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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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閑話その18-2~お買い物~


引き続き、シェイラ視点です。


リディル、ナーシャとシェイラの出会いは、後宮が開設された春まで遡る。

訳が分からないまま、ただ自分が売られたことだけを理解して、部屋にぽつんと置いていかれたシェイラの元を、リディルが何の躊躇いもなく訪ねてきたのが始まりだった。


『こんにちは、あなたがこのお部屋の方?』


扉を叩き、そう言って笑ったリディルは、自分も先日ここにやって来たのだと話し、何も知らなかったシェイラに後宮について教えてくれた。


『私も、曾祖父の代に爵位を賜った新興男爵家から参りましたの。お父様にあまり商才がないから、我が家は子沢山なのに貧乏で。私が家を出れば、少しは家計の助けになるかしらと思って、側室のお話を受けたのですわ』


新興貴族の全てが、王国の経済を握っているわけではない。爵位を賜ったは良いが、慣れない貴族社会に翻弄されるうちに財をなくし、底辺をさ迷っている家もある。

末端の側室の多くは、そのように困窮している実家への援助と引き換えに、後宮入りを打診されていた。


似たような境遇で、部屋も近い。控えめではあるが実は頑固なシェイラと、明るく社交的で物怖じしないリディルは、意外なほど気が合った。彼女と関わるうちに、シェイラは叔父叔母からの呪縛を少しずつほどくことができたのだ。


それから少し経って、そこにナーシャが加わった。ある夜、迷子になったナーシャが、シェイラの部屋の扉を自分の部屋と間違えて開けてしまったのがきっかけだ。


『あのう、ここは私の部屋ではありませんか?』

『……おそらくですが、ここは私の部屋と思われます』

『では、私の部屋はどこでしょう?』


突然大きな迷子を抱え、困ったシェイラは彼女をつれて、リディルの部屋を訪ねたのだ。当時、リディル以外とあまり交流を持っていなかったシェイラは、他に頼れる人が思い浮かばなかった。


『あら、シェイラ様と……あなたは、ナーシャ様、でしたかしら?』


シェイラの予想通り、広く浅くの交流を欠かさないリディルは、ナーシャのことも知っていた。迷子になったと途方に暮れるナーシャにリディルは笑って、三人で彼女の部屋を探し回ったのも良い思い出だ。


『私、連れ子なんです。本当のお父さんは私が小さい頃に亡くなって、お母さんが貴族様御用達のレストランで給仕の仕事をしながら私を育ててくれていたのですけど、そこで今の父……クロケット男爵様に出逢って、求婚されて。男爵様は良い方ですけれど、やはり私は本当の貴族ではありませんから、あのお屋敷には居辛くて』

『それで、後宮に? ですけれど、こここそ貴族社会の頂点のような場所ではありませんこと?』

『それはそうなんですけど、今の後宮は王様からほぼ放置だって聞いたから。それなら、全員出席の夜会とか以外は、後宮の隅っこで大人しくしてればいいかなって』

『あらあら。実はナーシャ様、度胸がおありでしたのね』

『そうでしょうか?』


ウマが合う、という言葉があるが、この場合まさに、リディルとナーシャ、シェイラがそうだった。この夜以降、三人は何かと、行動を共にするようになる。正確には、ナーシャを連れたリディルがシェイラを誘い、あちこちに連れ出してくれるようになったのだ。

『牡丹様』が新興貴族家の側室たちに酷い仕打ちをするようになり、それに伴って侍女たちのシェイラへの扱いが雑になっても、夏に『クレスター伯爵令嬢』が後宮入りし、勢力図が大きく変わっても――シェイラが『寵姫』だと噂されるようになっても、二人だけは何一つ変わらなかった。


園遊会の後、訪ねてきてくれた二人に、あまりの心苦しさから、シェイラはもう自分に関わらないでくれと告げたことがある。王に一時期通われていたのも事実だ、自分の『両親』はあのどうしようもない人間たちだ、紅薔薇様にも嫌われた、こんなのに関わっても良いことなど一つもないと。

