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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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錯綜する思惑


……着替える、暇もなかった。


『ディー? なんか、王様が後宮に向かっているみたいだよ』

「ディアナ様! シェイラ様とタンドール伯爵令嬢が、接触しました!」


偶然とはいえ、その知らせが、ほぼ同時に飛び込んできて。

ほぼ反射的に、ディアナは腰を上げていた。


「シェイラ様の位置は?」

「外門付近の、回廊だそうですが……」

『……ヤバくない?』

「すぐに向かうわ。今控えてくれているのは誰?」

「ユーリさんです……ってディアナ様、そのお召し物では!」


今日の午前中は、外に出る予定も来客の予定もなかったので、ディアナは着古した室内用のドレスを身に付けていた。誰に見せるものでもないので、シンプルかつ機能性に優れた、要するに色気のないものだ。


「略装とまでは申しませんから、せめて外出用のドレスを」

「その時間がもったいないわ。外門付近なんて、駆け付けるだけでも時間がかかるのに」


言いながら、自分で髪に櫛を入れ、最低限の身だしなみを整える。そのままメインルームを突っ切り、控えの間の扉を開けた。


「ディアナ様? そのようなお姿で、どうなさいました」

「緊急事態よ。ユーリ、あなたもついてきて」

「ディアナ様!?」


言うが早いか飛び出したディアナを、慌てて追い掛ける侍女二名の足音が響く。可能な限り急いで駆け付けた、その現場では――。


「陛下!!」


考えるより先に、ディアナは滅多に出さない大声で、叫んでいた。


青い顔をして固まる、ソフィアとその友人たち。

頬を押さえ、俯くシェイラ。

そんなシェイラを背に庇い、怒りの眼差しでソフィアたちと対峙する、この国の王――。


一目瞭然という言葉が、これほどぴったりの一幕もないだろう。


ここでジュークが、感情に任せて振る舞ってしまえば、もう後戻りができない状況に陥る。保守派はもちろんのこと、夏以前の後宮を苦々しく思っていた新興貴族や革新派までもを敵に回し、下手をすれば王家への忠誠心が一斉に離れる事態にまで発展しかねない。

感情の制御が難しい状況でこそ、冷静さを失わず、最善手を模索しなければならない。為政者たるもの、その一線こそ、死守すべきなのだ。


愚かなことをして、終わらせるな――!


後宮にいる限り、無用の長物だと思っていた殺気を、ディアナは一直線に王へと放つ。止まれと、ただ、それだけを念じて。

彼が止まったのを確認して、ディアナはつかつかと、騒ぎの中心へと歩み寄った。


――バシッ!!


一切の躊躇いなく、持ってきていた扇でソフィアの頬を打つ。

打たれたソフィアは、呆然とした表情で、ディアナをのろのろ見返した。

紛れもない怒りを込めて、しかしあくまで冷静に、ディアナはソフィアに言い放つ。


「下がりなさい。許しがあるまで、部屋から出ないように」

「べ、紅薔薇様……」

「――わたくしに、二度、同じことを言わせるつもりですか?」


ソフィアたちの顔色が白くなる。ジュークに睨まれていたときよりも、遥かに顔色が悪い。……本気で怒っていると、どうやら無事に伝わったらしい。


「――紅薔薇様」

「グレイシー団長、ご苦労様です。彼女たちを部屋へ戻し、必要以上に外部と接触しないよう、監視をお願いします」

「承知致しました」


騒ぎを聞いて急行してくれたらしいクリスたち後宮近衛に、ソフィアたちの身柄を預ける。これほどの騒ぎになった以上、もうこの件を隠し立てするのは不可能だし、そもそもジュークにまで今、隠す必要性もない。

