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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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年迎えの夜会――その前に


何だかんだで『紅薔薇』としての職務に真面目なディアナには、望むと望まざるとにかかわらず、『正妃代理』の仕事が舞い込んでくる。神殿への同行しかり、園遊会の采配しかり――夜会での、王のパートナーしかり。


シーズン開始の夜会と同じように、今回の『年迎えの夜会』でも、ディアナは王の隣に立つ者として、当然のように広間の裏へ案内されていた。


(……ま、今回は成り行き上、仕方ないけど)


王がアルメニア教の主神殿で直々に賜ったアメノス神の恵みを、来年に向けて貴族たちに分け与える。これが、この夜会の趣旨らしい。となれば、その主神殿に同行した自分が王の隣に居ないのは、むしろ不自然だろう。


(面倒だなぁ……。どうせただのカウントダウンパーティなんだから、そこまで難しく考えることもないと思うんだけど)


日没と同時に始まり、日の出と共に終わるこの夜会は、ぶっちゃけてしまえば『年の節目をみんなで一緒に過ごしましょう』と王宮が貴族たちを招待する、大がかりなどんちゃん騒ぎでしかない。年が変わる合図まではまだお上品な舞踏会だが、新年に突入したが最後、「ココ本当に王宮?」と言いたくなるような混沌(カオス)空間と化す。

日頃の鬱憤を晴らすかのように、あちこちで殴り合いの喧嘩は当たり前。バルコニーや庭は若い――かなりの率でもう若くない者も混じっているが――恋人たちがいちゃつき、廊下では相手のいない男たちが、侍女や女官を口説く。他にも、酔って銅像相手に剣を振り回す者、何処をどう間違ったのか厩舎に迷い込み、馬と円舞曲(ワルツ)を踊る者、池に落ちて凍えるどころか、そのまま服を脱ぎ捨てポーズを取って「これがホントの全裸待機!」と叫ぶ者と、数え上げればきりがない。無礼講にも最低限の節度は必要だよね? と、去年一昨年を経験したディアナは思ったものだ。


それでも、去年までは一連の騒ぎを、ただ笑って傍観していれば良かったが……今年は。


(火遊び組に側室が加わってないかとか、確認して回らなきゃならないんだろうなぁ……。あぁもう、マジやってらんない)


考えるだけで頭痛がしてくる。脳内思考は既に、令嬢言葉を完全放棄だ。


「あの、紅薔薇様……」


おっと、いけない。いつの間にか、控え室の前に到着していたようだ。


「失礼致しました。少し、ぼうっとしていたようですわ」

「無理もございません、長旅でお疲れでしょうから。この夜会が終わればゆっくり休めますので、今しばらく、ご辛抱ください」


シーズン開始の夜会のときも、ディアナをここまで案内してくれた侍従が、流れる水のように澱みない言葉で労ってくれた。さすが、ジュークの傍仕えに選ばれただけあって、この人物はひと味違う。『クレスター伯爵令嬢』への恐れはあるだろうが、それはそれ、仕事は仕事と割りきることができるタイプのようだ。


「ありがとうございます。わたくしは大丈夫ですわ」

「陛下にお声をお掛けしてもよろしいでしょうか?」

「えぇ、お願いします」


頷くと、よくできた侍従は扉に向かい、声を放つ。


「――陛下。紅薔薇様、いらっしゃいました」

「通せ」


間髪置かず、中から声が帰ってくる。侍従が開けてくれた扉を、ディアナは会釈してくぐり抜けた。

前回と違い、室内はしんとしている。目立たない箇所に騎士の気配はするが、それも最低限だ。

探すまでもなく、扉から少し離れたところにある、テーブルと椅子が置いてある一角で、ジュークはディアナを待っていた。彼の前まで進み、ディアナは音を立てずに膝を折る。


「国王陛下にご挨拶申し上げます。側室『紅薔薇』、お召しにより只今罷り越しました」

「あぁ、よく来てくれた。人払いは済ませてある、楽にしてくれ」


勧められた椅子に腰を降ろすと、控えていたらしい近衛騎士が、お茶を運んできてくれる。……近衛騎士の仕事としては、なかなかに異色だ。


「陛下の騎士様は、侍従のお仕事までなさるのですか?」

「ん? あぁ、やはり気になるか?」

「あまり見ることはない光景ですから」

「最近、アルフォードが心配性でな。侍従たちの身元を洗い直すまでは、念のために口に入れるものの世話は近衛がする、と言い出した」


職務に忠実で、面倒見の良いアルフォードらしい。ミスト神殿へ向かう馬車が襲撃された事件で、後宮近衛の中に主犯の一人が紛れ、あわやしてやられるところだったという事実は、彼にとって相当の衝撃だったようだ。


