閑話その23〜影の女傑たちの密談〜
何とか一月以内に再びお目にかかれました。
今回のメインは後宮の女性たち。視点は限りなく第三者近いライア、ですかね。
ディアナがソフィア・タンドールらと話し、更にジューク王の暴走にストップをかけ、その一件によって起こったもろもろの波に対処し――早い話が、全面的に目立ちながらあっちこっちしている、その頃。
彼女の影に隠れる形で、後宮に住まう女傑たちは、着々と己の仕事を遂行していた。
「正直、この発想はなかったわねぇ……」
「ヨランダ、感心している場合じゃないでしょう」
「そんなことは分かっているけれど。まさか『紅薔薇過激派』が、本格的なディアナ様シンパに進化しているなんて思わないじゃない?」
夏からは想像もつかないわね、とヨランダはにこにこ笑う。
そんな相方の態度に、ライアは大きく息を吐いた。
「ディアナ様の誠実さが伝わったという観点から見れば、喜ばしい事実ではあるけれど。その結果がこれじゃあ、報われないわ」
「いっそ、『正妃のお気に入り』として権力を握りたい、みたいな理由で暴走してくれたら、ディアナ様としても止めやすかったでしょうにね。彼女たち、完全に『紅薔薇様が愛する陛下と結ばれるために!』って使命感で動いているから」
「しかも、紅薔薇様のためなら死んでも構わない! くらいの傾倒ぶりなのでしょう?」
「その現場を見てしまったら、そりゃあ侍女たちも信じ込むわよね」
下手な鉄砲数打ちゃ当たる方式で、手当たり次第に噂を調べて回ったレティシアからの報告によると、現場を実際に見た侍女曰く『拝見したソフィア様は、紅薔薇様のために本当に必死で、紅薔薇様の苦しみを我がことのように受け止めていらっしゃるご様子だった』らしい。あまりに深刻な雰囲気だったので、侍女仲間との雑談にもし辛いところに、『ソフィア様たちは紅薔薇様のために動いている。これは紅薔薇様もご存知のこと』という話を耳にして、あぁやはりそうなのかと口を噤むことにしたそうだ。
「今いる侍女たちは、マグノム夫人のお眼鏡にかなっただけあって、『紅薔薇様』に好意的だものね。ディアナ様の内面までは知らないにしても、彼女が後宮に入ったことで状況が改善したことくらいは分かってる」
「そんな『紅薔薇様』のために必死になるソフィア様らを庇いたくなる気持ちは、まぁ分からないでもないわ」
率直なヨランダの感想に、ライアも頷いた。
現在、ジュークとディアナは貴族たちの本心を炙り出すために、『王と紅薔薇はラブラブ大作戦』を敢行中であり、その内実はライアたちを含めごく一部しか知らない。故に後宮でも、『紅薔薇様は陛下と仲睦まじい』と思われている。今や後宮内最大の派閥となった『紅薔薇派』の長と、落ち目の男爵家から売られるように側室となった娘と、どちらが正妃に相応しいかと聞かれたら、ライアでも前者を選ぶだろう。
「シェイラ様への風当たりは、たとえこの騒動が収まったとしても、きついままでしょうね」
「シェイラ様ご自身が、態度をはっきりさせて立ち位置を確立されない限りは、周囲も納得できないと思うわ」
「中立派は比較的、シェイラ様に寛容だけれど……」
「シェイラ様と似たような立場のご令嬢が集まっているからね。夏以前からシェイラ様とお付き合いもあって、人となりを把握しているというのも大きいでしょう。実際、ただ控え目なだけでなくて、正義感と義侠心の強い一面も持っていらっしゃるようだし」
年末、『牡丹派』が直接攻撃に出たきっかけは、シェイラが大勢の前で堂々と、彼女たちと戦ったからだ。自身が無派閥であるという弱みを逆手に取り、その身を盾にして『紅薔薇派』を守った。――あの場にいた側室たちの中には、あれから密かにシェイラを慕っている者もいるという。
「それでも、やっぱり『ごく一部』なのよね」
「まだ二桁にも届かないものねぇ、シェイラ様の完全な味方は」
「公言して傍にいてくれるのは、アーネスト男爵令嬢とクロケット男爵令嬢くらいではないかしら?」
「そうね。わたくしたちも味方なのだけど、立場上大きな声では言えないし」
「それで一番歯痒いのは、ディアナ様だと思うわ」
「本当にねぇ。彼女ほど全力で、シェイラ様を応援している方もいないでしょうに」
