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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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伝わらない声


『紅薔薇の間』にて、人知れず作戦会議が行われた三日後、午後のティータイム。

後宮の一部屋を完全に貸し切って、物騒なお茶会は幕を開けた。


「――皆様、ようこそいらっしゃいました」

「紅薔薇様。本日は、お招きいただきありがとうございます」


本日のディアナは、いつも輝かしい黄金の髪(後宮に入ってから手入れを欠かされることがないため、恐らくこれまで生きてきた中で最も髪の状態は良好)を派手に編み上げ頭の天辺でまとめ、毛先を遊ばせている。加えて、ドレスは金糸銀糸に彩られた深紅のベルベット。装飾品も豪華なものを選んだ。

――昼の略装としては極限まで着飾った、渾身の『紅薔薇様』登場である。


「お出迎えありがとう、皆様。どうぞ、お座りになって?」

「はい」


ソフィア・タンドールを筆頭に、今日『招待した』のは四名。『紅薔薇派』の中でも、特に過激な主張を繰り返す者たちだ。極少数の茶会にも違和感を抱かないようで、上機嫌な様子で彼女たちは椅子に腰かけた。


「紅薔薇様とお茶をご一緒できるなんて……光栄ですわ」

「あら、サロンにはいつもご出席なさっているではありませんか?」

「ですが、サロンは賑やかですから。なかなか、紅薔薇様とゆっくりお話しできませんもの」

「わたくしと、話をしたいと思っていらしたの?」


のんびりお茶を飲む風情を取り繕いながら、まずは外側から攻めてみる。

令嬢たちは、目を輝かせて頷いた。


「もちろんですわ! 紅薔薇様とお言葉を交わす栄誉など、望んでも得られるものではありませんもの」

「少し大袈裟ですわ。わたくしは皆様と同じく、後宮に一室を賜っている側室に過ぎません。以前からそう申し上げていたはずですけれど?」

「ご謙遜を。そのお立場が磐石であることは、既に宮廷の誰もが認めるところですのに」


ソフィアが、かなり直接的に切り込んで来た。他の者も次々に頷く。


「えぇ、本当に。陛下のご信頼とご寵愛を確固たるものとなさって」

「外宮の要職についている貴族の方々は、年明け以降、『正妃任命の義』はいつになさるのかと、陛下にそれとなく尋ねられておられるとか。陛下もはっきりとはお答えにならないものの、満更でもないご様子とお伺いしましたわ」

「紅薔薇様がご側室でいらっしゃるのも、あと少しですわね!」


きゃいきゃいはしゃぐ側室たちは皆、二十歳には届かない娘だったはずだ。目を細めて彼女たちを眺めつつ、ディアナは内心、首を大きく傾ける。


ディアナが『紅薔薇の間』側室として正妃代理を務め、それを国王が受け入れる素振りを見せることで、分かりやすく外宮の勢力図を炙り出すというのは、もともと計画されていたことだ。その進行状況によっては、かなりの高確率でディアナがやがて正妃になると思われること、方々から反発され後宮も荒れかねないことは、予め覚悟していた。

特に今日招いた側室たちは、父親や近親者に有力貴族を持つ娘たちで、位とてディアナとそう変わらない。これまでの後宮での言動を見るに、権力欲もそう低くないように思われた。同じ伯爵位、しかも悪名高い『クレスター伯爵令嬢』が正妃となることに、建前はどうあれ内心は穏やかでないと、予想していたのだが。


「紅薔薇様ほど、正妃に相応しいお方はいらっしゃいませんもの。後宮では誰もが知っていた純然たる事実に、外宮もようやく気付いたということでしょう」


……ここにいる四人は、心の底から、ディアナが正妃となることを喜んでいるように、見える。


(どういうこと、なのかしら?)


