外道劇場ヒートアップ
それは昨晩の検証中にペンシルゴンが偶然発見したものだった。
「あ、これ根本的な原因がヴィランにあるならゲージ溜まるんだ」
きっかけは爆風で吹き飛び転がったタンクが数分後に大爆発を起こした時、ペンシルゴンのヴィラニックゲージが上昇したことだった。その時の邪悪な顔はそれはもう非道いものだった。酷い、じゃないぞ非道い、だ。
直接手を下さずとも、二次災害でゲージが溜まる。この事実はペンシルゴンに「有人ビルジェンガ」なる頭のおかしい戦法を編み出させるに至ったが、まさかさらにその上を行く外道を可能としていたとは。
とはいえ実のところそこまでヤバい技、というわけでもない。立地と状況と調整、それら全てがエリア生成時の乱数に依存するクソ技である以上、ネタの域は出ないだろう。やはり乱数ってクソ……いや、この場合は乱数がクソゲー化を防いだのか? 乱数がMVP? 清濁含めて業の深い混沌と言うべきか。
「ビルが崩れ、その大質量が避難場所で炸裂する……甚大な悪行がゲージをオーバーフローするレベルで補填し続ける。クロックファイアの超必が「ピエロ爆弾が出現した」時点で発動しきった判定になるのが原因なんだろうが……」
直接的に潰されたもの、砕けた瓦礫に呑まれたもの、さらにそこから発展する様々な絶望がクロックファイアのゲージを凄まじい勢いで充填していく。
これが他のキャラであったなら、超必の発動時間などもあってそこまで連射できるようなものではなかっただろう。だがクロックファイアというキャラは、全キャラクターの中でも珍しい「設置型超必殺技」持ちなのだ。それはつまり、爆弾を置いた瞬間に次の超必を撃てるということ。
超必が設置技という特殊なタイプのキャラクターだからこそ、頭のおかしい勢いで超必爆弾を量産するなどと言う狂気的な光景はこの場にいる俺や夏目氏も含めた全ての人間を唖然とさせるに充分であったし、狂気の包囲網に囚われたスケコマシ殿の心中は察するに余りある。
「っつーか、あんにゃろー楽しさ優先しやがったな……」
確かにこの作戦は温存できるようなものではなく、発動者たるクロックファイアが特定位置にいなければならないと言う点を考えれば仕方のないことかもしれない、が。
「総合計二十一分三十三秒……」
大量の膨張ピエロ爆弾に囲まれ、ダークヒーロー寄りの白衣の医者が包囲殲滅された事でカウントが止まる。1、2ラウンド目と比べてあまりに早すぎる決着に、俺は頭を抱えたくなるのだった。
「あっはっは、あー楽しかった!」
『おいありゃバグだろ! どういう事だ!?』
悪巧みのその全てが上手くいった者と、悪巧みによる全てが直撃した者。実に対照的な目覚めであった。
「いやぁねぇ、ああもベストな立地だとつい魔が差してね……んふふふ、凄かったでしょ?」
「凄すぎて全員ドン引きしてたよ馬鹿」
「いやホント、ギャグみたいなスイカ割りだったよねぇ! これ映像記録欲しいなー、後でもらえないかなぁー」
ゲーム内とは言えジェノサイドやらかしてギャグと言い切りましたよこいつ、夏目氏は口の中でタコがロボットダンスしてるみたいななんとも言えない顔だし……ええいマトモなのは俺だけか!?
『落ち着けルーカス、ありゃバグじゃねぇよ』
『はぁ!? どう見てもゲージがイかれてたじゃねぇか!』
『ビルの倒壊でNPCのいるスタジアムが崩壊したのよ、ゲージの急激な増加はそれが理由』
『んなのアリかよ……』
どうやら向こうも落ち着いたらしい、説明を受けたのかへなへなと脱力するように椅子に座り込むルーカス。そりゃあ「ビルドミノでスタジアムスイカ割りして無尽蔵ゲージ確保して超必連打」とか何も知らない奴が聞いたらバグとしか思えないだろう。
「んで? 楽しさ優先して3ラウンド目をカップ麺が完成するより手早く終わらせた作戦立案者殿、何か言い分は?」
「まぁなんとかなるでしょ」
「根拠の「こ」の字すら満たしてねぇな」
ロバに乗って風車に突っ込む方が勝算ありそうだぜ。
とはいえ意気揚々と笹かまさんのインタビューに答える辺り、ここで時間を稼ぐつもりなのだろう。今この瞬間において最も視線を受けているのは間違いなくペンシルゴンだ、いとも容易く注目を集めてしまうのはある意味ゲームの才能よりも貴重なものではないだろうか。
やっぱりこいつ、世が世ならやばいことになってたんじゃなかろうか? 現代万歳ゲーム万歳、世界は娯楽と時代に救われた。
「夏目氏、次の相手誰だっけ」
「アレックス・テイラー……シルヴィア・ゴールドバーグが現れるまでスターレイン……いえ、その前身である「アトラス」の最強プレイヤーだった男よ」
「…………えーと」
「……コードネーム「遠距離恋愛」」
あー! そいつか! うんうん思い出した、思い出したからそんな0点のテストを見るような目はやめてくれ。