ディアナと同じく、実はライアとヨランダも、後宮脱出希望組だ。自分たちが『名付き』に選ばれたのはあくまでも勢力調整のためであって、国王の寵愛を望まれているわけではないと理解している。
そんな場所に生涯縛られるなど、冗談ではない。
「シェイラ様には、本当、頑張って頂かないと」
「そのためには、目の前の騒ぎを一つ一つ、片付けていくしかないわ。……まずは、ソフィア・タンドールをどうにかしないと」
最早信仰レベルで『紅薔薇』に傾倒している彼女たちを止めるには、どうするべきか。
痛む頭を抑えていると、寝室に繋がる扉が鳴らされた。
「睡蓮様、カレンです。……少しお時間よろしいでしょうか?」
『睡蓮の間』に配属された王宮侍女のカレンは、大人しい性格で目立つことはないものの、細かいところまでよく気の付く娘である。その彼女が『時間』を求めてきたということは。
「構わないわ。お入りなさい、カレン」
「はい。……失礼します」
案の定、入室してきた彼女は一人ではなかった。揃いの侍女服に身に付けた二人は、側室を前に一礼し、おもむろに顔を上げる。
鋭い光を放つ黒の瞳に、ライアは『客』の正体を知った。
「ルリィだったの。久しぶりね」
淀みなく答えた『紅薔薇の間』情報戦責任者は、瞳と同じ黒の髪を、よくある鬘で覆い隠していた。広く浅くの繋がりを心掛け、交遊関係が抜群に広いルリィは普段、直接『名付き』の部屋を訪ねることはしない。侍女同士を通じてやり取りした方が、リスクが低いからだ。――そんな彼女が、トレードマークの髪を隠して、わざわざここまでやって来たということは。
「何か、掴んだのね?」
「はい。ディアナ様に報告申し上げる前に、情報の共有が必要かと」
「……手紙には書けないほど、重要なこと?」
「それもありますが、裏方は裏方同士で連携を取っておいた方が、せっかく目眩ましになってくださっているディアナ様のご意志にもかなうのではないかと思いまして」
賢い侍女の提案に、ライアとヨランダも真理だと頷いた。
ヨランダが軽く首を傾げて問い掛ける。
「それで、何が分かったの?」
「その前に一つ、確認させて頂きたいことがございます。――侍女たちの間に流れている噂の、具体的な流れ方についてなのですが」
「あぁ、明らかに操作されたアレね」
軽い口調で答えたヨランダが、見た目ほど軽い気持ちでいないことは、ライアにも伝わっている。ルリィに気付かれないように、苦い気持ちを飲み込んだ。
今回流れた、『ソフィアたちの行動は紅薔薇様の意思』という噂は、調べれば調べるほど、遡れば遡るほど、気持ち悪い道順を辿っていた。
普通噂とは、発点から円上に、乗算の法則で広まっていくものだ。ところが今回のそれは、円ではなく線で、加算の広まりを見せていた。ある一定の層――『紅薔薇の間』の侍女たちとあまり仲良くない者たち――には満遍なく浸透していたものの、そこから先はまさに、ルリィの情報網を掻い潜るような伝達経路。整理すれば、『噂』が『紅薔薇』を避けていたのは一目瞭然だったのである。
「敵さんは確実に、あなたのツテを把握しているわね、ルリィ。私の部屋で現場を目撃した子たちも、あなたと直接の繋がりはなかったでしょう?」
「確かに、雑談を交わすほど親しくはありませんが……」
「あぁ、あったわ。たぶんこれに、ルリィの知りたいことはまとまっていると思う。分からないことがあれば、何でも聞いて?」
机の上を漁っていたヨランダが、レティシアと自分たちの調査を分かりやすくまとめた紙をルリィに手渡した。噂の発生時期、内容、実際に行われた嫌がらせとの関連、具体的な伝達の道筋などが、一枚に収まっている。
ルリィはいつも朗らかな笑みを浮かべる顔に険しい色を乗せ、夜を映した瞳には刃物のように鋭い光を煌めかせて、手渡された紙に目を通した。そう待つこともなく彼女は視線をこちらに向けると、紙を軽く指で叩く。
「ここに、最初に嫌がらせの現場を目撃したのは『牡丹派』の側室に付けられた侍女だった、とありますが。彼女に接触は?」
「確か、レティシア様が試みていたはず……あぁ、これだわ」
レティシアもまた、知り合いの知り合いは知り合い戦法を取り、確実な目撃情報を拾ってくれていた。始まりの侍女はおそらく、自分の証言が巡りめぐって『紅薔薇』に辿り着くなど、夢にも思っていないだろう。