彼女たちが、年明け以降、後宮のあちこちでシェイラに絡み、ときには突き飛ばすなどの直接的な危害を加えている主犯だということは、既に調べがついている。ディアナはその動機を、王の目が自分たちに向かない現実をシェイラのせいにして、鬱憤を晴らしているのではないかと推測していた。『紅薔薇派』に連なる一員として、ディアナに文句は言えないから。

しかし、だとしたら。『正妃目前』と噂されているディアナを前に、負の感情をちらとも見せないのは、無理があるのではないだろうか。いくら貴族が、己の内面を隠すことに長けているといっても、物事には限度がある。


「――皆様のお気持ちはとても嬉しいのですけれど、ご期待に添えるかどうかは分かりませんよ? 貴族の方々が仰ることは所詮噂に過ぎません。陛下御自らが、わたくしを正妃にすると宣言なさったわけでもないのですから」

「まぁ! そのように気弱になさってはいけませんわ。陛下はただ、時を待っていらっしゃるだけです」

「陛下の、紅薔薇様への想いが疑いようもないことは、誰よりも紅薔薇様がご存知のはずではありませんか」


……想いがどーのこーの以前に、少し前までは険悪極まりない間柄だったなどとカミングアウトしようものなら、とんでもないブーイングが飛んできそうな空気だ。


確かに降臨祭での迷子事件がきっかけで、王とは急接近している。が、それはあくまで友情方面、仲間方面での話であって、恋心という観点では、ジュークの視線は相も変わらず、シェイラにしか向いていない。ディアナがジュークに夜間訪問されたのは、入宮初日のあの一回だけだし、彼と同じ空間にいて色っぽい雰囲気になったことなど皆無である。……敢えて言えば、王の『紅薔薇』への気持ちが、『どう足掻いても友愛から発展しないこと』は疑いようもないと、ディアナは確信しているかもしれない。


――このまま、話が『紅薔薇賛美』のままでは埒が明かない。

ディアナは思いきって、核心まで踏み込むことにした。


「確かに、陛下はいつも、親切にしてくださいます。けれどそれはあくまでも、側室筆頭であるわたくしにお気遣いくださっているだけですのよ?」

「紅薔薇様、そのような……」

「悲観しているわけではありません。単なる事実ですもの」

「いいえ、あり得ませんわ!」


ソフィアが、表情を険しくして首を横に振る。


「紅薔薇様こそ、陛下のご寵愛を得る素質と、資格のあるお方です。仮に――もし、仮に陛下がその事にお気付きでないなら、とんでもないわ!」

「……ご寵愛は、それこそ、陛下のお心次第でしょう。資格ならば、後宮にいる側室、皆が持っているのではないかしら?」

「私も……私も、ここに参った最初は、そう考えておりました。陛下のお心を少しでもお慰めできるようにと、我が身を磨いて参りました。――ですが、それは間違いだったと、他ならぬ紅薔薇様が教えてくださったのです」

「わたくしが?」


話が妙な方向に転がり出している。少し考えて、ディアナはこの流れに乗ることにした。


「わたくし、特に何かしたかしら?」

「牡丹様の横暴に苦しむ私どもを救い、園遊会を成功させることで後宮の権威を高め、側室全員の地位を守ってくださったではありませんか。紅薔薇様がいらっしゃるまで、はっきり申し上げますが、後宮は単なるお飾りに過ぎませんでした。紅薔薇様が、全てを、変えてくださったのです」


熱心に、切々と訴えるソフィアの瞳には、紛れもない本気のいろが宿っている。おべっかではなく、彼女は心の底から、そう思っているのだ。


「紅薔薇様なら、牡丹様にも対抗できる。失礼ながら、最初はただそれだけの気持ちで、あなた様のもとに馳せ参じました。今も、その思いは変わりありませんが……ずっとあなた様を拝見して、私は心底、感じたのです。正妃に相応しいのは、紅薔薇様をおいて、他にはいらっしゃらないと」

「どうして?」

「陛下のご寵愛を笠に着ることなく、後宮全体の益のためにお力を尽くされる。それはまさに、正妃の姿そのもの……それで私は、分かったのです。陛下に愛される資格は、ただ後宮にあることだけではなく、陛下のお隣にあろうとたゆまぬ努力を重ねられる方にこそ、与えられるのだと」