……そう、もう、黙っていることはないのだ。


「――シェイラ・カレルド様」


ソフィアたちの姿が消えるのを待って振り返り、ディアナはシェイラに呼び掛けた。


「あの者たちが、ご迷惑をおかけしましたわ」

「い、いえ、そんな。私こそ、紅薔薇様のお手を、煩わせてしまうなんて……」

「彼女たちは、わたくしのサロンに参加する側室。わたくしが動くのは当然のことです。……あなたが気になさることは、何もないわ」

「……っ、いいえ!」


俯きがちに目を伏せていたシェイラが、突如がばりと顔を上げた。

一連の流れを固まったまま眺めていたジュークを、恐らく無意識に押し退けて、シェイラはディアナの前に進み出る。


「私は、紅薔薇様にお情けを頂く資格もありません。何度も何度も助けてくださったのに、お礼一つ、ご挨拶一つ、しないままで」

「……あなたのご挨拶を、必要ないと拒絶したのは、わたくしの方よ」

「それでも。庇護してくださる方に、感謝の一言も申し上げなかった私は、恩知らずと罵られても仕方のない存在です。……なのに、また、助けてくださるなんて」


込み上げてくる涙を必死に飲み込んでいることが容易に分かる真っ赤な目で、シェイラはどこまでも真っ直ぐに、何の打算もなく、ただ純粋に『ディアナ』を射抜く。

修羅場にはいい加減慣れていたはずのディアナが、シェイラのまっさらな眼差しに、気圧された。


「どうか、言わせてくださいませ。紅薔薇様が私を、どのように思われていようと。――私は、紅薔薇様を、お慕いしておりますと」

「……っ、シェイラ、さま」

「紅薔薇様から頂いたご恩は、感謝の言葉一つで片付けられるほど、浅くはございません。そのお心に報いるべく、私にできる精一杯を、尽くして参ります。……お目障りであるならば、二度と、御前には参りませぬゆえ」

「目障りなどと……考える、わけがありません」


人目が、まだある。今ここで、『紅薔薇』を崩すわけにはいかない。

なのに、シェイラは無意識のうちに、ディアナの仮面を剥がしに来る。これほど曇りのない瞳で「慕っている」と言われて、それでも重ねて冷たく突き放すには、ディアナはあまりにもシェイラを好きになりすぎた。

できるなら、ここで。心のままにシェイラを抱き締めて、「私も好きよ」と返したい。今ほど『ディー』でありたいと、思ったことはない。


……けれど、今ここでありのまま振る舞うには、ディアナの立場は重すぎる。


「あなたを嫌う理由が、わたくしにはありませんわ、シェイラ様。それに、あなたはわたくしに恩を感じていらっしゃるようですけれど、そのほとんどはわたくしが好きでしたことで、あなたが思うほど、高尚な行為ではないのです。お礼の言葉はありがたく受け取りますが、あまり美化なさらないで?」

「紅薔薇様……」

「それより早く、お部屋にお戻りになった方がよろしいわ。――ユーリ」


はい、とそれまで気配を消して成り行きを見守っていたユーリが、静かに進み出る。


「シェイラ様を、お部屋までお送りして。必要ならば、傷の手当ても」

「いえ、紅薔薇様! これ以上のご迷惑は、」

「あなたがまた傷付かれるようなことになる方が、迷惑ですわ」


少々きつい言葉でシェイラの辞退を封じる。ユーリに目配せすると、すべて心得ている彼女は、そっとシェイラを促した。


「さぁ、参りましょうシェイラ様」

「え、えぇ……。あの、紅薔薇様」


立ち去ろうとしたシェイラだったが、何かに迷うように、再びその場に足を止める。そんな彼女を見て、ようやく彫像状態から回復したらしいジュークが声を掛けようとしたが、もう一度きつく睨んで止めておいた。

……なんだろう。動物を躾けているような、そんな気持ちになる。気のせいだと思いたい。


「何かしら?」


誤魔化すように笑ってシェイラの呼び掛けに応えると、シェイラはそんなディアナを、じぃっと、深い眼差しで眺めていた。心まで見透かすような、そんな彼女の瞳にどきっとする。


「シェイラ様?」

「……いいえ、何でもありません。失礼致します」


もう一度頭を下げて、シェイラは庭から去っていく。いつの間にか、野次馬の姿も見えなくなっていた。……騒ぎを知った、マグノム夫人の采配だろう。

ディアナとジューク、そしてリタだけが残されたその場所で、不機嫌な唸り声が聞こえてくる。


「……何故、止めた、紅薔薇。あの者たちが、そなたの取り巻きだからか」

「本気で分からないと仰るならば、わたくし、真面目に怒りますよ」


後回し後回しにしてきた、お説教タイムの始まりである。

ディアナはくるりと振り返り、にっこりと、ジュークを見上げて言い放った。


「まずは、わたくしの部屋まで参りましょうか、陛下?」




********************


一つ、国王が近衛も連れずに一人でふらふら出歩くとはどういうことか。

一つ、シェイラを見た途端に思考を放棄する癖を何とかしろ。

一つ、もっと自分の立場の重さを自覚して動け。


『紅薔薇の間』に到着するなり、お茶を振る舞うより先に、ディアナは淡々とジュークを叱った。自分の方が、身分も立場もついでに年齢も下だということはひとまず棚上げし、とにかく叱った。最初は不満を顔に乗せていたジュークが、気付けばソファーで小さくなる程度には、魂を込めて説教した。

