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悪役令嬢後宮物語  作者: 涼風
いちねんめ
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再会


「ディアナ様から離れなさい、このケーハク男!!」


指定された場所――ミスト神殿の横にある、王家専用の宿営施設の裏手にて、まず飛んできたのはそんな罵倒とナイフ数本だった。頭だったり心臓だったりをばっちり狙って飛んできたそれらを、カイはとりあえず避ける。


「てゆーかリタさん今、思いっきり殺すつもりで投げなかった? 避けなかったら死んでたけど」

「あなたのような図々しい男が、刺されたくらいで死ぬものですか!」

「イヤイヤイヤ、刺されたら死ぬからね? 俺はちゃんと人間だから」

「大丈夫です。『憎まれっ子世に憚る』と言いますし」


リタとカイが直接顔を会わせたのはまだ二度目のはずだが、それにしては実にテンポの良いやり取りだ。ディアナはほー、と感心した。


「仲良しねー、二人とも」

「どこが!?」


と同時に応えられ、うんやっぱり仲良しだ、と確信する。そのまま目が合ったリタに、ゆっくりと歩み寄った。


「――ごめんなさい、リタ。心配をかけたわね」

「本当に……、本当に、ディアナ様は……!」


リタがカイに当たらずにはいられなかったのは、どんな顔をしてディアナを迎えれば良いか、分からなかったからだ。リタの性格なら、ディアナを一人にしてしまったのは自分のせいだと、侍女失格だと考えているだろうことは、容易に想像がつく。


「あなたのせいじゃないわ。襲ってきた奴らが一番悪くて、『紅薔薇』なのに逃げたわたくしが二番目に悪い。……後悔はしないし、こんなことは今回限りだと約束もできないけれど」

「そういう、方ですよね、ディアナ様は……」

「あなたは全力で、わたくしを守ろうとしてくれた。――あなたの落ち度が、どこにあるの?」

「……私が、もっと強ければ。あんなことにはなりませんでした。襲撃があると警戒して、きちんと準備を万全にしておけば」

「アレを予想するのは、なかなかに困難だったと思うけど……リタがそう思ってるなら、次から気を付けることができるわ。それじゃダメなの?」


今にも泣き出しそうに顔を歪めていたリタは、ディアナの語る言葉を聞くにつれ、笑い泣きの表情になっていった。後ろではカイが、苦笑を堪えている。


「こちらが、こんなに神経をすり減らして……昨夜『闇』から連絡が入るまで、気が気じゃありませんでしたのに。肝心のディアナ様が何も気にしていらっしゃらないのでは、我々の立場がございません」

「心配をかけたのは悪かった、って思ってるわ。『紅薔薇』としての『正解』を選ぶなら、あのときは外で何が起こっても動かず、ただ守られるべきだった、ってことも分かってる。――でも、それだけはできない」

「分かっています。クレスター家の方々は、どんなときでも全て生かそうとなさる。……ときには、ご自分の命を危険に曝してでも」


こちらの寿命が縮みます、と軽く睨まれ、ディアナは苦く笑った。


「誰にどれだけ心配をかけても、迷惑をかけても。黙って見ていた結果大切なものが掌からこぼれ落ちるくらいなら、自ら前線に赴いてでもこの手で守るわ。きっとこの先も、それだけは譲れない」

「……仕方がありませんよね。それが、ディアナ様なのですから」


吹っ切れたように笑うリタはもう、泣きそうな顔はしていなかった。

やっと和やかな空気が流れかけたが、リタがカイに視線を合わせた瞬間、再び場にピリピリとした緊張感が走る。


「昨夜聞いたときも思いましたが……ディアナ様、どうしてこんな男と、行動を共にしたのです。彼は『牡丹』の隠密ですよ!」

「だーかーら、もう違うんだってば。……ねぇ俺、あと何回同じ説明繰り返せばいいの?」

「あぁ、えっとねリタ……」


ディアナは手短に、昨日行列から離れた後何があったのか、語って聞かせた。コルト後宮近衛騎士が『敵』の一味だったことを知り、リタは目を大きくして驚きを示す。


「コルト騎士が? だってあの方、ものすごく真面目な人ですよ」

「わたくしにもそう見えたわ。正直、襲ってきた彼らが『何』を狙っていたのか分からなくて、戸惑ってる」

「と、仰いますと?」

「伯爵家の娘でありながら『紅薔薇』に居座る小娘が邪魔なのか、『クレスター伯爵令嬢』が目障りなのか……それとも、もっと別の理由で『わたくし』そのものを消し去りたいのか。そこがそもそも分からない」


