激闘の果てに、絶望
結論から言えば、視界を奪われ俺をタゲることが出来なくなった金蠍の脅威度はほぼなくなったものと考えていい。
やたらめったらに繰り出される攻撃は距離を離してしまえば対岸の火事、あとは金蠍の攻撃と攻撃の合間にチクチクと刺していけばその内金蠍は沈むだろう。
「だけど、そういうのは違うよなぁ?」
右手を開け閉じして痺れが取れたことを確認し、申し訳程度に買っておいたHP回復ポーションを一息に呷って兎月を構える。
別に安全牌が駄目というわけではない、ハイリスクな周回を要する場合は何よりも確率を安定させる安全牌こそが重要であるし、とりあえず乱数は死ねと思うがそれは今重要なことじゃあない。
「合体まで……うん、残り二分なら間に合うだろうな」
動機はなんであれ、全てのプレイヤーは現実で出来ないことを行うためにゲームをプレイする。であれば初見の強敵を攻略する際に重要視するべきは安全な勝利ではない。
よりドラマティックな過程と、不確定な博打……皮肉にも忌々しい乱数こそがやはりゲームにとっては最も重要な要素なのだ。
結局のところ、楽しまなきゃ何のためにゲームをやっているのかという話だ。さぁ、楽しく決めてみようか。
駆け出した先、もはや金蠍自身にも制御できていないのではと思える程乱雑に振るわれる攻撃、部位の欠損が激しい以上暴風のような攻撃には必ず穴がある。
振るわれぬ右剣鋏があった方から距離を詰め、刺突一度に斬撃三度。金蠍が俺の位置をダメージで特定した瞬間に【水鏡の月】でヘイトを背後へ。金蠍が後ろを振り向いた瞬間にインベントリから取り出したハニワ……もとい爆土の偶像を真上へと高く放り投げる。うわ、本当になんかぐねぐね踊ってるぞあのハニワ。
抜き足差し足カウント3、2、1……今。
地面に叩き据えられた爆土の偶像が一瞬その原型が球体になったと錯覚する程に膨張、次の瞬間想像以上に威力の高そうな爆発が後ろを振り向いた金蠍の臀部で炸裂する。
爆風は水晶片を吹き飛ばし、ビリビリとフィールドを揺らす。そして振動に紛れて俺は位置移動を行う。
「いい加減邪魔だろう、すぱっとカットしてやるよ」
水晶群蠍によって千切れかけた尻尾は半ばから千切れかけ、爆土の偶像の爆発によってかろうじて皮一枚で繋がっていると言ったそれをグローイング・ピアスのエフェクトを帯びた上弦で穿つ。
ヘイトを向ける先すらままならない相手に全ヒットさせることなどそう大したことではなく、五発の螺旋撃に削られた金蠍の尻尾はついに本体から完全にちぎれ飛ぶ。
兎月に破壊属性は付与されていなかったはずだが、何か条件を達成していたのだろうか?
「まぁいい、終幕だぜ金蠍!」
最早金蠍の攻撃手段は突進と左剣鋏による攻撃くらいしか存在しない。それでもなお戦意の衰えぬ金蠍へと手向けの必殺を放つべく、何度目かも知れぬ対刃の合体を敢行する。
「お前はウェザエモンにも匹敵する強敵だったよ」
少なくとも、システム的な不利を強いるウェザエモンに基礎スペックのみで匹敵する金蠍は間違いなく強敵だった。
いつだって、どんなゲームだって、ボスを倒して「終わる」瞬間ほど楽しく、そして寂しい瞬間は無い。
スキル「致命の三日月」を起動、右上から左下へと斬り捨てる一撃を金蠍の口腔へと叩き込む。
しかし、沈まない。致命傷の斬撃を受けてそれでも左剣鋏を振り上げる金蠍に対して、俺は【双弦月】の刃を反転させる。
「もう朝なんだ、月と一緒に沈め!」
直剣系スキル「致命剣術【半月断ち】」。左下から右上への斬り上げ攻撃を放つ、ラビッツで購入したスキルが朝日の中で半月を描く。
致命の三日月によって斬り裂かれた傷口を、【半月断ち】でなぞるように再度斬り裂かれた金蠍が大きく痙攣する。
振り上げられた剣鋏の動きが止まり、しかしてそれが力を失い落ちることはない。爆発で感覚を掻き乱され、視覚を潰されて尚、振り上げられた一撃は確かに俺を正確に狙いすましていた。