熱に浮かされたように、ソフィアの言葉は止まらない。


「紅薔薇様が――あなた様が、側室筆頭として園遊会を成功させたことで、これまでお飾りに過ぎなかった後宮を、外宮も認めるようになったと聞きます。そして、正妃候補として王家の礼拝に同行し、陛下との仲を深められた。その姿があの夜会で、どれほど私たちに希望を与えたか!」

「私、年迎えの夜会で、大勢の殿方からダンスに誘われましたわ。シーズン最初の夜会では、存在そのものを無視されていましたのに!」

「えぇ、夢のようなひとときでした」

「……確かに、年末の夜会では、側室方も皆様、のびのびと過ごされていたようですわね」


ジュークとともに挨拶に忙殺されながら、それでも最低限、会場の様子には気を配っていたディアナである。シーズン開始の夜会に比べ、側室たちが会場全体に溶け込んでいたのには気付いていた。園遊会以降、事ある毎にジュークが後宮を尊重する素振りを見せるようになり、マリス前女官長失脚の余波がいつ及ぶかも分からない現状、外宮とて後宮を無視はできないよな、と漠然と考えていたが。

……よくよく考えてみれば、確かに、ソフィアが言ったような要因もある、のかもしれない。


(ひょっとして、もしかして、考えたくはないけれど)


『これ』が動機、なのだろうか――。


全力で嫌な予感を覚えつつ、確かめるために、ディアナは『その一言』を口にする。


「ソフィア様のお気持ちは、とてもありがたいわ。……でもね、やはり正妃は、陛下に心から愛されている方がなるべきだと、わたくしは思っているの。――そしてそれは、わたくしではありません」


遠回しに、けれどもはっきりと、『ジュークが好きなのはディアナではない』と告げた、その言葉に。

ソフィアは――。


「先程も申し上げましたでしょう? そのようなことは、『あり得ません』わ」


あろうことか、にっこり笑って、そう答えた。

……足元から、怒りと、恐怖が、這い上がってくる。


「――あり得ない、ことはないでしょう? わたくしは、知っているのだから」

「それこそ、くだらぬ噂です。紅薔薇様はどうぞ、お心安らかでいらしてくださいませ」

「ソフィア様、誤魔化すのはお止めください。これでもわたくしは『紅薔薇派』を束ねる者、何も知らぬとお思いですか」


暗に、知っているのは『寵姫』の存在だけではないと匂わせる。ソフィアは動じなかったが、お茶を飲もうとしていた一人がカップを運ぶ手を一瞬震わせたことを、ディアナは見逃さなかった。そのまま、畳み掛ける。


「最近サロンを開く回数が減っていたから、皆様も寂しかったのかしら。わたくしと話す機会が多ければ、『くだらぬ噂』のことも、その件でわたくしがどう思っているかも、容易に察していただけるはずですものね?」

