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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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チーム『紅薔薇』集合


『蔦庭』から帰ってきたディアナは、その日の夕食の時間に、『紅薔薇の間』の侍女、女官を全員集合させた。もちろん、昼間の話の内容を知らせるためだ。人数が少ないと、こういうときに便利である。


「そんな……タンドール伯爵令嬢が、そんな馬鹿な真似を」

「私たちの耳に入れないようにするとは、やってくれましたね……」


広く浅く情報を拾うことを心掛けているルリィは、かなり本気で悔しがっている。

リタが険しい眼差しで、ディアナと視線を合わせた。


「ディアナ様。私、なんだかすごく、嫌な予感がします」

「わたくしもよ。上手く言えないのだけれど……こう、後手に回っているような、そんな気がするの」


『年迎えの夜会』でリリアーヌと対決することを決め、年が明けてからのディアナは、実家と情報をやり取りしながら『牡丹派』及び保守派の動きを探ることに重点を置いていた。ココット侯爵家とその周囲が、近年領地の守りに力を注いでいることは事実であり、その軍事力が攻撃に回される危険性は無視できない。外宮室のキースたちとも協力し、戦を回避しながら『牡丹派』を追い詰めるにはどうすれば良いか、試行錯誤を重ねている最中に、想定外の方向から強烈な一撃を浴びせられた形になる。


「出し抜かれた、ということでしょうか?」

「出し抜く、とは少し違いません? タンドール伯爵令嬢は『紅薔薇派』です。暴走することも多々ありますが、基本的には『紅薔薇様』に追従する姿勢の人ですよ」

「噂では、彼女たちの行動は『紅薔薇様』の意向、ってことになってるんですよね?」


王宮侍女たちは、どうにも噂の中身が気になるらしい。


「ディアナ様はシェイラ様について、『紅薔薇様』のときはほとんど何も仰ってないし……」

「よね? それで何で、そんな話になったのかしら?」

「タンドール伯爵令嬢が、何か勘違いしているのでは? あの方は少し、思い込みの激しいところがあるようだから」

「でもミアさん、そうだとしたら、勘違いのきっかけになった『何か』があるはずですよね? うーん……年明けのサロンで、ディアナ様の行動に、誤解を与えるような振る舞いはあったかしら?」


ディアナがタンドール伯爵令嬢と顔を合わせたのは、年明けに開いた『紅薔薇派』のサロンが最後である。そのときサロンにいたのは、リタを除く侍女全員。リタはクレスター家との定時連絡で席を外していたため、王宮侍女たちは難しい顔で視線を交わし合った。


「……なかなか、ディアナ様の本性を知ってしまうと、副音声を聞き取るのが難しくなるものね」

「あっ、ほら、あれじゃない? 開始の挨拶で仰った、『今年も、わたくしたちのサロンに栄えがありますように』を、『サロンが栄えるために身を粉にして働きなさい』って解釈したとか!」

「いやいや、それを言うなら、『牡丹派』の話題になったときの『煩わしいことは、早く終わりにしたいわね?』の方がそれっぽかったと思う!」

「そういえば、何人か固まってましたね……って」


前方から凍てつく空気を敏感に察知した侍女たちが顔をあげると、手のひらで顔を覆うディアナと、そんな主をジト目で睨むリタがいた。


「……何やってるんですか、ディアナ様。サロンでは、誤解を招くような行動はくれぐれも慎むようにと、あれほど」

「挨拶は定型文だもの! これでもサロンの主催者なんだから、喋らないわけにいかないでしょ!」

「『牡丹派』に攻撃的な姿勢を見せる必要はなかったでしょう!」

「話が悪口の方向で盛り上がりそうだったから、収めるにはああ言うのが一番早いかなって!」

「凍らせて怖がらせる方向で収めてどうするんですか!」


涙目の主に、厳しい侍女は容赦ない。クレスター家ではそこここで見慣れた光景ではあるものの、『氷のような悪役顔』が叱られてしゅんとなっている様は、分かっていても相当にシュールだ。


「現実はこうですものねー……」

「なんだか私、他のクレスター家の方々に、お会いしたくなってきました」

「あーそれ、私も」


仲間たちが頷き合うのを横目に見ながら、ユーリが口を開いた。


「サロンでのディアナ様の振る舞いに、タンドール伯爵令嬢が何らかの反応を起こした、という可能性も、確かにありますが。個人的には、あの程度で動き出すような方なら、もっと早く行動に移している気がします」