「団長様はそれだけ、陛下のことを案じていらっしゃるのでしょう」

「そうなのだろうな。どうも、こういう扱いは慣れないが」


苦笑したジュークは、ふと、ディアナの装いに目を留めた。


「しかし、そのような装いをしていると、そなたは本当に悪そうに見えるな」

「聞き飽きたお言葉、どうもありがとうございます。別に、狙っているわけではありませんのよ?」

「あ、いや、美しいぞ? とてもよく似合っている」

「お気遣いなく。そのような誉め言葉は、陛下はシェイラ様にだけ、仰ればよろしいのですよ? 似合う格好をすればそれだけ悪そうに見える、そんなことは今更、分かりきっておりますから」


ある意味、クレスター家の本領発揮である。

ダークピンクの光沢ある生地にビーズが散りばめられたドレス、真珠が金で彩られた耳飾り、色とりどりの宝石が光るネックレス、金の髪に映えるルビーの髪飾りと、留守番役の侍女たちが腕によりを掛けて選別してくれていた品々は、絶妙なバランスでディアナを、これ以上はないほど美しく彩ってくれている。そしてその結果、ディアナは実に迫力ある『紅薔薇様(あくやく)』へと、変身完了したわけだ。

……別に、綺麗とか可愛いとか、そんな誉め言葉は、今更期待していない。


「――ところで、陛下。夜会が始まるまでにまだしばらくございますが、何かお話でもありましたか?」

「あ……あぁ。少し、相談したいことがあって、な」


水を向けた途端、ばつの悪そうな顔になって視線をさ迷わせるジュークを見て、『相談』の内容はだいたい読めた。


「シェイラ様に、何かございましたか?」

「……そなたは、読心術でも会得しているのか?」

「お言葉ですが、陛下が分かりやすいのです。……わたくしが陛下のパートナーを務めますこと、やはりご不快なのでしょうか?」

「いや? そこはむしろ、喜ばれたな」


シェイラの『紅薔薇様大好き現象』は、未だに健在らしい。その思考回路だけは、どうにも理解できないが。

……恋愛絡みでないとしたらやはり、主日から始まった一連の出来事について、だろうか。


「……シェイラ様は、陛下に何と?」

「取り立てて、何か積極的に話したわけではない。だが、明らかに憔悴していたし、暗い表情だった」


改めてそう聞くと、無力感に胸が締め付けられるような心地がする。マグノム夫人とクリスがどれだけ力を尽くしてくれても、これだけ大勢が暮らす広い場所で、全ての悪意を食い止めることは不可能で、シェイラへの嫌がらせは昨日まで、手を変え品を変えて続いていた。

洗濯したはずのドレスがどろどろにされたり、シェイラの部屋に回されるはずの備品だけ粉々に砕かれたり、呪いの人形が窓の下から見つかったり……その度毅然と対応するシェイラではあったが、悪意は人の心を、容易くすり減らしていく。シェイラを慕う侍女二人も、現在とても不安定らしい。


「体調が優れないのでしたら、今晩の夜会、無理をして頂くことはございません。今からでも欠席するよう、マグノム夫人に勧めて頂きましょうか?」

「どう、だろうな。俺も、それとなく休むよう言ったのだが。シェイラはあれで、頑固なところがあるから、『病気ではないのですから、大丈夫です』の一点張りだ。……本当に、いったい何があったのか」


ジュークがこの件を知らないのは、彼を暴走させたくない後宮の総意もあるが、何より、シェイラがマグノム夫人に、「くれぐれも陛下には内密に。後宮のつまらない諍いで、陛下を煩わせたくはない」と念を押したからだ。

シェイラの言葉は、間違ってはいない。後宮の揉め事に外宮を巻き込むことは、できる限り避けるべきだ。――自分たちで、解決できる限り、は。


(――もう、彼女たちの好きにはさせない)


仕掛けは全て、整っている。後は、夜会が始まるのを待つばかり。

ディアナが戦闘意欲に湧いている前で、考え込んでいたジュークがふと、思い出したように瞳を瞬かせた。


「……そうだ。関係あるのかどうかは、分からないが」

「どうなさいました?」

「昨夜、シェイラとの会話の中で、少し奇妙なことを聞いた。思えばあれも、シェイラの元気がない一因だったのかもしれないな」

「まぁ、どのようなお話です?」


嫌がらせ以外に、何かあったのだろうか。思わず身を乗り出して尋ねると、ジュークはしきりに首を捻り、ぽつりと言葉を落とす。


「――大好きな友人に、ここしばらく、逢えていないそうだ」

「……シェイラ様と仲の良いご側室、といいますと、リディル様とナーシャ様、でしょうか?」

「俺もそう尋ねたが、シェイラは否定した。何でも、姿を見たことはないそうだ」

「……は?」


思わぬことを言われ、一瞬だけ、ディアナの表情に素が混じる。宙を眺めていたジュークはそれには気付かず、憂い深げに続けた。


「シェイラの友人は、どうやら相当の恥ずかしがり屋らしいな。姿を見せることを嫌がり、本名も名乗らず、ただ声だけでやり取りしているのだとか。シェイラは、後ろ姿を見たことがあるだけだと言っていた」

