悪の足掻き
カースドプリズン:エクストラカスタム。全身に銃火器を仕込み、ジェットエンジンをチャージする事でバイク五台分の出力に手綱をかけた高機動型以上の、非常に大雑把な大出力を実現した長期戦の果てにのみその姿を見せるレアな姿。
「まぁ、小回りが利かねーんだから、こうなるわなぁ」
そんなエクストラカスタムであったが疲労の「ひ」の字も感じさせない流星にフルボッコにされた事で見るも無残な姿となっていた。
一応こちらもジェットの噴射でその身を大質量の凶弾とするタックルを命中させたり店員さんからタダで強奪ったロケランを叩き込んだりもしたのだが……終盤あたり、ロケランの弾頭をパリィしてなかったかあんにゃろー。
「さて……体力比は2:5ってところか……」
数字だけ見れば3ラウンド目とほぼ同じ割合ではあるが、生憎与えるダメージ量は増えていない。逆転の可能性は非常に細く、薄い。
「とりあえず隠れてみたが……見つかるのは時間の問題だ、し……」
ゲージは既に溜まっている、それは向こうも同じでありどちらが先に超必殺を切るかと機を伺っていたのだが、じわじわと体力を削られていたというね。
「いっそキューブ確保に動くか……? いやいや、今更チキるのもなんだかなぁ」
「いいね、そういう敢闘精神は嫌いじゃないよ」
「これぞ致命魂だ……って」
現在、オフィスビルの一つへお邪魔して、十階カフェスペースの机を椅子代わりに休憩していたのだが、横から淹れたてのコーヒーが入った紙コップが手渡される。
「やぁ」
「よっしゃオラァ!」
「一瞬の迷いもなくコーヒーぶっかけたよこの人!?」
「しっかり反応してるじゃねーか!」
クッソびびったわホラー映画かよ! なんでピンポイントで場所嗅ぎつけてんだこっわ! こっわ!!
それはそうと話は変わるが世の中には二種類の人間がいる。突然目の前にゾンビが現れ襲い掛かってきたときに、身体が硬直する人間と反射的に動く人間だ。
ちなみに俺は迷いなくショットガンを叩き込んで蹴りを入れるタイプだ、幕末で辻斬りしたり世紀末で騎士したり無人島でガンマンやってると不意打ちに対してほぼオートで反撃できるようになるものだ。
「さぁ、引導を渡してあげるよ!」
「悪いが往生際の悪さには定評があるからなぁ!」
なお死に戻りによる効率化及びイベスキップは除く、むしろ自主的に死にに行くようになってからが作業の本番よ。一流の作業員は放たれた弾を自身の額に導くことが出来るのだとか。
流石に俺はまだそこまでの高みには上り詰めていない、せいぜいマズルフラッシュから大体の弾道予測して急所に当たりに行くくらいが限界だ。
ぶちまけられたコーヒー、その形状を留めるためのLサイズ紙コップから解き放たれた漆黒の液体が宙を舞い……
「炸裂・脱獄!!」
別に新たな超必殺という訳ではない、ただダメージは無くとも当たり判定はある、ただそれだけで飛び散るスクラップはロケットランチャーと同じだけの価値を持つ。
炸裂装甲の如く弾け飛ぶエクストラカスタム・アーマー。熱々のコーヒーにバックステップを選んだミーティアスへと、弾け飛んだ戦闘機の装甲が黒い帳を切り裂いて奇襲を仕掛ける。
「おおっと! 随分と手癖の悪い……ぃいっ!?」
「俺の手癖は凶暴でね、つい反射的にこんな事もやっちゃうんだよ……!」
コーヒーの帳へと手を突っ込み、そのまま向こう側にいるミーティアスの顔面を掴む。場合によりダメージ覚悟でマグマの川や毒沼を横断する事もある、それに比べれば熱々のコーヒーに手を突っ込むことなどぬるいぬるい!