「話を聞く限り、私も同感ですね。タンドール伯爵令嬢が『牡丹派』と抗争を起こしたのであれば、今の話でも筋は通りますが……シェイラ様のことは、サロンで何か話題に上ったの?」

「いいえ、シェイラ様に関しては、特に」


然り気無くあちこちに失礼な感想を織り混ぜつつの、ユーリとミアのまとめに、ぎゃいぎゃい騒いでいた主従も静かになる。

コホン、と咳払いを一つして、ディアナが全員を見回した。


「噂の出所については、ライア様とヨランダ様が、協力して探ってくださることになっているわ。レティシア様は、実際に現場を目撃した侍女たちからの情報を集めて、嫌がらせの開始時期や具体的な内容について、まとめてくださると」

「それ、私たちは協力しなくてよろしいのですか?」

「この件に関して下手に協力してしまうと、わたくしたち『紅薔薇の間』と『名付き』のお三方が繋がっていることが、噂を撒いた誰かさんに筒抜けになってしまうから。わたくしたちは別方向から、この件に迫りましょう」

「――タンドール伯爵令嬢、ですね?」


ミアの言葉に、ディアナは大きく頷いた。


「『紅薔薇過激派』の動きを抑えること。これは、わたくしたちにしかできない。そして、わたくしがしなければならないことよ」

「あちら方面の侍女には、挨拶程度しか付き合いがないんですよねー……。園遊会までなら友人が何人かバラけて入ってたんですけど」


ルリィがむぅ、と唸る。人脈を武器に動く彼女は、よくよく、今回の件が拾えなかったことを悔いているようだ。


「ここは手間暇掛かりますけど、友だちの友だちを地道に辿っていきますか」

「無理はしないでね、ルリィ。あなたには、今回の件を『鈴蘭の間の友人から聞いて、秘密裏にわたくしまで報告した』という役目もあるのだから。情報の運び手として、あちこちから注目されるようになることは、まず間違いないわ」

「下手に目立つ髪も良し悪しですよねー。ご心配なく、気を付けて動きますので」


軽い調子で頭を下げたルリィだが、抜け目なく、鋭く光る黒耀の瞳を見る限り、心配は本当に無用そうだ。「まずは『睡蓮の間』の友人と打ち合わせます」と言い置いて、するりと部屋を出ていった。

ユーリが、呆れたような目で、息をついた。


「ルリィ、あれは相当怒っていますね……」

「噂の後ろで糸引いてる人が誰かは知りませんけど、ルリィ相手に情報戦仕掛けるとか……何考えてるんだか」

「もうホント、ご愁傷さまとしか」


コソコソ怖いことを話している侍女たちに、ディアナは苦笑を向ける。


「心強いわね。――ユーリ、近いうちに何人かだけを集めてサロンを開くから、不自然でない程度に準備を進めておいてもらえる?」

「承知いたしました。……ディアナ様、私たちが噂を耳にするのは、いつ頃が適切でしょうか?」

「ルリィの口裏合わせ待ちだけど、そうね……明日中には」

「では、そのつもりで」


ユーリが侍女たちに短く告げた言葉の意味は、「『知っている』ことになるまでは、そぶりを見せるな」という命令だ。頷いた彼女たちは、めいめい、夜の通常業務へと散っていく。ユーリ本人も一礼の後、静かに下がった。