――そして、がっつり怒られた。


『あまり見くびらないで頂けますか、シェイラ様?』

『良いことがあるかないか、それはシェイラ様ではなく、私とリディル様が決めることです』


二人の説教は、シェイラにとって、あらゆる意味で痛かった。


『シェイラ様が寵姫だから、ご両親があぁだから、紅薔薇様に嫌われたから、だからなんです? シェイラ様とこの先もお付き合いを続けたら、後宮内での立場が悪くなる? ――下らないわ。他の方々のことは存じませんけれど、我がアーネスト家の人間は、友人を裏切るような真似は致しません』

『私がこれまで、打算でシェイラ様と付き合ってきたと、そう考えていらっしゃるんですか? 言っておきますけれど、シェイラ様が夏くらいから陛下に通われていたことくらい、知っていましたよ。これだけ部屋が近くて、気付くなって方が無理です。紅薔薇様が陛下と仲睦まじいという噂の真っ只中で、噂と正反対の現実を目にして、ややこしいことになるかもとも思ってました。面倒を避けたかったら、その時点でシェイラ様からは離れています』

『ナーシャ様の仰る通りよ。どれだけ面倒なことになろうとも、例え名付き様方を敵に回してでも、シェイラ様の味方でありたい。そう感じたから、私たちは今、ここにいるのでしょう!?』


どうして、と動いたシェイラの唇には、同じ答えが返ってきた。

――友だちだから、と。


上手く世界を渡るより、己の心に恥じない生き方を選んだ二人は、そのときのシェイラの目に、とても、とても眩しく映った。と同時に、心のどこかで二人を信じていなかった自分を、シェイラはようやく自覚したのだ。

ジュークが通っている、という秘密を持つシェイラにとって、後宮内で唯一信じられるひとは、顔も本名も知らないディーだけだった。彼女のことをもっと知りたい欲求は時折膨れ上がるが、本人がそれを望んでいない今、下手に手を出しては逃げられてしまう。ディーに嫌われないように、シェイラは彼女とは、慎重に距離を詰めようと考えていた。優しく包容力の深い彼女は、とても臆病な一面を隠し持っているようだから。

そして、そんなディーに甘えて、シェイラは身近に理解者を求める努力を怠っていた。――そう、気付くことができて。


「――ありがとうございます、リディル様、ナーシャ様」

「突然どうなさったの? 出店にお誘いしたくらいで、お礼を言われる覚えはありませんわよ?」

「いえ、少し前のことを思い出していたんです」

「前のこと、ですか?」

「……園遊会の後、訪ねて来てくださったでしょう?」

「あぁ、そんなこと」


出会ったときと変わらず、リディルは笑う。


「あのときのシェイラ様は、色々あって大変でしたもの。全部投げ出したくなっても、無理はありませんわ」

「ちなみに、情勢的に表立ってはお味方しにくいけれど、内心はシェイラ様を応援している方は、他にもいらっしゃいますから。いざというときは、リディル様と一緒に橋渡しいたしますからね!」


自分は幸せ者だと、シェイラは思えた。

友だと言ってくれる人がいる、助けてくれる侍女がいる、――心寄せ合える『親友』がいる。

他に何を望むのかというくらい、満たされているではないか。


「決めました。主日の礼拝では、後宮に導いてくださったアメノス神に感謝して、私の大切な方たちが幸福であるよう、お祈りします」

「……シェイラ様、後宮に来て割と苦労なさってますし、たぶんこれからも苦労の連続でしょうけれど」

「アメノス神よりむしろ、ラドヴァ神の試練と言われた方がぴったり来ますよね」


ラドヴァ神とは、雷と苦難を司る、神話の中でアメノス神に破れたとされるつがいの神の片割れだ。人類の愚かさに絶望し、世界を雷で沈めようとしたという伝説から、自らの意思とは無関係に降り注ぐ試練を『ラドヴァ神の怒り』と呼んだりする。