それでも何事にも終わりは訪れる。
ぷつりと糸が切れたかのように金蠍は左剣鋏を振り上げたまま崩れ落ち、捲き上る水晶の欠片と共に盛大にポリゴンを撒き散らす。
「んんんんん…………よっっっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
砕け散ったポリゴン、煌めく水晶片の雨に打たれながら、俺は歓喜の叫びを上げる。水晶群蠍がアクティブになる、とかもうどうでもいい、今この瞬間の喜びは何物にも代えがたい。なにやらウィンドウが表示されたが喜びのあまり内容を読む事なく振り払ってしまうほどに。
しかしウェザエモン戦とはまた違う意味でも耐久戦だった。あれは三十分間常に神経を張り詰め続けて最高パフォーマンスを要求されるという意味で高難易度だったが、今回は最低限のノルマを崩さないままさらに長時間戦い続けるタイプの高難易度だ。
「はー疲れた! 楽しかった! 眠い!」
朝日にも負けない晴れやかな笑顔で俺はその場に仰向けに寝転がる。もしこの瞬間いきなり現れた水晶群蠍に潰されてリスポーンしても笑顔でいられる自信がある。
とはいえまだやることが残っている。金蠍が消えた事で突き刺さっていた二本の湖沼の短剣が地面に落ちている。ヒビの入ったそれを拾い上げ、しみじみと眺める。
思えば兎月……その前身である致命の包丁に並んでプレイ最初期から長く付き合ってきた武器だ、もう少し強化してやってもいいだろう。
その役割を充分に果たした短剣をインベントリへと収納し、いよいよ本命だ。
「んんん……スクリーンショット撮って壁紙にしたい光景だぁ……」
そもそも遭遇が稀であるレアエネミー故にドロップ率もドロップ量も多めなのか、眼前には十数個はありそうな金蠍のドロップアイテムが散らばっている。
それらを一つたりとも見逃さぬよう丁寧に拾い上げていく。そして最後に、バスケットボールほどはある黄金色に輝く水晶をインベントリアに収納し……ようやく一晩かけた戦いが終わったのだと実感する。
「はー……本当、神ゲーだなぁ……」
なんというか、実に健康的な達成感だ。理不尽を強いた対象を踏み潰して勝ち誇るクソゲーの達成感よりももっとサッパリとした感情が全身に満ちている。
とはいえクソゲーをプレイしている最中の怒りが全てエネルギーに変換されるあの感覚もまた捨てがたいものがある。ストレスを創り、ストレスを破壊する……クソゲーとは創生神話だった?
「さて……どうすっかな」
正直、ここからエイドルトに帰還するのは難しい……いや訂正する、面倒臭い。いっそのこと崖から紐なしバンジーして死に戻りするのが一番楽といえば楽なのだが、あそこまで生き足掻いた金蠍と戦った直後にそんな戻り方はバツが悪い。
「ゲームとはいえ、心動かされることもあるわけで……よし、一丁生き足掻いてみるか!」
地響きに揺れる水晶巣崖、視線の先にはゆらりゆらりと揺れる金蠍のそれと比べても十倍近い大きさのありそうな蠍の尻尾がこちらへと近づいてくるのが見える。
尻尾であのサイズなら、俺を見据えるあの山は一体どれ程の大きさなのか。
「大親分の出撃ってか……上等じゃねーか、意地でも逃げ切ってやる」
見据える先、大量の水晶群蠍を引き連れた巨大水晶群蠍に俺はそう宣言し、オーバーヒートの効果が切れた事で重くて仕方がない身体に鞭打ち、走り出す……!
エイドルトの路地裏。早朝という深夜勢がおおよそログアウトし、早朝勢がログインし始める時間帯はプレイヤーの数が少なく、面倒事から逃げ切った後に面倒事に巻き込まれるようなこともなく、俺は約束した場所へと到着していた。
いやはや全く、五体満足でいられたのは奇跡だ。あのクソデカ蠍野郎、身体に水晶群蠍を載せて運んでくるとか空母か何かか?