ちなみに、そのお説教の間に、休憩中に突如として姿を消したジュークを探していたアルフォードが、かなり頭に血が上った様子でやって来た。ものの、ディアナがあまりにも冷静に怒っている様を見て落ち着き、最終的には「うん、まぁその辺で」と宥めるということでオチがついたが、これはいつものことである。


ようやく一段落ついたときには、もう昼食の時間に食い込んでいた。ジュークを午後まで拘束するわけにはいかないので、ディアナは急遽ジュークの分の食事を手配し、行儀や礼儀はひとまず横に置いて、食べながらこれからのことを話し合うことにする。


「しかし、紅薔薇。シェイラをこのままにしておくわけにはいかない……いや、俺はこのままにはしたくない」


考え考え、ジュークは話す。


「シェイラだから、というのが理由ではない。誰であれ、どんな理由であれ、あのように一対多数で貶められて良いはずがないだろう。秩序が乱れているのならば、正さねばならん」

「正論ですが、正論だけでは、世の中を上手く回すことはできませんよ」

「……ならば、このまま捨て置けと?」

「誰も、そんなことは申し上げておりません。――わたくしはただ、『今の』陛下が後宮の事情に口を挟んでも、どうにもならないと考えているだけです」


ド直球で『役立たず』と宣言されたジュークは、む、と額に皺を刻んだ。


「どういう意味だ?」

「言葉通りの意味ですわ。……陛下は、今この後宮に、どのお家のどんなご令嬢がいらっしゃるのか、後宮入りした事情はどんなものか、入宮してからこれまでどんな風に過ごされてきたのか、大まかにでも把握していらっしゃいます?」

「! そ、それは……」


知らないのだろう。ディアナが後宮に来るまで、この場所の存在そのものを無視していたのだから。

ディアナは、演技でなく冷たい視線を、ジュークに向けた。


「念のために申し上げますが、現在この後宮には、五十名近い側室が陛下の名のもと集められ、陛下の『妻』として生活しております。『夫』たるもの、最低でも『妻』の顔と名前、ご家族のことくらいは、知っていて当然かと思われますが?」

「ここは、俺が望んだ場所ではない!」

「陛下の御名で後宮が運営されている以上、その言い訳は通用しません!」


この期に及んで、まだそれを言うかこの男は!


「望んでおらずとも、押し切られたのだとしても、最終的に陛下は、後宮開設をお認めになったのでしょう。認められたならば、最低限陛下には、後宮を知る義務がございます。――本当に後宮を形だけになさりたかったのならば、そもそも、側室入宮の勅命書に御璽を押さなければよろしかったのですから!」


側室の入宮は、王からの勅命があって初めて成り立つ。今は形骸化し、内務省が文面を整えた勅命書に、王がハンコをぽんと押すだけの仕様に変わっていたとしても。

最低一度は、ジュークの前に、全側室の名前と家名が通ったはずなのだ。


「寝惚けるのも大概になさってくださいませ。ここにいる側室は皆、陛下がお望みになった故、『側室』と呼ばれているのです。陛下の御璽が押された勅命書が届かなければ、わたくしとて、似合わない『紅薔薇業』に勤しんだりしておりませんわ」

「お、俺は……」

「後宮について、これ以上下らない責任逃れをなさるおつもりなら、二度とこちらにいらっしゃらないで。ご自分のなされたことに責任を持たれない殿方なんて、シェイラ様に相応しくないわ」