「ミア。この後は、マグノム夫人のところよね?」

「はい」

「この件を伝えて、タンドール伯爵令嬢の部屋の様子を教えて欲しいと、伝えてくれる? くれぐれもあちらには悟られないように、日常連絡の範囲内で構わないから」

「かしこまりました。――この件、女官側が動くのは、まだ時期尚早でしょうか?」

「そうね。少なくともわたくしが彼女たちと接触するまでは、表立った動きは控えてくれるとありがたいわ」

「合わせてお伝えしておきます」

「お願いね」


ミアも部屋を出ていけば、室内には、ディアナとリタの二人きりだ。――それを見計らったかのように、プライベートルームから声がする。


「ディー、リタさーん。シリウスさん来てるよー」

「……あなたは少し、忍ぶことを覚えてください!」

「覚えてるけど。どうせリタさんが定時連絡で話して、ディーの言葉伝えるなら、一度で済ませた方が早いじゃん」


ひょこっと逆さまの顔を見せる、どこまでも隠れる気がゼロのカイである。

プライベートルームに引っ込んだ二人の上から、苦い声が降ってきた。


『……厄介なことになりましたな』

「どの辺りから聞いていたの?」

『最初から居りましたよ』

「……カイはいつ、シリウスを呼んだの?」

『ディーが夕食の前に、今日は全員揃う? って聞いたぐらいかな』


ポーカーフェイスが通用しないことに定評のある隠密には、もう突っ込む気力もない。


『今日の当番がシリウスさんで、ラッキーだったよね。伝言ゲームが短くて済む』

『それは今、大した問題ではない。……ディアナ様、どうか気を落とされませぬように』

『ていうかシェイラさんもさ、黙ってないで言えば良いのに。我慢はこの場合、あんまり美徳にならないよ』


誰もが思っていて、敢えて口にしなかった点をズバリと突く辺り、カイは地味に遠慮がない。シリウスのため息が落ちてくる。


『彼女の性格では、なかなか言えないだろう』

「シェイラ様、どうしてか『紅薔薇様』に好意的ですものね。『紅薔薇派』からの嫌がらせなんて、下手に事を荒立てたらディアナ様の不利になると思って、黙っていらしたのでは?」

『なーんかその思考回路も、向こうさんの思う壺、な気がするんだよなぁ……』


飄々としているようでも、カイが苦々しい思いでいることは、何となく伝わってくる。

ディアナは首を傾げた。


「違和感、あるわよね、やっぱり?」

『当たり前でしょ。ディーの目も、クレスター家の目も、女官さん近衛さんの目も、全部『牡丹派』に向いている。そんなときに『紅薔薇派』から離反者が出て、しかもその事実が知られないように仕組まれてたなんて、どう考えてもおかしいに決まってる』

『……嫌な、感じがします』


シリウスの声は、短いけれど、短いだけに、実に重かった。


『これほどの異常事態にもかかわらず、その裏側にあるものが全く見えず、しかもこちらの打てる手が限られている。……後手に回っているだけなら、まだ良いのですが』

「わたくしも、それは、何となく感じていたの。――姿の見えない『誰か』に、いいように動かされているような、得体の知れない気味悪さを」


しん、と居心地の悪い沈黙が、プライベートルームを支配する。

数拍を数えた後、恐る恐るといった風で、リタが口火を切った。


「今のところ、その『誰か』の最有力候補は、ランドローズ侯爵でしょうか?」

『本当に、今のところ、だがな』

『ちらっと見ただけだから、確かなことは言えないんだけど。どーも、この状況とあのオジサンは、ぱちっと填まらない気がするんだよねぇ……』

『デュアリス様も、似たり寄ったりのご見解だ。『あのオヤジが、そこまで頭回るかー?』と、疑わしそうに仰っていた』

「自分もオヤジなの棚に上げてあの人は……」

「ディアナ様、気にするところはそこではありません」


額を指で押さえつつのリタの指摘には、苦笑を返すしかない。


「茶化さなきゃやってられないわよ、こんなの」

「そりゃまぁ、考えるだけで気が滅入りそうにはなりますが」

『ならもういっそ、考えずにいこうか』

「あなたは少し黙ってください」


カイには厳しいリタである。シリウスの笑い声が響いた。


『こやつの言うことは、極論ではありますが。考えてもどうしようもない状況ならば、ひとまずは流されるままに進んでみるのも一つの選択かと』

『進んだ先で何かが変われば、見えてくるものもあるかもしれないし、ね』


ディアナはリタと視線を交わし、一度、大きく深呼吸する。


「どのみち、することが決まっているなら、暗くなっていても仕方ないわね」

「とっとと『紅薔薇過激派』をシめて、騒ぎを鎮めましょう」

『私は一度戻って、デュアリス様と今後の対応を検討して参ります』

『じゃあ俺は、ちょっくらそのタンドール伯爵令嬢さんとやらを覗いてくるよ』


動き出した『紅薔薇』を、月明かりが励ますように、そっと照らしてくれていた。



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