そして、コルト騎士の行動も。


「ねぇ、カイ。コルト騎士が『牡丹派』の近衛だった、って可能性は?」

「なくはないけど、低いと思うよ。そもそも『牡丹』のお嬢ちゃん、後宮近衛のことをよく思ってないし」

「そうなの?」

「『貴族子女たるもの、常に優雅に美しく慎みをもって暮らし、殿方の癒しとなること』が、彼女が思うところの掟らしいから。女だてらに剣を振り回すなんて厭らしい、下品だって、よく愚痴ってた」


なるほど、それは実にリリアーヌらしい。


「わたくし、リリアーヌ様の前で本性見せたら、卒倒されそうねー」

「もしくは、『こんな女、紅薔薇には相応しくない!』って暴れるかの二択かな。意外と図太いからね、あのお嬢ちゃん」

「……となると、コルト騎士はリリアーヌ様とは関係ないということで。でも、彼女の仲間っぽかった長剣使いの男は、『ランドローズに雇われてる』って言ってたわよね?」

「お嬢ちゃんには内緒で、親父さんがこっそり雇ってるとか?」

「どうかしら。リリアーヌ様が女性剣士を嫌悪しているってことは、その父親だって快くは思っていないのではないかしら?」


どうにも、圧倒的に情報不足だ。ディアナはふぅぅ、と長く息を吐き、実はリタの後ろでさっきからずっと控えてくれていたシリウスに視線を向けた。


「なんだか、あなたたちの負担がどんどん増えてる気がするけど……。コルト騎士と、あの謎の男について、調べてもらえるかしら?」

「もちろん、もとよりそのつもりです。コルト騎士は昨夜から行列に戻っていない様子、逃げたと考えてよろしいでしょう。身柄を抑え、話を聞く必要がありそうですね」

「男の方は、過去の剣闘士の記録を探してみたら、いい線いくんじゃないかな」


さらりと付け足されたカイの台詞は、内容がかなり重かった。シリウスだけでなく、ディアナとリタもカイに注目する。


「何故、そう思う?」

「剣闘士のこと? あいつの『型』がさ、お上品な剣術習った奴のものじゃなかったから。自己流で、でもそれを身体に染み込ませて確立させるほどの場数を踏んでる。『裏』の人間以外でそんなことするの、剣闘士くらいじゃない?」


剣闘士とは、闘技場で戦いを見せることで金を稼ぐ職業だ。闘技場賭博は王国でもっともメジャーな娯楽の一つであり、大きな町には大概一つ、闘技場がある。命を落とすことも多い危険な職業であり、あまり堅気の仕事とも言えないが、国に認められて名簿に名前が載るという時点で、れっきとした『表』を生きる存在だ。

若く容姿の良い剣闘士にはファンがつき、絵姿や人形などのグッズが出回る。そして、ずば抜けた実力を持つ者には、稀に貴族から「うちの領地で働かないか」とスカウトされる、などの利点もあり、腕に覚えのある貧乏な若者にとって剣闘士は、割と身近な職業なのだ。