流れ流されここまでやって来たシェイラを、いつも気遣ってくれる二人に、シェイラは微笑んで首を横に振った。


「確かに大変なことも多いですが、その分かけがえのない出会いを、後宮は沢山くれました。それは私にとって光も同じ。ですからやはり、アメノス神のお導きだと思うのです」

「……その出会いに、私たちも入ってますか?」

「もちろん! リディル様とナーシャ様は、大切な出会いの筆頭ですもの」


憂いが晴れたように笑うシェイラに、リディルとナーシャも笑い返す。

中庭は、すぐそこだった。



********************


適材適所とは少し違うが、リディルが言った通り、中庭の出店を覗きに来ていたのは、ほとんどがシェイラと同じような立場の側室だった。たまに物珍しさからか、貴族らしい貴族のお嬢様も顔を見せるが、彼女たちが長居することはない。

シェイラは久しぶりに、穏やかな心地で外を満喫することができた。


(……そういえば、ディーはどうしているのかしら)


出店を楽しんでいる側室たちをこっそり観察するが、ディーらしき人は見つからない。……とはいえ、ディーの後ろ姿と髪色しか知らない現状では、探すにしても限度があるが。


(ひょっとしたら、ディーは敢えて、出店に来てないのかも)


自分の外見が他人を怖がらせるからと、頑なに姿を隠したがるディーなら、人が大勢集まるこのような場所はできるだけ避けるだろう。……もしかしたらディーは、降臨祭の間ずっと、部屋に閉じ籠もって過ごすつもりなのかもしれない。


「シェイラ様? どうなさいました?」

「あ、ごめんなさい。少し考え事を……」


リディルに声を掛けられ、慌てて二人に近付く。リディルとナーシャは、冬を模した装飾品を主に集めた店を冷やかしている最中だったらしい。合流した途端、もこもこしたケープを押し付けられた。


「リ、リディル様?」

「着てみてくださいな、シェイラ様」

「ほらほら、早く」


ナーシャにまで急かされ、何が何だか分からないまま、シェイラは渡されたケープを羽織った。ほぅ、と三ヶ所から同時にため息が漏れる。


「やっぱり」

「似合うと思いましたわ」

「え……え?」

「どうぞお嬢様、こちらをご覧ください」


戸惑うシェイラに、店番らしい女性が、大きめの鏡を差し出してくれた。


白い、ふわふわした毛で作られたもこもこのケープが、シェイラの上半身を覆っている。日の光を浴びたケープはキラキラ細やかに輝き、どことなく顔色がよく見えるのが不思議だった。


「お嬢様、とてもよくお似合いですわ。これほど着こなして頂けるなんて、そのケープは果報者ですわね」

「えぇと……似合ってます、か?」

「とっても! リディル様と一緒に一目見て、『これは絶対シェイラ様に似合う!』と意見が合いましたの。見立て以上にお似合いで嬉しいですわ」


ナーシャが嬉しそうに手を打ち、その横でリディルもにこにこ頷いている。

シェイラは目の端で、ケープの値札を探した。普通に考えて、これはこのままお買い上げの流れだが、残念ながら彼女の懐は万年氷山なのだ。

案の定、見るからに上質のものだけあって、その金額はシェイラには厳しいものだった。


「とても綺麗なケープですし、私も気に入りましたけれど。残念ながら、これは私が持つには少々割高な品物のようです」


心から残念に思っている風情を出しながら、シェイラはケープを脱いで店員に返す。店員はあからさまなほど落胆した。


「そんな……お嬢様ほどお似合いになるお客様は、王都にも十人といらっしゃらないでしょうに」

「まさか。私より似合う方は、きっと他にもいらっしゃいますよ」


少々大袈裟なセールストークを笑顔でかわしつつ、実は本当にちょっぴり残念だったりするシェイラである。動物好きのシェイラは、当然ながらふわふわもこもこしたものも大好きで、このケープは彼女の好みどんぴしゃりだったから。