「わ、悪かった、紅薔薇!」


青くなって頭を下げるジュークの後ろで、アルフォードが頭を抱えて呻いている。ニンジンが分かり易すぎる主に、苦悩するのも仕方がない。

アルフォードの様子に少し癒されたディアナは、目の前の肉をもぎゅもぎゅ食べて、お腹と心を落ち着けた。


「……陛下。わたくし、以前、申し上げました。過去は、どうしたって変えられないと」


語調が緩んだことが分かったのか、ジュークが恐る恐る、ディアナを見る。


「陛下がご自分の責任を放棄し、後宮を見ようとしなかった過去は、どう足掻いてもなくなりません。その現実から目を逸らし、言い訳をして自分を正当化しても、結局は同じことです」

「……そう、だな」

「えぇ。ならばこれからの時間は、言い訳ではなく、過去に怠惰であった分まで取り戻すくらいの覚悟で、後宮に向き合えばよろしいのではありませんか?」


正直、そうしてもらわないと困る、というのが、ディアナの偽らざる本音だ。

ジュークははっとした顔で、ディアナの目を直視した。


「わたくしが『今の』陛下に関わって頂きたくない、と申し上げたのも、それが理由です。これまでの後宮を知らずに、ただ正論だけを振りかざす者に、果たして側室たちは従うでしょうか? 王権で黙らせたとして、行き場のない不満はどこに向かうでしょう?」

「……そうか、だから」


ジュークはようやく、ディアナが自分を止めた理由に、気が付いたらしい。

大きく頷いた後、次いで青ざめた。


「もし……先程、俺が怒りに任せて、タンドール伯爵令嬢を処罰していたら。その不満が、シェイラに向いたかもしれない、のか」

「後宮というのは、基本的に女性だけの生活空間です。同性同士である分、遠慮や気遣いがどうしても欠けがちになってしまいますから」

「だからそなたは、俺の浅慮に怒ったのだな……」

「もちろん、タンドール伯爵令嬢らに対する怒りもありましたけれど」


止まれ馬鹿が、と思ったのも、まぁ事実である。

ジュークへのお説教はこの程度にして、ディアナは本題に入ることにした。


「陛下。シェイラ様の件ですが、もちろんこのままにしておくつもりはございません。後宮近衛や女官の方々にご助力を願い、シェイラ様に危害が加わらぬよう、警戒態勢を強めて参ります。……ですが、タンドール伯爵令嬢ら、主犯の側室たちへの正式な処罰は、少々お待ち頂きたいのです」

「理由を、聞いても良いか?」

「――妙だと、思うのです」


ソフィアたちと直接言葉を交わし、『闇』とカイに協力してもらって彼女たちを探ること、数日。

ディアナが覚えたのは、なんとも言えない違和感だった。


「誓って申し上げますが、年が明けるまで、彼女たちはシェイラ様に一切の手出しをしておりません。それが、年が明けて突然、シェイラ様を敵視し、嫌がらせをするようになった。……彼女たちは、シェイラ様を排除することがわたくしの望みだと、思い込んでいるようですが」

「そなたはそのようなこと、考えていないだろう?」

「当然ですわ。ですが厄介なことに、タンドール伯爵令嬢にありのままを伝えても、『わたくしの立場ゆえ、表立って指示はできないから、反対しているフリをしている』と受け取られてしまうのです」

「……まぁ、そなたのその顔ではな」


ジュークに憐れみの目を向けられてしまった。「変な思い込みされたな」と同情されるべき場面で、「……あぁ、うん」と納得されてしまう、それがクレスターマジックなのである。


「あのようになってはもう、わたくしの言葉は通じません。不思議なのは、彼女たちがそう思い込むようになった原因です。あれだけ強烈に信じ込むからには、必ず何かあったはず。……それを暴かなければ、本当の意味で、シェイラ様をお守りすることは叶いません」