「長剣使ってるのに、あいつの戦い方って、切るより殴るがメインっぽかったし。剣で殴るとか、まともな剣術習った人ならまずやらないもんね」

「そんなこと、分かるものですか?」


同じ男と戦ったリタだが、彼の戦い様を観察する余裕はなかったらしい。カイの解説を目を丸くして聞いている。

尋ねられた方は、軽く肩を竦めた。


「もちろん、全部分かるわけじゃないけど。よく使われる武術の型は、大体把握してるよ。敵を探る重要な手掛かりになるから」

「確かにその通りだが、お前と奴が戦ったのは、ほんの僅かな時間だろう」

「一、二度切り結べば、相手の戦闘スタイルは大体分かる。じゃなきゃこっちから仕掛けられないじゃん」

「……それも、黒獅子殿の教育か?」

「まぁ……ね」


カイの元々の才能もあるのだろうが、黒獅子は本当に、とんでもない仔獅子を育てたものだ。

シリウスとリタが微妙な表情になっているのを見て、ディアナが話をまとめるべく口を開く。


「それじゃ、あの男については、まず剣闘士の名簿を当たることにして。コルト騎士は……コルト男爵家から探っていくのが定石かしらね」

「細かいことは、またデュアリス様と相談致します」

「えぇ、そうして。そういえば、お父様は? もうそろそろクレスター領の屋敷に戻った頃かしら」


明日は主日の礼拝がある。家族はみんな、あの懐かしい家に揃うはずだ。

末娘の問いかけに、シリウスはどこか、意地の悪い笑みを浮かべた。


「いいえ。デュアリス様は今、メェール地方の港町、シーリアにいらっしゃいます。エリザベス様とエドワード様もそちらに」

「え?」


クレスター領メェール地方。大きな港を有し、国の守りの要の地であると同時に、近年貿易船が多く出入国する国際港としても発展を遂げている。かなり昔からクレスター領であり、馴染み深い土地ではあるが……。


「どうして、今年に限ってわざわざシーリアに? 何かあったの?」

「えぇ、まぁ。カイのお父上をお迎えしましたので、顔合わせを兼ねまして」

「ちょ、シリウスさんっ!?」


カイが素で焦るところなど、なかなかお目にはかかれない。ディアナはきょとんと首を傾げた。


「カイのお父様……って、黒獅子さんよね? お迎えしたってシーリアに?」

「はい。実は黒獅子殿はご病気でして、」

「シリウスさん、ちょ、」

「ご病気!? ……深刻な、状態でいらっしゃるの?」

「病気そのものは珍しい部類ですが、薬を飲んで安静にしていれば、快復の見込みは充分あるとのことです」

「そう、良かった……」

「――ただ、」


シリウスは、ディアナと話しつつカイを『黙ってろ』と威圧するという、なかなかに器用な小技を使いながら、話の肝を言葉にした。


「治療に必要な薬草は、この国では手に入らない、実に高価なものだそうで。デュアリス様が黒獅子殿を見つけるのに手間取り、冬を越してしまっていたら……彼の命は、なかったかもしれません」

「シリウスさんっ!」


カイが叫んだが、色々ともう遅い。抜群に頭の良いディアナはその瞬間、カイがどうして『牡丹』の隠密になったのか、全てを悟っていた。振り向くが早いか、カイの胸ぐらをがしっと掴む。


「どうしてそういう大事なことを黙ってるの!?」

「や、別に隠そうとしたわけじゃ……」

「お父様の薬代のため? それなら尚更、私なんかに構ってる場合じゃなかったはずよあなたは! 意地張るのもいい加減にして!」

「……何かソレ、ディーにだけは言われたくない台詞かも」

「あーそう。じゃあ聞かせてもらおうかしら? 『牡丹』の隠密やめて無収入になって、それでどうやってお父様のお薬代を稼ぐつもりだったのか!」

「やろうと思えば、金稼ぐ手段なんて山ほどあるよ。今の時期の王都なんて、お得意様大集合状態だし。――ディーに心配される筋合いなんてない」

「どの口が、それを、言うわけ! 私を構ったせいで『牡丹』の隠密やめることになったと思うんだけど? 原因の片棒担いでる私が、心配して悪い!?」

「全部俺が自分で決めて、覚悟の上でやったことだ。ディーが責任感じることもないし、怒ることでもない」

「その理屈はね、残念ながら助けられた方には通じないのよ」


これだけ言っても、彼は父親の事情にディアナを関わらせることを、嫌がっている風に見える。唇を尖らせて睨み付けると、カイはあろうことか、ぽんぽん頭を撫でてきた。


「馬鹿にしてるのー!?」

「可愛がってるの。そんな顔で睨まれても怖くないよ」

「『悪役顔』のクレスター家に向かってなんたる暴言!」

「本性知ってるから」


あっさりいなされ、ディアナの不満は募るばかりだ。


(クレスター家のことは嫌いじゃないって言ってたけど……ここまで線引きされると、やっぱり嫌われてるのかなぁって思うわよね)