「ん、でも確かそいつって……」
ペンシルゴンが自信満々に「こいつならちょろいわ」って断言してた奴じゃ。
『あーっはっはっはっはぁーっ! 私を殴るのを優先するの同業者さーん? 仲睦まじい恋人達の絆を引き裂いてまで!?』
『ぬ、ぐぉぉぉぉおおおお!?』
『そんな情けない姿見せていいのかなー? んー? ほらほらー?』
『ぬおおおおおおあああああ!』
絶句を通り越すと真顔になり、それすらも通り越すと至極真っ当な恥ずかしさが戻ってくるのだと今日初めて知った。
「なんつーか、チェスの試合中にバット持って殴りかかるような……」
「私も匿名で参加すればよかったぁ……ねぇ、今からでいいからそのヘルメット……」
「今自分が相当な外道発言したって自覚あります?」
俺のプライバシーを生贄にしようとするとかペンシルゴンに勝るとも劣らない外道行為だぞ。いやアレよりかはマシかもしれないが、いやしかし……ええい、それもこれも全部あんちくしょうのせいだ。
「いやまさか「これ見てる恋人さんにカッコ悪いとこ見せられるの?」ってリアル方面から攻撃を仕掛けるとは……」
使い切りの匿名プレイヤーとして完全に吹っ切れてしまっているのか、遠慮容赦なくアレックスのリアルをどつき回して苦しめる姿はまごう事なく悪役のそれであるが、先ほどの巨悪としてのプレイングと比較するとあまりに、そうあまりにみみっちい。
「かませ犬のチンピラと同レベルじゃないの……」
「問題はそのチンピラが終始有利にことを運んでるってことだな……」
そう、マフィア映画で主演を務めていた俳優が別の映画ではチンピラを演じるように、ロールプレイに落差はあっても格差はない。
如何にチンピラ臭い人質戦法を取っているとしても中身がペンシルゴンであることに変わりはなく、人の神経を逆撫でするような話術に冷静さを失った者を巧みに仕留める戦術もなんら変わらない。
調べた情報では持ちキャラはヒーローであったはずのアレックス・リア充さんだったが、恐らくは先の試合からペンシルゴン相手にヒーローキャラで挑むのは危険であると判断したのだろう。
ヴィランキャラを選ぶ事で互いになんら被害を考える事なく暴れられるようにした、それ自体はベターな対処法であるとは思う。ただ、ロールプレイに際してどれだけ恥を捨てられるのかで決定的な差があった、それだけなのだ。
アレックスの対策について、ペンシルゴンは非常にシンプルな答えを持っていた。
「彼女にカッコつけたい奴がNPCとはいえ弱いものイジメできると思う?」
普通独身でもNPCを積極的にジェノサイドしようとは思わないんじゃねーかな……少なくともそれがメインでないゲームにおいては。
「わぁ、助けに行こうとした瞬間建物ごと爆破しやがった……ああ、ゲージが溜まって……」
今日何回目の登場だあのピエロ爆弾。どうも地面に設置されるまではある程度自由に動かせられるようで、サッカーでもするかのようにクロックファイアが膨れ始めたピエロを崩壊していく建物の中へと蹴り込む光景が全世界に放映されていく。
「そっかそうだよな……アレと同類扱いにされるんだよな……」
「私、今後のプロゲーマー活動に影響出そうなんだけど……」
「全部含めてバカッツォのせいにしておこう、あの価値観地球外生命体を引き込んだのは奴な訳だし」
こりゃ特上寿司やA5黒毛和牛サーロインじゃ許されないぞカッツォ……満漢全席かフルコースだな。
「どうせこの後には挙動地球外生命体が暴れ回るんでしょ、私知ってるもん……」
「ちょ、きょどっ……挙動てオイ、人を笑顔で戦車の砲塔に括り付ける外道共と比べたら俺はまともだろう」
人をタコ足のエイリアンみたいに言いやがって、神格存在との決戦はまだ先だし俺は至って平均的な人類だ。メンタル神話生物と似たカテゴリに置かれるのは甚だ遺憾である。
ちなみに俺が戦車の砲塔に括り付けられた経緯は話すと長くなるので省かせてもらう、ただ言えることがあるとすればカッツォとペンシルゴンが敵拠点に突入した時点で外からガスを流し込んだだけだ。
「なんというかアレね、慧が妙に批判とかに強い理由が分かった気がするわ……」
知ってるか、禁止言語が設定されているゲームでは如何に文学的な罵倒を放つかが重要だ。正直ストレートに嫌いと言われるよりも「あなたと関わるこの一瞬は私にとっては汚泥の中で溝鼠と婚儀を結ぶ以上の苦痛だ」と言われる方が最終的なダメージはでかいんだ。
なにやら悟った目で俺と、画面の中で親子連れの母親と娘を人質に笑うペンシルゴンを見る夏目氏。
おや、あの親子ルーカス戦で初手爆破したNPCだ、またしてもペンシルゴンに捕まるとは哀れな。
アレックスの彼女さんは北海道で両親の経営する牧場をお手伝いしている娘さんです。
アレックスと彼女さんの出会いは面倒なのでプロローグしか考えてないです。