「ここには、側室の新しい肌着を受け取りに行く途中で偶然、『紅薔薇派』に囲まれているシェイラ様を見た、とあるわね」
「では、噂を広めたのも?」
「『紅薔薇』がシェイラを気に入っていないことは知っていたから、ついに動き出したと思った、って語ってるけれど……」
「あれ、おかしいわね? ディアナ様は別にこれまで、シェイラ様に否定的な態度は取っていらっしゃらないわ。何の根拠があって、そんなことを『知っていた』のかしら?」
「シェイラ様に否定的な『牡丹派』の近くに居すぎて、ディアナ様もそうだと思い込んでしまったのかも……?」
首を捻る側室二人の前では、ルリィが友人であるカレンに紙を見せている。
友人の指が示した箇所を読んだカレンは、「あ、」と小さく声を上げた。
「この子の話、聞いたことありますよ。何でも食事を取りに行く順番の都合上、しょっちゅう『紅薔薇派』の侍女たちとはち合わせるそうです。権威に流される子だから、『牡丹派』が優勢なときは順番に割り込んだりと横柄な態度も取っていた、と」
「カレン、それ誰情報?」
「誰だったかなぁ……たぶん、移動前はそれこそタンドール伯爵令嬢様付きの子だったと思うんだけど」
途端、ルリィの瞳に稲妻が閃く。明らかに空気が変わった彼女に、室内にいる全員が圧倒された。
「ありがとう、カレン。……これで全部、繋がりました」
「どういうことなの、ルリィ?」
「確証が欲しかったのです。――今回の一件、後ろで糸を引いているのが、タンドール伯爵令嬢付き私的侍女、ベルだという確証が」
聞いたことのない名前に、ライアとヨランダは困惑する。
一方、カレンは驚愕した。
「ベルさんが!? 本当なの、ルリィ!」
「私も、最初に辿り着いたときはまさかと思った……。侍女としての実力も、心構えも、主に対する忠誠も、申し分ない人だと思っていたから」
「待って、話が見えないわ。推測するにベルという人物は、ソフィア様がタンドール家から連れてきた侍女なのよね?」
置いてけぼりを食らわされそうになり、ライアは慌てて話に割り込む。カレンが泣きそうな顔で頷いた。
「控えめで、お優しくて、いつも王宮侍女を立ててくださるお人です。私も、親切にしていただきました」
「……それなのに、黒幕?」
「いいえ、黒幕ではありません。あくまでも『後宮内の実行犯』です、彼女は」
はっきりと断言し、ルリィは一度、大きく深呼吸した。
「最初はあくまでも、状況証拠に過ぎませんでした。年が明けて少しした頃、タンドール伯爵令嬢の様子が変わり、彼女がもっとも信頼するベルが傍に付くことが多くなったそうです」
侍女の間ではよくあることだ。だからこそ、部屋を任された王宮侍女たちも、最初は疑問に思わなかった。
――だが。どれほどベルが時間を割いても、ソフィアの調子は元に戻らなかった。それどころか、過激な発想が加速していく。
「誰か、おかしいとは思わなかったの?」
「妙だと感じはしたそうです。けれど、傍にいるベルも、疲れた様子で原因が分からないと嘆いたとかで、結局どうすることもできなかったと」
「信頼していたからこそ、気付けなかったのね……」
「というより、今の話を私たちの推論をもとに整理した結果、もっとも疑わしい容疑者としてベルが浮上した、というのが正直なところです」
ディアナが誰より信頼するリタと同格で、王宮侍女から受け入れられていたベルだ。――疑うにはそれこそ、覚悟が必要だったろう。
同じことを思ったようで、ヨランダの唇から疑問が飛び出す。
「推論とは、どのようなものだったの?」
「タンドール伯爵令嬢が、ディアナ様のお言葉すら聞かずに暴走するには、何かしらの原因があったはずだ、というのが、私どもの推論でした。サロンで間接的に拝見していただけですが、彼女は根拠もなしに暴走するほど、妄想癖が激しいようには感じませんでしたので」
優秀揃いと呼び声高い『紅薔薇の間』の侍女たちが揃って断言するからには、確実性は高い。裏でこそこそ激しく動いているライアたちだが、ソフィア本人との接触回数は、そう多くないのだ。
「私はその推論をもとに、友人の友人を辿って辿って、タンドール伯爵令嬢付きの王宮侍女から、先程の話を聞き出したのです。彼女に何かあったとしたら、傍にいる侍女がヒントを握っているはずですから」