「……何か不穏なこと考えてない?」

「別に」

「言っとくけど、別にディアナと父さんを会わせたくないとか、そういうんじゃないからね」


この男は読心術でも会得しているのか。うっかり顔を上げた先には、困ったように、けれど優しく笑うカイがいた。


「事情話したら、ディーは絶対、自分のせいだって思うでしょ。それが嫌だったの。『牡丹』から離れたのは、俺の勝手なんだから」

「でも……」

「そうだね、俺も今ではちょっと反省してる。ディーが心配しないように、次のことをちゃんと決めとくべきだったよね。――結局、クレスター家の世話になることになっちゃうし」


イマイチ意味が分からなかったディアナにシリウスが、『黒獅子』の病気を知ったデュアリスが、彼を救うため臨時の療養所を作ったのだと説明する。薬の流通から器具類まで、クレスター家の力で残らず揃え、そこに今日の昼頃、『黒獅子』を迎えたのだと。

話を聞いたディアナの表情が、ぱあっと明るくなった。


「それじゃあ、黒獅子さんはもう、大丈夫なのね?」

「冬の間ゆっくり養生すれば、春には元気になるだろうとのことです」

「良かった! ね、カイ?」


振られた彼は苦笑いだ。父が元気になることは、もちろん喜ばしい、が。


「まー、怒られるだろうけどね」

「怒られる? 何で?」

「『クレスター家と関わらない』ってスタンスは、俺じゃなくて父さんのだから」

「……ってことは、黒獅子さんがクレスター家を嫌いで?」

「じゃなくて。俺も詳しくは聞いてないけど、申し訳なくて合わせる顔がないとか何とか。……なのに、息子の俺が結果的に迷惑かけまくったって知ったら……」

「既にご存じだぞ」


シリウスにトドメを刺され、カイはディアナに倒れ込んだ。


「カイ!?」

「怒られるだけじゃ済まないなー、これは。殴られるか蹴られるか刺されるか……春が怖い」

「仕事を選ばないからだ、馬鹿が」

「自業自得ですね」


同業者からの冷たい突っ込みが、カイの後頭部にぐさぐさ刺さる。ディアナはちょっと笑って、カイの背中を叩いた。


「確かに最初は敵だったけど、すぐにあなたは、私たちの心強い味方になってくれたわ。今回だって、お父様のための金蔓を捨ててまで、あなたは私の命を救ってくれた。迷惑なんて、もらった分で差し引きゼロよ」

「……多分その理屈は、うちの父さんには通じない」

「あなたとお父様が会うときは、私も一緒に立ち会って口添えするわ。だからそんなに落ち込まないでよ」

「ありがと、ディー」


視線を合わせてにっこり笑う二人の後ろでは、

(ていうかめちゃくちゃ自然に接触されて止める隙間もなかったのですが。いつの間にこんな親しく!?)

(いや、私も詳しくは……昨日の夜に、何かあったらしいな)

(何かってなんですか! ディアナ様のお優しさにつけ込んで、あの男……!)

(まぁほら、後でディアナ様に直接訊ねてみることだ)

という家人同士の会話が、無音声で繰り広げられていた。確かに、今のディアナとカイは、端から見たらいちゃついているようにしか見えない。リア充爆発しろ、状態である。


「あ、そういえばそろそろ時間ですね」


太陽の位置を確認したリタが、不意に空気を切り替える。やっぱり自然に身体を離したディアナが、リタの近くに寄ってきた。


「時間って?」

「王宮馬車が到着する時間です。私は今日、ユーリさんに口裏合わせを協力してもらって、一足先に馬でここまで駆けてきたんです」


今更ではあるが、クレスター家の家人たちは皆、普通に馬に乗れる。主一家がコレなので。


「そっか。じゃあ、わたくしが無事にここにいることの、上手い言い訳を考えなくちゃね」

「大体はこちらで考えてありますので、確認していただいてよろしいですか?」

「分かったわ」


時刻はそろそろ夕方。

ようやく迷子から脱出できた、ディアナであった。




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