「エムルーいるかー?」
「はいなっ! ここですわっ!」
ガタゴトと路地裏に無造作に捨て置かれた木箱が揺れ、中からエムルが飛び出してくる。
俺に返事をしたエムルは笑顔で俺を見つめ、そして驚いたように目を見開く。
「な、なんだかサンラクサンすごくすごい事になってるですわ!? ヴォーパル魂がメラメラ感じるですわ!!」
「ははは、言ったろ? ヴォーパル的な事してくるってよ。はいこれお土産な」
「キラキラして綺麗ですわぁ……これなんですわ?」
「水晶群蠍の排泄物」
「ふびゃーーーっ!?」
一応それ結構レアなアイテムっぽいんだから捨てるなよな。
エムルをおちょくりつつもラビッツへと帰投した俺は、その足でビィラックの工房へと向かう。
「なんじゃ、鳥の人か。丁度良かった、ワリャに渡されたもんは修理が終わって……」
ことん、と金床に金蠍……「金晶独蠍の煌弩晶針」を置く。
俺と同じく一昼夜リアクターを修理していたのだろうビィラックは、隈の浮かんだ目を皿のように見開いて針を凝視する。
「煌弩晶針だけじゃないぞ……鏖晶戟鋏、封月晶殻、荒鞭晶尾、極め付けはこれだ、「金晶独蠍の命晶核」……!」
無骨な金床が黄金色に彩られる。三桁の幸運が神乱数を引いたのか、それともソロ討伐ゆえの豪勢さか。ともかく一体のモンスターから出るにしてはあまりに大量の素材が、水晶にはない華美な煌めきを持って並べられる。
特に命晶核の美しさたるや、バスケットボールサイズの水晶の中に銀河のような渦が見える様は飾って置くだけでも人生の潤いになりそうではないか。
「予定変更するようで悪いが、水晶群蠍の素材を使ったビィラック製遺機装にこれらの素材も……ビィラック?」
目を皿のように見開き、口をあんぐりと開けたまま動かないビィラック。不審に感じた俺はビィラックの眼前で手を振り、脈を図り……
「し、死んでる……!」
「生きてますわ!?」
どうも驚愕の表情のまま気絶してしまったらしい。しばらくエムルと一緒にビィラックを気つけしたり、パニックを起こしてアワアワしだしたビィラックに事情説明という名のドヤ顔をかました俺は、満足感で潤った心でリアクターを受け取り割り当てられた自室へと向かう。
いつもならばエムルが頭に張り付いているが、ビィラックが激レア素材の数々から放たれるゴージャスオーラに充てられてトチ狂ったのでその看病に付きっ切りなのだ。
故に一人で自室へとたどり着いた俺は、緊張が抜けきって意識が飛びそうになるのを堪えつつ、ログアウトする前に最後にやっておきたい事をすべく、格納空間へと移動する。
「ふふふふふ……パワードスーツ一番乗りはこの俺だ」
格納空間を進み、俺は防具立てに支えられているかのように空中に浮遊するパワードスーツ……規格外特殊強化装甲の前へとたどり着く。
なんかもう面倒臭いので適当に選んだ一つを調べ、パワードスーツを起動するにはそれに対応する戦術機獣にリアクターをセットすれば良い事を突き止める。
「ふはははは……さぁ、目覚めるがいい【青龍】よ…………!!」
詳細は省くが、結論を言うと俺は二日ほどシャンフロにログインするモチベーションを消失した。
Q1.あのでかい蠍なんなの?
A.水晶群老蠍、水晶巣崖に出現するもう一体のレアモンスター。所謂長老的個体であり、通常個体や偏食個体と比べても十倍ほどの巨体を誇る。コミュニティ全体が大きなダメージを受けることで出現する。
色々設定は考えていますがどう足掻いても極悪レイドボス性能なのでソロ討伐はまぁ不可能です。ちなみに普段は完全に地面に埋まって身体に生えた水晶を水晶群蠍の幼体に食わせることで育てています。保育園系レイドボス?
Q2.金晶独蠍アイテム落としすぎじゃね?
A.一部モンスターはドロップアイテムに条件があり、討伐人数が多い程落ちにくい&落ちる数が少ないアイテムがあります。ですのでもしもそんなモンスターをソロ討伐できれば、莫大なリターンが返ってくるわけです。
袋叩きは安全だがアイテム泥率は渋い、少数精鋭は危険だがアイテム泥率が高いと言うわけですね。
Q3.主人公は水晶群老蠍どうやって逃げたの?
A.逃げて隠れて走って跳んでワープして、一時間くらいかけて水晶巣崖から生還しました。ただでさえ金晶独蠍一体で三話も使ってるのに水晶群老蠍からの逃走劇も描写するとさらに長引きそうなのでカット。