「けれど、出てきた結論は『分からない』だった……」
「――ですから、考えたのです。『この状況で、ソフィア様の暴走を誘発できる人間は誰か?』と」
例えば、誰にも邪魔されずに、『紅薔薇がシェイラの排除を願っている』と吹き込める人物がいるとしたら――。
黒い瞳を、ルリィは、力なく伏せた。
「考えた限りでは、ベルさんしか思い浮かびませんでした。……思い浮かんだときは、私もまさかと思ったのです。リタと同じように、主第一でありながら王宮のしきたりとも上手に付き合える稀有な方だと、尊敬していましたから」
「ルリィ……」
「……けれど。どれだけ信じられなくても、疑いがある以上は、彼女を調べないわけにはいきませんでした」
「このこと、ディアナ様は……」
ゆっくりと、ルリィは首を横に振る。
「今のところ、知っているのは『紅薔薇の間』の王宮侍女と女官、後は信頼できる数人だけです。確かでないうちは報告できないと、自分に言い聞かせていましたが……正直申し上げれば、信じたかったのだと思います」
王宮侍女と、私的侍女。立場は違っても、どちらも側室に仕える『仲間』だ。もともとそりが合わないならともかく、親交があった相手を疑うのは辛い。
気持ちが分かるだけに、ライアも、おそらくはヨランダも、口を挟めなかった。
無言の労りを感じたのか、ルリィは視線を上げると、ふわりと笑う。
「私のツテだけでなく、全員の人脈を駆使して、ベルには気付かれないよう彼女の行動を探りました。そうして、分かったのです。彼女が密かに、シェイラ様の行動を探っていたこと。『紅薔薇過激派』が行動を移す日に限って、主の傍を離れていること。――にもかかわらず、シェイラ様から離れた彼女たちを、即座に出迎えていることなどが」
「集中して探ったら、怪しいなんて段階を通り越しているわね……」
「はい。極めつけは、こちらの紙と、カレンの話です」
「わ、私?」
驚いたカレンに、頷くルリィ。
侍女のやり取りは後回しに、ライアとヨランダは返された紙を眺め、なるほどと頷く。
「随分と都合のよい者たちに目撃されているとは思っていたけれど……目撃者の予定から、その日の『制裁場所』を選んでソフィア様に入れ知恵していたのだとしたら、噂を操るのも容易くなるわね」
「交遊関係の狭い侍女に狙いを絞って現場を目撃させ、局地的な噂を多発させることで『広まった』ように見せていたのね。ある程度広まれば、後は目撃させなければいい」
「その通りです。最初の一人とベルの繋がりだけが謎、でしたが」
「それで、カレンの話ね」
初めに『紅薔薇過激派』によるシェイラ吊し上げの現場を目撃した侍女。彼女がソフィアの部屋の侍女と揉めるほど、食事を取りに行く順番が近いのだとしたら。――当然、接触する機会は多かったはずだ。
「食事を取りに行く時間帯は、伯爵令嬢様くらいですと、微妙に被ったりしますものね……」
「侍女ならではの着眼点ね。わたくしたちでは分からないわ」
「――けれど、それも含めて状況証拠でしょう? ベルが糸を引いている、具体的な証拠がないわ」
ズバリと切り込むと、ルリィが先程とは別の、どこか読めない笑みを浮かべた。
「――ベルに誤算があったとしたら、王宮侍女の諜報能力を甘く見たことです。根も葉もない噂を苦労してばらまいている暇があったら、疑う余地もない『情報』を気にした方が賢いのに」
「……何をしたの?」
「大したことでは。状況が動く度に、ほんの少しの不確定要素を織り混ぜて、侍女の間に広めただけです」
例えば――紅薔薇様がタンドール伯爵令嬢たちとお茶を楽しまれた『けれど、ついに動かれるおつもりか?』とか。
紅薔薇様に陛下からお手紙が届いた(八割ノロケ、二割報告の書面。定期的に届く)『内容は、正妃についてのあれこれだろうか?』とか。
真実が、知りたくなるように。
協力者がいるなら、繋ぎを持たずにはいられなくなるように。
放っておいても誰かが付け足してくれそうな『蛇足』を、まことしとやかに流し続けた。
――そして、ついに。
「陛下と『紅薔薇過激派』のニアミスなんて、願ってもない大騒ぎでしたから。大忙しのディアナ様とリタには申し訳ありませんが、可能な限り利用させていただきました」
陛下と『紅薔薇様』の関係はどうなるのか?