「滅相もないことですわ。つい先日も、今日も、お招きくださったではありませんか」

「では、お分かりいただけました?」

「えぇ、もちろん」


ソフィアの笑顔は崩れない。


「紅薔薇様のお心は、最初から我々、痛いほどに理解しております。どうぞ何もご心配なさらず、ただ成り行きに御身をお任せくだされば」

「……それではいけないと思ったからこそ、こうしてお話ししているのだけれど」

「大丈夫です、分かっておりますから」

「ソフィア様!」


駄目だ。まるで言葉が通じない。同じ言語を話しているはずなのに、全く噛み合わないこの会話はどういうことなのか。


「はっきり申し上げなければ分かりませんか? あなた方のしていることは迷惑だと、今すぐお止めくださいと!」


「紅薔薇様。もう、何も仰る必要はないのです。私どもは全て理解した上で、あなた様についていくと決めたのですから」

「……陛下が心から愛する方を、陰湿な手段で追い詰める。それのどこが、わたくしを理解した行動だと?」

「紅薔薇様!」


がたん、と椅子を蹴ってソフィアが立ち上がる。周囲を見回し、部屋に下がっている幕の裏側まで確認してから、彼女は怖い顔で近付いてきた。


「僭越ながら申し上げます。今のはあまりにも浅慮なお言葉ですわ。紅薔薇様のお立場では、『知っている』だけでも罪になるのですよ」

「そのようなこと、言われるまでもなく承知しています。ソフィア様、あなたは何か、大きな勘違いをしていらっしゃるわ」

「あぁ、もうお黙りになって!」


ソフィアの言葉が合図になったのか、残りの三人も席を立つ。四人から見下ろされる形になったディアナは、精一杯に真摯な瞳で、彼女たちの視線を受け止めた。


「……わたくしは、このようなことを望んでなどおりません。わたくしの制止を無視した行為であなた方が咎めを受けることになっても、庇い立てすることはないとお思いなさい」


――お願い、止まって。……伝わって。


自分本位な、ただの我が儘からの行動なら、ここまで動揺はしなかった。ただ、叱って、命じて、止めさせれば済むと思っていた。

けれど――これは、違う。


「――はい、紅薔薇様。全て、紅薔薇様の良いように」


一糸乱れぬ動きで礼を取った少女たちには――『紅薔薇』への、狂信的な忠誠心しか、感じ取れなかった。

部屋を出ていく四人を、ディアナはただ呆然と見送る。扉が閉まる音が響いてようやく、ディアナの頭に思考能力が戻ってきた。


「ディアナ様、ディアナ様……」

「リタ……」

「大事ありませんか」

「……どう、なっているの? 彼女たち、前からあぁだったかしら」


ずっと部屋の中で控えてくれていた、リタを含む侍女たちも、困惑気味に顔を見合わせるばかりだ。


「前から……思い込みの激しいところは、随所で見受けられましたが」

「なんか、ディアナ様が正妃になるべきで、それを邪魔する者はみんな消えてしまえー! ……みたいな空気が感じられたのは、気のせいではない、ですよね?」

「わたくしも、そんな気がしたわ……。あそこまで好かれるほどのことを、彼女たちに対してした覚えはないのだけれど」

「むしろ、後宮が急に体制変化したことで不満たらたらなのを、ディアナ様に宥められていましたよ? 一月以上前の話ですけれど、彼女たちと少人数で話したのは、あれが最後でしたよね?」

「そういえば、そうだったわね」


マリス体制からマグノム体制への移行の際、自分達の部屋の侍女が減らされる、何とかしてくれと『紅薔薇の間』まで乗り込んできたことがあった。あのときは、今日のような『紅薔薇様素晴らしい! 紅薔薇様ナンバーワン!』なんて気配はなかったように記憶している。

……本当に、いったい、何があったというのだろう。


「――しかし、何にせよ厄介ですね。アレもう、ディアナ様が何言っても止まりませんよ」


危惧していた現実をズバリと突きつけてきたのは、例によってリタだ。

肺が空っぽになるまで息を吐き出して、ディアナは虚ろな目をリタに向ける。


「……リタもそう思った?」

「思いましたね。遠回しに言おうが直接的に言おうが、最終手段で脅そうが、止まるどころか思い直す隙すら見当たりませんでしたし。シェイラ様を排除してディアナ様が正妃になるのが『当然』だと、ディアナ様も本音ではそう望んでいると、思い込んでいる様子でしたよ」

「ディアナ様をきちんとご覧になれば、そんなの誤解だって分かりそうなものですのに……」


悔しそうに言うルリィに、王宮侍女たちが一斉に頷く。内心動揺し、祈るような気持ちでソフィアたちに語りかけていたことは、侍女勢にはバレバレだったようだ。


(うじうじしている、場合じゃない)


伝わらない人もいる。けれど同時に、分かってくれる人もちゃんといる。

そんな当たり前のことが、呆けていたディアナにいとも容易く、前を向く力を与えてくれた。


「とにかく、これでソフィア様たちの様子は分かったわ。部屋に戻って、今後の事を打ち合わせましょう」


笑って立ち上がったディアナに、侍女たちはほっとした様子で頷いた。




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