第一ゲーム故実際に激熱というわけではないのだ、リアルなグラフィックに騙されるな、この世界じゃ六発中六発弾込めされた大当たり確定ガチャを六回回しても死にはしないのだから。
「これからメインでこのゲームをやるであろうMs.チャンピオンに一つレクチャーしてやる」
「ジャ、ジャパニーズ寝技!?」
どっちかといえばプロレスじゃねーかな、まぁいいや。
「これが仕様なのかバグなのかは知らないが……今この瞬間は、存分に悪用させてもらう!」
左腕はヒーローの首を、右腕はヒーローの腿を、決して離さぬと力強くクラッチし全身全霊の蹴りを窓へと放つ。
「このゲーム、落下ダメージは0に設定されているから多分成層圏からパラシュートなしでダイビングしても無傷な訳だが……」
だが、そうすると疑問が残る。たってそうだろう、落下ダメージが0になるのであれば投げ技のダメージが0になってもおかしくないはずだ。
仮にプレイアブルキャラによる直接干渉がある場合はダメージが発生するのであれば、それはそれで気になることがある。
そんなわけでNPC十数人とカッツォ操るアムドラヴァの腰を犠牲に検証を済ませた俺は、ここに一つの隠し弾を用意した。
窓ガラスが弾け飛び、十階の高さにプリズンブレイカーとミーティアスが躍り出る。
「通常の場合落下ダメージは0になる! だがビルから紐なしバンジーして踏んづけた車は大爆発したし、脇に抱えて一緒に落ちたNPCは大ダメージを受けた!」
そこから導き出される事実、それは「ダメージは0でも物理演算自体はされている」という事。
「例えばこんな風にぃ! 超高度からプロレス技を仕掛けたらぁ!!」
「え、ちょっ、まさか!」
半分残った体力が気の緩みを招いたか。今更逃げようとしても無駄だ、プリズンブレイカーのスペックはあらゆる面でミーティアスを上回る、そんな踏ん張りもなっていないばたつきで死ぬほどヤワなキャラでもない!!
「似非超必殺!」
空中を二歩踏み高さを稼ぎ姿勢を整える。さぁ、二階から落とされる目薬の気分を味あわせてやる。
物理演算自体は作用している、ただ落ちただけではダメージは発生しない、だがダメージは無くとも落下によって発生するエネルギーそのものは確かにそこに在る。
喰らえ、ゲージを一切消費することのなく放たれる大ダメージを!!
「衝撃変換!!」
重力が緋色と蒼色を絡め取る、それは翼を持たない人間で在るがゆえに逃れられない摂理であり、ミーティアスを地獄に引きずり込む無色の腕だ。
ガッチリとミーティアスをクラッチした俺の身体が凄まじい速度で地面へと落ちて行く。数十メートルは優に超える高さから飛び出した二人の人間は瞬く間に空から追放され、大地はそんな馬鹿どもを塩対応で受け止める。
激突。
砕け散る大地、アスファルトはただ一点に着地した二つの足裏を中心に蜘蛛の巣を思わせる亀裂を走らせ、全身の感覚が消失したかのような痺れが踵から膝へ、膝から腰へ、脊髄を伝播してミーティアスの身体の中間に凄まじい衝撃を走らせる。
「………」
「………」
俺の全身を縛り付ける落下硬直、ミーティアスの全身を縛り付ける仰け反り硬直。果たして先に回復したのは……ミーティアスであった。
その体力は残り一割、渾身の空中殺法は果たして流星を落とすにはあと一歩足りなかった。
「……この技、五割削るにはビルで言うなら十二階以上から飛び降りないとダメなんだよ」
まさか土壇場でやるとは思ってなかったし、そもそもシルヴィア・ゴールドバーグ相手に出来るとも思っていなかった。十二階に潜伏していれば……あと二階分登っていればぁ……!!
「言い残すことは?」
例えるなら断頭台に首をセットされた気分か、それとも崖っぷちに立たされ背中に手を添えられた気分か。
成る程、じゃあ俺が言うべきは……
「うーん…………あー、そうだな……………ええと、強いて言うなら…………………」
「………?」
おいおい、ここまで露骨にやってるのにまだ気づかないのか? 仕方ねぇな、種明かししてやるとしよう。
「丁度五秒前が「三十秒」だ。」
「っ!!」
見開かれるヒーローの眼。見上げた先、そこにはキラキラと輝くガラスの雨に混じって猛スピードで降り注ぐ漆黒の金属片達の姿。
「ただでは死なん! ここがどこだか分からないようなら教えてやるよ……ここはぁっ!!」
鎧が俺に自らを着せる。かつて世界を荒らした凶星は再び呪われた牢獄へと囚われ、されど存在が切り替わったことで硬直の溶けた鎧の魔人。
俺は渾身の力で一見すればアイスを移動販売するトラックにしか見えない輸送車を破壊する。
衝撃変換が隠し弾と言ったな、であるならこっちはへそくりとでも言うべきか、使うことなく放置していた初期装備、俺の最後の悪あがき!
「俺の「初期位置」だっ!!」
「っ………お前っ!!」
「ああ、言い残すこと、だったな」
ガトリングと、ショットガンと、改造トラックエンジン。
跳躍と、宙返りと、飛び蹴り。
スクラップを纏う黒鎧が引き金を引く、光を纏う流星が空に蒼を描く。
天へと登る鉛の雨を地に降る流星が蹴散らし、光と衝撃が俺の内側から溢れ出す。
「寿司より焼き肉ぅーーーーっ!!!」
「だからなんでぇ!?」
大爆発。
まぁ、そのなんだ、最終的にカッツォvsシルヴィアのマッチングまで漕ぎ着けたわけだし、結果オーライ?
っかしーな……1000文字くらいのダイジェストでちゃちゃっと負けさせるつもりだったのになんでこいつデバッグ技とか編み出してるんだろう……