「つまり、真相を明らかにするために、敢えて泳がせる時間を作ると?」

「もちろん、これ以上シェイラ様に手は出させません」

「あぁ、分かっている。――分かった」


この件は、そなたに任せよう。

信頼の言葉とともにそう告げられ、ディアナは心底安堵した。


「感謝致します、陛下」

「それは俺の方だろう。そなたは本当にどこまでも、後宮と国のために、尽くしてくれている。……本来ならばその働きに報い、正妃の冠を与えるべきなのだろうが」

「突然何を仰るのです! 要りませんよ、そんなもの!」


動揺のあまり、うっかり貴族の猫が剥がれかける。このカップルは本当に、心臓に悪い。


「そもそも、陛下はシェイラ様を正妃にとお望みなのでしょう? わたくしを正妃にしてしまったら、シェイラ様がその座に就く機会が失われてしまうのですよ」

「そなたが受け入れてくれるのなら、正妃の座と権力はそなたに、世継ぎの母という栄誉をシェイラにと、できないこともないのだが……」


ジュークがそう呟いた、瞬間。

全身の血が一瞬で青く染まるようなおぞましい気配が、天井裏から漏れ落ちた。


「っ、陛下!」

「な、何だ今のは!?」


アルフォードが反射的に剣を抜き、ジュークが思わず立ち上がるほど、顕著な気配。

その発生源に、心当たりがありすぎるほどあるディアナは、苦笑とともにお茶を口に運んだ。


「陛下。心にもないことを仰るのはお止めください。わたくしを『正妃』の檻で飼うことなど不可能だと、陛下はよくご存知のはずでしょう?」

「……あぁ。そなたは決して認めぬだろうし、俺も、そんな打算で正妃を選びたくはない」

「全面的に賛成ですわ。さすがにわたくしも、生涯独り身でボランティアに生きるのは遠慮したいですから」


ディアナが平然と話し続けるのを見たアルフォードは、警戒は解かないまま、剣を鞘に戻した。上からの圧倒的な殺気――出くわした瞬間走馬灯が過るレベル――は一瞬だったものの、この部屋の上に『何か』がいると、彼が認識するには充分すぎる『一瞬』だったに違いない。


「個人的な意見ですが、正妃の座は、積極的に務めを果たしたいと思う方に就いて頂くべきだと思いますよ。わたくしのように、成り行きに任せて何となく、なんて人間に任せては、この国の未来が心配です」

「そのようなことはないが……俺は単純に、伴侶には大切な者を迎えたい。シェイラを日陰者にはしたくないし、国のためなんて大義名分でそなたを縛ることが『正しい』とは、どうしても思えなくてな」


肝心なところでは、変わらず『人』を大切にするジュークにほっとする。これでジュークがシェイラのことしか考えていない発言などしたら、今度は上から、先の尖った物体が降ってきた、かもしれなかった。

胸を撫で下ろしつつ、ディアナは首を傾げた。


「それならば何故、あんな心臓に悪いことを仰ったのです?」

「『正妃を決めろ』という外宮の声が、日に日に強まっていることもあるが……一番は、昨夜のあれ、だろうな」

「昨夜のあれ、ですか?」

「――……シェイラに、『正妃は紅薔薇様に』と言われた」


短い台詞だったが、ジュークが衝撃を受けたことは伝わってくる。

自棄になった、ってことかな、とディアナは元も子もない分析をした。


「俺は、シェイラに隣にいてほしいのに……シェイラは、俺の隣を望んでいないのかと、そう思うとな」

「望んでいない、わけではないと思いますよ? シェイラ様が陛下のことを好いていらっしゃるなら、当然その座は望むでしょう」

「……好かれている、気がしない」

「……嫌われていらっしゃるので?」

「き、嫌われてもいない! と、思いたい……」


何だこの面倒くさいカップル。客観的に見て、シェイラがジュークに特別な好意を抱いていることは、明らかだと思うのだが。二人きりだと、シェイラの態度も違うのだろうか?


(……素直になれない、とか?)


シェイラの性格的に、ジュークに自分は相応しくない、とかあちこち悩んで、気持ちを押し殺している可能性は高そうだ。

知らないうちに正妃を譲られても、こっちは困る。ものすごく困る。


「そなたには、あれほど直接的に、好意を向けているのにな……」


ジュークが、切なさと妬みの入り交じった視線を送ってきた。……そこで嫉妬されても。


「シェイラ様は、かなり前からわたくしに好意的な、とても珍しいお方ですからね。正直に申し上げて、わたくしも不思議です。特に何かした覚えはないのですよ」

「シェイラに好かれるコツを教えてくれ……」

「話を聞いてください」


このままでは、ジュークが真面目に鬱陶しい。ものすごく顔を合わせづらいけれど、シェイラと話をするべきか。

愚痴るジュークを正面に、ディアナはひたすら考えた。



サブタイトルを『告白とお説教』にするか、三秒くらい真面目に悩んだ……。


シェイラさんとディアナが遭遇すると、もれなく背景に百合が咲く効果がついてきます(笑)



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