謹慎を言い渡された過激派側室の行く末は?
外宮はどう動く? 過激派の令嬢の実家に処分はあるのか?
嘘を広めるのではなく、現実の先にあるものや真実が知りたくなるように事実を伝える。そうして、痺れを切らして動いた『獲物』を狩る。――それが、王宮侍女の情報戦だ。
疚しいところがある人間ほど、不確定の『真実』に恐怖する。その心理を利用した、しなやかでしたたかな戦が、ここにあった。
(……王宮怖い、ルリィ怖い)
『紅薔薇の間』が味方で良かったと、つくづく思うライアである。
「少し前、ベルを見張っていた仲間から連絡がありまして、彼女が後宮の裏門を守る兵士と接触したと。どうやら手紙を受け取ったようです。ミアさんにご協力いただいて、その兵士にお話を伺いました」
にっこり笑ったルリィだが、その目は全然笑っていない。言葉こそ丁寧でも、内務省を通さず後宮内外が連絡を取るのは禁止事項であり、それに手を貸すことも当然職務違反。チクられたくなければ洗いざらい吐けと脅しただろうことは想像に難くない。敢えて自分では出ず、公的権限を持つ女官のミアを駆り出したところに、ルリィの本気が窺える。
(やだこの子こんなに怖かったの?)
(ヨランダ、この際細かいことは気にしないようにしよう)
赤ん坊の頃からのツーカーを視線でお喋りという離れ業で発揮しつつ、二人は表面上は神妙に、ルリィの次の言葉を待った。
二人の気配を読んだわけではないだろうが、ルリィは少し肩の力を抜いて口を開く。
「――ベルの手に渡った手紙の差出人は、タンドール伯爵の長男、ソフィア様の兄君でいらっしゃる、ライノ・タンドール様だそうです」
「ライノ殿……?」
「面識がおありですか?」
「顔と名前が一致する程度ね。――つまりルリィ、あなたは一連の黒幕がライノ殿だと、そう考えているということ?」
「黒幕かどうかは分かりませんが、ライノ様とベルがこの件で共謀していることは間違いないかと。件の兵士の話では、ライノ様とベルが頻繁に手紙のやり取りをするようになったのは年明け以降で、ソフィア様の異変の時期とぴったり一致します」
これで関係がなかったらびっくりである。
ライアは今度こそ、ヨランダとしっかり視線を合わせた。
「ライノ・タンドール様ねぇ……」
「タンドール伯のご長男でしょう? 革新派のお一人ということ以外に、何かあったかしら?」
「野心的なところはおありだと思うわ。領地発展論を仲間内で話していらっしゃるところを、何度かお見かけしたもの」
「同じ革新派同士、レティシア様なら何かご存知かもしれないわね」
「どうかしら。レティシア様、ソフィア様のことは苦手だとこぼしていらっしゃったわよ?」
どちらかといえばおっとりしたレティシアと、気性の荒いソフィアでは、相容れないことも多いだろう。兄の方も血気盛んなら、レティシアとは交流がない可能性が高い。
「――いずれにしても、これで後宮内の要注意人物がはっきりしたわね」
「ベル、だったかしら? その侍女を、本人に悟られないように注視して、何かあれば即座に繋げるようにしましょう」
「助かります。『紅薔薇の間』だけでは人手が足りませんので」
「こんなときのための『名付き』ですもの。ディアナ様にはお気遣いなく、前線に集中してくださいなとお伝えしてね」
「かしこまりました」
情報を巧みに操る黒の少女は、侯爵令嬢二人に臆することなく、誇らしげに笑ってみせた。
書きながら切実に思ったこと。うん、賢い女の人は敵に回すもんじゃない。




