大志の灯火を抱いて 其の五
ちょっとアニマリア氏のデス描写をまるっと書き直していて遅れました、すいません
血が出ちゃダメでしょ(ゲームだということを忘れたガチ表現)
アニマリアが最初思ったのは、拍子抜けするほどのあっけなさだった。
(随分と、あっけない……ユニークモンスターといえど所詮はこの程度なのかしら?)
なるほど確かにSF-Zooが用いる捕獲戦術の中でも最高峰、十人規模で行う拘束デバフの重ね掛けはファンタジーオブファンタジーな動物であるドラゴンすら最低でも一分は完全拘束が可能だ。
例えばこのエリアのボスであるユザーパー・ドラゴンであれば間違いなくハメ殺すことが可能である、高レベルプレイヤーの連携による拘束であれば、如何に強力なユニークモンスターと言えども所詮はゲームのMob、全員がかりで拘束すればこうもあっけなくその動きを縛ることも出来る……きっとそうなのだろう。
「さて、リュカオーンちゃんは一体どんな毛並みなのかしら?」
頭をよぎる不安を押しのけ、アニマリアは好奇心の抑えを解いてリュカオーンの元へと向かう。
アニマリアの持つ「冥府の鍵杖」、そしてそれを用いた場合のみ使うことが可能なユニーク呪術【鷲掴む冥府の腕】は如何なる相手であろうと生物に対して一分間の完全拘束を可能とする。
代償として五分間自身のHPが回復せず、同時に五分かけてHPが1になるようスリップダメージを受け続ける、というデメリットもあるにはある。
だが重要であるのは己の好奇心のままに動物に触ることができる一分のみだ、そのあとの四分間のどこで死のうがアニマリアにとっては瑣末な問題だ。
厳島 真里亜は動物に触れることができない。
生まれついての動物好きな趣好を嘲笑うかのような重度の動物アレルギー、そのせいで真里亜はたった一匹のハムスターと同じ部屋にいるだけで酷いアレルギー症状を発症してしまう。
幼少の頃から無理矢理動物と触れ合おうとして何度も病院に行く羽目になり、幾度となく涙を飲んできた真里亜にとって、限りなく現実に近いシャングリラ・フロンティアはまさに楽園と呼ぶべきものだった。
雑草を引き抜けば根に土が付着する、拾い上げる石はその全てが異なる形をしており、水面に投げ込めば毎回異なる波紋と飛沫を作る。
動物の毛に潜む蚤に至るまで描写されたシャングリラ・フロンティアでは当然、その毛並みも動作も現実となんら変わりない。
最終的にはモンスターを討伐することは避けられないが、所詮はゲームのデータと割り切るしかなく、であるからこそ厳島 真里亜はSF-Zooを立ち上げたのだ。
(巨大な狼……毛並みはゴワゴワしてるのかしら、それとも予想外にサラサラ?)
【鷲掴む冥府の腕】発動中は如何なる生物も動くことは出来ない。
そう、如何なる動作でもだ。だからこそアニマリアはリュカオーンが動くことはあり得ないと確信していたし、SF-Zooのクランメンバーもまた、好き勝手にスクリーンショットなどを撮影している。
(ふふ、一番最初に触ることができるのはリーダー特権ね)
無論当初の目的も忘れてはいない。思う存分に触った後には全員がかりで攻撃を加えて条件を満たし、ラビッツへと再び向かうのだ。
あの時は異邦人故に追放処分という残念な結果となってしまったが、今度は違う。遠目に自身らを見るあのプレイヤーが頻繁にラビッツへと向かっていることは突き止めている。
異邦人としてではなく、住人として、思う存分にヴォーパルバニーを愛でるのだ。
(思う存分に触ったらクリティカルを百回………え?)
目が合った、アニマリアはそう確信した。
リュカオーンは一切動いていない、そう文字通りピクリとも動いていない。
まるでプレイヤーが操作していない空っぽのアバターのように、命のない人形のように。その黄金の眼はただどこでもない虚空を見つめており、そこに生物らしさのカケラも感じることはなかった。
無論その眼はアニマリアなど見てはいない、であれば誰がアニマリアを見ているのか。
(夜が、私を見ている……?)
そこには何もない。システム的に可視化された薄暗闇と、古城骸のフィールドが広がっているだけ。
だが確かにアニマリアはそこに視線を見た。ここにはいない、だがここにいる。そしてその視線は間違いなくアニマリアを見つめている。
「…………まさか」
黒く、暗く、深黒の闇夜に見えざる眼差し。その不可視の視線から発せられる強烈な意思は、アニマリアを……「獲物」を一点に見据えている。
アニマリアはその瞬間に気付く。
夜襲のリュカオーンとは、全エリアにランダムで現れる影より出でし狼の正体とは。
違う、順番が逆だ。
─────狼が作った影とは……!
