:世界そのものが次の段階へ進む、段階ごとに世界に変化が起きる「変遷」


長かった……ようやく墓守のウェザエモン戦書ききった……この章のエピローグまで行ったらしばらく更新をお休みさせていただきたいと思います。具体的には一週間ほど書き溜めとイクラ集めをゴニョゴニョ

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[良い点] 天晴!
[良い点] 天晴な執筆8888888888
[一言] ちょっ!最後情報量多すぎィ!
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