「そ……うですか」


それは、もしかしなくても……『ディー』のこと、か。

何しろ、ミスト神殿へ同行する話が急だったため、ディアナは留守番役の『闇』に手紙を預け、もし降臨祭の期間中にシェイラが『ディー』と会おうとしたら、いつもの場所に置いてほしいと頼んでいた。昨日の報告では、確かに一度、シェイラは『ディー』会おうとしたらしいが、それは降臨祭の前半。嫌がらせが始まるよりも前だったはずだ。


「その、ご友人と会えないことが、シェイラ様の気落ちの原因だと?」

「いや、それが全てだとは思わん。が、その友人のことを話すとき……シェイラはとても、寂しそうだった」


罪悪感と同時に、誰のせいだと詰りたい気持ちもちょっぴり沸き上がる。ディアナとて、慣れない馬車旅に不自由するより、シェイラと後宮デートしていた方が、絶対に楽しかった。


「……紅薔薇、シェイラの友人に、心当たりはないか?」

「と、仰られても……お名前すら、分からないのでしょう?」

「本名不明、姿は見せず、しかしシェイラが会いたいときには外さず現れる。本人は末端の側室と名乗っていたらしいが、後宮の情勢にはかなり詳しいそうだ」


……こうして第三者の口から聞かされると、完全に不審者だ。シェイラはよく、こんな怪しい人間と友だち付き合いをしていられるなぁとすら思ってしまう。


「そなたならば、全側室について、それなりの情報はあるだろう?」

「否定はいたしませんが……今仰った情報だけで特定するのは、かなり困難な作業ですよ?」

「だよ、な」

「そのような怪しい者がシェイラ様に近付いているとなればご不快でしょうが、今しばらくお時間を頂きたく……」

「ん? あぁ、違う違う。そなたを責めているわけではない。ただ……俺が、その友人に妬いているだけだ」

「……は?」


不覚ながら、上手く表情が取り繕えなかった。見るからにぽかんとなったディアナに、ジュークは苦笑する。


「……そなたは、人を好きになったことがないと言っていたな」

「恋愛的な意味では、そうですね」

「片想いとは、なかなかに厄介なシロモノなのだ。相手の一挙一動に、心が振り回される。シェイラの心が俺に向いていると実感できたら、天にも昇るような心地になるし……反対に、シェイラが誰かを深く慕っている姿を見てしまったら、その先にいる人物が羨ましくて仕方なくなったり、な」

「えぇと……ですが、話に聞く限りでは、シェイラ様のご友人とやらは、女性でしょう?」

「相手が男だろうと女だろうと関係ない。……いや、女だからまだ、嫉妬するだけで済んでいるのかもな」


シェイラの心が俺以外に向くなんて、想像もしたくない。

――そう零したジュークはまさに、恋に悩める青年そのものだった。


(そういうもの、なのかしら)


仲の良い同性の友だちにすら嫉妬心を覚えてしまうのが恋愛なら、やっぱりそれは面倒な感情だ。正直自分にはまだまだ荷が重いと、再認識してしまう。


(とりあえず、夜会の間に隙を見て、シェイラと話をしなきゃ)


『ディー』と会えないことが、そこまでシェイラに打撃を与えていたのだとしたら、それは由々しき事態である。できることから一歩ずつ、この身があれば『ディー』にはなれるのだから、忙しいだとか言っていられない。


「――陛下。そろそろ、お時間です」


幕の向こうから、ぴんと張り詰めた声が聞こえてくる。暗黙の了解で会話を切り上げ、二人は立ち上がった。


「では、『紅薔薇』――ディアナ・クレスター。神殿への参拝に続き、苦労をかけるが、よろしく頼む」

「及ばずながら、精一杯、務めさせて頂きます。――『国王夫妻』の仲睦まじさを全貴族に知らしめて、軽く反応を探りましょう」

「そうだな。頼りにしているぞ」


互いの視線を絡ませ、頷いて。

――王と『紅薔薇』は寄り添いあい、光溢れる幕の向こうへと、吸い込まれていった。





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