答えにたどり着きかけた次の瞬間、アニマリアは真横からの凄まじい衝撃と共に明らかに物理法則を無視した動きで宙へと持ち上げられた。
シャングリラ・フロンティアにおいてダメージは痺れや感覚の鈍さで表現される。故に、一切の感覚が消失する程のダメージとは一体如何なるものか。
「ひっ……!」
傍目より見れば質の低いCGのような不自然な動き、本人からすれば何かに「噛まれて」「咥え上げられた」現状、アニマリアはそこにいてそこにいない「それ」を実体的に知覚する。
(噛まれ……力、強くなって……食べられる!?)
動物とは可愛らしく、雄々しく、人と違うからこそ愛おしい。
だから違う、知らない、これはそうじゃない。
動物とは自分が愛でて向こうが愛でられるもので、これでは、これでは。
「やだ、助け……」
恐らく一般的な日本人であれば一生味わうことのない捕食者に食われる被捕食者の経験。
捕食モーションという全Mobの中でも中々見かけない屈指の「エグさ」を誇る攻撃によって、アニマリアのアバターは一撃で粉砕された。
「うわぁ……」
年齢対象と表現的な問題で早い段階からポリゴン化していたものの、確かにアニマリアが逆海老反りにへし折れる瞬間を見てしまった俺は背筋に走った悪寒を振り払う。
シャンフロが成年対象じゃなくてよかったなアニマリア氏、でなけりゃ今頃ミンチだったぜ。
そこからはもう酷かった。
なにせデバフによる拘束が意味をなしていない、実体を捉えても分身が好き勝手動くのだから。さらに言えば憎らしいほどジャストタイミングで大規模な雲が月を隠し続けているのだからもう見ていられない。
まず最初にタンクが狙われた。なるほど確かに高いVITに防御系スキルを積んだ彼らは優れたタンクだ。だが絶無の機動力に不可視の不意打ちは致命的に過ぎた。
もはやそれは戦いですらない、人間をサッカーボールに見立ててビリヤードしているとしか言いようがない。
転がるタンク、吹っ飛ばされたプレイヤーと激突して二次災害が撒き散らされ、連携する暇すら与えられない。
それでも四人が生存しているあたり、本当に優秀なタンク組なんだが……
「そこで全員回復に回ったのは最悪手だよなぁ」
恐らくは不慮の事故だ、「決定的崩壊を防ぐ為に最優先で自身の回復を行う」というリカバリをタンク全員が同時に行ってしまった。
だからこそ、ヘイト集めが途切れたことで不可視の夜による猛威はタンクをすり抜け後衛組に襲いかかった。
「うわすっごい、あれが噂の人間ボウリング……」
ある者は木っ端のように吹き飛び、ある者は受け身すら取れずに地面を転がる。
シンプルオブシンプル、大質量のタックルの直撃は高レベルであっても等しくHPパラメータの壊滅を齎す。
リーダーがポリゴン爆散したという事実以上に、撮影タイムに入っていたというのが原因だろう。タンク達であれば盾を装備して構えればいいが、魔法職はそれに加えて魔法の発動を挟まなければただの案山子であり、タンクが復帰した頃には最早戦線は壊滅状態であった。
「これはひどい」
俺はそれをレイ氏と共に岩陰から眺めながら思わず呟く。
守ったところでどうしようもないタンク達は、装備品を全て取り外して裸状態になって全員不可視の……多分前脚攻撃で消し飛んで行った。
装備品の消耗を避ける為の自殺か……最早生き残ってるのは三人くらいだし賢明な判断だ。護るべき対象がいないのだからどうしようもない、壁タンクはどう足掻いても装備を酷使する。勝ち目のない戦いでリソースを削り続けるのは愚策でしかない。
ううむ、やはりトップクランだけあって地力は高いんだよなぁ。リュカオーン相手に舐めプかましたのが敗因……いや、あのクソ初見殺しに対応できる方が頭おかしいか。
ありがとうアニマリア、ありがとうSF--Zoo。副リーダーと思しき男性プレイヤーが此方へと助けを求めるように視線を向けてくるが、ちょっと何言ってるか分からないです。ほら、俺って貴方々に一方的に縁切りされて実質赤の他人なんで。
「プレイ映像提供感謝、潔く死んでくれ」
覆面で向こうからは見えないだろうが、ニッコリ笑顔でサムズアップ。立てた親指をひっくり返し真下へと振り下ろす。
男性プレイヤーが「ですよねー」と「そんなぁ」が半々で混ざったような表情を見せた瞬間、彼の身体は拘束が溶けた実体リュカオーンによって踏み潰されてポリゴンと消えた。
……さぁ、どうしよう。
「実体」であることと「本体」であることは別問題
実は「嚙みつき攻撃」や「破壊属性を帯びた食い千切り攻撃」を使うモンスターは多いが「ガチ捕食」するモンスターは少なかったりします。描写的にどう取り繕ってもグロさが出てしまうので。
リュカオーンにそれが実装されているのはどうしても譲らなかった人がいるからです。