「でしたらそのケープ、私たちが頂きますわ。プレゼント用に包んで頂ける?」


そこに、凛としたリディルの声が響いた。驚いて振り返ると、満面の笑みの友人二人が佇んでいる。

店員の表情が明るくなり、シェイラの顔が青くなった。


「かしこまりました!」

「いけませんわ、リディル様、ナーシャ様! このような高級品をそんなあっさり、」

「あら、二人で割ればそれほどの値段でもありませんわ。ねぇ、ナーシャ様?」

「そうですとも。それにシェイラ様、そのケープお気に召したのでしょう? 本当に良くお似合いでしたし……それなら、これはシェイラ様が持つべきですよ」

「お二人の仰る通りですわ! はい、こちら包装完了致しました」


さすがはプロと言うべきか、店番の女性は驚くほどの速業で、綺麗に包まれたケープを差し出してくる。シェイラが撤回する前にリディルが受け取り、ナーシャがニコニコ現金払いで取引を完了させてしまった。


「もう、リディル様もナーシャ様も、私の話なんてちっとも聞いてくださらないんだから!」

「あらあらシェイラ様、誤解ですわ。降臨祭の主日に、家族や友人同士でプレゼントを交換するのが、ここ最近の流行りですのよ。せっかくなら、ご本人が貰って嬉しいものを選びたいではありませんか」

「なら、私もお二人に何か贈り物をします」

「そうですね。この際ですから、ナーシャ様へのプレゼントも選びましょうか」

「あらリディル様、ご自分のものをお忘れですよ?」


その会話をきっかけに、三人の出店巡りは、お互いにお互いの欲しいものを探して購入するという、一風変わったものになった。リディルとナーシャはシェイラにケープを、ナーシャとシェイラはリディルにネックレスを、リディルとシェイラはナーシャに手袋を、といった具合にだ。


「偶然とはいえ、全部装飾品になりましたね」

「あら、ホントだわ。――そうだ、シェイラ様、ナーシャ様。せっかくですし、年迎えの夜会では、頂いたものをつけて出席しません?」

「まぁ、良い考えですね!」


お昼を跨いで(後宮の調理場担当の者たちが、簡単に食べられるサンドウィッチなどを渡す屋台もどきを展開させていたりと、地味に芸が細かかった)、ようやくお互いへのプレゼントを買い終えた三人は、久々のお買い物を楽しんだこともあり、ハイテンションになっていた。きゃっきゃと騒ぐリディルとナーシャに歩調を合わせながら人混みを抜けたシェイラはそこで、目の端に何かがちかりと引っ掛かったように感じ、不意に足を止めた。

ぐるりと周囲を見渡すと、先程ケープを購入した店の裏側があり、その軒下に何かがきらきらとぶら下がっている。その輝きに魅せられるように、シェイラはふらふら近付いた。


(これ、って……)


それは、不思議なものだった。銀色に輝く細長い棒の、片端は鋭く尖り、もう一方には白と銀で彩られたいくつもの飾りが揺れている。かなり無理をすれば、庶民が髪を纏めるときに使う(かんざし)に見えなくもないが、彼女たちが使うものはこんなに細くないし尖ってもないし、じゃらじゃらした飾りもついていない。


「……あのー、」


無意識だった。気付いたら、店の後ろから、お店の人に声を掛けるという非常識をやらかしてしまった。店頭で呼び込みをしていたらしい店番の女性(先程と同じ人だった)が、驚いたように振り返って近付いてくる。


「あら、先程のケープのお嬢様! このようなむさ苦しい裏をお目に掛けるご無礼をお許しくださいませ」

「いえ、私が勝手に覗いたのです、お気になさらず。……あの、それで、少しお尋ねしたいのですが」

「ケープの返品は受け付けておりませんよ?」

「いえ、そうではなく! これって、何なのですか?」


シェイラの指先が示した品に目を移した彼女は、見るからに「しまった」と言いたげな顔になった。


「よく……見つけられましたね」

「きらきらした光が、目に留まりましたので」

「あぁ、そうか、夕陽に反射して……」


女性は、昼間の愛想の良さが嘘のような、苦い顔になっている。その落差に、シェイラはつい、首を傾げてしまう。


「……私、余計なものを見つけてしまいましたか?」

「いいえ、そうではないのですが……この品は、今朝、完成したばかりでして。しばらく乾かしておこうと軒下に吊るしたまま、うっかり忘れてしまっていたのです」

「でしたら、売り物、と判断しても?」

「……お嬢様、これが何か、お分かりになります?」


質問に質問で返され、シェイラは少し考える。


「飾りの部分のコレは……月、ですよね?」

「はい。この部分は、月と、雪の結晶をモチーフにしています」


なるほど。道理で、月に見える飾りの光り方がまちまちなわけだ。実際にはあり得ない、『月に雪が積もったら』をイメージしているらしい。その周囲できらきら光るモチーフは、大きさも形もそれぞれ違うが、どれも雪の結晶と言われるとしっくり来る。


「冬の月……ですか。すごく、きれい」

「ありがとうございます」

「こちらの飾りが映えるような、この装飾品の使い方となると……私にはやはり、簪くらいしか思い付かないのですけれど」


おずおず言うと、女性がきょとんと目を瞬かせた。やはり違うか、と頬が熱くなる。


「申し訳ありません、不勉強なもので……」

「いいえ、お嬢様。ご名答ですわ」


女性の唇が、笑みを形作る。今度はシェイラがきょとんとなる番だった。


「簪、ですか? この細い棒が?」

「この国では、あまり馴染みのある形ではございませんね。女神の山脈を越え、ずっと進んだ先にある極東の国々では、簪の芯の部分はこのように細く、先に揺れる飾りをつけるのが、一般的なのですよ」

「まぁ……そうなのですか」


ところ違えば常識も変わると言うが、まさか簪一つがこれほど違うとは思わなかった。思わず、しみじみ眺めてしまう。


「よろしければ、手に取ってご覧になります?」

「良いのですか?」

「お嬢様になら、特別に。――先が尖っておりますので、ご注意ください」


そう言って渡された簪は、繊細な飾り細工の割に、ほとんど重さを感じさせなかった。ふわりと軽く――手を動かす度に、月と雪がちらちらと輝く。


「……お気に、召されました?」

「いえ――」


赤らむ空に光を遊ばせながら、シェイラはゆっくりと、首を横に振った。


「私では、ないのです。こんな風に優しくて、繊細に光るひとを、少し思い出して」


最初に見た瞬間から、シェイラはずっと、思っていた。

――この装飾品は、絶対、ディーに似合う、と。


顔も知らないくせに、と思われるかもしれない。けれど、瞬くように優しく揺れる月の光も、その月を守るように輝く雪の結晶も、確かにそこにあるのに触れたら消えてしまいそうな儚さも――何もかもが、ディーのためにあるような一品だと、そう感じた。


「……でしたら、そのお友だちに、差し上げますか?」


沈黙を破るように飛び込んできた、店の女性の声にはっとなる。


「で、ですが、こちらの商品は売り物では……」

「王宮では売る気がなかっただけで、そのうちどこかで売る予定でしたから。ケープと同様、似合う方の手に渡るなら、それがその簪の運命でしょう」

「えと、でもお金……」

「これは、そんなに高くありませんよ」


告げられた値段は、懐吹雪くシェイラであっても、抵抗なく購入できる範囲内だった。――つい、まじまじと簪に見入ってしまう。


これを、ディーに渡したら。彼女は――つけて見せてくれるだろうか。


「シェイラさまー?」

「シェイラ様、あら、どちらにいらしたの?」


――店を離れ、頭の芯が半ば痺れた状態で歩いていたところを、リディルとナーシャに呼び止められた。近付いてきた二人は目敏く、シェイラの手元に注目する。


「あら、シェイラ様、何かお買いになったの?」

「え、えぇ……いつもお世話になっている方、に」


頷いたシェイラの手には――優しく包装された、細長い包みが握られていた。






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